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第十一話 男親の優しさ。

「ルード様助けてくださいっ! 旦那様と奥様が大変なことに」


 アミライルの声。

 その悲壮な表情。

 ルードたちに緊張が走った。


 ルードは慌てずけだまを抱き上げ、冷静にクロケットにお願いする。


「お姉ちゃん。けだまを、母さんたちをおねがい。皆でごはん食べちゃって。母さん、行ってきます」

「うん、わかりましたですにゃ。けだまちゃんこっちおいで」

「……うん。お姉ちゃん」


 けだまはルードの表情から何かを感じ取ったのだろう。

 それ以上何も言わずに、クロケットの胸に抱かれてルードに手を振った。

 ルードからけだまを預かると、クロケットはさっさと部屋に引っ込んでしまう。

 リーダはを見ると、さっきまで眠そうな顔をしていたがしっかりとルードに頷いている。

 ルードはただ一言。


「イリス」

「はい、こちらに」


 いつの間にか、イリスがルードの右後方に控えていた。


「アミライル、話は行ってから。イリスをお願い。イリス、着いたら情報収集を。僕は先に行ってる」

「かしこまりました」

「はい、ではイリス様こちらへ」


 アミライルはイリスを呼ぶと同時に飛龍の姿になる。

 ルードは手短に指示をすると。


「キャメリア」

「はい、ルード様」


 普段は絶対に走らないキャメリア。

 ルードの傍に来る直前に姿を変え、邪魔にならない場所で飛龍の姿に変わっている。

 ルードはキャメリアの背に飛び乗った感触と同時に。

 キャメリアは、中庭の雪を巻き上げながら一気に急上昇していく。

 こんなときでなければ、幻想的な光景だっただろう。

 続けてイリスを乗せたアミライルがキャメリアの背中を追う。

 しかし、追いつくどころか徐々に引き離されていく。


「キャメリア」

「手加減なしですね。状況は理解しています」

「うん。時間が惜しいんだ」

「しっかり掴まっていてください」

「お願いっ」


 ルードがキャメリアの背に伏せるようにする。

 かなりの高度に達しているように思える。

 そこからやや高度を下げつつ、キャメリアの翼から赤い炎のようなものが揺らぎ始める。

 その瞬間。

 『ドンッ』という衝撃音と共に、キャメリアは自身初の速度を達成するのだった。


 ▼


 若干疲弊した感じのキャメリア。


「大丈夫? 無理させちゃったみたいだけど」

「いえ。これも仕事ですの、で……」


 ルードはキャメリアの手を握り、治癒の魔法を流す。


「そ、そんな。よろしいですのに」

「ううん。僕がやらせたんだ。これくらいさせて」

「ありがとうございます」


 体力を回復し終わったキャメリアを連れ、ルードはシーウェールズの支店となったエリス商会を目指す。

 その店先はお客さんとは思えない風貌、服装をした人たちが群がっている。

 それはまるで、先日髪油を求めるウォルガードのご婦人たちのように。


 怒号の飛び交う店先。

 いつもと違う雰囲気から、近隣の商店の人、観光客の人々も心配そうに遠巻きに見ているしかできない状況のようだ。

 アミライルもキャメリアほどではないが、空での速度は遅くない方らしい。

 だからこそ、この事態が起きてすぐ、ルードの元に駆け付けることができたのだろう。


 キャメリアがルードの耳元で囁いた。


「あの者たちを黙らせましょうか?」

「いや、手出しはしちゃ駄目。とにかく裏手に回ろう」

「はい。かしこまりました」


 いつものように澄ました表情のキャメリア。

 だが、同僚同郷のアミライルがあれだけ慌て、切羽詰まった表情で助けを求めてきた。

 ルードの祖父であるアルフェルに罵声を浴びせる男たち。

 明らかに敵と判断したのだろう。

 かといって相手は『ただの人間』にしか見えない。

 この場で排除させることもできたかもしれないが、観光客のいるこの商業地区では悪手だ。

 遅れてイリスが来るだろう。

 彼女に情報収集を任せてある。


 ルードは商会の裏手に回った。

 そこには夫の背中を心配そうに見つめているエリスの母、ローズの姿があった。


「ローズお母さん」

「ルードちゃん。あの人を、アルフェルを」

「ルード様、旦那様を」

「うん、任せて」


 アルフェルに向けられる男たちの罵声。

