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第十九話 意外な出会い。

 ルードはイリスと一緒に女性を連れて、ヘンルーダの集落へ来ていた。

 ルードたちの匂いがすると、集落の皆が迎えてくれようとするのだが、ルードの表情を察したとき、皆大人しく遠くから見守ることにしてくれたようだった。

 ヘンルーダだけがルードたちに近寄ってくれる。


「ルード君、あなた本当に犬人さんを助けて──」

「はい。でもまだ捕らえられている人は沢山いるんです。すみませんが、この人が元気になるまでお願いしてもいいですか?」

「えぇ。それは構わないけど、大丈夫なの?」

「はい。もう後戻りできないことも知ってしまいました。できる人がやらないと、不幸はいつまでもあそこで続いているかもしれないんです……」


 ルードは涙が流れないように上を向いた。

 それはまだ少年であるルードの精一杯のやせ我慢だったのかもしれない。

 ルードはイリスに目配せをする。

 イリスはヘンルーダに頭を下げ、女性をお願いしてルードの元へ戻ってきた。


「イリス」

「はい。何でございますか?」

「イリスは人を殺めたこと、ある?」

「人というと、獣人ではない人間のことですか?」

「広い意味で」

「危うく殺してしまいそうになったことはございますが、今のところはそれに至っておりません。ですが、あの男は人として見るにはいささか疑問に思ってしまいますが」


 きっと自分の兄のことを言っているのだろう。

 イリスは『殺しておけばよかった』と思い出したようにぼそっと呟いたのだ。


「う、うん。でもさ、あれでも一応人間なんだよね。僕には母さんやフェリス母さん、イリスのように戦う力に特化していない。でもね、この先僕は人を殺めてしまうときがくるかもしれない。そのときは止めてほしいんだ」

「(ルード様はまだ気づいておられないようですね。あの力はわたくしなんかより、もっと怖いものだということを)わかりました。ルード様が手を汚す必要はないのです。そのときはわたくしが」

