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フェンリル母さんとあったかご飯 ~異世界もふもふ生活~  作者: はらくろ
第三章 いっつぁもふもふわーるど
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第十八話 メルドラードの致命的な問題。

 けだまは思いっきり嫌がった。

 駄々をこね始めたのだ。


『ままがくれるごはん、おいしくないんだもん……』

「ちょっと、駄目でしょ」


 気まずい空気が流れた。

 するとエミリアーナはぼそっと話を続けた。


『……あの、もしかしたら、この国の料理が質素だからかもしれませんね。他と交易を持てないものですから、香辛料などが手に入らず、味付けが薄いのです』


 ルードはそこでいつものように提案してみようと思った。


「僕、いずれウォルガードの国王になることになっています。ですので、その、交易をしてみませんか?」

『本当ですかっ! 強国のウォルガードとお近づきになれるのであれば、ぜひお願いしたいです』

「よかったです。あ、問題があるんですよね」

『それは何でしょう?』

「僕たちは空を飛べません。なので、どうしたものかと……」

『でしたら、私の親族から若いドラグリーナを同行させましょう。あとで紹介いたしますね』

「何から何まですみません」


 クロケットはエミリアーナにけだまを返そうと思ったのだが、躊躇してしまう。

 気持ちを振り絞って、けだまの額にキスをして。


「けだまちゃん。お別れですにゃね」

『いやーっ。るーどちゃんとおねーちゃんとかえるー』

「我儘を言ってはいけませんにゃ……」

「そうだよ。ママと一緒にいたほうが」

『いやーっ』


 けだまはクロケットの腕の中でじたじたと暴れ始めた。


『あの、よろしければなのですが』

「はい」

『この子に外の世界を見せてあげたいのです。私はあと五百年は女王を続けなければなりません。この子が大きくなって立派な子になるまでは、この国を離れるわけにいかないのです。この子とはぐれてしまったときは、その、お忍びだったのです……』


