エピローグ ~家族に感謝を~
これにて二章完となります。
エヴァンスはルードの情報を元に、貴族と商家、大元であるミーシェリア商会の処分を決定した。
その中にはなんと、公爵家、侯爵家、伯爵家があったことが驚きだったのである。
エヴァンスは問答無用で取り潰しにかかった。
対象の貴族は爵位を取り上げ、商家と共に国外追放することになった。
ミーシェリア商会の資産は取り上げられ、獣人たちに分配されることになる。
筆頭貴族がいなくなると国として運営していくのが難しくなりそうだ。
そこでルードが推薦したことで、フレットが公爵に特別昇進することになった。
今、エヴァンスの後ろにはリネッタが戻ってきていた。
毎日身の回りの世話をしてくれているらしい。
リネッタはあれから故郷に帰らず、こちらへ戻りたいと言ったそうなのだ。
数年前からエヴァンスの身の回りの世話をしていたせいか、気心も知れていて彼も他の人を侍女に据えるつもりはないらしい。
そんなリネッタが世話を焼いてくれるせいで、エヴァンスも安心して公務に当れているらしい。
エヴァンスは国中に触れを出した。
その内容はこうだ。
『獣人種への虐待を行った者は厳重な処罰を課す。獣人種が人間種に行った場合も同様である』
このような単純明快なものだった。
これにより、獣人は人間と同じ扱いになった。
人は獣語を勉強し、獣人はエランズリルドへ来るものは人の言葉を覚えるようにすることとなった。
そうすることでお互いに尊重しあい、お互いを理解することで更に発展していくこととエヴァンスもルードも信じているのだ。
「伯父さん」
「なんだい?」
「リネッタさん、戻ってきてくれてよかったね」
「な、何をいきなり」
「だってさ、伯父さんの部屋から犬人さんの匂いしてたんだよね。誰が面倒みてくれてたのかなーって」
「いや。これはだな……。私が動けなかったときに」
リネッタは獣語で『あまりいじめないであげてください』と笑顔で呟いた。
獣語で呟かれた言葉はエヴァンスにはまだ理解できないのだろう。
「ルード君。ずるいよ。私はその言葉知らないんだから」
「国王様が融和を説いたのですから、言葉はなんとか覚えてください。じゃないと示しがつきませんよ?」
「……そうなんだよねぇ。リネッタさん、教えてくれるかな?」
「はい、喜んで」
よく見るとリネッタは茶色の髪に耳が立っているのだが、耳の先だけ少し前に垂れている。
切れ長で少しだけきつめの眼付なのだが、笑うと目が細くなる。
狼人のような感じなのだが、毛は細く綺麗だった。
とても可愛らしい耳にフサフサの尻尾。
きっとエヴァンスも隠れモフモフ好きなのかもしれない。
▼
ルードとイリスは城を出てフレットの屋敷へ寄ることにした。
「あ、ルード様よ」
「ホント、いらっしゃいませー」
「ルード様ーっ」
ルードはフレンダ、ブレンダ、ミレディにもみくちゃにされてしまった。
「これ、ルード様が困っているではないですか」
「「「えーっ?」」」
「すみません。私の目が届かないといつもこれで」
ジョンズが申し訳なさそうに、今にも服従のポーズをしてしまいそうな表情になっている。
「あはは。皆さん元気になっててよかったですよ。フレットさんはご在宅ですか?」
「はい。ご案内しますね。ほら、仕事しなさい」
ジョンズはこちらを見ている三人にさりげなく注意をしながら、ルードたちをフレットの部屋に案内する。
「ルード様がお見えになられました」
返事の前に勢いよく扉が開いた。
「ルード様。な、なんてことをしてくれたのですかっ!」
飛び出てきたフレットはルードの両肩を持ち、真っ青な顔でこちらを見ていた。
「フレットさん、どうしたんですか?」
「いや、どうもこうも、私が公爵ってどういうことなんですかっ? 聞いてませんよ」
「あははは。僕が決めたわけじゃないですから。文句は伯父さんに言ってくださいね」
