第六話 フェリス、突撃隣国の朝ごはん。
なんとか更新できました。
次回は少々お待ちください。
今書いてます(´・ω・`)
ルードとクロケットの誕生祝いから一晩明けて。
朝食が終わると、ルードはクロケットの訓練をしていた。
クロケットの尻尾は漆黒の二股。
ルードが今まで出会った猫人には持つ人はいなかった。
タバサが伝聞で聞いた程度の話だったが、以前いたらしいということだった。
クロケットの生まれた村は小さく、家族のような感じのところだった。
そのため彼女は小さいころに料理と裁縫を学んでいた程度。
生活に密着したもの以外を学ぶのは、実はこれが初めてだったりするのだ。
思いのほかクロケットは飲み込みが早い。
ただ、古からの言い回しの『にゃ』が邪魔をして呪文を詠唱する際、たまに噛んでしまうのだ。
ルードは天才的なひらめきとその卓越した魔力操作により、かなり適当な詠唱でも魔法が発動する。
というよりはルードの気持ちを表す形で呪文を詠唱すると、より高い精度でかつ、強力な魔法を発動させることができたのだ。
結果、ルードは料理を教える感じでクロケットに手ほどきをしていった。
ルードも実はリーダから教わったことは狩りと魔法だけ。
この国にある学園で教えられているような学問に触れたことはないのだ。
ルードはシーウェールズにいるとき、レアリエールの弟。
シーウェールズの王太子、アルスレットからこの世界の成り立ちや情勢。
簡単に言えば学園で習うような一般常識を、教えてもらっていたのだ。
アルスレットが教えてくれることはルードにとってはとても新鮮だった。
ルードも飲み込みが早かったせいか、彼はつい自分の知っていることを沢山教えてくれた。
そのため、ある程度のこの世界での常識に触れることができたのだ。
ルードはアルスレットを兄のように思い、弟の欲しかった彼はルードを可愛がってくれた。
姉にいじられまくった反動が、ルードへの優しさだったのかもしれない。
ともあれ、ルードはアルスレットに感謝をしている。
その恩もあることから、レアリエールを邪険にできない部分もあったのだろう。
クロケットの手のひらに、拳大の炎が揺らめいていた。
「前よりも大きにゃものが出ましたにゃ」
「うん。うまくいってるね。その炎をこう、細くしたり太くしたりできるかな? 頭の中で思い描く感じで『炎よ細くなれ』とか『炎を太くなれ』って気持ちを込めて詠唱するんだよね。僕の場合は」
クロケットは首を傾げてしまう。
ルードは教え方は上手なのだが、若干天才肌な部分もある。
うまく説明が伝わらないこともあるのだ。
ただこうして毎日ある一定以上の魔力を魔法をさせることで、クロケットが再び倒れるようなことはなかった。
ルードを前から見ていて『魔法を使えるのが羨ましかった』と彼女は言っていた。
だからこそ、こんな単純な魔力の行使ですら楽しそうにしてくれるのかもしれない。
『炎よ細くなれ』
『炎よ細くなれ』
『炎よ細くにゃってくださいにゃ……』
最後にはお願い口調になってしまっている。
その気持ちが通じたのか、それとも他の理由かはわからない。
炎が細く、少しだけ色味が黄色味を帯びてくる。
それは一瞬だったが、魔力の制御に成功したということなのか。
ルードが教えている方法は、実はかなり高度な制御方法なのだ。
魔法を覚えたてのクロケットには若干荷が重いはず。
だが、クロケットが根気よくつづけていると成功してしまった。
それ故にルードは、リーダがくれたノートに書いてある呪文のように、マニュアルに沿った使い方をしていないのだろう。
『適当』でうまくいってしまうのは、『天才肌』な証拠。
案外天然なクロケットにはお似合いの先生なのだろう。
彼女も普通と違う片鱗が見えてきている。
それは彼女の持つ尻尾の数。
タバサが言うように、もしかしたら魔法の素養があるのかもしれない。
「あ、ちょっとだけ細くにゃってくれましたにゃっ」
「やったね、お姉ちゃん」
「ルードちゃんおかげですにゃ」
クロケットがにこっとルードに笑いかける。
そのタイミングで集中力が切れて、炎は消えてしまうのだ。
