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第十五話 眠れぬ夜の優しい抱擁。

 ルードはクロケットに言った。


「ごめんね、ちょっとひとりで考えながら眠りたいんだ」

「はいですにゃ。『嫁』は旦那様の言うことを聞くのが当たり前にゃんですにゃ」

「あのねぇ……」


 これはきっと、クロケットなりの気遣いだったのだろう。

 少しでもルードの気持ちを和らげたい。

 そういう気持ちがルードにも伝わってきたのだから。


 ルードは寝床で目を閉じた。

 興奮して眠れないのだ。

 今の力なら獣人を助けられる。

 やっとだった。


 やはり眠れない。

 ルードは庭に出ていた。

 背後に気配を感じる。


「ルード、寝られないんでしょ?」

「うん。母さん」

「仕方ないわね」


 ルードを後ろからそっと抱いてくれる。


「あのね、母さん」

「なぁに?」

「もしさ、エランズリルドとウォルガードの問題になったらどうしよう」

「そのときはわたしがお尻を拭いてあげる。大丈夫よ、フェリス母さんもついてるわ。あなたはウォルガードの王様になるのよ。獣人の種族との懸け橋になりたいんでしょ? それなら問題になったとしても助けるべきなのよ」

「いいのかな……」

「わたしはね、人間に興味なんてなかったの」

「うん」

「あなたがね、クロケットちゃんを助けに行こうとしたときね」

「うん」

「もしあなたに何かあったら、人間の村を滅ぼしてでも助けるつもりだったのよ」

「……それはやりすぎだよ」


 ルードは後ろを向いて苦笑いをした。

 その辛そうな笑顔にリーダはそれよりも優しい笑顔をくれる。


「わたしはね、あなたと出会う前。そう。あの子が生まれるまではウォルガードの人にも、他の種族の人にも興味がなかったの。でもね、唯一知り合いだったヘンルーダに慰めてもらって、思ったわ。人とのかかわりがこれほど大事なものだなんて、忘れていたのね」

