第二十一話 ちょっと憎めないケモミミ大好き貴族さん。
うっすらと姿を現しているシスティアは、苦笑いの表情を変えずに嫌味を言い始める。
『あなた、後妻を迎えたのね。私にそっくりで可愛らしい女性ですこと』
「システィア、あの、その。ごめんなさい」
こんなシーンをどこかで見たな、とルードは思った。
薄く見えているシスティアに五体投地で謝っていたフレット。
ふっと口元を吊り上げ、満足したような表情をシスティアは見せた。
『私こそごめんなさい。あの子を産むことができないほど身体が弱かったのに、無理して産んでしまって結局このざまですものね。ルード様、この人のことは信用しても大丈夫ですよ。全て本当のことを話していますからね』
「ごめんなさい。無理に呼び出すようなことをしてしまいまして」
ルードはシスティアに謝った。
システィアは優し気な目でルードに微笑んでくれた。
『いいんです。私はこの人にもう一度謝りたかった。そしてちょっとだけ嫌味が言いたかっただけなのです。それが叶ったのですから。ミリスもいい子に育ちましたね。ワイティさんって言ったかしら? 別に私は反対などはしないわ。あなたも幸せになる権利はあるのですからね』
「システィア……」
『この人ね、最近出会ったふさふさのクレアーナさんの耳が大層気に入ったみたいだったのよね。それから獣人の人たちを助けるようになったみたいなのよ、ね? あ・な・た?』
「ごめんなさい。あのふさふさした耳も大好きです。ごめんなさい……」
『……ふぅ。満足したわ。じゃ、私もう行くわね。ワイティさんがいればミリスも安心だわ。ずっと見てたから。大切に育ててくれていたから、ね。あなた、いつかまた会いましょう。あちら側で待ってるわ。ルード様、ありがとうございました。では、失礼いたしますね』
システィアはフレットの頬にキスをすると、すぅっと姿を薄くしていった。
虚空に消えたシスティアにまた五体投地をして『ごめんなさい』と謝ったフレット。
「あの。もういませんけど」
「こ」
「こ?」
「怖かった。あの目、本当に怒ってたんですよ……」
「あははは……」
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フレットとシスティアは幼馴染でフレットの姉のように仲がよかったそうだ。
「いつも『だらしない』と怒られていたんですよ」
「そうだったんですか。とても優しそうな方でしたけど」
「あの優しい目が怒ると、……鬼のような形相になるんですよ」
「あはは。それだけ心配してくれたんでしょうね」
「はい。それでこのあとルード様はどうされるのですか?」
心配そうな表情で今後のことを聞いてくる。
「残りの獣人の人たちを解放したら、あの『豚』に『ぶひぃ』と鳴かせてやるんです。それにはちょっとした計画があります。いずれわかりますよ」
「そうですか。ウォルガードの次期国王になられるルード様であれば、この国の継承権などは無意味でしょうからね」
「僕はね、獣人たちの絆をつなげていきたいんです。人間だって嫌いではありません。今住んでいる地域では人間も獣人も仲良く暮らしているんですよ」
「もしや、シーウェールズでしょうか?」
「よくわかりましたね」
「私も憧れていたくらいですからね。ですが、エリスレーゼ様が心配でこの国から離れるわけにもいかなかったのです」
「ママを心配してくれてありがとうございました」
「いえ。あのお方くらいですよ。私たちのような下々のものにも笑顔をくれる女性は、ね」
「僕はこの国をひっくり返して見せます。あの『豚』が何もできないようにね」
「そうですか。陰ながら事態を見守ることしかできませんが、ご武運をお祈りしています」
「ありがとうございます」
話が終わった後、ルードは窓越しにワイティと挨拶を交わす。
ワイティは手を振ってルードへ挨拶してくれた。
「では、すべてが終わったら、また寄らせてもらいますね」
「えぇ。お待ちしています。ルード様」
ルードとイリスは屋敷を出ていく。
このフレットたちも安心して暮らせるようにしないといけない。
そのためにはこの国の腐った部分を叩いておかない駄目だ。
宿屋に戻り、一息ついた後に奪還を再開していく。
結局獣人の人々が大事にされていたところはフレットのところだけだった。
それから数日かかって王室を除く獣人たちを解放することができた。
