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フェンリル母さんとあったかご飯 ~異世界もふもふ生活~  作者: はらくろ
第三章 いっつぁもふもふわーるど
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第三話 お姉さんと一緒。

 エランズリルドに着いたルードたち。

 ルードはそこで、予想以上の光景を見ることができるとは思っていなかった。

 以前クロケットと買い物に来たころと違い、城下町にはちらほらと犬人や猫人の姿が見られるようになっていた。

 ルードの手を握ってクロケットは先に歩いていく。

 まるでシーウェールズの町を歩くように、楽しそうにしている。


「あ、うちの集落の人ですにゃ。あっちにも。あ、犬人さんもいますにゃね」

「うん。こんなにいるんだね」


 そんなときだった。


「お、魔獣使いのお兄ちゃんじゃないか。最近見ないと思ったけど、久しぶりだね」

「あ、どうもです」


 ここはリーダが好きだった果実の砂糖漬けをよく買っていった店。

 中年男性の店主は、ルードだけでなくクロケットの顔も知っているようだ。


「前はすまなかったね。魔獣使いというのも嘘だったんだろう? そこのお嬢さんも変な目で見てしまってすまなかった」

「大丈夫ですにゃ」

「そう言ってくれると助かるよ。もしかして、家族なんじゃないのかい?」

「はい。僕の婚約者なんです」

「そ、そうだったのか。これは悪いことをしてしまったね。これ、持って行っておくれ。最近、猫人の人もよく買っていってくれるんだ」

「そうですか。それはよかったです。……でも、いいんですか?」

「あぁ、今後も贔屓にしてくれると助かるよ」


 店主はそう言ってルードに果物の砂糖漬けをひと瓶くれた。

 まさか目の前にいる少年が、国賓待遇の重要人物だとは思っていないだろう。

 ルードは瓶からひとつ取り出すと、クロケットの顔の前に差し出した。

 クロケットは戸惑うことなくルードの指ごとぱくついた。


「ん。甘くて美味しいですにゃ」

「クロケットお姉さん。指まで齧ることないじゃないの」

「あ、歯があたってしまいましたかにゃ? ごめんにゃさいですにゃ……」


 そんな二人を見た店主は破顔する。


「あははは。まるでもう、夫婦みたいじゃないか。おめでとうと言わせてもらうよ」

「あ、ありがとうございます。まだ僕が成人するまで三年以上あるんですけどね」

「……ありがとうございますですにゃ」


 後ろ頭を掻きながら照れるルードと、真っ赤になって俯くクロケット。

 イリスはそんな仲睦まじい二人の姿を見て、将来の国王と王妃の姿を想像していた。

 見た目は仲のいい姉弟のように見えるが、イリスにとっては大事なご主人様たちなのだから。

 いつまでもこの笑顔を支えていきたいと改めて思ったのだった。


 まるでデートでもしているかのように、ルードとクロケットは久しぶりにゆっくりと二人で歩いている。

 イリスは年の離れた弟と妹を見守るかのような、ほっこりとした気分で後ろを笑顔でついてきていた。

 この世界でウィンドウショッピングという概念はないのだろうが、獣人であるクロケットが安心して歩ける環境になっていたこともあり、色々と見て回ることができたのである。

 地域が変われば扱われている物も変わってくる。

 シーウェールズと違い、ここは思ったよりも農産物が豊富だった。

 さすがに米はないようだが、果物や穀物も以前よりも豊富だったように見えた。

 道すがらに聞いた話だが、時期的にルードが獣人を解放したあとだろうか。

 そのころから城下町でも物が豊富に流れてくるようになったらしい。

 それはおそらく、貴族街で物資を独占しているようなことがあったのかもしれない。


 城下町を抜けて、貴族街へ繋がる橋に差し掛かる。

 そこは以前のような物々しさを感じなくなっていた。

 さすがに王城のある地区ということもあり、安全のための確認はされているようだ。

 ルードが近づくと、話が通っているのだろう。

 衛兵が二人こちらに気づくと、敬礼をして迎えてくれる。


「あなたがルード様ですね。綺麗な白髪を持つ少年と聞いていましたので、すぐにわかりました」

「ルード坊ちゃま、有名人ですにゃね?」

「やめてよ。そんなんじゃないってば」

「ルード様。いい加減ご自覚なさってください。あなたはこの国では重要人物なのですから……」


 呆れたような表情で諭すようにイリスは言う。

 クロケットもよくわかっていないようだったが、イリスの言葉に『うんうん』と頷いていた。

 ルードは思ったよりもあっさりと通されたことで、拍子抜けをしてしまう。

 前に力を使って通ったときの衛兵とは違う男性だとすぐにわかる。

 色々と理由もあり、このあたりの人員も変わっているのだろう。

 貴族街に入ると、以前とは違うように感じることがあった。

 あちこちの商店の扉が閉ざされていたのだ。


「イリス、これってもしかして」

「はい。いわゆる『悪徳商人』と呼ばれる輩が経営していたと思われますね。それがすべて排除されたことでこのような状態になっているものかと」