「駄目だよ」

「えっ?」

「僕はイリスにも人を殺してほしくはない。フェリスお母さんだって、後悔しているかもしれないんだからね。」


 確かにあの話では殺されても仕方がない者が多かっただろう。

 だが、そうでない者も巻き込まれていたかもしれないのだ。

 千年以上前のことだとはいえ、ルードはその可能性を捨てきれない。

 フェリスの後悔も他人事ではないと、思っていたのだから。


 ▼


 その後、ルードは粛々と獣人の奪還を繰り返していった。

 もちろん予想通り、リリエラよりも酷い扱いを受けている人が沢山いたのだ。

 警戒されれば屋敷の外から、警戒されていなければ屋敷に入り込んで元凶である人物のみを懲らしめる。

 獣人を奪還すると、元凶になった鍵の持ち主に魔道具をはめ、命令として戒めをかけていく。

 その戒めに逆らって、目の前で激痛に喘ぎ苦しむ愚か者も数少なくはなかった。

 一日に救い出せる人は多くても三人程度。

 それは助け出した人たちをヘンルーダにあずけているからでもあった。

 それなりに時間がかかってしまうのである。

 かなりの長期戦になってしまっていた。

 半分以上は助け出したはずだ。

 今のところ大きな騒ぎにはなっていない。

 元の鍵の持ち主に命令をしていることによって、その家全体が下手な動きをしないからであった。

 『家人や使用人の不手際も離反とする』とルールを定めていたからだろう。

 ルードはいっそ騒ぎになってしまってもいいと思っていた。

 ルードが矢面に立てば、獣人を蔑ろにしただけで災難が降りかかると思ってくれるかもしれないと考え始めていたのだった。

 だがそんなとき、イリスに窘められてしまう。


「ルード様、それは愚策でございます。もし、証拠隠滅などをしてしまったら」

「そうだった。ごめん、イリス。僕が馬鹿だったよ」

「いいえ、ルード様は疲れているのです。少しお休みになった方がよろしいかと」


 確かにルードは憔悴しきっていた。

 食事も喉を通らないときがあった。

 それはそうだろう。

 人の不幸を目の当たりにすることは、優しいルードには物凄く苦痛を伴うことでもあったのだ。

 どうしても、その人の気持ちになってしまう。

 それは攫われかけたクロケットのことでもあり、攫われて家族と共に集落ごと滅ぼされてしまったクレアーナのことでもあるのだ。

 ルードがこの国の城下町へ買い物に来ていたときは、人々は獣人を怖がるか、毛嫌いしていただけだった。

 それでも片言で話すクロケットに挨拶をしてくれたのは、ルードが魔獣使いだと思われていたからだろう。

 基本的にこのエランズリルドの人々は、獣人との付き合い方を知らないというか慣れていないのだろう。

 それは人間以外認めないこの国の王家や貴族が原因なのかもしれない。

 そこから覆さないと同じ事が今後も起きてしまうかもしれないのだ。


 泥のように眠るルードの横に座り、イリスは彼の頭を優しく撫でている。

 ルードはイリスにとって使えるべき主。

 だが、イリスから見たら尊敬する義理の姉の息子。

 甥っ子でもあるのだ。

 イリスは実は三百歳を超えている。

 フェンリルの成人の年齢は三百歳あたりだと言われていた。

 自分の子と言ってもおかしくない年齢差だった。

 ただ、イリスは未婚女性だ。

 いつか生まれてくる子がこんなに真面目で、敏い子だといいなと思っている。

 まさに理想の弟でもあり、息子でもあるかもしれない。

 ルードは次期国王になる身だ。

 その国王に仕える執事として一生仕えるつもりだった。

 いくら次期国王だとはいえ、今ルードが行っていることは心を殺してしまうかもしれないような、過酷なことなのだ。

 まだ十五にも満たない少年に、このようなことをさせていいのだろうか。

 イリスは毎日葛藤し、悩んでいる。

 ルードに休んでくれと言っても、倒れるまで動いてこうして死んだように眠る毎日。

 本当であれば、イリスがルードの手足になって動けていればここまで負担をかけることはなかったのだろう。

 しかし、イリスにはルードのような力はない。

 イリスもリーダやフェリスのような、攻撃に特化した力しかないのだから。

 忠誠を誓って、ルードの力を目の当たりにして、イリスは余計に惚れこんでしまった。

 ルードが成人したらどんなに立派な王になるだろう。

 今の女王のフェリシアはとても優しい。

 先代のフェリスは優しくも強かった。

 そんなルードが成長していくのを傍で見ていたい。

 精一杯全力で仕えたい。

 そう思っているのだった。


 ▼


 毎日気持ちを押し殺して作業のように奪還を繰り返していたルードに、驚きの出会いがあった。

 それはエランズリルドの貴族の屋敷だった。

 古びた感じでそれほど大きくないが掃除が行き届いている。

 そこにはなんと複数の獣人の匂いが感じられた。

 屋敷の庭で白い髪の猫人の姿が確認できた。

 日向のベンチで座って、人間の男の子を膝にのせてあやしているのだ。

 それも今までと違った使用人のしっかりとした服を着ている。

 ルードがそれに見とれながらふらふらと屋敷に近寄ったとき、犬人の使用人が近づいてくる。


「当家に御用でしょうか?」


 ルードは自分の目を疑った。

 目の前の犬人の若い男性は、首に魔道具がはめられていない。

 男の子をあやしている猫人の女性ももちろんそうだった。


「あの、僕、この屋敷のご主人と話がしたいのですけど」

「少々お待ちください。今確認してまいりますので」


 しっかりと教育された礼儀正しい仕草だった。


「イリス。びっくりだよ」

「えぇ。わたくしも驚きました」


 イリスとこそこそと話していると、先ほどの男性が戻ってきた。


「旦那様がお会いするそうです。初めまして、この屋敷で執事のようなことをさせていただいております、ジョンズと申します。あなたはご同輩でいらっしゃいますよね? 匂いでわかります。そちらの執事さんもそうでございますね? どうぞ、ご案内いたします」


