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第十四話 許嫁の実力。

 ルードたちはシーウェールズへ戻る道中にいた。

 フェンリルである三人のうち誰かがいれば、森の中の獣は寄ってこない。

 途中まではルードが男の子の意地でイエッタを乗せていたのだが、さすがに一日走ったあたりで疲れ切ってしまう。

 このあたりはまだ身体が成長しきっていないルードの年齢的なものもあるのだろう。

 途中からイエッタをリーダが、ルードをイリスが乗せて移動している。

 イエッタも乗せてもらうのに慣れたもので、リーダの揺れが少ないものだから涼し気に木漏れ日の中を楽しんでいたりする。

 その反面、ルードはぐったりとして眠ってしまっている。


 そんな感じで行きと同じように、おおよそ二日かけてシーウェールズへ戻ってこれたのだった。

 お約束のように出迎えてくれるウェルダート。

 ルードの母親が増えていないことに安心したのか、笑顔で見送ってくれた。


「(それにしても、あの人。かっこいいなぁ……。女性にもてるんでしょうなぁ)」


 もちろん『あの人』とは、男装したイリスだったりする。


 今回は直接家へ帰ることにしたのだが、これまたイリスも町並みが珍しいのか、あっちキョロキョロこっちキョロキョロしているのだ。

 夕方ということもあって、人の往来は少し多め。


「ここがシーウェールズなのですか。実はわたくし、他国は初めてなのです。観光客の多い賑やかな国ですね。様々な種族の方々がいて、羨ましく思います」

「イリスは交流を賛成してたんだっけ?」

「はい。意見するたび、レオニールに怒られましたね」

「無理しないで普通にお父さんって言えばいいのに」

「いいえ。自分たちのことしか考えない貴族は、家族であっても許せません。あの家からわたくしが生まれたことも忘れてしまいたいくらいです」


 ルードが『豚』を父として生まれたのと同じなのだろうか。

 イリスは『曲がったことが嫌い』とリーダが言っていた。

 そのイリスから見たら、彼女の両親は自分本位で『真っすぐではなかった』のだろう、とルードは思った。

 ルードが『家族のため』や『人々が幸せに』と考えているのとは、真逆な考え方だったのだろう。

 そうでなければ、あれほどフェリスが毛嫌いしているわけがないのだから。

 『あれは何でしょう?』『とてもいい匂いがしますね』『あれが海ですか。初めて見ました』と、イリスはまるで観光客のように見えるものすべてに興味を持ってしまう。

 落ち着いたら町をゆっくり案内しよう、ルードはそう思ったのだった。


 久しぶりに帰ってきたような気がする。

 それだけウォルガードにいるときは忙しくて、充実していたのかもしれない。

 何にせよ、ルードの白い力は目標の強さまで底上げをすることができたのだ。

 お土産と言ってはおかしいのだろうが、ウォルガードにエリス商会を作る許可ももらえた。


 家に近づくと、走り寄ってくる足音が聞こえてくる。


「お帰りにゃさいませですにゃっ!」


 わしっとルードに抱き着くクロケットだった。


「クロケットお姉さん、ただいま。あれ? 髪がつやつや。もしかして?」

「はいですにゃ。タバサ姉さんが作ってくれましたにゃ」