「あ、消えてしまいましたにゃ」
「うん。でもさ、身体の方はどう?」
「にゃにやら、身体の中でぼわーっとしたものが楽ににゃってきましたにゃ」
それは取り込んでしまった魔力をうまく消費できたということなのだろう。
「よかった。こうして練習していれば、お姉ちゃんが倒れる心配なないかもね」
「でも、ルードちゃんにキスしてもらえにゃくにゃりますにゃ……」
「だからそれは応急処置だって……」
ルードは『ボンッ』という勢いで顔を真っ赤に染める。
クロケットはそんなルードが可愛くて仕方がない。
思わずルードを抱きしめたクロケット。
そんな二人を見ていたのか。
二人の少し上に影が現れる。
翼を羽ばたくような音と共に、二人に何かがぶつかるような柔らかな衝撃が加わった。
「おにーちゃん、おねーちゃん。ぎゅーっ」
それはけだまが飛んできて、ふたりに抱き着いたのだろう。
「けだまちゃんですかにゃ」
「けだま。ちゃんと飛べるようになったんだね」
「うんっ。ぶわーって、ぐぉーってねー」
けだまの表現はちょっとわかりずらい。
でもそんなところがふたりはお気に入りだったのだ。
けだまはルードが記憶の奥で垣間見た、天使にそっくりになってきている。
天使と違う部分は、角があるだけ。
先の丸い角も含めてけだまは可愛いのだ。
翼の手入れをクロケットが丁寧に毎日しているせいか、さらにモフモフ感が上がってきている。
天使の笑顔と極上のモフモフ。
それは最強の癒しなのだろう。
▼
フェリスとの約束を取り付けたルードは、メルドラードへ向かうことにした。
クロケットたちには『すぐに戻るから』と伝えて、ルードとキャメリアの二人で向かうことになったのだ。
さて出発しようとしたときだった。
ルードとキャメリアの行方をちょっと小さな影が遮る。
その正体は。
「あれ? フェリスお母さん、今日はどうしたの?」
「何を言ってるの? 私もついていくわよ」
「えっ? なんで知ってるの?」
「私を誰だと思ってるの?」
そんな彼女の後ろで、イリスが申し訳なさそうに頭を下げている。
きっとイリスからルードの予定を聞き出していたのだろう。
「ほらルードちゃん、ちょっと前開けて。……とうっ!」
フェリスはその場から高く飛び上がると、くるくると空中で二回ほど宙返りしてから手を広げてルードの前にすとんと座った。
なんとも過剰な演出だろう。
呆気に取られたルードを振り向いて。
「さぁ、ルードちゃん行くわよっ!」
「う、うん」
「すみません。申し訳ありません。ルード様、ごめんなさい……」
イリスはひたすら謝っていた。
「いけーっ、キャメリアちゃん。あなたの実力はそんなもの?」
「いえ、まだまだいけますっ!」
フェリスに煽られたキャメリアは翼に炎の魔力を展開する。
からだを後方に持っていかれるような感覚と共に、一気に加速していく。
「フェリスお母さん。大丈夫なの?」
「大丈夫、よ。私を、誰だと、思ってる、の?」
さすがのフェリスもちょっときつく感じているのだろう。
キャメリアが同時に使っている風の魔力による障壁で、風圧は抑えられているがそれでもある程度以上の影響はあるのだ。
この世界には研究されていないだろう、重力加速度。
よくF1などの解説で使われる『G』というものだ。
ルードはキャメリアにつかまっている。
そのルードに身体を預ける形になっているから、フェリスの身体にも多少のGはかかっているのだ。
ウォルガードに引っ越してきたときのような、ゆったりとした飛行ではなく、ルードがキャメリアに頼んで全開で飛んでいるときより少し遅いくらい。
その衝撃からくる疲労を和らげるために、ルードはフェリスに癒しの魔法をかけ続けているのだ。
そうこうしている間に、遥か遠くにだがメルドラードの幻影である山が見えてくる。
そこからはあっという間だ。
速度を緩め、その幻影を突っ切っていく。
「ちょっとルードちゃん、ぶつかる。ぶつかるからぁ!」
山肌にぶつかるかもしれない、というとき。
思わず目を瞑ってしまったフェリス。
「大丈夫だよ。あれは秘匿に使ってる幻影らしいから」
「へっ?」
