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フェンリル母さんとあったかご飯 ~異世界もふもふ生活~  作者: はらくろ
第三章 いっつぁもふもふわーるど
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第十五話 タバサの成功と失敗、けだまの正体。

 あれから道中、もう一泊して二泊三日の旅になった。

 無事、シーウェールズにたどり着き、イリスの出番がなくてルードもある意味ほっとしていた。

 イリスが強いというのはリーダが言うくらいだからそうなのだろう。

 だが、ルードは争い事が好きではない。

 なければそれに越したことはない。

 そう思っているのだ。

 正門でいつもの手続きをして、ウェルダートに挨拶をして一度エリス商会に戻る。

 エリス商会についた瞬間、クロケットの両側にイエッタとイリスがそーっと近づく。

 イエッタが右手をイリスが左手を『がしっ』と抱き着き。


「「クロケットちゃん(様)、ごはんお願い(します)……」」


 そう声を揃えて訴えると、ずるずると引きずっていく。


「うにゃ? それは、ちょっと待ってくださいにゃぁあああっ」

「お姉ちゃん、頑張って」

『がんばるにゃ、おねーちゃん』


 けだまもクロケットのことを『お姉ちゃん』と呼ぶようになっている。

 けだまは生まれたばかりということもあるのか、ルードやクロケットの真似をするようになったのだ。

 ちなみにルードのことは『ルードちゃん』と呼んでいる。

 これもクロケットがルードを呼ぶときのものを真似しているということなのだろう。

 けだまの言葉は常に変化している。

 きっと気に入った言い回しを好んで使っているのかもしれない。

 ルードはローズに挨拶をしようと商会を覗こうとすると、アルフェルと抱き合って仲良さそうにお互いを労っている姿が目に入った。

 こちらに気づいたローズがルードに笑顔を向けてウィンクをした。

 ルードだって野暮じゃない。

 陸路でのエランズリルドへの旅は、数日とはいえ身体を張っての行商になる。

 無事帰ってこれたことがアルフェルにも嬉しいのだろう。

 愛妻家である彼はきっとローズを溺愛している。

 それがわかっているローズはアルフェルの気持ちを全て受け止めているはずだ。

 そんなふたりを邪魔してはいけない。

 『邪魔しちゃ駄目だよね』とルードはローズに笑顔で応えて、気を利かせて商会を離れていく。

 ルードの気遣いに気づいたのか、ローズはアルフェルの背中越しに手をひらひらと振ってくれた。

 イエッタとイリスのことはクロケットに任せてある。

 そのためルードはけだまを抱いたまま、直接タバサの工房へ向かった。


 タバサの工房は歩いても距離を感じるほど、そんなに離れているわけではない。

 匂いが出る性質上、商店が軒を連ねている区画からは少しだけ離れている。

 工房が視界に入ってくると、海からの風に乗って様々な香りが漂ってくる。

 それは決して悪いわけではない。

 ときに甘く、ときに香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。

 特にシーウェールズでは飲食店の数が多いせいか、あまり気になったりはしないのだ。

 タバサの作ったもののうち、髪油はすでにエリス商会での人気アイテムになっている。

 味噌も重要な交易品としてアルフェルが常に輸送しているのだ。

 このふたつはエランズリルドにもシーウェールズにも元々なかったもの。

 ルードが知識をもとに考案して、タバサが実現させたのだ。

 自分では再現する能力がないが、タバサの力を借りれば再現できるものが増えてきている。

 エランズリルドで販売開始したパンに使っている天然酵母もそのひとつ。

 このパンはシーウェールズでは販売されていないが、こちらのエリス商会で売るつもりはない。

 シーウェールズでは酵母をミケーリエルにだけに分けるつもりでいるのだ。

 彼女はマイルスの奥さんでもあり、シーウェールズに来たころから家族ぐるみでの付き合いもある

 リーダとエリスの数少ない友人でもあったし、もはやルードたち家族の一員なのだ。

 それにミケーリエル亭は、ルードの作るもののアンテナショップをしてもらっている。

 エランズリルドやシーウェールズの人が独自で気づき、作ってしまうまでは酵母自体を他の人に譲るつもりも教えるつもりもない。

 ある意味、この世界とってそれらはオーバーテクノロジー。

 無暗にその手法を流布するのは危険だとイエッタに言われたことがあるからだ。