 クロケットが軽く頭を振ると、黒く艶のある髪がふわりと舞い、いい香りが漂ってくる。

 この香りはおそらく柑橘系の果物だろう。


「うん。この匂い、好きかも」

「よかったですにゃ……」


 リーダがルードとクロケットの間に入り込んでくる。


「ほら、ルード。紹介しないと」

「あ、クロケットお姉さん」

「はいですにゃ」

「イリスエーラ。僕の執事になったんだ」

「その髪の色。もしかしてフェンリラ様ですかにゃ?」

「うん」


 クロケットはイリスがすぐに女性だとわかったようだ。

 イリスはルードの一歩後ろ。

 そこで右手を胸に当て、腰を折って挨拶をする。


「クロケット様でございますね。初めまして。イリスエーラと申します。イリスとお呼びください」

「そんにゃ。イリスさん、様はいらにゃいですにゃ」

「いいえ。わたくしのご主人様であるルード様の許嫁の方と聞いております。イリスとお呼び捨てくださいまし」

「うにゃぁ……」


 困っていたクロケットに助け船を出すように、リーダがツッコミを入れたように見えたのだが。


「クロケットちゃん。その髪、詳しく聞かせてもらおうかしらぁ?」

「うにゃにゃ。これは、その……」


 クロケットはリーダに手を引っ張られて、ずるずると家に連れていかれた。

 残ったルードとイエッタ、イリスはリーダの目が真面目だったのに気づく。

 捕食されそうになっている獲物を引きずるような、そんな感じに見えたのだった。


 陽も落ちて、エリスが帰ってくる。

 イリスは早速挨拶をしていた。


「ルード様の執事をさせていただくことになりましたイリスエーラと申します」

「はいはい。ルードちゃんのママで、エリスよ」

「エリス様の侍女で、クレアーナと申します」


 イリスはクレアーナに同じ匂いを感じた。

 イリスの方が年上なのだろうけど、貫禄はクレアーナの方が上だった。


「はい。若輩者ですが、色々教えていただければ嬉しく思います」

「いえ、私なんてまだまだでございます」


 イリスとクレアーナはある意味意気投合しているようにも見えた。

 お互いに『主人を支える』という立場からそう思えたのかもしれない。

 遅れてタバサも帰ってきて、イリスに挨拶されたとき匂いで正体に気づいてしまい、思わず服従のポーズを取ってしまいそうになった。

 イリスが『わたくしは執事でございます。それはおやめください』と言ったため、すんでのところで回避された。

 かといって種族的なものもあり、タバサはかなり戸惑っているようだった。


 夕食は久しぶりにルードとクロケットが一緒に作った。

 ルードが作る料理は和食もどきになっていたのだが、イエッタは喜んで食べている。

 今晩の献立は、脂ののった青魚の塩焼き。

 根菜の浅漬け。

 少し甘めに焼いた厚焼き玉子。

 白身魚と根菜の味噌汁。

 それといつものほかほかごはんだった。


「……はぁっ。美味しいわ……。もう我、大公引退しようかしら。ルードちゃんの料理なしでは生きていけそうもないもの」

「あははは。この料理ならクロケットお姉さんでも作れるんだよね」

「あら、それは凄いわ。だとしても、ルードちゃんとクロケットちゃんを連れて帰るわけにいきませんからね。我がいなくても国は回ってるのだから、しばらく帰らなくてもいいみたいですし。何か必要なときは、使いを寄こすでしょう」


