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第一話 我儘もとい、お転婆お姫様、暴走!

 事故か何かで溺れているかもしれないと、近寄ってみたらその人はこの国。

 シーウェールズの王女、レアリエールだった。

 ルードですら肌寒く感じる少し強めの風の吹く中、海で泳いでいるとは思ってもみなかった。

 だが、彼女は違った。

 明らかに『良い運動をした』というような充実感のある火照った表情をしているのだ。


「あの、レアリエールさん」

「はい。何でしょうか?」


 ルードはぶるっと震えながら、彼女のことを心配して切り出す。


「寒く、ないの?」

「えぇ。魔法を使っていますし、運動したあとですので身体がいい具合に火照っていますので」

「ま、魔法ですかにゃ?」

「そうですよ。体温を低くする魔法を使っていますの。これで海水の中でも、冷えて身体が動かなくなることはないんですのよ」

「でも何でこんな時間に?」

「私、美味しいものを食べた後は、体型を維持するために少々運動をしていますのよ」


 レアリエールは思ったよりも活動的な食っちゃ寝さんだったということなのだろう。

 毎日ミケーリエル亭から帰ると、決まって海で泳いで運動をしていたということらしい。


「そ、そうだったんだ」

「にゃ、にゃるほどですにゃ。私も運動しないと怖いことににゃってしまいますにゃ……」


 クロケットはちょっとお腹をさすりながら、しみじみとそう言った。


「えぇ。それよりも、お二人こそこのような時期に海岸にだなんて、どうされたのです?」

「あー、ちょっと家にいづらくてね。僕たち近いうちウォルガードに引っ越すんです。その準備をしていて、僕たちは邪魔になっちゃうから時間を潰してたんですよ」

「ですにゃ」


 寒くないと言っていたレアリエールは、顔面が蒼白になっていく。


「こ、これは一大事ですわ。私、これで失礼させていただきます。ごきげんようでございますわ」


 レアリエールは、ルードが返事をする前に『ドボン』とまた海へ潜っていってしまった。

 ほとんど水しぶきをあげず、まるで一流の高飛び込みの選手が飛び込んだあとのように水面が戻っていった。


「は、はい……」

「あ、行ってしまいましたにゃ……」

「何だったんだろうね?」

「私にもわかりませんにゃ」


 ▼


 翌日は風も弱くなり、日差しも温かい日になった。

 まだルードの家は引っ越しの準備中だ。

 ルードたちの普段使わない荷物を馬車に詰め込む作業が進んでいる。

 タバサの工房も全て移動することになったので、今は慌ただしく移転作業に没頭していることだろう。

 イリスは現地で忙しく動いているという話だ。


 それと同時にアルフェルとローズの荷物の移動も始まったようだ。

 アミライルと一緒にアルフェルが荷物を運んでいる姿は彼女が家族の一員になったような、大切にされている感じが見て取れる。

 元々部屋は余っていたからかち合うことはないが、それでもこうなってしまう。


「ルードサマ、ジャマデスカラオチャデモノンデイテクダサイ」

「そうです。坊ちゃま、クロケットちゃん。邪魔です」


 自分の仕事に関してとなると、結構ストレートに言うようになったキャメリア。

 クレアーナにもぴしゃりと言われてしまった。

 間違っていないのでルードは何も言えない。


「ルードちゃん。仕方ないですにゃ……」

「そうだね。僕たちの仕事はないみたいだから、ゆっくりさせてもらおうか」

「ですにゃね」


 本来はクロケットも手伝いたいのだろうけど、完全に『奥様扱い』になってしまっている。

 クレアーナの仕切りで、キャメリアとラリーズニアが忙しそうに動いていた。

 さすがにクレアーナの方がこの家のことを理解しているので、今回の指令系統は彼女が任されているようだ。

 詰め込みが終わると、キャメリアとラリーズニアがウォルガードへ飛んで荷物を置いてくる。

 あっさり戻ってくると、また積み始めるという繰り返し。


 ルードとクロケットは、リーダとエリス、イエッタに混ざって庭先でお茶を飲みながらゆったりとしていた。


「平和だねぇ……」


 そんなゆったりとした時間が流れる中、庭先に馬車が停まる。

 御者にジェルードがいたため、ルードはこの国の王家ものだと気づいた。