 しばらくは『シャッター街』のような寂しい感じの場所もできてしまうだろう。

 ただそれは時間がある程度解決してくれるはず。

 今までどれだけ腐敗していた部分があったのだろう。

 それでもエヴァンスが、ルードとの約束を守ろうと頑張ってくれているということだと思ったのだ。

 ルードには政治的な知識は持ち合わせていない。

 記憶の奥にある語録であればある程度は提案できるかもしれないが、それはルードが理解できる内容ではないのだ。

 どれが正しいかはその地を治める人が考えること。

 エランズリルドではエヴァンスがその人なのだから。


 真っすぐに貴族街を抜けて行く。

 ルードも初めて歩くので、とても新鮮だった。

 綺麗な町並みと、上品な店構え。

 城下町もそうだったのだが、ルードが見る限り、甘いものを扱っている店にあるものは基本的には果物の加工品か簡単な菓子程度。

 シーウェールズのように、目玉があるわけではない。

 貴族街で売られている菓子も、ただ甘いだけのクッキーのようなものしか見当たらなかった。

 地物としては、ドライフルーツのように加工された果物を練り込んだものくらいしか見当たらない。

 どれも少し硬いものが多かったのだ。


「んー」

「どうしましたかにゃ?」

「お菓子が足りない」

「そうですかにゃ?」

「うん。甘いものも果物の砂糖漬けくらいしかなかったし」


 ルードが考え事をしているのがクロケットにもわかった。

 こんな顔をした日の後に、必ずと言っていいほど美味しい菓子ができあがっていたのだ。

 クロケットはちょっとだけ楽しみになってきていた。

 また新たな美味しいお菓子が食べられるかもしれない、と。


 普通に考えたらこの国の国賓ともいえるルードたちが、王城へ徒歩で向かうことなどは考えられないのだろう。

 馬車などで訪れるのが普通なのだろうが、今のルードたちはある意味最強の執事に守られているのだ。

 あのリーダが『強い』と言っていたくらいなのだ。

 どれだけ強いのか、ルードにも見当がつかない。

 そんなイリスが後ろから嬉しそうな目で見守っているのだ。

 もし、邪魔などしたらどうなるかわかったものではない。

 それだけ安全だということなのだ。


 今のルードの姿はクレアーナが仕立てた白いシャツに黒のズボン、いわゆる動きやすいいつもの普段着だった。

 クロケットも着慣れている少しだけメイド服に似た侍女のような服装。

 イリスに至っては『ザ・執事』という感じ。

 なんとも珍妙な取り合わせに見えてしまう三人。

 二人の後ろを付かず離れずついてくるイリスは、実は気配を絶っている。

 そんなこともあり、ルードとクロケットは実は目立っていないのだ。

 貴族街のメインストリートを通ってきて人ともそこそこすれ違っている。

 だが、前ほど品のない人が歩いている感じではない。

 要はルードがあれこれやってしまった後は、落ち着いた感じの地区になっていたのだった。


 貴族街を過ぎて王城が見えてくる。

 この貴族街は王城が終点。

 ここに入るときのように衛兵がいる詰所が見えてくる。


「静かでいいところでしたにゃね?」

「うん。伯父さん、頑張ったんだろうね」

「伯父さんですかにゃ?」

「うん。ここに住んでるんだよ」

「えっ? ここってお城ですにゃよね?」

「うん。この国の国王やってるんだよね」

「えっ……?」


 クロケットが固まった。

 それはそうだろう、誰も国王に会いに行くなんて言ってなかったのだから。


「あれ? 言ってなかったっけ?」

「ルード様」

「ん?」

「言ってませんよ。まったくもって……」


 『ルード様はこの辺がまだ……』とイリスはぼそっと呟く。

 固着した状態から解除されたのか、クロケットは恐る恐るルードに問い直す。


「前に私を紹介したいと言ってた人って……」

「うん。ここの国王のエヴァンス伯父さんだよ」

「──えぇええええっ!」


 普段おっとりとしているクロケットもさすがに絶叫してしまった。

 イリスは自分がこの国の情報を集めたので、もちろん最初から知っていた。

 エリスは最初から知っていたはずだし、リーダもイリスから話を聞いていたから知っていたはずだ。

 イエッタはルードの目を通じて知っていたのだろう。

 そういえば、クロケットには話していないような気がしてきた。

 ルードは『あちゃぁ』と頭を掻く。


「大丈夫ですよ。リーダ様とわたくしが教えた通りに振舞えば、恥ずかしいことなどありませんから」

「……本当ですかにゃ?」


 クロケットには、ルードが次期国王になるというプレッシャーから色々と相談を受けていた。

 そんな彼女へレクチャーとして、立ち振る舞いや挨拶の方法などの手ほどきをリーダと一緒にしたことがあったのだ。

 イリスからしたらクロケットは可愛い年の離れた妹のようなもの。

 彼女をどこに出しても恥ずかしくないくらいにはしているつもりなのだから。


「えぇ。クロケット様はルード様の『奥様』になられるのです。自信をもってください」


 だからこそ、イリスが『奥様』というところを強調して優しく諭す。

 『お妃様』と言わないところがプレッシャーを与えない心遣いなのだろう。