 イエッタはさらっと怖いことを言う。


 食後にクレアーナとイリスが入れてくれたお茶を飲みながら、ルードはこれからのことを話すことにする。


「あのね。僕の力の目途がついたんだ。これで、エランズリルドに乗り込むことができると思う」

「ルードちゃん、ついに『豚』を鳴かせるのね?」


 エリスの目が輝いているように思えた。

 彼女も思うところがかなりあるのだろう。


「んー、無理はしないよ。犬人さんや猫人さんたちを助けるのが最優先かな。全部終わったら鳴かせるつもりだけどね」

「ルード、わたし、ついて行こうか?」

「大丈夫。僕、イリスを連れて行くから」

「はい。どこまでもお供いたします」

「そうね。イリスがついているのなら危険なことはないでしょうから」


 リーダも太鼓判を押すくらいにイリスは強いのだろう。


「クロケットお姉さん」

「はいですにゃ」

「これが終わったらゆっくりできるから、もう少しだけ待っててね」

「大丈夫ですにゃよ。私はここで、ルード坊ちゃまをお待ちしていますから」

「ありがと。それとね、フェリスお母さんから、ウォルガードにエリス商会を作ってもいいって許可をもらったんだ」

「ルードちゃん、それって?」

「うん。みんなであっちを拠点に色々な種族と交流していこうと思ってる。シーウェールズは支店にしようと思うんだけど、ママ、どう思う?」

「そうね。マイルスさんもミケーリエルさんと一緒になったのだし、今のままエリス商会は父さんと母さんに任せてもいいと思うわ」

「僕がさ、ウォルガードの王様にならなきゃいけないから。それまでに色々な種族の人と仲良くなっておきたいんだよね」

「えぇ。私はそれを手伝うことにするわ。ルードがウォルガードに行くなら、一緒に行くのは当たり前ですからね」

「僕が戻ってからもう一度話をしようね。慌てなくてもいいことだからさ」


 ルードの話が終わった。

 クロケットの部屋の隣が開いていることからイリスに使ってもらうことにする。


「そうそう、ルードちゃん」

「どうしたの、ママ」

「あれができ上がったのよ。『フェンリル印の髪香油』という名前で大売れしてるわ。ねぇ、タバサさん」

「はい。十種類ほど香りの違うものを作りましたけど、当初は生産が追いつかないくらいでしたね……」


 よく見ると、タバサの髪までつやつやになっている。

 枝毛も減り、綺麗な三つ編みになっているのだ。

 エリスの髪も以前にも増してさらさらつやつやだった。

 いつの間にかリーダの髪も同じように綺麗になっている。

 おそらくクロケットを引きずっていってすぐやってもらったのだろう。


 翌日、イリスは調べものをしたいから時間がほしいとルードに許可をとり、夕方まで外出していた。

 ルードはタバサの開発状況や、プリンとアイスで困ったことはないか。

 ミケーリエル亭へ出向いて温泉まんじゅうのでき具合を聞く。

 エリス商会で、髪香油の効果的な使用方法などを再確認。

 こんな感じに、クロケットと一緒にあちこち回っていたのだった。


 夜が明けたらルードはエランズリルドへ向かうことになっている。

 夕食が終わった後、ルードとイリスの二人は夜遅くまでイリスと打ち合わせを続けていた。


「なぜルード様は誰からも頼まれていないことをなさろうとしているのでしょう?」

「あのね、イリス」

「はい」

「あ、あの、ルード坊ちゃま。それは私が」


 横でクロケットはそれを大人しく聞いていたのだが、つい口をはさんでしまった。


「クロケット様どうしましたか?」

「それ多分、私が人攫いに攫われたことが原因なのかもしれません」


 クロケットは思い出してしまったのだろう、少し辛そうな表情をしていた。


「あー、うん。確かにクロケットお姉さんが攫われたことがきっかけだったかもしれないんだ。でもね、そういうことが横行しているエランズリルドは、僕が生まれた国でもあるんだよね」

「はい。少し調べさせていただきました。現国王は病を患っているそうです。そしてもし倒れてしまえばエラルドという醜く太った継承者があとを継ぐ形になっているようですね」

「うん。それが『豚』なんだ。僕を捨てて、僕の弟を殺したかもしれない。ママを悲しませた元凶なんだ」

「エルシード様でございますね。人々の間では優しく聡明で、可愛らしい少年だったと聞きます。当たり前ですよね、ルード様と双子だったのですから」

「よくそこまで調べたね?」

「……執事ですので」


 イリスは嬉しそうに会釈をした。


「エルシード様は事故で亡くなったことになっておりました。墓地の場所は、エランズリルド王家代々の弔われている墓地にあるようです。場所は確認してきました。ですが……」

「何かあったんだね?」

「はい。明日、最初に墓地へ寄ることをお勧めします。わたくしも、腸が煮えくり返ってしまいましたし……」

「うん。わかった」


 ルードはエルシードのことはそれ以上聞かなかかった。


「それでね、僕を育ててくれたのは母さんなんだ」

「はい。フェルリーダ様ですね」

「うん。その母さんがエランズリルドには近寄りたくないって前から言ってたんだ。その理由が」

「獣人の扱いですね」

「うん。匂いでわかるんだよ。その上、クロケットお姉さんを攫った男たちの話を聞いたときにね、そういう習慣がエランズリルドにはある。もしかしたら、エランズリルドだけじゃないかもしれない。そう思ったらさ、誰もやらないなら僕がやるしかないなじゃいの。それだけなんだよね」

「ルード坊ちゃま、母さんの言いつけを忘れていた私がいけなかったんですね」

「違うよ。ヘンルーダさんを助けようと思ったんでしょ? お母さんだもんね。当たり前のことだよ。そうじゃないんだ。言葉が違う。見た目が違う。猫人と犬人が人より弱かっただけで、人とは違う扱いを受けている。それだけでも十分な理由なんだよ。シーウェールズにいる人たちを知ってるでしょ? みんな、楽しそうに暮らしてる。これが当たり前なんだ。獣人だって同じ人なんだ。奴隷と同じ扱いだなんて、ありえない。それなら僕が『支配』して教えてやる。それがどれだけ辛いことかを、ね」


 ルードは笑顔だった。

 その笑顔はイリスもクロケットも、背筋が寒くなるほど恐ろしい笑顔だったのだ。


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