 だが、いつもミケーリエル亭に横付けされる客車のサイズよりも大きなものが使用されている。

 ジェルードがタラップの上にあるドアを開こうとしたとき、中から先に開いてしまった。

 危うくジェルードにぶつかりそうになったが、そこは歴戦の執事。

 ぎりぎりのところで避けて涼しい顔を保っているように見えたが、額には汗が流れているかもしれない。

 タラップを踏まずに颯爽と飛び降りてきたレアリエール。

 本来の彼女にイメージからは考えられないことで、ルードとクロケット以外は面をくらっていた。

 二人は昨日の力強く泳いでいた彼女を知っているから驚きはしなかったが。

 そこは一国の王女様。

 ルードたちの目の前で体裁を取り繕い、ドレスのロングスカートの裾を両手でつまみ、美しく会釈をする。

 顔を上げて笑顔を見せながら、彼女はこう言った。


「ルード様、私をお嫁にもらってくださいまし」


「え? なにそれ?」

「どどど、どういうことですかにゃ?」

「おにーちゃん、およめさんってなに?」


 さすがにルードはわけがわからなくなってしまった。

 横にいたクロケットは動揺して、クロケットの膝の上にいたけだまはきょとんとしていた。


 ▼


 場所は庭先からルードの家の居間に移って。

 シーウェールズ国王、フリッツ・シーウェールズ。

 彼は現在、以前見た豪快な五体投地の真っ最中。


「馬鹿な娘で申し訳ございません……」


 王妃、クレアーラ・シーウェールズ。

 フリッツの横で同じように平謝り中。


「馬鹿な子で本当にごめんなさい……」


 王太子、アルスレット・シーウェールズ。

 フリッツとクレアーラのように以下同文。


「ルード君。馬鹿な姉で、本当に申し訳ない。姉さん、お願いだからやめてよ……」


 フリッツとクレアーラは平謝りしている。

 ルードと馴染みの深いアルスレットが、ぽつりぽつりと事のあらましを教えてくれた。

 昨日、こんなことがあったらしいのだ。


 海岸でルードにこの国から引っ越すと聞いて、慌てて戻ったレアリエール。

 夕食の席で彼女は『ルード様がいなくなってしまう』と泣き出してしまったそうなのだ。

 クレアーラがなだめて、なんとか泣き止んだのはよかったが。

 彼女はアルスレットがルードのことを弟のように可愛がっていたのをしっていた。


「アルス。ルード様を引き留めてちょうだい」

「そんな、姉さま。無茶を言わないでください……」


 確かにルードのことを弟のように思っていたのは事実だ。

 アルスレットは、ルードがウォルガードの次期国王になることは聞いていた。

 それ故に、いつかシーウェールズを離れるだろうと覚悟はしていたのだ。

 アルスレットだってこの国の次期国王になる。

 だからこそ無理は言えないことを知っているのだ。


「お父様」

「何だい?」

「お父様は私に嫁に行けと以前おっしゃってらしたわよね?」

「あ、あぁ」

「でしたら私、ルード様に嫁ぎたく思います」

「──ば、馬鹿なことを言うものではない」

「そうですよ。彼はまだ未成年ではないですか。それに私たちの国とウォルガードではつり合いなど取れるわけがないのですから。それにねぇ……」


 クレアーラはアルスレットに目配せをする。

 アルスレットは苦笑いを浮かべた。

 彼女は母親同士の交流があり、髪油の縁もあってエリスと仲が良かったりするのだ。

 アルスレットはルードから直接聞いていた。

 ルードにはクロケットという許嫁がいることをレアリエールは知らないのだ。


「……それが駄目ならば、私は海に身を投げます」

「姉さん、泳ぎめちゃめちゃ得意じゃないの……」


 ネレイドとネプラスは溺れることはない。

 体表から皮膚呼吸をするように、海水中でも呼吸をするのと同様に取り入れることができるのだ。

 海洋種族は元々海底に居を構えていたのだが、時代の移り変わりで他種族との交流を経て、今のように陸へ国家を築くようになったという。


 それはさておき、このような問答が深夜まで続いたのだ。

 結局、ついさっき、馬車の中でも説得は続いたが、レアリエールは折れることがなかったという。


「──ということなんだ。ルード君、姉を止められませんでした。本当に申し訳ない」

「いえ、アルスレットさんのせいではないですよ。あの、レアリエールさん」

「はいっ。私をお嫁さんにしてくれるのですか?」


 アルスレットの話をまったく聞いていない。

