第七話 お昼に招かれて、お友達に挟まれて。
なんとか更新できました(;^_^A
メルドラード王国女王、エミリアーナは驚愕した。
『消滅』のフェリスが、ウォルガード前女王のフェリス・ウォルガードが突然の訪問をしたかと思ったら、自分の目の前で笑顔で無理を言うのだから。
「──ということでね、『ルードちゃんからお願いされた』から国交を結ぶことにしたわ。……このお肉美味しいわね。でもちょっと、惜しいわ。ルードちゃんとクロケットちゃんの料理に比べたら残念ね」
フェリスにとって『ルードにお願いされた』ことが重要なのだろう。
エミリアーナの昼食をとっかえして、『残念』と言いながらもひょいぱく。
ひょいぱくと、食べていたフェリス。
唖然としているエミリアーナをよそに、勝手に話を進めてしまう。
「ということでねエミリアーナちゃん。調印の場を設けたから、急いで準備してね?」
おまけに自分のことを『エミリアーナちゃん』と、まるで旧友を呼ぶようにフレンドリーな対応をしてくれる。
「は、はい? 準備と言いますと?」
フェリスに、調印の場を設けたからすぐに準備しろと言われても困ってしまう。
「女王のあなたがひとりで来るわけにもいかないでしょ? ほら、急がないとクロケットちゃんのお昼ごはんに間に合わなくなってしまうわっ」
ルードもキャメリアも、さすがにフェリスの強引さには驚いてしまった。
急遽、ウォルガードを訪問することになったエミリアーナ。
彼女は慌てて準備をしようとするとひとりのフェザードラグナが奥から出てくる。
「あら? ルードちゃん、これ渡してあげて」
ルードはフェリスから二つの指輪を渡される。
「初めまして、僕──」
『ルード様。ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません。エミリアーナさんから話は聞いています。娘が、マリアーヌが我儘言ってませんでしたか?』
「……ということは?」
『はい。私はエミリアーナさんの王配です。そしてマリアーヌの父でもあります。初めまして、ダリルドランと申します』
「はい。王配殿下でしたか。ルードと申します。けだまのお父さんだったんですね。あ、これ。使い方わかりますか?」
『いいえ、ダリルとお呼びください。聞いております。お預かりしますね」
小さな指輪をルードから預かると、胸の前で両手で持って目を瞑る。
そこに姿を現したのは、流石はメルドラード女王の王配なのだろう。
あっという間に着替えの偽装を終えた、物腰柔らかな優しそうな男性だった。
「改めまして、私はエミリアーナさんの夫でダリルドランと申します」
片膝をついてルードとフェリスに挨拶をするダリルドラン。
「あらあら。エミリアーナちゃんの旦那さん。けだまちゃんのお父さんですね。私はフェリス。フェリスちゃんって呼んでね」
「フェリスお母さん。また無理なことを……」
王配であるダリルドランが間を持たせているうちに、エミリアーナの準備が整ったようだ。
今回のウォルガード訪問に随伴するのは、ホワイトドラグリーナとフレアドラグリーナの女性だった。
二人とも物静かな侍女の恰好をしているが、聞いてみると近衛らしいのだ。
ホワイトドラグリーナの女性はヘレリナ。
フレアドラグリーナの女性はキャメロット。
なんと、二人ともキャメリアの従姉妹のお姉さんらしい。
二人が出てきたとき、キャメリアは凄く渋そうな表情をしていた。
なるほど、そういう意味があったというわけだ。
二人はキャメリアと久しぶりに会ったのだろうけど、無駄話は一切しない。
流石は近衛だけはある。
エミリアーナはダリルドランの肩をぽんと叩く。
彼は嬉しそうに振り返った。
「あなた」
「何ですか?」
「お留守番お願いね」
「えっ? 私は置いてけぼりですか?」