 気が付けばクロケットの目はキラキラと輝くほど嬉しそうにしていた。


「奥様だにゃんて……」


 頬に手をあて、ぽぅっとその頬を染めて尻尾を垂直に立てていた。

 同時に身体をもじもじ、くねくねとさせている。


「(イリス、さすが)」

「(えぇ。任せてください)」


 そんなアイコンタクトがあったとはクロケットには言えない。

 イリスはこんなときのフォローも忘れない。

 さっと近寄って、クロケットの尻尾部分をおさえて耳元で囁く。


「クロケット様、尻尾が持ち上がっています。裾が持ち上がって下着が見えてしまいますよ? 『奥様』になろうというあなたが、はしたないですよ」

「……うにゃっ。そうでしたにゃっ!」


 クロケットはイリスの一言で姿勢を正し、頬を両手で叩いて気合を入れ直す。

 ルードに恥をかかせてはいけない。


「私はルード坊ちゃまの『妻』ににゃるんですから、しっかりしにゃきゃいけませんにゃねっ」


 素直というか、一生懸命というか。

 イリスも応援したくなるほど、ルードとそっくりな真っすぐな性格のクロケット。

 ルードとは違った意味で、可愛くて仕方ないのである。


 クロケットはイリスのおかげで持ち直した。

 覚悟を決めたのか、機嫌よくルードの手を引いて歩き始める。

 気配か、それとも監視されていたのか。

 詰所から衛兵が出てきたのだ。

 その軽甲冑を着た衛兵の男性は、苦しそうに腰を折って一礼をする。


「お帰りなさいませ。ルード様」


 この男性もルードのことを知ってるようだ。

 するとどうだろう。

 ルードとクロケットは驚いた。

 その男性の頭には犬耳が、腰からはぶんぶんと左右に振られる元気で大きな尻尾があるではないか。


「お忘れですか? ルード様に助けていただいた、シェイブと申します」


 身長は高かったが、ガリガリに痩せていて気弱そうな男性だったはず。

 確か、商家の下男として重労働を強いられていた青年だったのだ。


「うん。忘れてないよ。でも、その身体……」

「はい。ヘンルーダ様のところで美味しいものをいただいて、急に成長が始まったのです。これでもルード様のひとつ上ですからね」


 ということは、十五歳の犬人。

 おそらくは成長期なのだろうか。

 だが、ルードの腕の三倍はある太い鋼のような筋肉。

 脚に至っては、太ももは四倍はあるだろう。

 胸板は厚く、ルードが嫉妬してしまいそうになるほど立派な体格になっていたのだった。


「故郷に帰らないの?」


 あえて身体についてはツッコミをいれないことにした。

 なんか負けたような気がしてしまったからだろう。


「はい。頑張って稼いで仕送りをしようと思っています」

「うん。それはいいと思う」

「ありがとうございます。実は先日、買い物にこちらへ来たときでした。 俺、これでも人の言葉の読み書きは、商家にいたせいか、幼いころから覚えていたのです。そこで、お触れが出ていたのに気づきました。『衛兵などの志願を求む。獣人大歓迎』というものでした」

「あぁ、伯父さんの仕事だね。きっと」

「そうなのですか? あ、国王陛下のことですね。申し訳ございません。俺、こんな身体のくせに、気が弱くて。ルード様に助けられたとき、憧れました。こんなかっこいい男になりたい。そう思ったんです。そんなときでした。偶然お触れを見まして、思い立って志願したというわけなのです」


 ルードは照れた。

 『かっこいい』だなんて言われたのは生まれて初めてだったのである。


「そんな、僕、かっこよくなんてないよ……」

「いいえ。俺の目には英雄のように見えました。ここに志願するとき、聞いたんです。これからは獣人も働けるということを。俺みたいな小さな集落の出でもね、エランズリルドの国民になれたんですよ。ゆくゆくは騎士を目指しています。衛兵で終わったりなんてしませんよ」


 確かに、猫人も犬人も男性だからといって大人しい性格の人が多いと聞いている。

 犬人も猫人も、基本は争い事が嫌いなのだ。

 その性質や性格を利用してこの国にいた悪人たちはいいように利用していたのである。

 そんな中、ルードを『かっこいい』と憧れてくれる人がいたのだ。

 こんなことは生まれて始めてだった。

 ルードはシェイブの大きな手を両手で握った。


「頑張ってね。応援してるからさ」

「はい。ルード様のように、みんなの役に立てるような人に絶対になります」


 握手が終わると、シェイブはちょっとぎこちない敬礼をしてルードたちを見送ってくれた。


「イリス」

「はい」

「僕、恥ずかしいことできないね」

「そうですね。ルード様は見られているのです。慕ってくれる人がいる限り、その人たちの憧れでいつづける義務がもうあるのだと思います」


 クロケットも少しかがんでルードの腕に抱き着いてくる。


「ルード坊ちゃまは、私の『小さな英雄』にゃんです。かっこいいのはあたりまえにゃんですからねっ!」

「……クロケットお姉さん」

「はいですにゃ?」

「『小さな』は余計だよ……」

「うにゃ……(難しい年ごろにゃんですね)」


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