第二十四話 私を誰だと思ってるの? Part2
研究室にいる中で一番背の低い女性。
ルードとあまり変わらないくらいの身長。
フェンリルらしい新緑の長い髪を見て左側に束ねている。
その女性の名はケリーエイラ・メルムライト。
この研究室の室長だと言っていた。
「まずはお座りください。今お茶を用意させますので」
「ありがとうございます」
イリスはルードの後ろに立っている。
しっかりとルードの執事だと話が通っているのだろう。
「ルード様」
「何? イリス」
「ケリーはですね。わたくしの後輩にあたるここの教授職なのです」
「へー。イリスの後輩さんなんだ」
「イリス様は有名だったのですよ。いつもフェルリーダ様の後ろに控えて、まるで守護騎士のようで女の子たちに人気があったんです。いつも男子生徒の制服を着ていまして、それはもう……」
ケリーは口元に手を当ててコロコロっと笑っている。
「ちょっと、ケリーその話は……」
イリスは突然焦りだした。
ルードはイリスをじーっと見て、ニヤッと笑った。
「ふーん。イリスってかっこよかったんだねー?」
「ルード様、わたくしのことはいいです。ほら、大切な話があったんですよね? そうですよね?」
「あははあは。何やらイリスにも都合の悪い話が出てきそうだね。うん。話を進めようか」
「……ケリー、あとで覚えていなさいよ?」
イリスはケリーを睨みつけている。
ケリーはそっぽを向いて『知らないー』という表情をしていた。
「そういえばさ、イリス」
「は、はい」
まだ何気にダメージが残っているようだ。
「ウォルガードってさ、皆家名を持ってるの?」
「いいえ、家名は商家や貴族だけが名乗るものですから」
「ということは、ケリーさんも?」
「そうです、彼女は伯爵家の三女ですね。嫁にも行かず、研究にどっぷりで親御さんも諦めているようですね」
「あら。私よりも頭のいい男性であれば、いつでもお嫁にいくつもりなんですよ? たまたま現れないだけなんです」
どこかで聞いたセリフだと、ルードは思った。
確か前にタバサが言っていたような気がするのだ。
「ここにいる人たちはですね、皆この春学園を卒業したばかりの元生徒なのです。もちろん、皆、他種族との交流にかんしては肯定派です」
「それで僕がこの格好でも驚かなかったんですね」
ルードはわざとイエッタとお揃いの狐人の姿をしていたのだ。
ただ、実は無駄に終わっていたとはルードは知らなかった。
「いえ、ルード様はその、有名人ですので……」
「えっ? それってどういうこと?」
「ルード様、あの」
イリスはルードの耳元で。
「侯爵家の一件が広まってしまっているのです。もちろん、犯人はフェリス様なんですけどね……」
「あー。それじゃ無駄足だったんだね」
ルードはちょっとしょんぼりしてしまった。
ケリーはルードに抱き着きたくなる衝動を一生懸命抑えている。
その証拠にルードを見て両手を広げて抱き着こうとしたのを、イリスにしっかりとみられていた。
ケリーは座り直して、何気に誤魔化しているのだ。
「イリス先輩。ほんっとにルード様って可愛らしいんですね」
「それはそうです。至宝ですから」
イリスは自重しないでルードを後ろから抱きしめていた。
『これはわたくしの。あげないわ』と言わんばかりに。
「何を言ってるんだか……」
ケリーはテーブルの上に肘をついて、指を組んで中空を見つめるようにしている。
何かに呆れるような、そんな表情をしながら。
「この国でも頭の固いお偉方はいるのです。そう、この学園にもですね。未だに純血派もいますし。本当に困ったものです」
「なるほど。どこにでもいるんだね」
ルードは以前のフェイルズの話あたりや、イリスの家のことなどを思い出した。
「ですが、ルード様が率先してなさるのであれば、誰も反対はできないと思います。何よりフェリス様が交流の肯定派ですものね」
「うん、助かってるかな。それは。それでね、ここにいる人に提案なんですけど」
「はい」
ケリーは真っすぐにルードの目を見てくる。
その真剣な眼差しに、ルードはちょっと気圧される感じがしてきた。