 ルードが積極的に広めたのは小豆を使ったあんと温泉まんじゅうだけ。

 そのおかげか、様々なまんじゅうが売られるようになった。

 ひき肉と野菜を詰めたものまであるらしい。

 ただそれは薄皮まんじゅうに具材を詰めたもの。

 おやつやおかずになったとしても主食はまだ固いパンだったりする。

 米も来年まではエランズリルド同様、販売は開始されない。

 ミケーリエル亭で、食の革命が起きてしまうだろう。

 贔屓と取られても仕方はない。

 家族なのだからちょっとくらいはいいだろう。


 タバサの工房につくと、何やらタバサの助手や助手見習いの人たちが慌ただしく動いていた。

 ルードの姿を見かけると丁寧に挨拶をしてくれる。


「あ、ルード様。お世話になってます。工房長は奥にいますので、私ちょっと手が離せなくて、すみませんっ」


 彼女はタバサの助手で犬人のポラリサ。

 一番最初にタバサが雇った女性だと聞いている。


「大丈夫ですよ。じゃ、失礼しますねー」

『だいじょうぶにゃー(ぐぎゃっ)』


 ルードは勝手知ったる我が家のごとく、工房の奥に入っていく。

 タバサの居るブロックはドアが開け放たれていて、そこの彼女はいた、のだが。

 ルードの気配か、匂いに気づいたタバサは振り向いて笑顔でこう言った。


「ルード君、できたわよ。生クリーム」

「ほんと?」

「えぇ、苦労したけどね……」


 その苦労の跡は見ただけでわかる。

 ビーカーのような容器を持ってニカっと笑っているタバサは、生クリームまみれになっていたのだから。


 ▼


 施設に備え付けられている温泉に入ってきたタバサ。

 ポラリサたちが慌ただしくしていたのは、これが原因だったのだろう。

 ルードの目に入ったのは、木材や鉄板などでできている複雑な機械のようなもの。

 おそらくはタバサが作った遠心分離機なのかもしれない。


「抽出に成功したんだけどね、魔力をかけすぎて、壊れちゃったのよ」

「あー。タバサさんも魔力強いみたいだからね……」

「でも見て、これよっ」


 タバサの持っていた透明の容器には乳白色の液体があった。

 香りは牛乳よりも濃い。

 間違いなく生クリームだろう。


「うん。すごいよっ」

「でしょー?」


 胸を張って『あたしって偉い』としているタバサの後ろで、苦笑しながら掃除をしているポラリサたち。

 妙に手慣れた感じがあることから、こういうことはよくあるのだろう。

 タバサはルードに容器を渡すと、棚の一番下から袋を持ち出す。


「あとね。例の重曹、だっけ? 粉状にできたのよ」

「うわ、それも凄い」


 きめの細かい麻のような繊維で編まれた袋にどっさりとそれは入っていた。

 粒は荒いが結晶化された重曹だった。

 タバサの話では重曹の結晶化は魔力を使わないで精製できるということだ。

 材料も豊富に、それも無料で手に入ることから量産ができるらしい。

 ルードに喜んでもらいたかったのだろう。

 興奮していたタバサはそこでやっとけだまに気が付いた。


「あら? その白くてもこもこしたのは?」

「うん、けだまだよ。話によるとね、飛龍の幼生らしいんだ」

「えっ? けだま? 飛龍で羽毛……。ちょっと待ってっ!」


 タバサは隣の部屋に駆け込んでいった。

 その部屋から何かが崩れ落ちる音が聞こえる。


「あぁ……。工房長、片付けできないから私がやるのに……」


 ポラリサがぼそっと呟く。

 なんと、タバサは片付けができない子だったようだ。


 タバサが一冊の本を持って出てくる。


「ルード君、これ、ここにあるやつじゃない?」

「どれ?」

「ここよ」


 そこには今のけだまとは比較にならないほど綺麗な翼を持つ、美しい飛竜の絵が描かれていた。

 その絵の上に書かれた文字。


「フェザーハイネス。やっぱりそういう名前だったんだ」

「そうね。飛竜の女王的な種族と書かれているわ。あたしは読んだ書物は忘れないの。一言一句ね」

「へぇ。女王ねぇ。けだまには似合わないかも」

『ひどいにゃ』

「怒らないでって。まだ小さいんだから、大きくなったら綺麗になるんだろうね」

『そうよ。ままだっておおきくてきれいだったにゃ』


 やはりけだまはクロケットの言葉を真似しているようだ。

 あちこち言葉ががちゃがちゃになっている。

 タバサにはルードとけだまが言い争ってるように見える。


「ちょっとルード君。誰と話をしてるの?」

「ん? けだまだよ」

「えっ? ルード君、龍語がわかるの?」

「んー、言ってることがわかるって言うのかな。なんとなくだけどね」

「それは変よ。今まで龍と会話をした人なんて聞いたことないわ」

「そう? ほら」