 にこっと笑う犬人の男性。

 その笑顔は穏やかで、今まで助け出してきた獣人の人たちとは違っていた。

 ジョンズについて屋敷へ案内される。

 途中すれ違った猫人と犬人の女性も首に魔道具をしていなかった。

 廊下の一番奥の部屋の前でジョンズは立ち止まってドアをノックする。


「旦那様。お客様をお連れいたしました」

「入ってもらってください」

「はい。ではどうぞ」


 ドアが開けられ、その奥に優し気な三十歳くらいの男性がいるのがわかる。


「ようこそ、私はフレット・アルデールと申します。この屋敷の主で、しがない最下級の貴族でもあります。何もありませんがどうぞお入りください」


 ルードは素直に招かれることにした。


「初めまして。僕はルードと申します。これは僕の執事でイリスです」


 イリスは無言で一礼する。


「これはご丁寧にありがとうございます。こちらにお座りください」


 ルードは部屋の右奥、庭の見える窓際のソファへと案内された。

 フレットはジョンズに目配せをすると、ジョンズは一礼して出て行った。

 入れ違いに先ほどすれ違った虎毛の猫人の女性が、茶器を持って入ってくる。

 軽く会釈してフレットとルードに、イリスにもお茶を渡してくれた。


「あの、わたくしはルード様の執事で……」

「さぁ、あなたもお座りください。我が家にとっては貴女もお客様ですからね」

「イリス、ご馳走になろうよ」

「ルード様がそうおっしゃるなら……」


 イリスは渋々ルードの横に座った。


「あの、この屋敷には何人の?」

「えぇ、財の許す限りぎりぎりの人数、五人の獣人を雇っています」

「雇って?」

「正確には買い取ったという形なのですが、拘束は一切していません。息子の願いなのでね」


 窓の外で白毛の猫人女性に抱かれて眠っている五歳くらいの男の子を、フレットは優しい目で眺めている。


「確かに、ここにいる猫人と犬人の人たちは首に『隷属の魔道具』をしていませんね。ですが、帰りたいと言わなかったのですか?」

「そうですね。彼たちを買い取った際にかかったものを、毎月の給金の中から半分ほど返してもらっています。この家にも限界はありますからね。それでも皆、返し終わったというのに誰も帰ろうとしないのですよ。私も困っているんですけどね」


 強制することなく枷を解き放っているのに、自分たちの意思でここにいるということなのだろう。


「実は、僕」

「なんとなく素性はわかります。エルシード様に似ていらっしゃいますね」

「……それをどこで?」

「私はね、毎年王室の年始の催事に末席ですが呼ばれていました。エリスレーゼ様の教育係だった時期があるのです。お金をかけずに使える便利な下級貴族でしたからね」

「それは……」

「一年ほどの短い間でしたが、その縁もあり、毎年エルシード様を亡くなった妻と一緒に伺いに行っていたのです。妻は身体が弱く、あの子を産んでなくなってしまいましたが」

「そうでしたか」

「エリスレーゼ様に双子の男の子産まれたときに、一度だけエルシード様と名をつけられていない兄君に会わせてもらったことがあったのです。成長されたエルシード様にそっくりでしたので、もしやと思いました。あのときの兄君が、こんな立派に育っていただなんて、思いもしませんでした。試すようなことを言ってしまって申し訳ございません。……生きておられたのですね」

「はい。色々ありましたが、運よく生きていられたのです」


 ルードの生まれた頃のことを知っているフレット。

 ということはクレアーナのことも知っているということだろう。


「実は、あの痛ましい事故のあと、クレアーナさんに話を全て聞いたのです。私は信じられませんでした。双子の兄君を捨てたばかりか、エルシード様まで殴って死なせてしまうとは……。それと、現王は病に侵されていまして、数年ともたないと囁かれているのです。あなたを捨て、エルシード様を死なせてしまった男が、いずれ次期国王になろうとしているのです。私はあの男には従えません。いっそこの国を捨ててしまおうかと考えていたところだったのです」

「それは僕も聞きました。本当だったんですね」

「はい。ですが、あんな男よりも、ルード様の方が……」

「いいえ、僕はここの王族だったということを名乗るつもりはありません」

「ですがっ」

「落ち着いてください。ウォルガードという国をご存知ですか?」

「えぇ。あの大国。国を一瞬で消滅させたという伝説の女王様が治めていたと言われるところでございますよね?」

「ここでもやはり知られているのですね」

「もちろんでございます。もしや、後ろ盾を得ているとか?」

「いいえ。僕はそこの王位継承者なのです。証拠をお見せしましょう。……イリス」

「はい。かしこまりました。『祖の衣よ闇へと姿を変えよ』」


 イリスはフェンリルの姿になった。

 部屋に戻っていたジョンズは反射的にイリスの姿を見て服従のポーズをとってしまっていた。

 ジョンズの取ったその行動にはフレットにも覚えがあった。


「あの反応は、ジョンズを自由の身にしようとしたときに見せたのと同じです。噂しか聞いたことがありませんでしたが、これほど美しい姿をなさっていたのですね」


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