 マイペースというかなんというか。


「あのですね。僕はこのクロケットお姉ちゃん以外と結婚するつもりはないんです」

「ですが、ルード様は国王様になられるというではありませんか。第二夫人でもいいのです。それこそ、お妾さんでもかまいませんわ」

「いや、そんな無茶苦茶言わないでくださいよ……」


 ルードはリーダとエリスを見て、助けを求める。

 リーダは『仕方ないわね』と言った表情をする。


「あのね、レアリエールさん」

「はいっ」

「ルードは確かにウォルガードの次期国王になるのは間違いないです。ですが、結婚に関してはルードの自主性に任せているんですよ。この子がそういうなら、わたしは反対することはありません」

「そんな、そこをなんとか……」


 ついにレアリエールは父親譲りの五体投地を始めてしまった。

 見かねてエリスも口を開いた。


「そこまでルードちゃんのことを好きになってくれるのは私も嬉しいわ。でもねぇ、ルードちゃんがそういうなら、無理なことは言えないのよ」

「そこを何とかお願いします」


 そんなとき、すべてを見通していたイエッタが口を開いた。


「リーダさん、エリス。我は彼女の言いたいことがわかっています。レアリエールさん、だったかしら? 本心を言ってごらんなさい。怒ったりしませんからね」


 きっとイエッタはレアリエールの目を見て理解していたのだろう。

 呆れたような、それでいて苦笑しているようなそんな表情を浮かべていた。


「……じゃないですか」

「はい?」

「ルード様がいなくなってしまったら。美味しいものが食べられなくなってしまうではありませんか。私、ルード様が作ったものかどうなのかわかるんです。最近のプリンはちょっとだけ違うんです。こう、なんて言ったらいのかわかりませんが、心が籠っていないというか……」


 さすがにルードは絶句してしまう。

 タバサが仕事として、作業工程を守って作っている今のプリンは、製法も同じはずなのだが若干違うのだろう。

 ルードが最近理解し始めた、魔力の質や含有量の違いで食品の味が違うという。

 そんな僅かな違いが彼女にわかってしまったのだろうか。


 リーダは言葉に詰まってしまった。

 同じ食っちゃ寝さんとして、確かにルードの作ったものが食べられないのは悲しいことだ。

 なんとなくレアリエールの気持ちがわかってしまったのだ。


「でしたら、こうしたらどうでしょうか?」


 リーダが切り出した。


「わたしたちはルードとクロケットちゃんとこの国へ遊びに来て、獣人さんたちが明るく豊かに、笑顔で暮らせていることに驚きを感じました。ルードがこの国で暮らしたいと言ったので、この国に移住してきたのです。この子を豊かに伸び伸びと成長させられたのは、この国の王家のあなたたちのおかげと言っても過言ではないと思います」


 リーダはルードを後ろから抱きしめた。


「ルードがいずれ国王になったとき、この国とも国交を結びたいと言うでしょう。わたしの国、ウォルガードには若人たちが学ぶ学園というものが存在しています。わたしもそこで学んだのです。そちらへの最初の留学という形であれば受け入れることは可能かと思うのですが」


 半泣きしていたレアリエールに笑顔が戻ってくる。


「よ、よろしくお願いいたします」

「ですが、退学ということになったのなら、こちらへ帰っていただきますよ? それでもよろしいですか?」

「はい。頑張ります」

「……大丈夫かな。姉さん、勉強嫌いじゃないですか」

「そ、そんなことありませんわっ。やらなかっただけですわっ。本気を出していなかっただけですわっ」


 フリッツとクレアーラはちょっとだけ可哀そうな子を見るような、憐れみを持った目でレアリエールをを見てしまった。


「お父様も、お母様も。酷いです。私、そんなに駄目ですか?」

「馬鹿な娘ですが、よろしくお願いいたします」

「馬鹿な子ですが……」

「ルード君。馬鹿な姉で申し訳ない」

「そんなぁ……」


 こうしてレアリエールはシーウェールズからの留学生として、ウォルガードへ行くことになったのだった。


次は火曜日に更新できるかちょっとわかりません。

なるべくできるように、今、一生懸命書いています(*- -)(*_ _)ペコリ

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