 お忍びということは、視察か何かだったのだろう。

 エミリアーナの話では、いずれ困窮してしまうことがあるかもしれない。

 そのため、外からの物資をどうにかして手に入れないといけない時期がくるだろうと。

 ついでにけだまに外の世界を見せてあげたい。

 そう思った矢先のできごとだったらしいのだ。


「わかりました。けだま。僕たちと一緒に来る?」

『うん。るーどちゃんといっしょ。おねーちゃんといっしょがいいですにゃ』

「また一緒ですにゃね」

『我儘な娘ですみません……』


 こうして別れは撤回。

 けだまと生活を続けることができるのだ。

 ルードとクロケットは喜んだ。


 ▼


 ルードたちは今晩こちらに泊まることになった。

 いい機会なので、この国を見て回ることにしたのだ。

 けだまはエミリアーナが抱いて離さないため、ルードたちだけが外に出てきた。

 彼女から少しだけこの国の通貨を分けてもらった。

 それは大きいのだが、とても軽い金属。

 ルードも見たことがないものだった。

 普段使っている銅貨や銀貨の数倍はある大きさ。

 ポケットにぎりぎり入るくらいのもの。

 仕方なく布袋を分けてもらい、それに入れてルードが担いで歩くことになった。


 ルードはとにかく、この国の料理を見て見たかった。

 けだまが泣いて嫌がるほどに味気ないものなのか。

 それによって何をこちらに持ち込めばいいのかを。


「おっきいですにゃねー」

「そうだね。でも、凄く綺麗なところだね」

「はいですにゃ。空気も綺麗ですにゃね」

「うん。実はね、ここ。ウォルガードと同じくらい魔力が濃いんだ」

「んー、よくわからないですにゃ」

「あははは。んっとね、僕がね、力を目一杯使ってもね、倒れることがないくらい。って意味だね」

「ほぇー。それは凄いですにゃね」


 それでもよくわかっていないクロケットだった。

 建物は基本、木材でできている。

 足元は石畳。

 空を飛んでいる人もいれば歩いている人もいる。

 ここまで人と同じように動ける龍だから、人として表現してもおかしくはないだろう。

 おまけに空を飛べるというアドバンテージを持っている。

 なぜエミリアーナはウォルガードを『強国』と言ったのだろう。

 ルードは不思議に思ってしまっていた。


「にゃんだかいい匂いがしますにゃ」

「うん。肉を焼いてる匂いだね」


 その匂いの先には軒を連ねる店舗が並んでいる。

 やはりここも木造の建物だ。

 物おじしないルードは早速買ってみることにする。


「あの、それひとついいですか?」

『おや。えっ? ドラグナでもない人は初めて見るよ。我々の言葉がわかるのかい?』


 その男性は羽毛ではなく鎧のような鱗を持つドラグナだった。

 だが、器用に串に肉を刺しながら、炭火で肉を焼いている。


「はい。僕はわかります」

『怖くないのかい? 人間は我々を怖がると昔聞いたことがあるんだが』

「大丈夫ですよ。美味しそうな匂いがしますね。いいですか?」

『あぁ、構わないよ』

「これでいいですか?」


 ルードはポケットから一枚の硬貨を出した。


『はいよ。熱いから気を付けるんだよ。これお返しね』


 串焼き一本と数枚の色の違う硬貨をもらう。


「ありがとうございます」

『いやー、長生きしてみるもんだ。人間の子と話ができるなんてね。家族にも自慢できそうだよ。多分一本でお腹いっぱいになっちゃうだろうから、一緒に食べるといいよ』

「はいですにゃ」


 ルードは少し離れた場所にある芝のような草がある場所に座った。

 クロケットも横に座りると、ルードはクロケットの前に串焼きを差しだした。


「はい、お姉ちゃん。あーん」

「あーん。むぐむぐ……」


 ルードも一口食べてみた。


「……むぐむぐ。んくっ。これは……」

「駄目ですにゃね……」

「うん。駄目だね」


 野性味があって歯ごたえもあり、肉汁たっぷりで美味しい肉なのだ。

 焼き加減も絶妙なのだが、ただそれだけ。

 素材の味が生きている。

 実に惜しい。

 要は、味付けがないのだ。


「美味しい肉なんだけど、これはけだまも泣くね」

「ですにゃね……」


 途中で見つけた野菜も、果物も美味しい。

 ただ、どこで聞いても塩は高級品。

 串焼きの実に数倍の値段。

 香辛料に至っては、塩の十倍以上の値段なのだ。

 麦もあるらしく、パンに似たものがあったが、これも小麦粉を練って焼いただけ。

 味がないのだ。

 野菜と肉の煮込んだものも食べてみた。

 辛うじて野菜の甘味があるだけで、味気がない。


 この地域では岩塩が若干だが取れるらしい。

 それでも埋蔵量が少ないらしく、串焼きや煮込みに使えるほど安いものではない。

 塩や香辛料が嗜好品になってしまうほどのものなのだ。

 塩と香辛料の輸送が必須なのはわかった。

 言葉の壁が文化の壁。

 生活はできるが、潤いがここまでなくなってしまう。

 きっとエミリアーナは買い食いがしたかったのだろう。

 言葉が通じる地域を一生懸命探したのだろう。

 それでもなかったのだ。

 失意に満ちた状態で戻ってみたらけだまがいない。

 それは焦っただろう。


「これはさ、何とかしてあげなきゃ駄目だね」

「ですにゃね」


 諦めムードでエミリアーナとけだまの元に戻ることになった。


 ▼


 その晩、エミリアーナに夕餉をご馳走になった。

 王家ということもあり、多少の塩と香辛料が使えるようだが、ルードたちにはやはり味気のないものだった。

 素材はとてもいい。

 肉も野菜もウォルガードに負けないくらい素晴らしいものだった。

 ただ、味気ないのだ。


『おいしくないー。おねーちゃんのごはんたべたいー』

『これ、我儘を言わないの』

『だってー』


 けだまはルードたちと長く一緒にいたため、舌が肥えてしまったのだ。

 さすがにこればっかりは苦笑するしかなかった。

 クロケットの育った村でも塩は貴重品だった。

 ルードはリーダが岩塩を随時取ってきてくれていたこともあり、困ることはなかったが彼女から話を聞くまで知らなかったのだ。

 そんな思い出があるため、ルードもクロケットも何とかしたいと思うのだ。

 シーウェールズには塩田があるため、塩についてはさほど難しくはない。

 砂糖が嗜好品だと言われている地域もあるのだが、まさか塩がここまでの扱いになっているとはルードも思っていなかったのだ。


 食事が終わり、エミリアーナがひとりの女性を呼んだ。

 彼女は夕食の給仕をしてくれた人だった。

 特徴的な赤い鱗の綺麗な龍の女性。


『この子は私の姪にあたるフレアドラグリーナのキャメリアです。行儀見習いとして侍女をしてもらっているのです』

『初めまして、キャメリアと申します』

『この子を連れて行ってくれないかしら?』

「はい。喜んで。よろしくお願いしますね、キャメリアさん」

『はい。ルード様、クロケット様』

『キャメリア、これを持っていきなさい』


 エミリアーナがキャメリアに渡したのは指輪。

 ただそれは、彼女の指には入らないような気がするのだ。


『これは、国宝ではありませんか』

「国宝ですか?」

『はい。これは私たちが長い間研究を重ねて作った人化の指輪なのです。メルドラードの魔術の粋を集め、長い年月を重ねてやっと作り上げたものなのです。ただ、これ一つしかないのと、これで人の姿になったとしても言葉の壁がありまして、使う機会がなかったのです』