「私がいないとき、誰が私の代理をするんですか?」
「ずるいですよ、エミリ姉さん」
「ちょっと。その言い方やめなさい。ダリル。公私は弁えないと」
エミリアーナの焦ったような表情。
ここぞとばかりにエミリアーナに詰め寄るダリルドラン。
「私だってマリアーヌと会いたいんですよ。いつもそうじゃないですか。ルード様が作ってくれた料理だって、ひとりで全部食べてしまうし……」
「やめて。それじゃまるで私が食いしん坊みたいじゃないの」
エミリアーナの口調が変わっていく。
なんでも、ダリルドランはエミリアーナの従姉弟なんだそうだ。
小さいころから常に一緒で、いつも彼女の後ろをついてくる可愛らしい弟のような存在だったらしい。
大人しい性格もあって、彼はエミリアーナのお尻に敷かれてる状態なのだが、何気に彼女をちくりちくりといじめる傾向もあるんだそうだ。
まるで仲の良い兄弟を見るような感じ。
ルードとクロケットそっくりに見えなくもないのだ。
「ルードちゃん、あれ。持ってきてるでしょ?」
「うん。いいの?」
「私のおやつのつもりだったけど。お土産代わりよ」
「うん。キャメリア、お願い」
「かしこまりました」
ルードはキャメリアに氷の入った大きめの箱を出してもらう。
そこから取り出したのは、シーウェールズで携帯用に作った器に入った、ウォルガード製のプリンだった。
「あの、これ。けだまも大好きなんです。食べてください」
ルードはダリルドランに匙と一緒にひとつ渡して、箱はテーブルの上に置いた。
受け取った彼は『?』という表情。
エミリアーナはわかったのだろう。
「ルード様、それ。もしかして……」
「はい。ウォルガードの材料で作ったプリンです。あ、エミリアーナさんは駄目ですよ。あっちでけだまと一緒に食べてください」
「……わかりました」
留守番をいいつけたエミリアーナは手を伸ばそうとしたが、ルードに窘められて諦めたようだ。
ダリルドランは恐る恐る匙で掬ってみる。
ふるふると震える卵の黄身の薄い色のプリン。
口の中に匙ごと入れた瞬間、彼は固まってしまった。
優しそうな表情が更に幸せそうな、蕩けた表情になっている。
こんなに柔らかい食べ物はきっと初めてなのだろう。
けだまそっくりの笑顔。
父娘なんだな、とルードは思った。
恨めしそうにダリルドランを見るエミリアーナは置いておくことにした。
「凄いですね。この姿だと、味わいが違うとエミリ姉さんから聞いてはいましたが、ここまでとは思いませんでした。ルード様から頂いた調味料で調理してもらった肉も美味しかったのですが、これは別格ですね。エミリ姉さん、ずるいですよ……」
「いえ、何も黙ってたわけじゃなくてね、指輪が一人分しか……」
ルードたちは二人のやりとりを苦笑しながら見守っていた。
プリンのおかげか、ダリルドランは留守番することに納得してくれたようだ。
改めてやっと出立することになった。
「ルードちゃん」
「はい?」
「急ぐわよ。お昼の時間に間に合わなくなっちゃう」
「はいはい……」
エミリアーナはダリルドランを抱きしめていた。
「ダリル。留守をお願いね」
「大丈夫ですよ。エミリ姉さん。プリンをゆっくり食べて待ってますから」
「私だって食べたいのに。ずるいわよ。ダリルだって……」
年齢を感じさせない姉弟のようなやりとり。
一度美味しいを覚えてしまうと、やはりけだまの両親なんだなと、ルードは思ってしまった。
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フェリスはエミリアーナと話があるのか、二人でフレアドラグリーナのキャメロットの背に乗っている。
ホワイトドラグリーナのヘレリナは殿を守るように飛んでいた。
ルードは政治的なことには明るくない。
メルドラード~ウォルガード間の空の旅はそれ程長時間ではない。
