第五話 誕生祝い。
シーウェールズにあるルードの家とは違っていた。
ここは元々リーダ個人の屋敷。
『食っちゃ寝さん』と呼ばれていたとはいえ、王女の屋敷だったのだから間取りもそれなりのものだった。
少し大きめのホールのようになっている広間で、中央に長いテーブルが置かれている。
今日はリビングではなく、ここでウォルガードでよくある立食パーティーのような形で行われることになる、ルードとクロケットの誕生日。
イエッタから提案があった、バイキング形式の料理の盛り付け。
「『好きなものを自分でお皿にとって食べる』というのがあるのです」
彼女のこの言葉でルードは思考を巡らせた。
そこに浮かんできたのはとあるパーティの景色。
それを似たように再現したのが、このホールでの形式だったのだ。
「お姉ちゃん、こっちできたよー。そっちどう?」
「もうすぐできますにゃ。あ、キャメリアさんこれ、持っていってくださいにゃ」
「はい、かしこまりました」
キャメリアは新しくフェリスが作ってくれた指輪で、より流暢に話すことができている。
ところで、確かルードとクロケットの誕生日を祝う集まりになるはずなのだが、二人は汗だくでキッチンに籠っている。
それは仕方のないことなのだろう。
皆、二人の料理を楽しみにしてくれているのだから。
「ルード、クロケットちゃん。そろそろ一度こちらに来なさいね」
「うん。母さん。これ終わったらね。お姉ちゃんこっちあがったよ。そっち手伝うから」
「あ、ありがとうですにゃっ」
多少冷めても美味しいように、あまり濃い味付けにはしていない。
「ルード君、プリン持ってきたわよ」
「ありがと。タバサさん。お姉ちゃん、こっちいいから、氷室に入れておいて」
「はいですにゃ。あ、ありがとうですにゃ。タバサお姉さん」
タバサが作ったものだが、大量に作れることからルードはあらかじめ頼んでいたのだ。
それもウォルガード産のたまごと牛乳を使ったもの。
美味しくないはずがないのだ。
一通り料理を仕上げて、クロケットと一緒にルードは皆の前に出ていく。
すると、温かい拍手が二人を包んだ。
「うわっ。びっくりした」
「うにゃっ」
ルードの腕にしがみついてびくっと身体をすくませるクロケット。
彼女の二本の尻尾はぶわっと広がる。
「ルード、十五歳おめでとう。クロケットちゃん二十歳、おめでとう。二人が少し前に婚約して、わたしは嬉しかったわ。ちょっとだけね、娘がほしかったのよ。ずっと仲良くするのよ。あとね、ルード」
「うん」
「あなたに救われたわ。あの子の魂を救ってくれてありがとう」
「僕の大事なお兄ちゃんだからね」
リーダが代表して祝いの言葉をくれた。
リーダに入れ替わり、フェリスが二人の間に割り込んだ。
「ルードちゃん、クロケットちゃん。おめでと。この席を借りて、先代女王として宣言させていただくわね。んー。私たちの愛すべき息子、フェムルード・ウォルガードを正式に王太子として『認めさせる』ことにしたからねっ」
『認めさせる』ということは、おそらく反対している者がいるのだろう。
それをフェリスがごり押ししてでも『認めさせる』と宣言したのだ。
「いざとなったら、ルードちゃんに『お願いして』もらえばいいんだし」
フェリシアが苦笑してぼそっと漏らした。
「やはり、フェリスお母さまが女王ならばよかったのではないですか?」
「嫌よ。ゆっくり魔法の研究できないじゃないの。うるっさいのよね。古いかちんこちんのあたまのじじーたちがね」
ここにいないからといって、実に言いたい放題。
目の前にいたとしても、同じように言うのだろう、とルードは思った。
「あ、忘れてたわ。クロケットちゃんこれ、あげる。ルードちゃん、クロケットちゃんにしてあげてくれる? 左手の薬指だからねっ」
ルードの手のひらにフェリスが何かを手渡した。
言われるがままにクロケットの左手の薬指にはめた。
それは質素だが可愛らしい指輪だった。
「こ、これ。にゃん、にゃんにゃのですのですかにゃ?」
驚いて半分噛みそうになりながらも、しっかりと言い切って。
「あのね、あの人。フェンガルドがくれた指輪なのよ。この国もね、前はこんなに大きくなかったわ。あの人がやりくりしながら作ってもらったって。私ね、ルードちゃんのお嫁さんになる、クロケットちゃんにあげようと前から思ってたのよ」