 今のルードには内容を聞き取ることができないくらいになっている。

 その内容は、エリス商会を、アルフェルを罵るものだろう。

 それでもアルフェルは、毅然とした態度で背後にいるローズを守ろうとしている。


 そんなときだった。

 偶然とは思えない威力でアルフェルの頬を殴った男がいた。

 その程度ではアルフェルは揺らぐことはなかったが、彼の口元からつーっと血が流れていく。

 頬の内側を切ってしまったのだろうか。

 アルフェルはきっとその男を睨み返す。

 背後にいるルードに気づいているのだろうか。

 右手で制するようにした後、振り返ってルードに笑顔を見せる。

 『気にするな』と言っているようなその力強い目。


 アルフェルの優しさを感じ。

 まだ殴りかかろうとしている男を視界に捕えてしまったとき。

 それを見たルードの肝がすぅっと冷えていく。

 同時に『支配の力』を解放する。

 怒号を浴びせる男たちだけ。

 周りの商店や観光客に影響がないように、白い霧が男たちを包んでいく。


『静まれ』


 ルードの年齢相応には思えない冷たいトーンだった。

 だがその声は、遠くまで届く大きさでないはずだが、男たちに届いたのだろう。

 ルードが言葉を発したとき、今までの喧騒が嘘のように思えるほど、男たちは静かになっていたのだ。

 範囲内にいたアルフェルには『静まれ』という言葉は、『静かにして』というお願いとして伝わったことだろう。

 それは困惑の表情を見せたアルフェルを見るとわかってしまうからだ。


 振り返ったアルフェルにふわっとした笑顔を向ける。

 ルードは心の中でアルフェルに呟く。


「(出すぎてごめんなさい……)キャメリア、あの男を捕縛。正門でウェルダートという人に伝えて引き渡してくれる?」

「かしこまりました」


 キャメリアはロープのようなものを取り出し、ルードの力で身動きが取れなくなっている男の手足を縛り、肩に担いで正門へと向かっていく。


「引き渡したら家に戻ってきて」

「はい。行ってまいります」


 ルードの力の範囲から外れた男は、何かを言おうとしたように思えたが。

 『息の根を止めましょうか?』というキャメリアの言葉で何も言えなくなっている。

 そのまま観光客に紛れて真紅の侍女服の背は見えなくなっていった。


「ルード、か?」


 アルフェルは異様な事態に気づいたようだ。

 ルードはアルフェルの耳元で囁くように。


「はい。アミライルが僕を呼びに来ました」

「これは?」

「僕の弟、エルシードが僕に託した力です」

「そうか。これがそうなのか……」


 ルードは屈んだアルフェルの頬に手を当て、治癒の魔法を流す。

 頬の腫れは一瞬でひいていく。


「うん。もう大丈夫だね? 他に痛いところはない?」

「あぁ、大丈夫だ」

「あなたっ。ルードちゃん」

「エランローズ。心配かけた。もう、心配ない」


 ローズは愛おしそうにアルフェルを抱きしめる。

 だが事態は収拾した訳ではない。


「アルフェルお父さん。商会を閉めて家に来てください。僕は先に行ってますから」

「何をするんだ?」

「大丈夫です。見ててください」


 ルードは男たちに向かって。


『僕の後ろをついてこい。ここでは皆の迷惑になる』


 それこそ異様な光景だった。

 あれだけ騒いでいた男たちが、文句ひとつ言わずにルードの後ろを一定の距離を保って離れずに歩いているのだから。


「皆さん、ご無沙汰しています。お騒がせして申し訳ありませんでした」


 そう笑顔で言い、ぺこりと一礼すると、ルードは家に向かって歩いて行った。


 残されたアルフェルとローズ。

 ローズの目から溢れそうになっている涙を、アルフェルが親指で優しく拭う。


「あなた。ルードちゃんって」

「あぁ。俺の立場を考えてくれたんだろうな。キャメリアさんだったか。見ただろう?」

「えぇ」

「いつでも捕縛できるんだ。それをうまく鎮めてくれたんだ。実際、助かったよ……」


 二人はルードに言われた通り、商会の戸締りをして家に向かうことにした。


 ▼


 アルフェルが家に戻ったとき、庭先にはさきほど商会にいた男たちが大人しく座っているではないか。

 まだ雪も残る冷たい庭に。

 それはある意味ルードのお仕置きだったのかもしれない。


 キャメリアとアミライルが戻っていた。