フェリスは、その間に少しでも話を進めておいてくれるのかもしれない。
ルードはメルドラード王室であったことの方が気になっていた。
「キャメリア」
「なんでしょう?」
「キャメロットさんって」
『はい。私の従姉妹です。怖いんですよ、真面目すぎて……』
キャメリアの声には少し緊張している感じがする。
彼女が真面目で怖いというくらいなのだから、キャメロットはかなりの堅物なのだろう。
少し前をキャメリアが飛んでいる。
先導する形になって、その後ろをキャメロット。
殿をヘレリナという感じだ。
空の旅は快適で、今のところ障害になりえるものがないため、何事もなくウォルガードへ着いてしまう。
上空をドラグリーナが飛ぶことは最近では珍しくはないようになったウォルガード。
そんなことから、お忍びの訪問が可能になってしまった。
いつものようにキャメリアにホバリングしてもらいながら、屋敷の中庭に降りてもらう。
キャメロットもヘレリナも同じように静かに降りてくれた。
キャメリアは普段通り、真紅の侍女服に身を包むとルードの後ろに立った。
フェリスはルードの手を借りてキャメロットの背から降りる。
続いてルードはエミリアーナに手を差し伸べ。
「遅くなりましたが。ようこそウォルガードへ」
手を貸してくれるルードの笑顔は、エミリアーナにも可愛らしく思えた。
▼
キャメロットとヘレリナも急いで人の姿になる。
エミリアーナに続いて屋敷の玄関を二人も潜った。
するとルードたちの方向とは違う、屋敷の奥へとキャメリアに連れていかれてしまった。
キャメリアの目は『お任せください』という感じだった。
何か考えがあるんだろうと、ルードは思った。
「あの、ルード様」
「大丈夫です。キャメリアが何か考えてるだけだと思いますよ。彼女は真面目ですから変なことにはならないはずです」
「そこまで信頼されているのですね」
「はい、いつも助けられています」
すると音もなくルードの傍にイリスが近づいてきた。
「いらっしゃいませ。エミリアーナ様。わたくし、ルード様の執事をさせていただいております、イリスエーラと申します。お気軽にイリスとお呼びください。ルード様、お帰りなさいませ。フェリス様もお疲れさまでございます」
「うん。ありがと」
「お腹すいちゃったわ」
「はい。ご用意できています。エミリアーナ様もこちらへ」
イリスの突然の出現にエミリアーナは驚いていた。
それはそうだろう。
今まで気配すら感じなかったルードの傍に、イリスがいきなり現れたのだから。
「ルード様。こちらの方もフェンリルなのでしょうか?」
「そうです。女性はフェンリラと呼ばれていますね。エミリアーナさんたちと同じような意味合いです」
なるほど。
ドラグナとドラグリーナのような名称違いなのだろう。
エミリアーナも納得していた。
ウォルガードに到着して早々、中餐会のような席に案内される。
それにしては、テーブルが低いのだ。
椅子もなく、高さ数十センチの広いテーブル。
エミリアーナも初めて見るものだった。
そこに並べられた物凄くいい匂いのする料理の数々。
エミリアーナはフェリスに手を引かれ床へ直に座るように促される。
そこには見たこともない敷布が敷かれていた。
実はそれは、イエッタのリクエストでルードが作らせた、イ草に似た香りのする畳モドキのシート。
更に驚いたのは、いつの間にかいなくなっていたルードが配膳の指示をしていることだった。
そのルードの足元に纏わりついているのは、エミリアーナの娘、けだまだった。
とても楽しそうに、けだまもルードの手伝いをしているように見える。
戻ってきたキャメリアも混ざると、後ろにはキャメリアに似た服を着たキャメロットとヘレリナの姿が。
キャメリアが指示をして二人も配膳を手伝っているではないか。
