第十話 順調だと思っていたが
ウォルガードの雪も解け始めた頃。
ルードの設立した『ウォルメルド空路カンパニー』も、順調な滑り出しをしていたと思う。
ルード家の侍女長キャメリアや、庭師のリューザ、調理見習いとエライダ、シュミラナ。
その四人と相談して、馬車を馬具のように使うこの座席を『龍具』と名付けることにした。
飛龍の姿になったリューザとエライダ、シュミラナは龍具をいとも簡単に背負う。
座席の数の人を何の苦もなく乗せて飛び立つことができていた。
ルード、クロケット、けだま。
リーダにエリス、イエッタとイリスとキャメリア。
フェリスは魔道具作成に興が乗ってしまって『忙しいからまたね』とメルドラード行きを断ってくる。
シルヴィネとも意気投合したのか、今楽しくて仕方がないようだった。
フェリシアは『まだ怖いから』、フェイルズは『フェリシアが行かないなら、我慢する』と今回は遠慮することになる。
黒い髪の龍人状態のラリーズニアは、タバサの仕事を見ていて、錬金術に興味を持ち、今や弟子入りまでしてしまったそうだ。
空を飛んでいるときより、一緒にしょう油を開発していた時間のが長いくらいだった。
そのため、フェリスと同じようにタバサの手伝いという理由で里帰りを断ってきた。
タバサは里帰りを勧めたが、頑としてラリーズニアは引かなかった。
エライダとシュミラナは話し合って、今回はエライダが戻って今まで覚えた料理を王宮の料理人に教えてくることになった。
シュミラナはそのままキャメリアの留守を預かることになる。
料理をしていないときは、キャメリアの下で侍女として手伝いをしているらしい。
シーウェールズでアルフェルを拾おうとしたのだが、忙しいからと遠慮されてしまった。
ちなみにレアリエールは近いうち進級試験があるらしく、それどころじゃないと泣いていたのは仕方のないことだった。
結局、九人でメルドラードまで一緒に空の旅をすることになった。
皆、空の旅は快適だと言ってくれた。
まだ肌寒い季節だったため、上空はもっと冷える。
ただ、リューザたちヒュージドラグナ、ヒュージドラグリーナは魔法が堪能らしく、龍具を覆って魔法で温めることまでしてくれたのだ。
そんなところまで気遣いができるのは『人の身体になって、肌で寒さを経験できたからです』とリューザたちは言ってくれた。
なんでも、リューザたち、キャメリアもそうだが、飛龍の姿のときは寒さには鈍感で、暑さの方がきついらしい。
メルドラードに到着すると、ルードたちはその状況に驚いてしまう。
王宮の人たちは皆、龍人の姿で生活をしているではないか。
まだ一般の人までは『龍人化の指輪』はいきわたってはいないらしい。
ただ、フェリスとシルヴィネが『龍人化の指輪』を急ピッチで増産していると聞いていたから、いつかかなりの人に広まっていくことになるのだろう。
キャメリアの背に乗せられて来たときほどの時間ではないが、かなり早い時間で何の問題もなく到着する。
到着と同時にエライダは料理人たちの元へ急いだ。
今回のメルドラード滞在の時間が惜しいからだと、一言言って。
リューザは積んできた交易品を王宮の倉庫に下ろす作業をしに行った。
王宮の中は、飛龍の国だという意識をする必要がないほど、様変わりをしていた。
身体の大きい人、小さな人、様々だったが皆本来の色が髪にでていて、白い角二本を携えている。
イエッタは仲良しのエミリアーナに王宮を案内してもらう。
リーダとエリス、イリスの三人は、キャメリアを通訳として城下町を散策してくると出ていった。
残されたルードとクロケットは厨房に顔をだして、アドバイスしてから町に散策へ行く予定。
けだまは久しぶりに父ダリルドランと楽しそうに話をしている。
『きょうはパパと一緒にいるね』と言っていた。
ルードとクロケットは、こちらの料理人に沢山の調理方法を教えた。
基本的にはエライダが指導する。
少し彼女が困ったときに助言をする程度にしておいた。
そのうち、うずうずと料理の虫が騒いでしまったルードとクロケット。
結局、沢山の料理を披露することになってしまったりしていた。
ルードとクロケットはデートするように二人で町を散歩していた。
その最中、ルードは力を使ってクロケットも色々な人の話を聞けるようにしていた。