「そっかぁ……。ヘンルーダさんって母さんの本当の友だちだったんだね」

「えぇ。彼女くらいよ。わたしの泣き顔を見たのはね。母さんたちにだって見せたことはないわよ」

「いじっぱり」

「ルードだって」


 ルードはリーダに抱かれながら夜空を見ていた。

 リーダは言っていた。

 ルードに会わせてくれたのは亡くなった兄、フェムルードだったのかもしれない、と。

 ルードがこうして生きていられるのも、亡くなった兄のおかげかもしれない。

 リーダ以外の獣が現れていたら、そこでルードの人生も終わっていたかもしれないのだから。

 縁を大事にしなければいけない。

 家族を大事にしなければいけない。

 ルードにとって、猫人の集落の皆も、狼人の集落の皆も。

 シーウェールズの人々だって家族なのだから。

 これから出会う新しい家族たち。

 そういう人たちを大事にするのがルードの考えなのだから。


「母さん」

「なぁに?」

「失敗したらごめんね」

「大丈夫よ。わたしのルードは弱くはないわ。それにね、あの『狂犬令嬢』も一緒なのよ。危険なことにはならないと思うわ」

「『狂犬令嬢』?」

「イリスのことよ。あの子ね、剣術と体術は、公爵令嬢だったのに学園で最強だったのよ。わたしを除いてだけどね」

「あははは。母さんは『買い食い王女様』で『食っちゃ寝さん』だものね」

「あのねぇ。わたしは学園では清楚で通ってたのよ、これでも」

「うん。母さんって綺麗だもんね」

「お世辞言っても遅いわよ」

「お世辞じゃないのに……」

「わかってるわよ。少しは照れさせなさいよ。息子とはいえ、言われたら恥ずかしいんだから……」


 こんな他愛ない母子の会話を続けていると、気が付いたらルードから寝息が聞こえてくる。

 リーダはひょいと抱き上げると、ルードの部屋まで連れて行き、布団の上に寝かせて肌掛け布団をかけてあげる。


「好きなようにやりなさい。あなたの味方は沢山いるのですからね。……なんか優しい母親みたいな言い方しちゃったわ」


 最後がなければよかったのにと、ルードが起きていたら突っ込まれていただろう。

 これもリーダの照れ隠しなのだろう。


 ▼


 どこで寝てしまったのか憶えていないが、きっとリーダが連れてきてくれたのだろう。

 心配だったこともリーダと話したことで解消された。

 そのおかげか、寝起きの気分はよかったのである。

 これからのことは、ルードが背負い込んで自分で決めたこと。

 シーウェールズでの仕事とは違う。

 家族のためでもない。

 クロケットへの行いに対する反撃とも言えなくもない。

 ただ落としどころはもう考えてあるのだ。

 それは『豚』にとってとても辛いことだろう。

 それが『豚』に対する最大の攻撃になるとルードは思っている。


 クロケットの作った日本食のような朝食はイエッタにも好評だった。

 とにかく彼女はルードの教えたことを、こと料理についてはスポンジのように吸収して再現してしまう。

 『温泉まんじゅう』も、一度教えただけで覚えてしまったくらいに優秀だったのだ。


「クロケットお姉さん。ごちそうさま」

「おそまつさまですにゃ」


 これはイエッタが教えたらしい。

 クロケットはイエッタに『大人の振舞』を教わっているらしいのだ。

 彼女は彼女なりに、ルードへの接し方を考えている。

 母親のように包み込み、妻のように支えたい。

 そう思っているらしいのだ。

 イエッタは彼女の作る料理を気に入っている。

 『もう少しこうならないかしら?』というイエッタの注文にも柔軟に対応してくれるそうだ。


「ルード様。そろそろ」

「あぁ、そうだね。じゃ、僕行ってくるよ」


 玄関にはリーダは笑顔で見送ってくれている。


「あのねルードちゃん。私はあなたがいてくれたらそれでいいのよ。『豚』をなんとかしようとして、無理をしちゃ駄目ですからね」


 エリスは心配そうにルードの両肩に手を置く。


「大丈夫。イリスさん強いんだってさ。母さんが言ってたから間違いないよ、ね?」

「そうね。わたしの次くらいだったかしら?」

「そ、そんなご謙遜を……」


「ルードちゃん。フェリスちゃんと話し合ったわ。彼女と我は、あなたがすることをすべて肯定することにしましたからね。でも、無理はしないでくださいよ?」

「はい。ありがとう、イエッタお母さん」


「ルード坊ちゃま」

「うん」

「『亭主元気で留守がいい』とイエッタさんに聞きましたにゃ。意味はわかりませんが、お家のことは任せてくださいにゃ。いってらっさいませですにゃ」

「イエッタお母さん、何教えてんのさ……」


 きゅっとルードを抱きしめるクロケット。

 耳元でぼそっと。


「待ってますにゃ」

「うん」


「ご武運を」

「クレアーナ……。うん、ありがと」


 この戦いは、エルシードとクレアーナの家族の弔いでもあるのだ。

 負けるわけにはいかない、ルードはそう思った。


「イリス、ルードを頼んだわよ」

「はい。この命に代えても」


 リーダの目を真っすぐに見て、誓うイリス。

 ルードはクロケットを一度きゅっと抱きしめる。


「じゃ、行ってきます。イリス」

「はい。ルード様」


 少しだけ大人びた表情のルード。

 これがルードの戦いの序章なのだ。

 家族に見送られてルードは自分の戦場へ向かうことになった。


 ▼


 ルードたちはまずはクロケットが捕まっていた村へ足を向ける。

 ルードの体力を温存するためにイリスが乗せてここまでやってきた。

 イリスは森の出口でルードを降ろすと『化身』を解いていつもの姿に戻った。


「この術、本当に便利ですね。わたくしも裸になってしまうのが困りものだと思っていましたから」

「うん。フェリスお母さんって凄いよね」

「えぇ。ウォルガードでは魔法の第一人者でおられますからね」

「そうだったの?」

「知りませんでしたか? フェルリーダ様は魔法に興味をもたれていませんでしたから、教えられていなかったのですね」

「あれ? でも僕は、母さんからすべての魔法を教わったんだけど?」

「ほ、本当ですか? フェルリーダ様ったら、わたくしには『魔法なんて興味ありませんわ』っていってらしたのに……」

「あははは。母さんらしいって言うか」


「では参りましょうか」

「うん。まずは情報収集だね」

「さすがにあの村はわたくしは気づきませんでした」

「うん。あそこでクロケットお姉さんが捕まったんだよね。あのときの男たちを捕まえて、吐かせようと思うんだ。言い方は悪いけど、誰に獣人たちを買い取ってもらうつもりだったのかをね」