「ほら、もう」
「めるどらーどにつきました。おつかれさまです」
フェリスがルードとキャメリアの声で目を開く。
そこには広大なメルドラードの国が広がっていた。
「ルードちゃんが言ってたことって、本当ね。確かに魔力が豊富な国みたいだわ」
「うん。僕も驚いた。ウォルガードにそっくりだなーって」
「そうね。ということは?」
「そうそう。肉や野菜は美味しいんだけど、調味料が少なかったんだよね……」
「なるほどねぇ」
キャメリアが王城付近まで来て、ホバリングを始めた。
「ルードさま、フェリスさま。とうちゃくしました」
「うん。ありがと」
「キャメリアちゃんありがと」
「いえ、どういたしまして」
キャメリアは細心の注意を払って音もなく着地をする。
ここで言うのもなんだが、実をいうとルードはこの世界の服装面での常識を知らなかったりする。
ルードが先に降りて、フェリスに手を差し伸べる。
フェリスはルードの手を笑顔で取り、すとんと軽やかに降りてくる。
「そういえば、フェリスお母さん」
「ん?」
「それ、イエッタお母さんからもらったんだね?」
フェリスが今日来ている服は、イエッタからもらった反物を膝丈に仕立て直したもの。
淡い緑のちりめん柄。
帯は純白。
浴衣といえば浴衣。
振袖といえば振袖。
腰の帯をリボンのように結んで相変わらずのあざとさを演出している。
イエッタは和裁が得意らしく、興が乗ってしまったのだろう。
フェリスらしさを前面に押し出した、可愛らしい感じに仕上がっていた。
「うん。イエッタちゃんにねお友達になったときにもらったのよ」
かといって普通に考えたら、公式ではないとはいえ初の訪問でこの姿はありなのだろうか。
ルードには判断できないのである。
「うん。似合ってると思うよ」
「でしょ? 可愛いでしょ?」
「うん」
「とてもおにあいだとおもいます」
「キャメリアちゃんもありがとねっ」
この国の建物は、二階が正面玄関になっている。
ルードも最初は驚いたのだ。
一階に降りると、小さな出入り口しかなかったから。
キャメリアを先頭に、奥へ進んでいく。
この王城ではルードはすでに顔を知られている。
すれ違うドラグナ、ドラグリーナは膝をついて会釈をするのだ。
「これまた壮観ねぇ」
「僕も困っちゃうんだけどね……」
「ルードさまは、このくにのしょくをすくってくれたのです。これからもっと『おいしい』をこのくににはこんでくれるのですから。ルードさまをすきになってくれるひともふえていくとおもいます」
キャメリアがルードも見覚えのある場所で足を止める。
右手の指輪を外すと、入り口に立っているドラグリーナに声をかける。
『エミリアーナ様はいらっしゃいますか?』
ルードも初めて見る純白のドラグリーナだ。
女王が治める国だけに、側近も女性なのだろうか。
『はい。ご在室にございます。これはルード様。先日は“美味しい”をもたらしていただき、感謝しております』
「うん。喜んでもらえたら僕も嬉しいですよ」
『どうぞ、お入りください。女王陛下、ルード様をお通しいたします』
『ちょっと待って。そんな、急に、あぐっ!』
中で何やら慌てている様子。
白いドラグリーナがドアを開ける。
そこには半分涙目な美しい女性。
以前会ったときより若干皮膚の色つやが良くなっている感じがする。
エミリアーナはルードの後ろにいるフェリスの姿を確認すると、慌てて右手に指輪をはめる。
それを見たキャメリアも指輪をはめ直す。
「……エミリアーナ様」
「ふぁい」
「飲み込んでからお話しください。それと」
「んくっ。な、何かしら?」
「太りましたね?」
「やめてーっ! 食べ物が美味しいのがいけないのよっ」
「あははは……」
エミリアーナはグラスにある飲み物を飲む。
落ち着きを取り戻したように誤魔化すと。
「あら? そちらのお嬢さんは?」
「あ、この人は僕の──」
フェリスはくるっと回って、笑顔で答える。
「初めまして、フェリスちゃんですっ!」
「えっ? フェリス様って、あの? ……えぇえええっ!」
これがこの国初の珍事になるとは誰も思っていなかったのである。