そこに混ざってけだまがその小さな手で皿に盛られた料理を持ってくる。
テーブルに置くとルードに近寄り、ルードに頭を撫でてもらい、嬉しそうにしている。
娘の成長を目の当たりにしたエミリアーナは、とても嬉しくなってきていた。
箸に慣れていないエミリアーナには、スプーンとフォークが置かれる。
プリンで使う匙とは違い、少し大きめなのがスプーンらしい。
他の席には木で作られた箸が準備されていた。
あれよあれよと、準備が整う。
配膳も終わったのか、キャメリアはテーブルの横に座り、お櫃からごはんをよそい始める。
ルードが座ると、その膝の上に慣れた感じにけだまが座った。
その横には白ごはんをフェリスに渡そうとしてキャメリアに怒られたクロケットが渋々座る。
クロケットが怒られたのを見て、けだまは笑っていた。
実の兄、姉のようにけだまと仲良くしてくれている。
エミリアーナはきっと、ルードにけだまを預けて良かったと思っていただろう。
エミリアーナの前に置かれている多種多彩な料理。
お昼の献立は、イワシそっくりの魚の乾物から出汁を取った、だし巻き卵。
葉野菜と根野菜の薄い味噌味の煮物。
白身の魚の味噌煮込み。
それに葉野菜の吸い物。
主食はほかほか白ごはん。
国柄、ダイナミック(適当とは言えないが)な盛り付けの食事しか見たことのないエミリアーナには新鮮に見えただろう。
「フェリス様。中餐会へのご招待、ありがとうございます」
エミリアーナはフェリスに深々と頭を下げようとするが。
「えっ? ごく普通のお昼ごはんだけど?」
「はい?」
「はいはい。じゃ、いただきましょう。ルードちゃん、もういいわよね?」
『パンパン』と手を叩くと、皆、フェリスに注目する。
「はい。大丈夫ですよ」
「お腹すいてたのよね。じゃ、いただきます」
『いただきます』
フェリスの声に合わせて、皆『いただきます』をすると、一斉に食べ始める。
こっちに来る間、色々話した時に世代が同じだったこともあり、フェリスはエミリアーナを気に入っていた。
恐らくは、同世代のイエッタとすぐに仲良くなったのと同じなのだろう。
「これはね、もう味がついてるから、スプーンのがいいかもね。こうして、ほら食べてみて」
まるで学園の同級生に勧めるみたいにフェリスはエミリアーナに食べ方を教える。
『郷に入れば郷に従え』という言葉があるわけではないが、似たような考え方がメルドラードにもあるのだろう。
ウォルガードに来るまでの短い間だったが、仲良くなれたフェリスがそう言うのだ。
疑うことなく、スプーンを口にしてみた。
「……甘いですね。卵料理はこう、ただ焼くだけではないのですね」
「そうね。私もルードちゃんとクロケットちゃんから新しい食べ方を沢山教わったのよ。長い間生きてきたけど、最近はね。毎日が楽しみの連続なのよ」
そんなとき、右に座る女性がぼそっと呟く。
「そうですね。毎日楽しみだわ。でも、『おしょう油』があったらもっと楽しめるのにね……」
「イエッタちゃんは贅沢だからねぇ」
「えっ?」
まさか右に座る狐人の女性が『瞳のイエッタ』だとは思わなかっただろう。
メルドラード王室にも伝聞として伝わっていた二人に挟まれていたとは。
女王であるエミリアーナも背筋を正し、ちょっとだけ緊張しただろう。
「ほらほら、こっちも美味しいのよ」
「そうですね。これも味が染みてて美味しいですよ」
何故かイエッタまで世話を焼き始める。
ある意味の怖さと、美味しさの板挟みになったエミリアーナ。
「イエッタちゃんもね、私たちと同じ年なのよ」
「そうだったのですか?」
「そうですね。我もフェリスちゃんに聞くまでは知りませんでしたからね」
女学校の同窓会のような、同級生のお昼時間のような。
ここが異国だということを忘れてしまうほど、楽しい時間が流れていた。




