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フェンリル母さんとあったかご飯 ~異世界もふもふ生活~  作者: はらくろ
第三章 いっつぁもふもふわーるど
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第十六話 可愛いけだまとルードの覚悟。

 ルードが朝目を覚ますと、隣に寝ているはずのクロケットとけだまがいない。


「あー、シーウェールズに帰ってきたんだっけ」


 おそらくはクロケットは朝食の準備。

 けだまは一緒について行ったのだろうと思った。

 洗面所で顔を洗い、歯を磨く。

 シーウェールズに来てすぐだった。

 ルードは歯ブラシのような小さなブラシを、固い毛を持つ獣の毛で作ってもらっていたのだ。

 豚毛の歯ブラシに似た感じのものに仕上がっている。

 本来であればウォルガードのような発達した国でも、つまようじより少し太い葦のような丈夫な茎を使っていたらしい。

 何故その程度だったかというと、人間と違って獣人は思ったよりも歯が丈夫だったというオチがあっただけなのだが。

 今まで凄く手間がかかっていたこともあり、その実用性を家族が認めて今では当たり前のように皆が使っている。

 もちろんエリスが商品化してエリス商会のヒット商品になっていた。

 歯磨き粉はないが、塩をちょっとつけて磨くだけですっきりとした気分になれるのだ。


 今朝もすっきりした状態で居間にいくと、やはりルードが一番寝坊していたようだ。

 本来であればリーダが一番遅いのだが、今はエランズリルドにいるためルードが一番遅い。

 おかしい。

 ルードが違和感を感じる。

 本来朝ごはんを作っていたはずのクロケットまで座って何かを見ているのだ。


「おはよー。どうしたの?」

「ルードちゃん、ほらっ」

「ん?」


 クロケットが指差した先にはけだまがいた。

 けだまが後ろ足ですくっと立って、小さな手をしっかりと握っている。

 目を瞑って背中を丸めて、ぱたぱたと一生懸命羽ばたいているのだ。


「頑張れですにゃ。けだまちゃん」

「けだまちゃん、頑張って」

「頑張ってください」


 イエッタもイリスも夢中になってけだまを応援している。

 けだまの足元がふわりと浮いた。

 ほんの少しだが、浮いたのだ。

 ルードとクロケット驚く。


「やった」

「やりましたにゃ」

「えぇ、飛びましたね」

「けだまさん。頑張りました」


 龍族は本当に成長が早いのかもしれない。

 ほんのわずかな空中浮遊だった。

 それでも凄い。

 けだま疲れてしまったのか、羽ばたきをやめ、ぺたんとうつ伏せになってしまった。

 むっくりと起き上がると胸をはってルードを見る。

 まるでドヤ顔しているように口を少し開けて。


『るーどちゃん。あたしえらい?』

「うん。偉いぞ、けだま」

「偉いですにゃ」


 けだまはそのまま、またうつ伏せにぺたんと倒れてしまう。


「ど、どうしたのですかにゃ?」


『はらへった(ぐぎゃっ)』

「お姉ちゃん」

「はいですにゃ」

「はらへった、だってさ」

「うにゃっ。忘れてましたにゃっ」


 クロケットは慌ててキッチンへ戻っていった。


 ▼


 ルードはクロケットを連れてちょっとした買いものに出ていた。

 けだまはイリスにお願いしてきた。

 イリスはメロメロになりながら面倒を見てくれている。

 ルードが向かった先は調理器具を作っている工房。

 そこで小さなすりこ木のようなものと、スープに使う鉄製のおたまをひとつ買った。

 クロケットはルードの様子がおかしいことに気づいていた。


「ルードちゃん、ちょっと座りませんかにゃ」

「う、ん……」


 クロケットは手を引いて、海が見える場所に腰を下ろした。

 ルードも彼女の隣に座った。

 クロケットは手をちょっと強く握る。

 ルードの方に頭を乗せる。


「ルードちゃん、どうして落ち込んでいるのかにゃ?」

「……お姉ちゃんにはわかっちゃうんだね」

「そりゃ、ルードちゃんがちっちゃいころから見ていますからにゃね」

「……あのね、お姉ちゃん」


 クロケットはルードが涙をためているのに気づいたのか、ルードを自分の膝の上に誘導する。

 ルードはクロケットの膝に遠慮せず顔を埋めて、絞り出すように声を発した。

 ほんの少し、太もものあたりが温かくなってきたのがクロケットにもわかる。

 きっと涙を流しているのかもしれない。

 ルードのあたまを優しく撫でながら、クロケットは返事を返した。


「……はいですにゃ」

「けだまを、けだまのママの元に帰そうと思うんだ」

「……そう言うと思っていましたにゃ」

「けだまはね、僕の妹みたいに思ってたんだよね」

「ですにゃね」

「生意気で、沢山食べて、沢山眠って。可愛くて、モフモフしてて……」

「ですにゃ」

「でもさ、けだまにだってママがいるんだよ。けだまに会えなくて寂しいと思ってるはずなんだよ」

「そうですにゃね」

「だから、これからお菓子を作って。食べさせてからさ。明日、けだまのママを探そうと思うんだ。大体の場所はわかったからさ、たぶん、エルシードがくれた力を使えば探せると思うんだ」