そこで前に出会った串焼きの店の親父さん。
「噂で俺たちが小さくなれると聞いたんだけど?」
「はい。『龍人化の指輪』という魔道具があってですね、僕たちの国とメルドラードで共同開発をしているんです。いずれ、希望する人は僕たちのような姿になることができるようになると思いますよ」
「そうなんだ。何やら食事も更に美味しく感じるって聞いたんだが」
「はい。そうみたいですね」
「それは楽しみだな。そうだ、あれから味も変わったんだぞ、ほれ。一本ずつ食べていってくれ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございますにゃ」
何故か奢られてしまった二人。
近くの芝のような草の生える場所で、並んで食べてみた。
「あ、ほんとだ。美味しくなってる」
「はい。美味しいですにゃね」
前とは違った雰囲気のあるメルドラード。
ルードとクロケットは、久しぶりの町の散策を二人っきりで楽しめていた。
エリスとリーダ、イエッタたちは始めて見る飛龍の国に感動して戻ってきた。
エリスは『これが足りないわね』『あれもいいかもしれないわ』と商人の顔になっている。
リーダは『空気のいいところね。魔力も多くて、過ごしやすい国だわ』と、メルドラードの評価を高く見ているようだ。
イエッタは自分の知らない習慣など、こっそり『見る』ことをしていたらしい。
『これは数百年ぶりの新鮮な気持ちですね。我もまた来てみたいですよ』と喜んでくれていた。
けだまも、ルードとクロケットの家の料理に近づいてきたのか。
『おいしいよ』とエライダたちの作った料理を褒めてくれたくらいだ。
『でも、お兄ちゃんとお姉ちゃんのが美味しい』といって、キャメリアが笑ってしまったりもした。
ほんの数日だったが、そんな風に各々メルドラードを楽しんだ。
エミリアーナと次の交易の日程などを調整し、継続した交易のために必要な物資などを聞いて戻ることになった。
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メルドラードから戻った翌日。
朝からエミリアーナとダリルドランの二人は、当たり前のように混ざっている。
もはや違和感など存在しないかのように、ごく自然に。
そんな中、珍しい三人が食卓に並んでいた。
アルフェル、ローズ夫妻とアミライルだったのだ。
空の交易を始めて時間が取れるようになったということで、孫の顔を見に来るという口実で旅行に来たらしい。
「ローズにはずっと苦労させたし、結婚してからこうして一緒に出掛けることもなかったからな」
「いいんですよ。あなたは商人なのですから」
「でもな、アミライルのおかげでこうして商会を休むことができるんだ。本当にいい娘のようなものだよ」
「そうですね。こんなに遠くまで連れてきてくれて、ありがとう。アミライルさん」
「そんな、私なんて……」
アミライルはローズの隣で少し恥ずかしそうにしていた。
三人を見た、エリスも笑顔で。
「アミライルさん、父と母と一緒にいてくれてありがとうございます。私にとっても妹みたいな存在になっていたんですね」
「い、いえ。とんでもないです。お世話になりっぱなしでして……」
微笑ましい家族の姿を見ていたのだが、ルードは心配事を思い出す。
「アルフェルお父さん。気分悪くなってない? この間お姉ちゃんが、魔力酔いにかかってしまって」
するとアルフェルは。
「あぁ、心配かけてすまないね。『基礎的な魔法は交易商の嗜み』とってね、野営や身を守る術としてある程度の魔法を使うことはできる人が多いんだ。俺も簡単な魔法は使えるんだ。だからこの国が魔力を多く含んだ空気があることも知ってるんだよ」
「……よかった。心配したんです」
「ありがとう。ルードは優しいな」
「私も大丈夫なんですよ。イエッタ母さんから簡単なものは教わってますからね」
杞憂に終わったことでルードは安心した。
アルフェルの話では、狼人の村、猫人の村への交易は定期的に行っているそうだ。
それもアミライルがいることで、積み下ろしから移動、シーウェールズに戻ってくるまで、昼くらいには終わってしまう。
「だからね、物資を調達する方のが時間がかかるくらいなんだよ。本当に助かっているんだ」