「錬金術師って知ってます?」
「えぇ、私たちのような学問にのめり込んでしまって働こうとしない駄目な人のことですよね?」
「あははは。間違ってないかも」
実に酷い言われようである。
「私も家からのお金を止められていますので、その痛さはよくわかっています。ねぇ皆」
『そうですね』『はい』など、悲痛な言葉があちこちから聞こえてくる。
「ここにいる皆は、私も含めて学園で教職を週に一度ほどさせてもらって、細々と暮らしているのです。義務を放り出した貴族なんて、もう食べるので精一杯なのです。教授職といってもお給金は少ないんですよ。ルード様助けてください……」
どこの国も国益になりそうもないと思われている物に、予算はあまり出してもらえないのだろう。
「あー。それなんですけどね。僕は、僕の家族に錬金術師で狼人のお姉さんがいるんです。その人を軸にして、ウォルガードで研究施設を作ろうと思ってるんですよ」
「それ、本当ですか?」
「はい。基本的には『食』に関する研究になると思ってください。ところでケリーさん」
「何でしょう」
「魔法は使えますか?」
「ルード様」
「何? イリス」
「ここに集まっている方々は皆、魔導士です」
「へぇっ。そうだったんだ」
ケリーは苦笑しながら、イリスの言葉に続いた。
「そうなんです。ウォルガードでは魔術などの研究は迫害されてきました。力を持っているのに使う必要などない、と」
「そうなんだ。こんなに便利なのにね」
「ルード様はもしや?」
「うん。フェリスお母さんほどじゃないかもしれないけど、すべての属性の魔法を母さんから教わったよ。地・水・風・火・治癒も。全部ね」
「「「「おおおー」」」」
研究員からどよめきが起こった。
「次期国王になられるルード様が魔法を推奨していただけるなら、私たちの立場も……」
「ほらほら、ケリー泣かないの」
イリスはケリーの横に立って、懐から手拭いを出して渡した。
ケリーは本当ににじみ出ている涙をぬぐいながら、悔しそうな表情でルードに訴え続ける。
「だって、家でもけちょんけちょんに言われたのよ。魔法なんて弱者が使うものだって。そんなくだらないことしていないで、さっさと嫁に行けって……」
「そうかな? フェリスお母さんの魔法ってとんでもないよ? 僕なんてお遊びに見えちゃうくらいだもの」
気が付くとイリスはルードの後ろに戻っていた。
そっとルードの耳元で。
「いえ、フェリス様とくらべるのがおかしいかと思いますが……」
「そう? イリスは使えないんだっけ?」
「私もフェルリーダ様と一緒で理論は持ち合わせていますが、行使するのは苦手なのです」
「いや、母さんはいらないでしょ。あれは反則だもの……。僕の力は戦うことに特化してないから魔法が使えて助かってるんだよね」
「いえ、ルード様も大概だと思いますよ。あれは、逆らえないじゃないですか……」
ルードはわかっていない。
おそらく歴代のフェンリルの中で一番危ない力を持っていることを。
「そう? 僕なんて大したことないじゃないの。せいぜいイリスにお願いして、ドレスを着てもらうくらいしかできないと思うよ?」
「やめてください。死にたくなってしまいますから……」
「イリス先輩のドレス姿ですかっ! それは誰も見たことないかもしれませんね」
「でしょ? こんなに綺麗なのにね」
「ねー」
「勘弁してくださいよ……」
「とにかくですね。僕のやってもらおうと思ってることには魔法は不可欠なんです。手作業なんて考えられませんからね」
「それはどのような?」
「えっと、例えば──」
ルードは今、タバサに頼んでいる研究内容を事細かに話し始める。
ケリーを始め、研究員は興味深そうにルードの説明に聞き入っていた。
ルードもつい興奮してきて、今後の展望まで話し始めてしまったのだ。
それは普通ではありえないことを実現させようとしているのだ。
だが、ここにいる誰もが普通の考えを持っていない。
この世界でも異端者に近い存在だったということなのだ。
だからルードの考えに賛同してくれた。
「ルード様」
「なんです?」
「私、ルード様が作られる研究所に就職したいです」