「伯父さん、って、国王様ではないですか。私が文句なんて言える立場かどうか、わかってて言ってるのですね? そうなんですね?」
「あなた。ミリスが見てますよ」
「あぁ、すまない」
フレットが取り乱している姿をミリスはワイティに抱かれてきょとんとして見ている。
「仕方ないですよ。元公爵さんが悪さをしてたんですから。『筆頭貴族がいなくなると困るね』と伯父さんが言ってたので、僕が提案しただけなんです」
「提案って、決定みたいなものじゃないですか。私に公爵が務まるわけありませんよ……」
「大丈夫です。これからのこの国は獣人のような他種族との融和を軸にしていくことになったんです。モフモフ好きに悪い人はいません。だからフレットさんを推薦したんです」
「そんな……」
「あなた。ルード様が推して下さったのです。自信をもってください。でないと私、ミリスを連れて実家に戻らせていただきますけれど?」
「そ、それは困る」
「でしたら、もっと胸を張ってください。あなたは国王陛下とルード様に期待していただいてるのですよ」
「わ、わかった……」
どの家庭も母親は強いのだろうか。
ルードはイリスから温泉まんじゅうをもらってミリスの前にしゃがんだ。
「前に来たときは寝てたみたいだから初めまして、だね。僕、ルードって言うんだ。これはね、甘いお菓子なんだ。食べる?」
「……うん」
ミリスくらい小さいとやはり人の本質を見抜きやすいのだろう。
まったく警戒せずにミリスは温泉まんじゅうを受け取ると、その小さな口でかぶりついた。
その瞬間『ぱぁあああ』という笑顔になるのだ。
「まま、これ、あまあま、おいし」
ワイティを振り向いて満面の笑顔で『食べて』と差し出してくる。
彼女はひとくちだけ食べることにする。
すると、ミリスに負けないくらいに笑顔を返すのだ。
「ほんとね。甘くて美味しいわ」
「ねーっ」
ルードはミリスを見ながら、やはり美味しいものは人を幸せにするのだと改めて思った。
ワイティに伝えなければならないことを思い出したのである。
「ワイティさん」
「はい。何でしょうか?」
「もう、ミリス君と一緒に町を散歩できますよ」
「ほ、本当ですか?」
「えぇ。昨日、伯父さんがお触れを出しましたので、町は安全です」
「よかったです。夢がまたひとつ叶いそうです。ミリス、お散歩しましょうか?」
「うん。いくー」
ルードはイリスを連れて、『近いうちまた来ます』とフレットに挨拶をし、屋敷を後にする。
▼
ルードたちはエランズリルドを出て、ヘンルーダの集落に来ていた。
事の顛末を説明すると、ヘンルーダは自分のことのように喜んでくれたのだ。
ここの集落は元々黒毛の猫人の集落なのだが、今は犬人と毛色の違う猫人たちが仲良く農作業を行っているとヘンルーダが言っていた。
「ルード君。あなたってとんでもないことをしてしまったの気づいてる?」
「国王だった伯父さんがいい人だったことがわかったんです。なので家族として見ることができました。あの豚のお兄さんということで不安でしたが、イリスが調べてくれたのと、実際に話をして助けようと思ったんです。それだけですよ。僕はあいつを『ぶひぃ』と鳴かせることができたからそれだけで満足なんです」
「確かにフェルリーダとエリスレーゼさんの息子と考えたら、不思議ではないのでしょうね。クロケットを認めてくれてありがとうございます……」
「クロケットお姉さんには苦労かけてますから。沢山ありがとうを言わないといけませんね」
ヘンルーダへの報告も終わり、あとはシーウェールズへ帰るだけになった。
まだまだやることは沢山ある。
エリスと相談しながら、この集落にお願いしている解放した獣人たちの帰郷の手伝いをしなければならない。
エランズリルドの立て直しも微力だが手伝うつもりでいるのだ。
