第十一話 押し掛け執事さん。
本日一回目の更新です。
もう一話、夜に上げるつもりです。
よろしくお願いします。
朝食が終わり、リーダは屋敷にあったドレスに着替える。
さすがに普段着では王室では格好がつかないこともあり、渋々着替えることになってしまった。
ルードは前にリーダが用意してくれた服に袖を通していた。
イエッタは見事な和服を着ているせいか、このままでもいいだろうということになった。
着替え終わって、ルードの入れたお茶で寛いでいるときだった。
『コンコン』とドアがノックされたのである。
「あら? 今日はまだ連絡入れてなかったのだけれど、誰か迎えに来たのかしら?」
「さぁ?」
「朝早くから失礼いたします」
執事のような恰好をした長身の人が入ってくる。
そして入ってくるなり『ごつっ』と鈍い音をさせながら土下座をするのだ。
いや、土下座に似た五体投地とでもいうのだろうか。
さすがに三人は面食らってしまう。
「わたくしの兄、アレストがフェルリーダ様にご迷惑をおかけいたしましたことを、ここにお詫び申し上げます」
「ちょっとお兄さん、どうしたの?」
「フェムルード様でございますね。あなたの母君を愚弄し、蔑んだわたくしの兄に変わってお詫びをしにきたのでございます」
「アレストって?」
「そういえば、そういう名前だったわね。あなたの父親だった人の名前よ」
「はい。本当に申し訳ございませんでした」
「いいから、お兄さん。顔を上げてください。急にこんなことをされても困ってしまいますから」
「ルード、髪の色を見なさい。お兄さんではなく、お姉さんよ」
「えっ?」
「久しぶりね、イリスエーラ」
「はい。フェルリーダお姉さま。恥ずかしながら、愚兄に代わって謝罪を──」
「いいから顔を上げなさい」
「……はい」
「ルード、治癒を」
「はいはい『癒せ』」
「そんな、もったいない……」
そのイリスエーラは、腰まで緑の長い髪を邪魔にならないように三つ編みにしている。
それでいて精悍な顔つきをした男装の麗人。
ただ髪の色でわかるように、確かに『女性』だった。
執事のような男装をしていたせいもあり、ルードは勘違いをしてしまったのだ。
彼女は床にしたたか頭をぶつけていたせいで傷を作ってしまい、ルードは治癒で治すことになったのだが。
ルードが治癒しやすいように片膝をついてくれたのは、優しい面もあるのだろう。
「お久しぶりにございます。フェルリーダ様」
「相変わらずの真っすぐすぎる性格ね」
「いえ。あの愚兄があのようなことさえしなければ……」
「リーダちゃん。この方は?」
「イエッタさん、この子はわたしの元夫の妹で──」
「お初にお目にかかります。イエッタ様。わたくしは、公爵家長女のイリスエーラと申します。イリスとお呼びください。フェルリーダ様に迷惑をかけてしまった愚兄に、いえ、動こうとしない公爵家を代表して、いえ……」
「ほら、落ち着きなさい」
「はい、すみません。わたくし、公爵家に愛想をつかしまして、縁を切ってまいりました」
「えぇっ?」
「母さん、それって?」
「この子、学生の頃からこうだったのよ。曲がったことが嫌いで、いつも家族で喧嘩して。家出をしてはわたしの家に、ね」
「いえ、此度はほとほと愛想が尽きました。あんな家、潰れてしまえばいいのです。フェムルード様」
「はい?」
「是非貴方の執事として雇っていただけないでしょうか?」
「はいぃいいいい?」
イエッタはイリスの目を見て、なんとなく人柄を理解して苦笑していた。
リーダは昔から知っているようでそれほど驚いていないようだ。
「こうなったら動かないわよ。昔からそうだったわ」
「母さん……」
「諦めた方がいいかもしれないわ。それにね、この子、物凄く頭がいいの。執事としてなら申し分ないかもしれないわよ。ルードもいずれ国王になったら、側近が必要でしょ? この子、強いわよ……。わたしと同じくらいにね」