「えっ? だって、ここの」
「辞めます」
「はい?」
「お給金安いんですもの……」
ケリーの願いは切実だった。
それはここにいる研究員全員にも言えることだ。
「わかりました。僕が全員の面倒を見ましょう。イリス、あとで支度金を渡してあげて。必要なら住居も用意してね」
「本当ですかっ!」
ついにケリーはルードに抱き着いてしまった。
「離れなさい。ルード様はわたくしのです」
「嫌です」
「あははは」
研究所を出て、ルードたちはイエッタを迎えにいく。
図書館で合流を終え、一度屋敷に戻ることにした。
そこでリーダとキャメリアを乗せて再度王城へ。
「ルードちゃんーっ!」
ひしっと抱き着くフェリス。
「疲れたの。寝てないんだからね。プーリーン。プーリーン」
「はいはい。ありがと、フェリスお母さん」
「やった。あとでちゃんと作ってね?」
「うん」
「それでね、これがそうよ。じゃじゃーん!」
フェリスの手のひらに乗せられた、赤い宝玉と青い宝玉の入った指輪。
「これ?」
「そうよ。この青いのが姿を変えるやつね。赤いのが言葉を変換するものよ。言葉の方はもう少し調整が必要かもしれないけれど。青いのを手にもって魔力を流すと、その指輪と同じ効果が出ると思うわ。青は左手、赤は右手につけさせるのよ。小指だからね。少し大きめに作ってあるけど、魔力を流すとほんの少しだけ収縮するのよ。違和感をかんじるかもしれないけれど、慣れたら気にならないと思うわ」
「ありがとう。フェリスお母さんっ!」
ぎゅっとルードは抱きしめた。
「えへへ。ルードちゃんのためだもの、頑張っちゃった」
抱きしめられたフェリスはとても嬉しそうにしている。
ルードのことが本当に好きなのだろう。
「ほら、ルードちゃん。試してみてちょうだい」
「うん」
フェリスはルードに指輪を手渡した。
「うん。キャメリア、元の姿に戻ってくれる?」
『はい。かしこまりました』
キャメリアは指輪を外す。
瞬時にドラグリーナの姿に戻ってしまった。
ルードは青い宝玉の入った指輪を渡した。
「それを持って、魔力を流してみて」
『こうでしょうか?』
ルードはとりあえず、後ろを向いた。
キャメリアは指輪に魔力を流した。
すると皆が見守る中、宝玉が青白く光った。
キャメリアの大きな姿を青い光が包んでいく。
光りが収束すると、裸のキャメリアが姿を現していた。
キャメリアは慌てて服を着替える。
『こ、これは凄いです。本当に人化してしまいました』
「もういいかな?」
『はい。着替えは終わっています』
ルードが振り返ると、そこには見慣れた真紅の侍女服を着たキャメリアがいたのだ。
「フェリスお母さん、成功したよっ」
「私を誰だと思ってるの?」
「うん。そうだった」
ルードは赤い宝玉の入った指輪を渡した。
「こっちは右手ね」
『はい』
キャメリアは赤い宝玉の指輪を右手の小指にはめた。
指輪をはめた瞬間、宝玉が赤く光り始める。
「起動したわね。どう? 私の言葉がわかるかしら?」
「ハイ。ヨクワカリマス」
「おおおお。やったーっ! フェリスお母さん、やったよ」
「もう。私を誰だと思ってるの?」
フェリスはほっとした表情になっていた。
「赤い方はもう少しだけ時間をかければ、もう少し性能の良いものができる予定よ。さぁ、ルードちゃん」
「はい。プリンだよね?」
「うんっ。残りの四つはプリンと引き換えね?」
「今作ってくるよ。待っててね、フェリスお母さん」
ルードは走ってキッチンへ向かっていった。
その後をキャメリアが慌ててついていく。
「ワタシモテツダイマス」
こうして無事、キャメリアの件は解決したのだった。
プリンを山ほど作ってフェリスと交換してから、ルードたちは王城から屋敷に戻った。
「ミナサン、マタ、モドッテキマス。ソレマデ、タノミマシタヨ?」
「「「「はい、お任せください。侍女長様」」」」
いつの間にか侍女長に就任していたキャメリア。
彼女の真っすぐな仕事ぶりに感化されたのか、侍女たちも一層努力するようになったらしい。
こうしてルードたちは一度シーウェールズに戻ることになった。




