二巻発売記念SS 記憶の奥にある知識
フェンリル母さんとあったかご飯 二巻発売記念の閑話です。
本編とは違って自分語りの一人称視点になっています。
僕はイエッタお母さんと同じ『悪魔憑き』です。
イエッタお母さんは『見る』能力を持っていて、僕は『知る』能力を持っています。
僕がフォルクスにあるイエッタお母さんのお屋敷で、魔力の枯渇をしてしまって倒れているとき、二人でゆっくりと話す機会がありました。
僕には『記憶の奥にある知識』があります。
そのことをイエッタお母さんに説明すると、僕の頭の中には『図書館』のようなものが存在しているみたいです。
僕は調べ物があるとき、椅子の背もたれや壁に背を預けて少しの間、目を閉じます。
すると、頭の中に赤いレンガの古びた、それでいて立派な建物が見えてくるんです。
そこを歩いている訳ではないんですけど、まるでそうしているかのように、扉をくぐって奥へ行けるんです。
探したい事柄を頭に思い浮かべると、その本がある棚まで誘導してくれるんです。
僕が最初にここへ来たのは、まだ僕が赤ちゃんだったときです。
言葉もしゃべれない、そんな状態が歯がゆく思ったとき、夢に出てくるように、この場所は現れました。
イエッタお母さんに聞いてわかったんですけど、その本に書かれている言葉は、僕とイエッタお母さんの魂がいたはずの場所。
『日本』と呼ばれるところの文字だったようです。
僕はこの世界の文字も読めないはずなのに、最初から本の文字は読めたんです。
僕が欲しいと思った情報に沿った本棚が現れて、その本が勝手に開くんです。
僕の世話をしてくれていたクレアーナ。
僕を見ているときだけ、柔らかい表情になっていたママ。
二人の話す言葉は、何故か理解できてしまっていました。
ただ僕は、二人と話したい。
それだけのために、見つけてしまったんです。
その『図書館』にあった、【発声の科学】という、今思えば『悪魔憑き』と呼ばれてもおかしくない知識の詰まった本。
それを元に、僕は言葉を出す練習をしたんです。
僕が『悪魔憑き』だったせいもあるんでしょうね。
程なく僕は、言葉を話すことができるようになったんです。
そのときの、クレアーナの表情は忘れられません。
まるで『化け物』でも見るような、一瞬の恐怖。
ですが、そこはクレアーナ。
すぐに自分を取り戻して、笑ってくれました。
同時に『エリスレーゼ様には、ゆっくりと話すようにしてくださいね。驚いて何かあったら困ります』と諭されてしまいました。
ママは僕がしゃべれる事に驚かず、とても喜んでくれました。
それが他人と違う、おかしなことだとは思ってなかったんですね。
僕がママとクレアーナと一緒に居られたのは、ほんの短い間でした。
その後すぐに、僕は二人と離ればなれになってしまったんです。
次に僕がその『図書館』を訪れたのは、母さんと一緒に暮らすことになった後です。
最初に襲われそうになった獣とは違う、異次元の美しさを持つ母さんの毛並み。
僕は【狼】【雷】【神様】というキーワードで本を探しました。
すると出てきたのは、【北欧神話】や、それを題材にした物語の本でした。
そこでフェンリルという言葉を知ったんです。
母さんは、フェンリルですが、フェンリラなんだと教えてくれました。
▼
僕が料理に興味を持ったのは、母さんが『豪快な』料理をしてたからなんです。
毎日のように母さんは一生懸命料理をしてくれます。
ですが、僕だけ何もできないでいるのが、なんだか申し訳なく思えてきたんです。
僕は母さんのモフモフした毛に包まれて、眠ろうとしてるときに、料理について色々読みあさりました。
本の中には、僕が理解できない内容のものもありましたが、幸い、料理についてはなんとか理解できました。
野草の刻み方、鍋の使い方。
『左手は猫の手』というのは、僕が読んだ本からの受け売りだったりします。
一番最初に作ろうとしたのは、家にあった材料でできる簡単な物。
〝野菜炒め〟でした。
単純な味わいの料理になってしまいましたが、母さんは美味しいと言って、喜んでくれました。
僕もとても、嬉しかったです。
シーウェールズに移り住んで、母さんとクロケットお姉ちゃんに食べて欲しいと思って作った〝プリン〟。
これは僕が考案したのではなく、本に載ってただけなんですよね。
だからこそ僕は、儲けなんて考えませんでした。
みんなの笑顔だけでお腹いっぱいだったんです。
ママには怒られましたけどね、『安ければ売れるは当たり前。これだけ美味しいのだから、その値段では争いまで起きてしまうわ。人の欲は怖いの。このままじゃ、ルードちゃんが壊れちゃう』って……。