千年も大事に持っていた亡くなった夫の形見だった。
クロケットもルードから聞いてその話は知っていた。
悲しい悲劇だったと。
「そんにゃ、大事にゃものを……」
「それだけ大事なのよ、あなたもね。ルードちゃんをお願いね。私たちの可愛い息子なの。私にとってもね、フェリスやフェルリーダ、あ、フェイルズもいたわね。同じくらいに、いいえ。それ以上に、私の命より大事な息子なの。千年以上も悩み続けた、後悔し続けた。夫と娘に会わせてくれてね。先に進めるようにしてくれたのよ」
「はい、ですにゃ」
「あなたも同じくらいに大事に思ってるわ。ルードちゃんから色々聞いているのよ。大好きなお姉ちゃんがいますってね」
「ちょっと、フェリスお母さん」
「この子はね、自分で何でも背負ってしまうって、フェルリーダが心配していたわ。でもね、最近は家族を頼ってくれるって喜んでいるのよ」
「ふぇ、フェリス母さん、それ内緒──」
リーダがバラされてしまって焦っていた。
そんなことはおかまいなし。
フェリスは淡々と続ける。
「いいじゃないの。素敵なことよ。ルードちゃんはね、国王になる前も、国王になったあとも、きっと無茶なことをすると思うの。だからね、この意地っ張りなルードちゃんをちゃんと見てあげてね。支えてあげてね。それが一緒にいられない私のお願い」
「はい、ですにゃ」
クロケットを抱きしめたまま、フェリスはルードをしっかりと見た。
彼女の目はちょっとだけ怖い。
まるで飲み込まれてしまうような強い目だった。
「ルードちゃん」
「はい」
「あなたはどんなことがあっても、死んじゃ駄目よ。善政を行う者はね、命を狙われるわ」
「はい」
ルードが聞く、生まれて初めての怖い言葉だった。
「どんなに平和な世の中でも、平和を望まない者は虎視眈々と狙っているわ。あなたがエランズリルドの悪を壊したのを、知ってるでしょうね」
「はい」
「でもね、あなたにはフェルリーダとイリスエーラ。私だってついてるわ。あなたの力は攻撃力に特化していない。悩んでいるでしょう。気にしなくてもいいの。戦える人が戦えればいいの」
「でも」
「私を誰だと思ってるの? あなたのフェリスちゃんなのよ?」
「はいっ。わかりました」
「いい子ね。いつまでもその優しさを忘れちゃ駄目よ」
「はいっ」
フェリスに代わってフェリシアが二人の前に来る。
「フェリスお母さまに全部言われてしまいましたね。私からは」
ルードとクロケットの手を握る。
『蒼き男と碧の女の魂をもって始祖狼より祝福を与えん』
フェリスの右手からは青い光。
左手からは緑の光が二人の腕、肘、肩を伝って全身を包んでいく。
とてもあたたかい。
誰かに抱きしめてもらっているような、そんな感覚が二人を包む。
「これね。本来は前国王が新国王と新王妃を祝福するときに使う呪文なのよ。でもいいわよね。私たちの大切な息子と娘なのですから。私はルードちゃんにいずれ王位を譲るのですから」
その微笑みはとても綺麗だった。
イエッタとクレアーナに背中を押されて、エリスがつまずきそうになりながらルードたちの前に出されてしまう。
「エリス、ほら、言ってあげなさい」
ルードの横にいたリーダが彼女を諭す。
「リーダ姉さん……」
リーダは笑顔で頷いた。
「ルードちゃん」
「はい、ママ」
「生きててくれてありがとう。私を生かしてくれてありがとう。エルシードの、私とクレアーナの無念を晴らしてくれて、ありがとう。こんなに沢山の人に愛されてくれて、ありがとう。クロケットちゃん、ルードを愛してくれてありがとう。それだけっ」
恥ずかしそうにクレアーナの後ろに隠れてしまった。
その後、タバサもクレアーナも、キャメリアたちも一言ずつ声をかけてくれた。
隅っこで小さくなっていた、身体の一番大きい、来客唯一の男性。
フェイルズがルードとクロケットの頭を交互に撫で、『ありがとう』と一言だけ言って下がってしまった。
最後にレアリエールが、美しい所作で二人を祝福してくれた。
彼女は何か言いたそうだったが、『おめでとうございます』と一言だけ言って後ろへ下がった。
一通り皆祝いの言葉をかけ終わると、フェリスが前に出てくる。
くるっと振り向いてルードとクロケットの腕に抱き着いた。