『ですが、私なんかに……』

『いいのです。これを持って、お二人にお仕えしなさい。これからマリアーヌを預けるのです。この子はルードさんを兄のように慕い、クロケットさんを姉のように慕っています。なので、あなたはルードさんとクロケットさんを主として尽くすのです。女王としての命です。よろしいですね?』

『はい。かしこまりました』


 キャメリアが指輪を胸に抱いて、難しい呪文を唱え始めた。

 さすがにルードも意味がわからない。

 すると、キャメリアの身体が光っていく。

 その光が小さく収束していったとき。


「ルードちゃん、駄目ですにゃっ!」


 クロケットに両手で目を塞がれた。


「えっ? どうしたの?」

「キャメリアさん、裸ですにゃっ」

「あ-……。ごめんなさい」

『す、すみません。今魔法で服を形作りますので』

「形作るって?」

『指輪の力で自分の鱗を変質させると、服のように見せることもできるのです』

「それって結局、裸なんじゃ?」

『普段から服は着ていませんが……?』


 そういえばそうだった。

 結局、クロケットの服装を真似てそれに近い状態になってくれた。

 それはまた見事なものだった。

 どう見ても服を着ているようにしか見えない。

 ルードが人間とフェンリルの姿に行き来するのと理屈は同じようなものなのだろう。

 服が破けないだけ凄い。


「だめですにゃーっ」


 クロケットはまたルードの目を塞いでしまった。

 そんな中、けだまがルードの肩にとまった。


「ん? どうしたの、けだま」

『あのね。こんなことできるかなーって』


 けだまも競争心が芽生えたのか、ルードの服を握ってぱたぱたと羽ばたき始めたのだ。

 彼女は思ったよりも力が強くなっている。

 それと同時にけだまの身体能力に驚く。

 ルードの肩を掴んだまま飛び上がることができたのだ。


「お、おぉおおおおっ。けだま、凄い凄い」

『えへーっ。すごいでしょ? るーどちゃん』


 足元がふわっと上がる程度だったが、るーどの体重はけだまの軽く数倍はあるのに持ち上げてしまった。

 すぐに力尽きてルードの頭にぺしゃっと垂れてしまったのだったが。

 クロケットがルードの手を握ってけだまを褒めようと思った。


「けだまちゃん。すごいですにゃ」

「うん。びっくりした」

『えへへー』


 るーどの頭の上で力なくわらうけだま。


「そういえばけだま、マリアーヌちゃんはいつ生まれたんですか?」


 その問いにエミリアーナは答える。


『一昨年の冬ですよ。もうすぐ三年になりますね』

「おー。まだ二歳なのにこんなに話せるし。凄いな、けだま」

『すごいすごい』

「まるで、ルードちゃんみたいですにゃね」


 キャメリアが不思議そうな顔をしていた。


『クロケット様も私たちの言葉がわかるのですね?』

「こうしてルードちゃんに触れてるとわかるのですにゃ」

『なるほど。奥が深いのですね……。ルード様がそのようなお力を持ってらっしゃるわけですか』

「あははは」


 その夜、風呂を借りた後ルードたちに与えられた客間で眠ることになった。

 ドラグナサイズのベッドは大きかった。

 クロケットが膝枕をしてくれているのだが、まだまだ余裕があるのだ。

 風呂も、さすがにクロケットが入ってこようとしてきて、全力で嫌がったのだが、とんでもなく大きかった。


「ルードちゃん」

「んー?」

「来てよかったですにゃね」

「そうだね」

「ルードちゃん、昨日、にゃいてましたものね」

「忘れてっ」


 ルードは恥ずかしくなって顔を手で覆ってしまう。

 気が付いたらルードはクロケットの膝の上で寝息を立ててしまっていた。

 クロケットはルードの額に軽くキスをする。


「けだまちゃんと別れにゃくて済んでよかったですにゃね。ルードちゃん……」


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