獣人たちを蔑ろにしていた貴族や大商家の主は、すべて自ら墓穴を掘ることとなった。
自分が『隷属の魔道具』で縛られることになるとは思ってもいなかったのだろう。
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ヘンルーダの集落に戻ったルードとイリス。
そこでは元気になった犬人や猫人の人々と、ここに住む猫人の人たちが笑顔で作業をしている姿があったのだ。
ルードたちはヘンルーダの屋敷で彼女と話をしている。
ヘンルーダが色々聞き取りをしてくれていたため、今までのことが何となくわかってきたのだ。
「やはり給金なんてもらっていなかったわけですね」
「そうですね。奴隷と同等の扱いを受けていたと言ってもいいでしょうか」
「とにかく、王室を除くすべての人を解放できました」
「ルード君」
「はい」
「クロケットのことが引き金になったのでしょう?」
「否定はしません。僕はあたまにきていたんです。大好きなお姉さんを売ろうとしていた。だからやり返しただけですから」
「疲れたでしょう?」
「いいえ。まだ最後のやり残したことがあるんです。それが終わらないと休むわけにはいかないんです。それよりも皆さんは帰りたいという話になっていましたか?」
「そうね。半数は一度帰りたいと言っていましたね。でもね」
「はい」
「ここでルード君の役に立ちたいという人も半数残っているのよ」
「えっ?」
「というよりね、ここの美味しいごはんを自分の村や町、集落に伝えたいという人が多かったの」
「そうですか。ならば、次にアルフェルお父さんが来たときに相談してみてください。僕もすべて終わったらママに相談してみます」
「えぇ。そうしてくれると皆喜ぶと思うわ」
そのとき奥からお茶を持ってきてくれた女性がいた。
その女性はリリエラだったのだ。
「あ、リリエラさんもう身体は大丈夫なのですか?」
「はい。こんなに元気になりました。今、ヘンルーダ様の手伝いをさせていただいているんですよ」
「ルード君。リリエラさんもね、この集落に残ると言ってくれたのですよ」
「そうなんですか? 戻らなくてもいいんですか?」
「いえ、一度戻ろうと思います。ですが、ここの美味しいごはんを私の集落にも伝えたくて、戻ってきたらここでお手伝いするつもりなんですよ」
「そうでしたか。それは助かります」
「毎回ごはんが楽しみなんです。あの味噌というものからできたスープをごはんにかけたものがまた美味しくて……」
それはきっとねこまんま。
犬飯と呼ばれる食べ方のことだろう。
この集落にも少量だが、味噌を持ってくることができている。
それでたまたま食べることができたのだろう。
どちらにしても、助け出したときより皆表情が明るかったのが救いだった。
捕らわれていたのは女性だけでなく、三割ほどは男性だった。
皆少年、少女の頃に攫われてきたのだという。
ルードはひとりひとり挨拶をしてみた。
皆表情も肌艶も悪くない。
かなり遠くに故郷を持つ人もいるため、エリス商会の協力のもと、ゆっくりと解決していかなければならないだろう。
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ルードはイリスと一緒に貴族街へ戻っていた。
部屋で最後の作戦の相談をしているのだった。
「イリス」
「はい」
「あと何人いると思う?」
「そうですね。三人くらいだと思いますけれど」
「そっか、あとさ調べてほしいことがあるんだ」
「何でしょう?」
「現国王。僕の伯父にあたる人だね。その人がどういう人かを調べられるかな?」
「人となり、ですね」
「うん。例の作戦なんだけど、もし悪い考えを持っているならやっても意味がないかなって思うんだ」
「そうですね。少々調べてみます。半日ほどお時間をいただけますか?」
「うん。でも危険……、なわけないか。母さんが『強い』って言ってたくらいだもんね」
「えぇ。物理的な強さであれば、おそらくあの国では私に並ぶ人は少ないでしょうね」
「そこまでなんだ……。僕、凄い人を執事にしちゃってるんだね」
「いいえ。ルード様の方が」
「僕なんて大したことないよ」
「……それでも、わたくしはルード様にお仕えするのが喜びですから」
「うん。いつもありがとうね」