簡単に作れる物を、僕だけじゃなく、一般のお菓子を作る料理人さんが作れるものを考えないとダメだな、と思いました。
そんなとき、狼人さんに出会いました。
大豆は普通にあったんですけど、そこで食べさせてもらった小さな豆の甘い煮付けに驚いたんです。
僕は、一瞬でしたが、目を瞑り、本を探しました。
色、大きさ、間違いないと思ったんです。
〝小豆〟だと。
タバサお姉さんとの出会いも僕の欲求を加速していきました。
小豆で連想するものは、〝こしあん〟と〝粒あん〟がありました。
これはすぐに作れたんです。
ご飯を小さな団子状にして、上からあんこをかけただけの簡単なお菓子。
家族の皆には、好評だったんです。
ただ、猫人の集落から取り寄せている米なんですけど、これをシーウェールズに流通させる程の量はないと、ママが言ってました。
小豆のあんこを使ったお菓子は、上新粉と呼ばれる米を砕いた粉を使って作るお団子。
もち米と言われる、僕が今食べているお米とは違うものとか。
米が使えないということは、あとは小麦くらいしか残っていないんです。
あんこと小麦粉。
さて、何を作ればいいのかな、……と思いふけっていました。
すると、とある温泉街の景色書かれた本があったんです。
そこには、小麦粉で作る〝おまんじゅう〟という物が……。
ここ、シーウェールズには、数種類の温泉が湧いています。
僕は、匂いを頼りに、ここに湧いている温泉の種類を調べました。
卵の腐ったような匂い、これはきっと〝硫黄〟、硫黄泉なんでしょう。
飲めると教えてもらった温泉があって、嘗めてみたらちょっとしょっぱい。
これは食塩泉なんでしょうね。
そんな中、やっと見つけました。
シーウェールズではあまり人気のない場所でした。
僕は、タバサお姉さんを連れて、その温泉を訪れたんです。
それは城下町の外れにある小さな源泉で、効能がはっきりしないのか、他にお湯を引いてる場所がなかったようでした。
僕は少しカップに掬って、冷ましてから嘗めてみました。
やはり無味無臭で、ちょっと茶褐色に濁った感じのお湯なんです。
僕の調べた限りでは、あと残るのは、〝海洋深層水〟か〝重曹泉〟。
深い海の底にある海洋深層水が、堀りもしないでこんな場所に普通に湧いてるのはおかしいと思いました。
そうしたら残るのは〝重曹泉〟。
もし、このお湯がそうであれば、おまんじゅうができるかもしれなかったんです。
しゃがみ込んで、人差し指を嘗めたまま、考えていたとき、肩越しにタバサお姉さんが話しかけてきました。
「ルード君。もしかしてまた何か、新しい物を考えてたりするの?」
「うん。これがもしね、僕が考えてる通りの物だったら、シーウェールズでね、名物が増えると思うんだ」
「へぇ、それは面白そうね。それで、どんな効果を望んでるのかしら?」
「あのね――」
こうして、この源泉からお湯を持って帰って、タバサお姉さんに解析をお願いしたんですね。
タバサお姉さんに、〝炭酸水素ナトリウム〟、別名〝重曹〟のことを説明したんですけど。
「……たんさんすいそなとりうむ? じゅうそう? 何を言ってるのか、よくわからないわ。ルード君ってほんと、博識なのね。錬金術師として、恥ずかしくなっちゃうわよ……」
後から知ったのですが、僕やイエッタお母さんとは違う『悪魔憑き』の人が広めたとされてる言葉もあるらしいです。
けれど、タバサお姉さんには理解できなかったようです。
数日後、タバサお姉さんの工房で。
「ルード君、これ、〝じゅうそう〟って言ったかしら?」
でも、僕が言った事を忘れてなくて、温泉から抽出してくれたものを〝重曹〟って呼んでくれていたんです。
「うんっ。これがあれば、僕が考えてた〝あれ〟ができるんです」
「〝あれ〟じゃ、わからないわよ。ほんと、もう……」
苦笑したような表情のタバサお姉さん。
「これ、濃縮しただけでよかったのかしら? 粉末にするのはまだかかりそうなのよね」
「はいっ。僕が使うだけなので、慌てなくてもいいです。今晩、楽しみにしててください。早速家に帰って作りますねー」
僕は時間を忘れて、おまんじゅう作りに没頭しました。
分量を間違って破裂しちゃったり、試行錯誤を重ねて作った〝温泉まんじゅう〟。
クロケットお姉さんが作っても、同じ物ができるようになって、一安心。
もくもくと食べる母さんの横で、クレアーナにあーんしてもらった瞬間、目を輝かせて――「これ、絶対に売れるわっ!」と、いつも変わらないママ。
家族の皆が大絶賛だった〝温泉まんじゅう〟。
これでシーウェールズの皆さんが、また笑顔になってくれたら、僕はそれだけで嬉しかったりするんです。