ただそれは、一度帰って身体を休めてからでいいとエヴァンスから言われている。
久しぶりにシーウェールズへ帰るような気になってきた。
確かに今回はいつまでかかるか予想もできなかった。
ルードはシーウェールズへ帰るためにフェンリルの姿になろうとしたとき、ちょっとしたことを思い出した。
「あ、宿屋の精算。してないかも」
「ルード様、それはわたくしが終わらせておきましたので」
「イリス。ほんとにありがとう。僕、夢中になると目の前のことしか見えないときがあるからさ。イリスが執事になって僕についてきてくれて助かったよ」
「そう言っていただけるだけで、わたくしは本望でございます。さぁ、帰りましょう」
「そうだね。帰ろっか」
▼
あちこち寄り道していたら、シーウェールズに着いたのは夜になっていた。
半月ほどの留守だったが、とても懐かしく感じる。
いつものようにウェルダートの出迎えで入国すると、町の賑やかさもあって、やっと帰ってきたという気分になれた。
さすがに今ではイリスも店先を見てきょろきょろすることもなくなった。
ルードの一歩後ろについて、一緒に家を目指して歩いている。
シーウェールズを出るときとは心の軽さが違う。
まだ問題は山積みだったが、やり切ったという感じがあるのだ。
いつもこの道を通って家に帰ってくる。
家にはクロケットが待っていてくれる。
エリスもクレアーナも。
物静かなイエッタも。
毎日恐縮しながら、ごはんを食べにくるタバサも。
もちろん、リーダも顔には出さないが心配して待っていてくれる。
この国はどれだけ平和なのだろう。
家の扉が閉まっているのは冬の間だけだったりするのだ。
今日も入り口は開け放たれている。
家に入る前に匂いを確かめた。
みんなの匂いがちゃんと感じられる。
ルードは安心して玄関をくぐった。
やっと帰ってきた。
リビングまで来ると、なぜか晩御飯が用意されていた。
「ルード坊ちゃま。晩御飯にするですにゃ」
「うん。いただきます」
ルードが座ろうとすると、クロケットが窘める。
「駄目ですよ。手を洗ってきてくださいにゃ」
「あ、そうだよね。いけないいけない」
ルードは洗面所で手を洗う。
風呂から漂ってくる温泉の匂いも懐かしく感じる。
ルードが戻ってくると、皆、嬉しそうにルードを見ていた。
「いただきます」
『いただきます』と皆返事をしてくれる。
クロケットだけが『はい』と返事をしてくれる。
いつも通りの夕餉だった。
ごはんを食べ終わり、お茶を飲みながらくつろぎ始めたとき。
ルードは皆の顔を順に見ていく。
そしてゆっくりとこれまであったことを、ひとつひとつ説明していった。
皆何も言わずに聞いてくれる。
ルードはリーダに笑顔を向ける。
「母さん。僕を育ててくれて、ありがとう。母さんがくれた、お兄ちゃんがくれたこの力、とても役にたったよ」
「よかったわ。あの日、ルードに会えて、救われたのはわたしの方なのよ」
「うん。ありがとう」
ルードはクロケットにちょっとすまなそうな顔をする。
「クロケットお姉さん。ずっと置いてけぼりにしてしまってごめんなさい。でも、もうすぐ全部終わるんだ。少し休んだら、またエランズリルドへ出かけなきゃいけないけどね。でも今度は、クロケットお姉さんも連れて行くからさ」
「……ルード坊ちゃま。いいんですかにゃ?」
「うん。クロケットお姉さんを紹介したい人がいるんだ。一緒に行ってくれる?」
「はいですにゃ」
ルードはイエッタに頭を下げた。
「イエッタお母さん。僕、お母さんのおかげで力の使い方がわかったよ。会いに行ってよかったと思ってる。本当にありがとう」
「いいんですよ。我も救われたのですから。こうして元気でいられるのはルードちゃんのおかげなんですからね」
「はい」
ルードはタバサに頭を下げた。
「タバサさん。僕がいない間。代わりをしてくれたんでしょ? ありがとう」