「そうね。何日もアルフェルと離れることがなくなって、この人もね。喜んでいるんですよ」
「ちょっと、それは言わないでくれって……」
「あら? そうだったかしら?」
二人のやり取りを見ながら『くすくす』と自然に笑っているアミライル。
最早日常的なやりとりになっているのかもしれない。
何より、空路によって盗賊に襲われる心配がなくなった。
それと同時に、アミライルが龍化すると、キャメリアよりも大きい。
少々狭くはなるが、アルフェルとマイルスたちが四人で乗っても問題がないそうなのだ。
収益も以前より安定している上に、今まで何日もかけて交易を行っていたが、毎日夕方には仕事が終えることができている。
マイルスたちも家族との時間が取れるようになり、仕事への意欲が増したと言っているそうだ。
アルフェルはエリスと商品のことについて話し合っている。
ローズはけだまを抱いて『エリスが子供の頃に戻ったみたいね』と満悦だった。
アミライルはキャメリアに料理について何やら聞いているようだ。
いくら空路を使えばすぐだからと言って、遠くに離れる家族との再開はルードもクロケットも嬉しいものだ。
何よりエリスが元気にやっていることを、たまに無理をするがしっかりクレアーナが休ませていること。
シーウェールズにいた頃と変わらないことを聞いて、アルフェルもローズも安心したそうだ。
夕方になり、皆と一緒に食事を終えると三人はシーウェールズに戻ることになった。
話を聞きつけ、そこにぎりぎり間に合ったレアリエール。
何やら若干げっそりとしているようだが、肌艶は悪くない。
自分の父と母、弟に向けての手紙をアルフェルに託し、急いで学園へ戻っていった。
後でイリスに聞いたところ、進級試験への勉強が大変らしい。
そのため急いで戻ったのだろうという話だった。
飛龍の姿になったアミライルの背に乗り、ローズを後ろから抱くようにして乗り込むアルフェル。
「近いうち、僕たちも遊びに行きますから」
アルフェルとローズは笑顔で、アミライルは『お待ちしています』と一言言って、大空へ飛び立っていった。
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『ウォルメルド空路カンパニー』が行う空の交易もエランズリルドまで可能になっていた。
最初は驚かせてはいけないということもあり、エライダとシュミラナが一緒に訪れることになった。
最初は巨大な龍が降りてきたこともあり、辺りは騒然となってしまったのだが。
人は慣れるもの。
他種族の暮らすエランズリルドになっていたこともある。
何より、有名だったルードが一緒だったから、思ったよりも早く人々への周知は済んでしまった。
その後、リューザが一人で行くようになり、大量の物資をエリス商会へ降ろしてまた戻ってくる。
決まった時間にリューザが現れると、温かく迎えてくれるようになったそうだ。
メルドラードへの交易は、三人がローテーションして一人ずつ毎日行くことになっていた。
これといって輸送がなかったとしても、エライダとシュミラナは料理を指導することがあるのだ。
ただそれも間もなく、レシピさえあればある程度王宮料理人も似たようなものが作れるようになるとのこと。
リューザも、エライダとシュミラナも、メルドラードへ行くことはあっても、あちらに戻ることはないらしい。
キャメリアたちのように、ルードの家臣として働くことをエミリアーナに許しをえているのだそうだ。
他国への交易も楽しくなってきているらしく、他の者に役目を譲りたくないというのが本心らしい。
このように滑り出しは思いのほか順調だと思えた『ウォルメルド空路カンバニー』だったが。
ただそれは、あっさりと暗礁に乗り上げてしまうのだ。
ルードたちは早めに仕事を終える。
ルード家の食卓で次の日の打ち合わせを終えると、夕食の準備が始まった。
ルードとクロケットは支度の邪魔になるからと、まだ雪の積もる庭が見える場所で夕焼けを見ながら寛いでいた。
そんなときである。
一人の飛龍が飛来し、空中で光りを発すると、その姿はアミライルの龍人の姿になった。
ルードたちの姿を見つけると、スカートの裾を濡らしながらも、慌てて走り寄ってくる。
「ルード様助けてくださいっ! 旦那様と奥様が大変なことに」