「ほら、ルードちゃんとクロケットちゃんの作ってくれた料理が冷めちゃうわ」
「うん。沢山作ったから、食べてください」
「ですにゃ」
フェリスとルード、クロケットが食事を促す。
皆忘れていたようだ。
我先にと二人の作った料理に群がる。
けだまがルードの足元にひしっと抱きついた。
ルードが抱き上げるとけだまはクロケットにも手招きをする。
クロケットが顔を寄せると、けだまはクロケットの頬にキス。
続けてルードの頬にもキスをプレゼント。
「おにーちゃん。おねーちゃん。おめでと」
皆の真似をして『おめでとう』を言ってくれた。
それは誰が教えたわけでもない。
けだまからの祝福だったのだ。
「はぁっ……。まるで天使が祝福をしているようですね……」
けだまを挟んだ二人をうっとりと見つめるイエッタは、ため息と同時に小声でそう呟いたのだった。
料理があっさりとなくなり始め、ルードとクロケットは慌てて追加で作り続ける。
キャメリアとラリーズニアが急いで皿を入れ替える。
置いた傍から減り続ける。
作っても作っても追いつかない。
だが、それが二人は楽しくて仕方がない。
用意した食材が底をつき始めたころ。
やっと食欲魔人たちの欲求が止まってきたのだ。
宴もたけなわ、けだまも眠くなって船をこぎ始めている。
「僕とお姉ちゃんは、僕が小さいときからずっと一緒にいてくれました。これからも一緒にいてくれると約束してくれています。僕はずっとお姉ちゃんを大事にしていける大人になろうと思っています」
「私は前に不注意で攫われてしまいましたにゃ。そこで助けてもらったときから、私の王子様でしたにゃ。今、本当に王子様ににゃってしまいましたにゃ。私はルードちゃんにふさわしい女性ににゃれるのか不安でしたにゃ。でも、家族のみんにゃが助けてくれましたにゃ。沢山のことを教えてくれましたにゃ。ルードちゃんだけでにゃく、家族のみんにゃも大事にしていきたいですにゃ」
二人の目標の話で誕生を祝うささやかなパーティは終わりを告げた。
片付けをしようと思ったら、『そんなことをしていないで来てくれた人を見送ってください』とキャメリアに怒られた。
「ルードちゃん。私のてに負えない人がでてきたら、またあのときみたいに『跪けー』ってお願いね。かっこよかったからねー」
「フェリスお母さん、からかわないでくださいよ」
珍しくルードより一歩前に出るクロケット。
クロケットの左手薬指にはフェリスから譲り受けた指輪が光っている。
「フェリスお母さま。この指輪、大事にさせていただきますにゃ」
「あの人のくれたものだから、ルードちゃんの大事なあなたに託したのよ。大事にしてくれたら私も嬉しいわ」
フェリスの前に腰を低くするクロケット。
フェリスはそのままクロケットをきゅっと抱いてから、すぐに離れる。
後にフェリシアがうずうずしながら待っているのに気づいているのだろう。
「あはっ。またねルードちゃん、クロケットちゃん」
フェリスは先に客車へ上がっていく。
フェリシアはルードとクロケットを両手で抱くと。
「やっと私の番が回ってきましたね。私はまだ現役で頑張れるのです。肩ひじ張らないで好きなことをしていいのですよ。二人とも私の息子であり、娘でもあるのですからね」
「ありがとう、フェリシアお母さん」
「ありがとうございますにゃ」
交互に二人の頬へキスをくれた。
笑顔で客車へ上がっていく。
「イリス、ちゃんと食べた?」
「はい。お腹いっぱいいただきました」
「じゃ、お願いね」
「はい、いってまいります」
「お願いしますにゃ」
「はい。クロケット様」
イリスは執事らしく左手を胸に当て、右手を背に回して腰を折る。
「イリスさんって本当に綺麗ですにゃよね」
「うん。いつかドレス着せてあげたいんだけどねー」
「嫌がる姿が目に浮かびますにゃ」
二人は馬車を目で追いながら好き勝手言っていた。
馬車を引く二頭立ての馬に似た魔獣。
この種はフェンリルを怖がらず、力強い良い仕事をしてくれる。
そこに手綱を握るのはイリス。
「いっくしっ! あら、やっぱり冷えるんですね……」
めっきり冷え込んできたウォルガード。
大好きなルードとクロケットの晴れ姿を見られて、実はイリスも喜んでいたのだった。
来週は進み具合によっての更新になると思います。
無理のないように頑張ります。