「ううん。あたしたち錬金術師の地位がね、ちょっとだけ見直された感じがするの。まだまだやるわよ。これからが勝負なんだから、アイデアを沢山出しなさいね」
「うん。いろんなものをたくさん作ろうね」
ルードはエリスとクレアーナに向き直り、背筋を正して真っすぐに見つめた。
「ママ、クレアーナ。二人の悔しい気持ち晴らしてきたよ。エルシードの敵はとってきたよ。待たせたね。『ぶひぃ』って鳴かせてきたよ」
「ルード、あなたって子は……」
「坊ちゃま、ご立派になられて……」
「あのね。あっちでエルシードに会ったんだ。たくさん、たくさん、話もしたよ。二人にね『大好きだよ』って伝えてほしいって。エルシードの魂の一部はここに……」
エリスはルードに向かって両手を広げてみせた。
ルードは立ち上がってエリスの傍に座った。
ルードはエリスの手をとって右目を触らせた。
「ここにいるんだ。僕に残ったもの全部くれた。ずるいよね。その力残してたら、僕が二人と話をさせることもできたのに。僕と話したかったんだって。僕と遊びたかったんだって。だから話せて満足したんだって。ほんと、ずるいよね……」
エリスはルードの頭を抱いて、自分の膝の上に誘導する。
「お兄ちゃんの言うことを聞かないなんて、ほんとどうかしちゃってるよ。ここまでそっくりだなんて、ないよね……」
ルードはそれ以上話すことができなかった。
涙が頬を伝わり、喉の奥から嗚咽が漏れてきている。
ルードは辛そうに、声を押し殺して、泣いた。
エリスはルードの髪を、クレアーナは背中を優しく撫でてくれている。
▼
ルードは疲れ切って、緊張の糸が切れて、眠ってしまっている。
リーダはイリスの肩に手を置いた。
「イリスエーラ。ルードを支えてくれてありがとう」
「いいえ。わたくしは執事の仕事を全うしたまでです。わたくしこそ、ルード様に会わせていただいて、ありがとうございます」
「エリスレーゼ」
「はい。イエッタお母さん」
「いい子を産んだわね。辛いときにいてあげられなくて、ごめんなさいね」
「この子が、エルシードがいてくれたので、辛くなんてなかったんです。それに、この子、頑張ったじゃないですか」
「そうね。まさかここまでとは思っていなかったわ」
「タバサ姉さん。ルード坊ちゃまが、今度は連れて行ってくれるって言ってくれましたにゃ」
「よかったわね。沢山甘えていらっしゃい。といっても、甘やかす方なのかもしれないわね」
「クロケット様、ルード様は鈍いですから、もう少し積極的にならないといけませんよ?」
「にゃ、にゃにをすればいいのか、わかりませんにゃっ」
「リーダ姉さん」
「何? エリス」
「なんかすっきりしちゃいましたね」
「そうね。わたしもルードのおかげで喉の奥にひっかかってたものがとれた感じがしたのよ」
リーダが言っていることはイリスの元兄のことだろう。
「わたくしの元実家がすみません……」
「ううん。違うの、イリスエーラ、いえ、イリス。あなたはわたしたちの家族なの。もう気にしなくていいのよ」
「そうね。私のが年下かもしれないけど、私もイリスには感謝してるわ。ルードが目的に真っすぐ立ち向かえたのは、あなたが支えてくれたからだと思ってるもの」
「フェルリーダ様、エリスレーゼ様。ありがとう、ござ、いま、す……」
翌朝、ルードが目を覚ましたら、また忙しく動き回ることだろう。
ルードはやると決めたら後戻りしない。
いつも真っすぐで、素直だからこそ、家族の皆も、周りの人も、ルードを愛しているのだ。
少しだけ羽を休めたら、またルードは飛び出していく。
そして必ず家族の元に笑顔で戻ってきてくれるのだから。
活動報告にも書いた通り、このあと人物紹介、閑話を挟んで三章の開始になります。
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