「それが、元凶になっている、と?」

「うん。そういう輩がいるから、そういうことをしてしまうんだろうから」


 ルードの今の姿は前にリーダと住んでいた頃と同じような、狩りをするときに着る動きやすい姿をしていた。

 ルードの邪魔にならないよう、イリスも渋々同じような恰好をしていたのだった。

 村に入ると、思った通りルードは目立っていない。

 ルードはあのときの記憶を辿って男たちがいた家へ進んでいく。

 路地を入っていくと、その家はまだあった。

 ルードは中の様子を確認する。

 すると、あのときの男がいるではないか。

 昼間から酒を飲んでいるようだ。

 もしかしたら誰か被害に遭ってしまったのだろうか。

 ルードは込み上げる怒りを抑え込んで、左目に力を込めた。

 酒を飲んでいた男を白い力が包んでいった。


『目を瞑れ。腹這いになれ』


 男はルードの声に従うように動いた。


「ど、どうしたんだこれ? 誰だ?」

「そんなことはどうでもいい。お前に聞きたいことがある。獣人を捕まえたことがあるな?」

「あ、あぁ……」

「俺はその報復に来た」

「俺は何もしてない、あのときだって気が付いたら逃げられていたんだ」

「本当か?」

「あぁ、本当だ。嘘はついていない」

「ならば聞こう。お前は獣人をどこに売ろうとしていた?」

「それは……」

「そうか、なら生きていても仕方がないな」

「お、教える。エランズリルドのミーシェリアという商会だ。貴族街の近くにあるんだ」

「お前はこれまでに獣人を売ったのか?」

「あぁ。一度だけ」

「それは猫人か?」

「いや、犬人だ」

「その金で酒を飲んでいたわけだな?」

「あぁ」

「そうか。ならばそのまま闇に落ちるがいい」


『お前は痛みを感じない。言葉を発することもできない。やがて耳も聞こえなくなる。両手両足の腱を今切断した。やがて本当に闇に落ちていくだろう』


 それを聞いた男は、口から泡を吹いて動かなくなってしまった。

 それを見たルードは、興味をなくしたように男の家を出ていく。

 あとに続いたイリスの表情は、驚愕のものへとなっていた。

 これがルードの怒りなのか。

 このまま容易に引導を渡すこともできるのだ。

 イリスは、恐ろしい力だと思った。

 初めて背筋が凍る思いをすることになるとは思ってもいなかったのである。


 この村にはもう用はない。

 一度森へ戻り、ルードは大きな木に背をもたれて、その場に座り込んでしまった。


「嘘でしょう。この近くには犬人の集落もあったんだ……」

「そのようですね。実に痛ましいことです」

「もう勘弁できない。僕は頭にきた」

「ルード様、冷静になってください」

「う、うん。ごめん」

「そうです。ルード様が冷静に対処すれば、難しいことではないのですから」

「そうだね。失敗できないんだ。怒りに身を任せたら駄目だよね……」

「はい。そうでございますね」


 ルードはその場で深呼吸をした。

 慣れ親しんだ森の匂い。

 ルードが生まれ育った場所。


「そういえば、ここ」

「はい」

「僕が初めて母さんに出会った場所だ」

「……そうだったのですか」

「うん。僕はここに捨てられた。ここで母さんに会わなければ、死んでいたかもしれないんだ」

「それは……」

「でもね、亡くなったお兄さんが会わせてくれたんだと思う。母さんもそう言ってたし」

「不思議な話ですね」

「たぶん僕が『悪魔付き』だからかもしれないね。この世ならざる魂の持ち主。この世界の特異点。異質な存在……」

「そ、それでもルード様は立派なフェンリルでございます。わたくしが認めた主なのです」

「うん。母さんの母乳と、お兄さんの魂のおかげかもしれないけどね」

「わたくしのご主人様なのです……」

「ありがと。イリス。僕、嬉しいよ」

「はい。この身が尽きるまでお仕えいたします。お傍に置いてください……」

「大丈夫。僕の家族なんだ。守る、なんて言えるほど強くないけど、大切にするからさ」

「はい。ありがとうございます……」


 気が付いたらイリスに慰められて、イリスを慰めていたルードだった。


 ルードは立ち上がった。

 イリスを見て、手を差し伸べる。

 イリスは申し訳なさそうに手を取って立ち上がった。


「さて。ミーシェリア商会を探そう。見つけたらすべてを聞き出し、潰す」

「はい」

「僕は冷静になれないかもしれない。あの男にしたように、残酷なことをしてしまうかもしれない。それでも止めないでよ?」

「わたくしだって我慢しているのですよ。ルード様の敵はわたくしの敵です。ルード様が手を汚す必要などないのですから」

「僕は、イリスにそんなことしてほしくないかな」

「ルード様、助ける相手を間違ってはいけませんよ」

「うん。よくわかった。あ、その前に寄りたいところがあるんだけど」

「エルシード様の墓前ですね?」

「うん。わかっちゃうんだね」

「えぇ。ルード様はお優しいですから」

「人目についたら困る力を使うからさ、陽が暮れたら出るよ」

「はい、かしこまりました」


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