「にゃるほどですにゃ」

「お姉ちゃんは悲しくない?」

「悲しいですにゃよ。私だって、けだまは大好きですにゃ」

「うん、そうだよね」

「でもね、優しいルードちゃんがそうしてあげたいにゃら、そうするのが一番にゃのですにゃ」

「ありがとう……」


 クロケットに許しももらった。

 けだまを親元に帰そう。

 ルードはそう決めたのだった。


 ルードたちは家に戻る。

 泣き腫らした目元を自ら治癒しておいた。

 クロケットの手をぎゅっと握ったルードは今、笑顔だ。


「ただいま」

「ルードちゃん、クロケットちゃん、お帰りなさい」

「けだまさん、それ食べ物じゃありませんって……」


 イエッタはきっと知っているのだろう。

 ルードが泣いていたことを。


「今、美味しいものを作るから待っててね。お姉ちゃん作り方教えるから」

「はいですにゃっ」


 ルードはキッチンの前に立ったクロケットに指示をしていく。

 買ってきたすりこ木を洗い、乾かしておく。

 おたまを魔法で加熱して、冷却して殺菌した。

 濡れ布巾を用意して準備完了。


「そう。そうやるとね、黄身と白身を分けることができるんだ。黄身はとっていてあとで料理に使うからね。その白身だけのやつに、この重曹を少し入れて。そう、ひたすらかき混ぜるとね、ふわーっとなってくるんだ。そしたら砂糖をちょっと入れて、これが魔法の薬、重曹卵のでき上がり」

