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フェンリル母さんとあったかご飯 ~異世界もふもふ生活~  作者: はらくろ
第三章 いっつぁもふもふわーるど
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第二十話 バケツに入った例のヤツ。

「いやー、凄かった。楽しかったー」

『そう言っていただけると助かります。私も久しぶりに思いっきり飛べましたので』


 階段を降りて、エミリアーナの部屋へ。

 キャメリアは、ドアをノックして入室の許可を得る。


『女王様。よろしいでしょうか?』

『あら? どうしたのかしら? 粗相でもして返されてしまったわけではないですよね?』

『違いますっ!』

「ルードです。お土産を持ってきました」

『どうぞお入りください』


 エミリアーナはとても恐縮した目と声をしていた。


「キャメリア。全部出してくれる?」

『はい。かしこまりました』

『そんな、お気遣い……、えっ? ちょっと』


 キャメリアはどさどさと塩の入った樽を出現させていく。

 部屋の一部を埋め尽くした塩、塩、塩。


『こ、これもしかして』

「はい、塩と香辛料ですね。香辛料はちょっと高いので、少しになってしまいましたが、僕が考案して作ってもらったものも持ってきました」


 その樽の多さに呆然としてしまうエミリアーナ。


『これ、全部この国で買ったら、国の予算を軽く超えてしまいますよ……』

「シーウェールズには海があって、塩は作っているのでとても安いんです。気にしないでください」

『気にするなと言われましても……。はい。気にしないことにしました』


 さすがは女王。

 このあたりの切り替えは見事なものだった。


「では、キャメリア。侍女の方を集めてください。料理をひとつ教えていきますので」

『はい。では厨房へご案内します』

『料理っ!』


 ルードのその言葉にエミリアーナは反応した。

 一昨日寝床でけだまに聞いたのだろう。


 ルードはさすがにこの厨房と調理器具は無理だった。

 大きすぎるのである。

 横から口を出すように簡単な味噌の使い方を教えた。


 エミリアーナの前に出されたものは。

 葉野菜と肉の味噌炒めと、塩を贅沢に使った葉野菜の塩もみだった。


「どうぞご試食ください」

『そ、そうよね。これは試食なのよね?』

「はい」

『で、ではいただきます……。はむ、くぅうううううっ!』


 エミリアーナは、目から涙をぽろぽろと流しながら無言で食べ続ける。

 ひと口食べては上の空のように中空を見つめ。

 ひと口食べては目を瞑り『くーっ』と声を上げる。

 軽く十人前くらいは作ったつもりだったが、前に晩ごはんをご馳走になったときもとてつもなく多かった覚えがある。

 かなりゆっくり味わっていたようだが、全て食べきってしまったようだ。


『……んくっ。ふぁっ。うまっ。……はっ。すみません』


 両手で目元を覆って恥ずかしがっているようだ。


『美味しかったです。本来は社交辞令など、お世辞で使うこの言葉。生まれて初めて、心の底から言うことができました』

「喜んでもらえて僕も嬉しいです」

『とにかくこれ以上表現できないのです。なんともお恥ずかしい……』


 確かにキャメリアも同じことを言っていた。

 肉も野菜も一級品。

 ただ味付けが薄すぎる。

 その解決は塩の輸送でとりあえずは改善されていくだろう。


『ルードさん。私たちにはこのお返しをどうしたらいいものか考えつかないのですが。麦も野菜も普通にあるものでしょうし、肉に至っては日持ちしないと思われますし……』

「あの、ひとつお願いがあります」

『なんでもおっしゃっていただいて構いません』

「では遠慮なく。僕、ちょっとしたことを考えているのです。それが解決したら、人を貸してほしいのです」

『そんなことでしたら、いくらでも。必要なときにひつようなだけ手をお貸しいたしますわ』

「助かります。あ、キャメリア。あれ、出してくれる?」

『はい。あれですね。たしかこのあたりに……』


 テーブルの上に出現させたそれ。

 文字通りの『バケツプリン』。


『こ、これは? 何やら甘くていい匂いが』

「はい。僕が作っているプリンという菓子なのです。それを沢山用意しました。キャメリアもお気に入りなんですよ」

『はい、それはもう……』


 大きなおたまと同じくらいの匙を渡されたエミリアーナ。

 ふるふると掬った匙の上で震えるそれは、味の少ないこの国の女王にですら暴力的なものだった。


『……これ、私駄目になってしまいそう』


 女性は甘いものが大好きだ。

 それはキャメリアを見たら、けだまを見たらよくわかる。

 この国でも例外ではないのだ。


 その後すぐに、塩で儲けを出していた商人たちは、大事な商品を失うこととなった。

 女王、エミリアーナが塩を無償で振舞ったのだ。

 そのおかげで塩の相場は大崩れ。

 露店の串焼きにも使われるようになるくらいに。

 特に肉との相性はいいのだ。

 ルードは考えた。

 このキャメリアのような機動力があれば、手に入りにくいものを主産業としている国がきっと見つかる。