 ルードはタバサの手を握った。


『るーどちゃんはひどいにゃ?』

「そんなことないって」

「ちょっ。ルード君」


 間違いなくタバサにもけだまが言っていることがなんとなくわかるのだ。


「こういうことらしいんだよね」

「これって、あぁ。そういうことなのね」

「うん。多分右目の力」

「ほんと、ルード君って非常識ね……」

「錬金術師のタバサさんに言われると、なんか傷つくよ」

「それってどういう意味よっ!」

「あははは」

『ルードちゃん、おこられたー」

「うるさいっ!」


 結局その本には飛んでいる姿と書いた人が名づけた『フェザーハイネス』という名前しか書かれていなかった。

 生態についてはまったく不明らしい。

 目撃された地域はエランズリルド地区の、ルードが育った森の奥。

 クロケットと森を見下ろした山脈の向こうから飛んできたかもしれない、ということだけだった。

 タバサの知識上でだが、龍は成長が早く、知能もかなり高いらしい。

 ただ会話が成り立たないことから、遠くから見た程度の記述程度しか残っていないらしいのだ。

 ルードが気づいたけだまのことを『ふんふん』と頷きながらメモをしているタバサ。

 その知識欲はさすがは錬金術師といったところだろう。


「これはとんでもない発見よ。……でもね、親元に返した方がいいかもしれないわね。きっと心配してるでしょうから」

「そうだね。けだま」

『ルードちゃん、なーに?』

「ママに会いたい?」

『あそこおいしいものがないからいや』


 けだまの素直な気持ちなのだろう。

 『にゃ』をすっかり忘れている。


「なんだよそれ」

「うふふふ。ルード君、美味しいものを食べさせすぎたのかもしれないわね」

「んー。とにかく、近いうち一度探してみるよ」

「そうね。あ、これ持って帰ってくれる? 生クリームも抽出方法は決まったから少量だけどあるわよ。装置は壊れちゃったけどね……」

「あははは……」


 タバサから渡されたものは、袋に入った重曹と、瓶一本分の生クリームだった。


 タバサの工房を出て家に戻ることにした。

 けだまを右手に抱えて瓶を持ち、左手で袋を持って帰る。

 ルードにとって重さは大したことはないが、やたらとかさばって歩きにくい。

 やっと家についてルードはため息をついた。

 晩御飯前だというのに、イリスとイエッタはもう食べ始めていた。


「やっぱりクロケットちゃんのごはんは美味しいわぁ……」

「えぇ。クロケット様の味が一番落ち着きます」

「ただいまー」

「あら、おかえり。ルードちゃん」

「も、申し訳ございません……」

「いいからいいから。我慢してたんでしょ?」

「すみません、すごく美味しいです……」

「すっかりうちの味に慣れちゃったんだね」

「ですにゃね。ルードちゃんおかえりなさい」

「ただいま、お姉ちゃん」

『ただいまにゃ(ぐぎゃっ)』


 イエッタの鼻がふんふんと動いた。


「ルードちゃん、それ、もしかして」

「あ、これ? 一本しかまだできてないけど、生クリームだよ」

「うっそ……。それでは、あれも、これも……」

「ご飯のあとね」


 期待に染まったイエッタの目は、それは嬉しそうだった。


 ルードはクロケットにけだまを預けると、キッチンへ向かう。

 重曹の入った袋を置き、生クリームが悪くならないように氷室の一番手前に入れた。

 洗面所へ行き手を洗うと、居間に戻ってどっこいしょ。


「お姉ちゃん」

「はいですにゃ」

「おなかすいた」

『あたしも(ぐぎゃぎゃっ)』

「はいはい。ちょっと待ってくださいにゃね」


 クロケットはキッチンへ戻るとちょっと多めの二人分の料理を持ってくる。

 配膳が終わると、ルードの隣に座って手をきゅっと握る。


「いただきます」

「はいですにゃ」


 焼き魚の小さめのものを取ると、けだまの口の前に持ってくる。


「はい、けだまちゃん。あーん」

『あーん。……おいしー』

「よかったですにゃ」

「僕もお姉ちゃんも、けだまを甘やかしすぎたのかなぁ……」


 ルードはけだまをペットというより、妹のように思っていた。

 それはクロケットも同じだろう。

 人懐っこく、可愛くてモフモフなのだ。

 手放したくないと思い始めてはいるが、親のところに戻してあげたいとも思っている。

 複雑な心境だったが、正体がなんとなくだが今日やっとわかったのだ。

 とにかく今日は疲れた。

 寝て起きたら考えることにしようと、クロケットの作った晩ごはんに集中することにした。


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