 イリスはもう調査に乗り出したらしい。

 ローズをアミライルが落ち着ける場所に連れて行く。

 アルフェルは、男たちを冷たい目で見降ろしたまま座っているルードの横に座った。

 もちろん男たちの何割かは、ルードがシーウェールズで開発したお菓子や料理などを知っている者もいるだろう。

 交易商の間ではルードの名は、商品開発者としてある程度通っているのだ。


 アルフェルを殴った男が捕らえられた事実もわかっているはずだ。

 自分たちの身に起きている異常は認識しているだろ。

 だが、それでも切羽詰まっているのだろう。

 ルードの『支配』力の効力は続いているようだ。

 可能な限り、男たちはぶつぶつと呟くくらいはできているようだ。


『俺たちを殺すつもりか?』

『お前だけ儲けて楽しいか』

『全財産出して仕入れた荷をいらないと言われた俺の身にもなれ』


 男たちの呟きは、強い口調ではないがそのように聞こえてくる。

 おそらくはエリス商会の店先で言われていたことと同じだろう。

 今初めてルードにも男たちの素性がわかってきた。

 アルフェルと同じ交易商人なのだろう。


 横に座るアルフェルがルードに小さな声で教えてくれる。

 基本的に商人は自分の読みが外れたら自己責任。

 アルフェルは長い間交易商をやっていたことから、旅をする交易商とは別に仲がいいわけではない。

 競争相手であり商売敵なのだから、こんなことを言われる筋合いはないのだ。

 各地で買い物をする人の話を聞き、居を構えた商人の話を聞き。

 どこで何が求められているかを肌で感じるように。

 アルフェルは長年このような交易を続けたことで、どう交易するべきかがある程度読めるようになったという。

 他の交易商や仕入れて売るだけの商人と違い、エリス商会は自力での商品開発ができる。

 馬車での移動ではなく、アミライルの機動力で交易を行う。

 時間を金で買う、必要がないだけ。

 時間短縮が金に代わって、人々も幸せになる。

 ここ最近そう思ってアルフェルは動いていたわけだった。


 ルードが思うに、商人の鑑。

 立派な祖父だと思っている。

 それなのに、ここにいる商人たちはアルフェルのことを『悪徳商人』だと罵っているではないか。

 このままアルフェルが悪人扱いされ、長年続けていた商人としての顔まで潰され、エリスの名前の付くエリス商会の評判まで落とそうとしているようにも聞こえてしまう。


 男たちの毒吐きのような言葉は続いている。

 レーズシモンという国で採れる砂糖の話になっていた。

 砂糖は地域柄その国で一番多く栽培されているらしい。

 その砂糖の値が数倍に上がってしまい、買い付けることが難しくなっていると。

 その原因がアルフェル、エリス商会にあるんだとまで言い出す始末。


 いくら気の優しいルードであっても、それは許せることではない。

 気が高ぶり、身体に震えが出て、今にも立ち上がって一言言ってやろうと思ったそのとき。

 商人として当たり前に持ち合わせている感覚。

 人の気持ちに敏感なアルフェルだから、余計に家族のルードの気持ちに気づいただろう。

 そっとルードの肩に腕を回して、胸元にぎゅっと抱き寄せて。


「すまんな。俺が情けないばかりに」

「……アルフェルお父さんは悪く──」


 ルードにとって初めて、男親の優しさに触れた瞬間だっただろう。

 それ以上何も何も言えなくなったルードは『うん』と一言だけ応える。


「よし、いい子だ。男は素直じゃなきゃいけない。後は俺に任せてくれ。なに、俺だって歴戦の商人だ。ルードがお膳立てしてくれたんだ。ここでやらなきゃ男が廃るってもんだ」


 前に見た、タバサの兄ガルム。

 その大きな背中と同じくらいに大きく見える、立ち上がったアルフェルの背中。

 アルフェルは身体はそこまで大きくはないが、いつもよりも大きく見える。

 これが男親の姿。

 家族を背負っている男の大きさなのだろう。


「ならば俺も言わせてもらおう」


 アルフェルは厳しい眼差して男たちを見回す。


「俺たち商人は『自己責任』だということを、知らんのか? 嘆かわしい」


 アルフェルの言葉で、好き勝手に呟いていた目の前にいる男たちは押し黙ってしまった。


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