 そうした国でも手に入らないものを送ることができる。

 そういう国と交易を結ぶことができるのだ。

 ルードにとって、新しい種族の人々との関係を結べるのは嬉しいことだ。

 これだけ大きな国でも困っていることがある。

 ルードの見分も広がるし、新しいモフモフと出会うこともできるのだ。

 まぁ、最後はルードの個人的な趣味なのだろうが。


 キャメリアが使っていた物を隠す魔法。

 これはこの国では一般的に使われているものらしい。

 なるほど言われてみればそうだ。

 買い物をした人が手ぶらで帰っているのが、注意をして見ていればわかるのだ。

 串焼きを買ってもらった子供の顔が嬉しそうで。

 頬張った後の『おいしい』が聞こえてきそうな笑顔だった。

 そうしたとても心地よい響きが、いずれあちこちに聞こえることとなるだろう。

 たかが塩だが、されど塩だった。


 ▼


 シーウェールズに戻ったルードは、キャメリアにお願いして無茶な実験に付き合ってもらうことにした。

 それは馬車を何台まで隠すことができるか。

 キャメリアでもさすがに二台が限界だった。

 それでも二台の馬車を運んで移動ができるのだ。

 どういう理屈で発動している魔法かはわからないが、ルードにとってとても都合のいいものだった。


「重たいとか、辛いとか、そういう感じってある?」

『いいえ、大丈夫です』

「このまま飛べそう?」

『はい。いけると思います』


 ということは、質量的に身体の大きい人が沢山の荷を運ぶことが可能だということだろう。

 ドラグリーナの姿のときのキャメリアは、エミリアーナとそれほど変わらない身体の大きさだった。

 メルドラードの一般的な女性が、おそらく同じくらいの体格なのだろう。

 確かに串焼き屋の店主はキャメリアより身体が大きいように思えた。

 ただ、行商として考えると、普段アルフェルたちが行っている輸送の量。

 それは馬車が二台なのだ。

 それをキャメリアひとりで運ぶことができてしまう。

 交易商人としては革命的な方法を、ルードは模索し始めたということなのだ。


「それにしても驚いたね」


 アルフェルは目を丸くして正直な感想を言ってくれる。


「そうですね。僕も驚きました」

「馬車の時代は終わってしまうのかもしれないね。いや、考え方を変えよう。鮮魚や肉。それこそ生ものに近い、足の早いものを輸送できるということなんだ。これは凄いことだぞ。交易商の根底がひっくり返るかもしれない……」


 アルフェルですら考え始めてしまった。


「ルードちゃん。あなたってどうしてこう、非常識なのかしら」

「ママ、酷いよ……」

「いいえ、誉め言葉よ。お金で時間が手に入るの。時間でお金が生まれるのよ。これはね、交易商の夢よ。今まで運べなかったものが運べるかもしれない」

「う、うん」


 もちろん、生きている魚なども試してもらった。

 ただ、それだけはできなかったのだ。

 何かの制約があるのかどうかわからないが、生ものは隠せても生き物は駄目。

 わかりやすいと言えばわかりやすいのかもしれない。


『私もここまで明確に試したことはありませんでした。生き物は確かに試したこともありません。もしできたとして、忘れてしまったら怖いですからね。』

「なるほどね。そういえば、僕とお姉ちゃんが余裕で乗れたよね?」

『はい。私の背中でも四人は乗せられると思います。ルード様みたいに我慢強ければ力いっぱい飛ぶこともできますからね』

「うん、あれは気持ちがよかったね」

『お褒めいただいて光栄です』


 ルードはけだまかキャメリアと一緒にいるときは、右目にゆるく魔力を流し続けるようにしている。

 最近さぼっていた訓練にもなる上、なるべく家族とコミュニケーションを取らせてあげたいというルードの気遣いからであった。

 けだまは相変わらずのマイペースだが、キャメリアは積極的に話をしようとしている。

 本人は女王からの命令とはいえ、ルードとクロケットの侍女として生涯仕えようと思っているのだろう。

 ルードとクロケットの料理に魅了されたというのが本音かもしれないが。

 今でも忘れていない。

 シーウェールズに初めて来たとき、ルードが『僕の新しい家族』と言ってくれたのを。


「あ、そういえば入れっぱなしだっけ……」

「どうしたの? ルードちゃん」


 エリスがルードの背後から肩口に顔を乗せた。

 心地よい重みがルードにもわかる。

 ルードはポケットからメルドラードの硬貨を一枚出してみた。


「これ。メルドラードでエミリアーナさんからもらった硬貨なんだけどね」

「けだまちゃんのママね。どれどれ。……ちょっと、これ」

「ん?」

「白金じゃないのっ!」

「へ?」


 ルードはエリスの言葉に驚いて気の抜けた返事をしてしまった。

 白金といえばプラチナ。

 確かに珍しい色をしていたと思っていた。

 おまけにルードが使う金貨よりも大きかったのだが、金貨よりも薄い。

 それで軽いと思ってしまったのかもしれない。


「メルドラードって白金の貨幣も使ってるの? こっちではほとんど取れないから、貨幣では使ってるところなんてないわよ。使うとしても装飾品くらい。私も見たことないわ。まさか初めて見た白金が貨幣だなんて……」