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ルードはやはり疲れていた心身ともに疲れ切っていたようだ。
気が付けば陽は落ち、外は暗くなっている。
「ルード様。起きられましたね?」
「うん。よく眠れたような気がするよ」
「それはよかったです。報告なのですがよろしいでしょうか?」
「うん。お願い」
「現国王ですが、名前をエヴァンス・エランズリルド。ルード様の言われました『豚』のお兄さんですね。数年前から原因不明の病にかかっているようです。性格は温厚。ご心配されていた獣人への扱いも、現状に憂いを感じている人のようですね」
「イリスがそう判断したなら、しっかりした人なんだね。僕の伯父さんって」
「えぇ。ですが、持ってあと数年。今年の暮れあたりに退位するかもしれないと噂されているようです」
「そうなんだ。なら早くなんとかしないと、ね」
「えぇ。もし、あの計画を実行されるのであれば」
ルードは腕組みしてイリスの報告でひっかかったことを考え始める。
イリスは自分の報告になにか不備があったのか心配しているような表情になってきていた。
「あの、どうかされましたか? ルード様が欲していた情報と違っていましたか?」
「いや、そういうわけじゃないんだよね。あのさ、イリス」
「はい、何でしょうか?」
「この世界にさ、原因不明の病ってあるのかな? 疫病でもない限り僕がわからないわけないと思うんだけど」
「ルード様の『知識』ですね。イエッタ様が言われていました、あの」
「うん」
「そうですね。わたくしは病ではなく、薬か毒かと思っているのですが」
「そうなの?」
「えぇ。少なくとも王族であれば医師にかからないということはないと思いますので」
ルードの家族には錬金術師のタバサがいる。
であれば、医師くらいいてもおかしくはないだろう。
ルードですら治癒の魔法が使えるのだ。
そんな状況下、王家でありながら原因不明だという。
病だと疑ってかかれば、もし薬や毒だったとしたら原因はわからない場合もあるのかもしれない。
イリスはそう、言っているのだろう。
「とにかく会ってみる。直接調べたら何かわかるかもしれないからね」
「では、現国王の位置の特定は終わっています。現在、自室で休んでいるようですからね」
「そっか、ありがとう。イリスがいてくれて助かるよ」
「はい。そう言っていただけるのが一番嬉しく思います」
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ルードたちは深夜である今、動くことにした。
気配を極力抑え、王宮を目指して歩く。
たった数か月、それも離れで生活していただけの場所。
十数年ぶりに戻ったとはいえ、懐かしさはかけらほども感じない。
ルードにとって戻るところは、リーダとエリスの腕の中なのだ。
場所ではない。
家族がいるそこが、ルードの戻るところなのだから。
イリスがあらかじめ調べてくれた部屋の前にたどり着いた。
そこはイリスの話ではエラルドがいる屋敷とは違う場所。
かち合うことはまずないだろう。
ルードは軽く扉をノックする。
すると中から声が聞こえてくる。
「こんな遅い時間にどなたかな?」
「はい。お話がありまして伺わせていただきました」
「これでも一応国王なのだけれど、よく入って来れたね。お入りなさい、鍵は開いているよ」
「失礼します」
ルードは遠慮なく部屋に入らせてもらった。
続けて入ったイリスは扉を閉めると鍵をかける。
「初めまして。僕はフェムルード・ウォルガードと申します」
「ウォルガード……。あの大国の王家の方ですか。これはまた、このような小国の余命短い国王にどのようなご用件ですかね?」
エヴァンスはやせ細ったその顔に笑みを浮かべてルードを迎え入れた。
多分気づいているのだろう。
これだけエルシードに似ているのだから。
「僕はエリスレーゼの息子です。この国にいたときは名前がありませんでした」
「やはりね。エルシード君にそっくりだからそうだろうと思っていたよ」
「そんなに似ていましたか?」
「心臓が止まるかと思ったよ。本当によく似ている」
「僕はあの男を父と呼ぶつもりはありません。ですが、母エリスレーゼを苦しめ、弟エルシードを死なせたあの男へ何もしないわけにはいかないのです」
「そうかい? 私はこの体たらくだから、手伝ってあげることも難しいんだ。すまないね……」