「魔法の薬ですかにゃ?」

「うん。それでね、そのおたまに砂糖と水を入れる。うん、それくらい。それをね、火にかけて焦がさないように加熱していく。そう、そうなってきたらね、その布巾に乗せて」

「こう、ですかにゃ?」

「うん。ちょっと冷ましたらね。さっきの重曹卵をちょっとだけそのすりこ木につける。そうそう。それでその熱した砂糖をぐるぐるかき混ぜて」

「ぐるぐる……。わわっ、膨らんできましたにゃ」

「うん、すりこ木外して」

「はいですにゃ」


 おたまの中身はぷくーっと膨らんでいく


「そのままゆっくり冷まして。ちょっとずつ固まっていくから」


 しばらく待つと膨らみが止まった。

 ルードは皿を用意した。


「ちょっと貸して。これをねまたちょっとだけ火にかける。するとね、ほら。剥がれてくるんだよ」

「うにゃぁ……」


 ルードはおたまからそれをするっと皿の上に移す。

 『カチン』という音を立てて皿の上に乗っかった。


「これででき上がり。作り方簡単でしょ?」

「はいですにゃ。でもこれ、にゃんていうお菓子にゃんですかにゃ?」

「イエッタお母さんが知ってる。きっと驚くよ」

「わくわくですにゃっ」

「あとはちょっと僕が魔法で手抜きして作っちゃうね」


 ルードは魔法で加熱、冷却を繰り返して十個ほど作ってしまう。

 皿の上に積み上げたそれを、イエッタたちの待つ居間へ持っていく。


「イエッタお母さん。イリス、けだま。できたよ」


 イエッタはルードの言った通り目を丸くして驚いていた。


「る、ルードちゃん、それ。カルメ焼きじゃないのっ」

「うん。重曹の結晶化ができたからね。作ってみたんだ」

「カルメヤキ、ですか?」

『かるめやき?』

「うん。クロケットお姉ちゃんも、ほら」

「あ、はいですにゃ」


 クロケットも座ってカルメ焼きをひとつ手に取る。


「懐かしいなんてものではないわね。学校で作って失敗して友達と笑ったり、縁日で買ってよく食べたわね……。この歯ざわり、香ばしさ、甘さ……。素朴で美味しいわ」

「イエッタお母さんなら知ってると思ったんだ。イリスもはい。美味しいよ」

「ありがとうございます」


 イリスは両手で持ってリスのようにちょっとかじって咀嚼する。

 お気に召したようで、驚いた顔をした後、ぽりぽりさくさくとちょっと齧っては食感を楽しんで嬉しそうにしている。


「ふわふわのさくさくですにゃ。ちょっとほろ苦くて、でも甘くて」

「うん。ほら、けだまも」


 ルードは小さく割ったものをけだまに食べさせる。

 けだまはこんなに小さいのに歯が生えそろっていて、器用にさくさく音をさせながら食べている。

 けだまは甘味もしっかり味わえるようだ。


『さくさく、あまあま。るーどちゃん、おいしいね』

「そうだね。うまくできたと思うよ」


 ルードもけだまと同じように割って少しだけ食べた。

 ルードがこれを食べたことがあるかは記憶にはないだろう。

 それよりも、これから待っているだろう、けだまとの別れと同じようなほろ苦い味。

 短いけど楽しかった記憶と同じような甘さ。

 つーっとルードの頬を涙がひとしずく伝って落ちた。


 その夜、食事が終わってルードはけだまと一緒に眠った。

 けだまはルードのお腹の上で大の字になって寝ている。

 気持ちよさそうに寝言を言っているけだまと、ちょっと苦しそうに眉をしかめているルード。

 そんなふたりを部屋の外からそっと覗く三人。


「明日、けだまを親元に帰すと言っていましたにゃ」

「やはりそうだったのね……」

「ルード様らしいというか……」

「ですにゃ」


 ふたりを起さないようにひそひそと話をしている。

 今夜はクロケットもふたりの邪魔をしないように、イエッタの部屋で寝ることにした。


 翌朝、洗面所でけだまの歯を磨いてあげるルードの姿があった。


『からい、おいしくないよー(ぐぎゃっ、ぐぎぇっ)』

「ほら、女の子なんだから綺麗にしないと嫌われちゃうよ」

『それはいやー。がんばるですにゃ』


 歯磨きが終わると、濡れた手拭いで口の周りを拭いてあげる。


『きれい?(ぐぎゃっ)』

「うん、綺麗綺麗」

『やった(ぐぎゃ)』


 洗顔、歯磨きが終わり、居間に行って朝食をとる。

 けだまはいつものようにお腹いっぱいごはんを食べて、お腹を上にころんと寝っ転がっている。

 育ちが早いという話だが、これは確かに育つのだろう。

 なにせルードの倍は食べているのだから。


「じゃ、お姉ちゃん」

「はいですにゃ」

「行ってらっしゃい、ルードちゃん」

「ルード様、いってらっしゃいませ」

「ルード君、その……」

「うん。わかってる。行ってきます」

「いってきますにゃ」


 クロケットはけだまを抱きあげ、ルードの手を握った。

 ルードの手は汗でじっとりと湿っている。

 何かを我慢しているのがバレバレだった。


『あれ? おでかけ?』


 日に日にボキャブラリーが増えていくけだま。


「うん。散歩、かな」

「ですにゃ」

『いってきまーす、ですにゃ(ぐぎゃぎゃー)』


 イエッタとイリスはルードの背中を見送った。

 イリスは自分もついていきたいのだろうが、ルードの気持ちを汲んでやめておいたのだ。


『祖の衣よ闇へと姿を変えよ』


 ルードはシーウェールズから少し離れた場所でフェンリルの姿になる。

 一度七尾の姿になったほうが時間は稼げるのだが、それは森についてからでもいいだろうと思った。

 少しでも長く、けだまと一緒にいたいからだ。

 けだまを抱いたままルードの背中に乗ったクロケット。

 けだまと同じ色のふさふさの毛。

 大きくてしっかりとしたその背中。


『えっ? るーどちゃん? だよね?』

「そうだよ」

『かっこいー』

「ありがと」

「かっこいいですにゃよね」

『うん。そうですにゃ』


 ルードはゆっくりと走り始める。

 揺らさないように、徐々に速度を上げていく。


『うわー。はやいー。すごいー』

「ですにゃね」


 首だけ振り向いて、横目でけだまを見る。

 けだまはクロケットの腕の中で楽しそうにしているように見えた。

 クロケットは我慢するのをやめた。

 目から涙が溢れ、遥か後ろへ流れ落ちていった。

 クロケットも辛いのだ。

 大好きなけだまとの別れが待っているから。


 暫く走るとルードの生まれた森につく。

 やはり馬車とは比べ物にならないほど早く移動できていた。

 阿吽の呼吸とでも言うのだろうか。

 ルードが足を止めると、クロケットは背中から降りた。

 一度人の姿に戻ったルード。


『狐狗狸ノ証ト力ヲココニ』


 ルードの頭に狐の大きな耳と七本の尻尾が姿を現す。


『祖の姿、印となる証を顕現させよ』


 耳の形と毛質が若干変化する。


 獣人の姿になったルードはけだまとクロケットを一緒に抱き上げる。

 そのまま一気に飛び上がると、木のてっぺんにたどり着く。

 そこから更に大きく飛び上がって、前へ前へ進んでいく。

 枝から枝へ、けだまが生まれたであろう山頂の向こうを目指して。


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[気になる点] 最後のけだまと森に向かう下りの所に ──暫く走るとルードの生まれた森につく。 とありますが、リーダと住んでいた森ではないですか?
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