 エリスの傍にキャメリアがやってくる。


『エリス様、メルドラードでは金が取れません。そのため白金を金の代わりに一番高い貨幣として使っているのです。ですが、それほど珍しいものではありませんよ』

「嘘っ……。ルードちゃん、メルドラードとは、その」

「うん。交易結んできたよ。是非ウォルガードとならお願いしたいですって」

「そう、そうなのね。うふふふ……。これはいけるわ。ルードちゃん。次に行ったときは地金を分けてもらってきてね」

『加工前でしたら、そんなに難しくはないと思います。硬貨にする方が面倒ですからね。私たちはその、手が大きいですから硬貨も必然的に大きくなりますので。白金だけは一枚一枚、手作りなのです』

「そう、さすがに貨幣を売り物にはできないわ。商道徳反するもの。でも、地金なら……」


 完全に商人モードになってしまっているエリス。


「あー、こうなったエリスちゃんはもう放っておいた方がいいわね……」


 ローズも苦笑していた。


 ▼


 次の日、ルードは朝食を終えたあと、リーダとイエッタ、イリスを連れてウォルガードへ向かうことにした。

 けだまはクロケットとお留守番。

 クロケットもけだまと遊びたいからと、今回は残ることにしたのだ。

 クロケットもルードからいずれウォルガードに引っ越すことは聞いている。

 だが、今回は調べものだからと聞いていたため、けだまと残ることにしたのだ。


「いってらっしゃいですにゃ、ルードちゃん」

『るーどおにーちゃん。いってらっしゃい、にゃ』

「うん。なるべく早く帰ってくるから、タバサさんのことお願いね」

「わかりましたにゃ。タバサ姉さんも『ごはんー』ってにゃかれちゃいましたから」


 シーウェールズの海岸でキャメリアは姿を変えた。

 イエッタ、ルード、リーダ、イリスの順に彼女の背中に乗っていく。


『手狭だと思いますが、しばしの間我慢してくださいね』

「じゃ、お願い。キャメリア」

『はい、まずはゆっくり』


 その言葉の通り、ゆっくりとホバリングしていく。

 イエッタも、リーダもイリスも空の旅は今回初めてだ。

 キャメリアは軽く旋回してから徐々に速度を上げていく。


「キャメリア、この間の半分くらいまででお願いね」

『かしこまりました。この方角で間違いないですね?』

「うん」

『では、参ります』


 もう一段階速度を上げる。


「ルード、思ったよりも快適ね」

「うん。キャメリアが魔法で風の流れを操作してるって教えてくれたんだ。だから苦しくないんだよ」

「まるで旅客機にでも乗っているみたいですね。優雅な空の旅ですこと」


 イエッタは経験があるようだ。

 きっと日本にいたころの記憶なのだろう。


「りょかっき?」

「ひみつですよ。我しか知りません」

「あー、そういうことね」

「ルード様、ちょっと怖いかもです……」


 意外や意外。

 イリスは高いところが若干苦手なようだ。


「あら、イリスエーラ。これくらい我慢できなければ、ルードの執事なんて勤まらないわよ?」

「はいっ。我慢、します」


 そんな雑談をしている間に、そろそろウォルガードの手前の森を抜けてしまっていた。


「驚いた。わたしでも二日かかるのに。凄いわね」

「うん。こんなもんじゃないよ。キャメリアが本気で飛んだら」

「それは一度体験してみたいものだわ」

「我もちょっと御免ですわね……」


 イエッタもあまり得意ではないらしい。


 陸路ではイリスがおそらくは最速のはず。

 そのイリスのかけた時間のほんの数割でウォルガードが見えてきた。

 これならウォルガードからシーウェールズ。

 エランズリルドからメルドラードの経路での、交易が可能だとルードは思った。


『あれがウォルガードですね。そろそろ降りる準備をします』

「うん、お願い」


 森を抜け、徐々に速度と高度を下げていく。


「ルード、そのまま王城まで行ってしまっていいわよ」

「いいの?」

「だってあなたは王太子なのよ?」

「あ、忘れてた……。だからっていいのかなぁ」

「キャメリアちゃん、その一番大きな建物の上に降りてくれるかしら?」

『はい。お任せください、リーダ様』


 キャメリアは王城の上で旋回し、ホバリングしながらゆっくりと王城の最上部へ降りていった。


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