「そんな、ご謙遜を。幾度となくフェルリーダ様と手合わせをしてもらいましたが、一度も勝ったことはありませんでしたし」
「そりゃそうよ。わたしが負けるわけにいかないのは知ってたでしょう? この子の立場を考えたら、こうなるような気もしないでもなかったのよね。というより、今までよく我慢してたと思うわ」
「そんな他人事みたいに」
「あら? 他人事だもの。わたしは女王にならなかったから、断ったのよ」
クスクスと笑うリーダ。
ウォルガードにいると、リーダは若いころのこういう性格に戻ってしまうのだ。
治癒が終わると、ルードはリーダとイエッタの間に座り直した。
「あ、お茶入れてくるけど」
「いえ、わたくしが。フェムルード様はそのままで」
「ルードでいいよ」
「ありがとうございます。ルード様」
「だから、様って……」
「無理よ。この子はこういう公私のことにとてもうるさいの。わたしも手を焼いたのよね……」
イリスがお茶を入れ直してくると、ルードの前に立っていた。
「あの、座ってもらえますか?」
「いえ。わたくしのようなものが……」
ルードは左目の奥に力を集めてみた。
『座れ』
まだルードを中心に十歩程度の範囲でしか効果が現れない。
白い霧のようなものが辺りを包んだ。
「仕方ないですね。今回だけですよ?」
イリスはちょっとだけ頬を赤らめて渋々座ることにした。
「あれ? やっぱり『お願い』程度にしかならないんだね」
「そうね。この子、ルードに忠誠を誓っちゃったのかもしれないわ」
「まったく……」
「今のが『支配』なのね?」
「はい。まだこの程度の範囲なんです」
「なるほど。敵対関係でなければ、『お願い』程度にしかならないのは本当だったということなのね」
「そうですね」
イリスは何を言っているのかわかっていないようだ。
ルードは苦笑しながら、リーダの方を向いた。
「母さん。これってどういうことなの?」
「フェリスおば、いえ、お母さまが怒ってたのよ。公爵家であるウォルフェルドの当主が体裁だけを保とうとしたってね」
「はい。かつて父だったあの愚か者は、逃げたのです。本来であれば愚兄を誅するべきでした。それを自分の息子可愛さに、処分を下さず庇ったのです。本来であれば王家を支えなければならない家が、ただの利権を貪る腐ったものになってしまったのです」
「もしかして、僕が殴りたいって言ってた人?」
「そうね。もう殴る価値もないかもしれないのだけれど」
リーダの目を見て、イエッタはすべてを悟ってしまった。
「そう。ルードちゃんのお兄さんが亡くなって、そんなことがあったのね。フェルリーダちゃん辛かったわね……」
「過ぎたことなんです。それにルードに会えたのはあの子のおかげかもしれないのですから。あの子が、わたしが寂しくないように、してくれたのかもしれないんです。この子の優しさと、あの子の思いがあって、一度だけ会えたんです。話すことができなかった小さなあの子が、『大好きだよ、ママ』って言ってくれたんです。とても嬉しかったわ……」
ルードたちはいいとして、目の前にいるイエッタはフェンリルではないのだ。
これだけ真っすぐな女性だ。
イエッタを見て何も言わないのが不思議で仕方がなかったのだった。
「そういえば、イリスさん」
「イリスとお呼びください。何でしょうか?」
「イリス……、は、僕たち以外の種族は大丈夫なの?」
「はい。わたくしの家は純血を尊ぶ家でしたが、わたくしは違います。そのような古い考えがウォルガードの衰退を招く、そう言われたフェリス様に感銘を受けていたのです。それに、その、とても綺麗ですよね」
イリスの視線はイエッタの尻尾にあった。
ぴこぴこと動く尻尾の動きに目が右に行ったり左に行ったり。
それを見たイエッタはピンときたのだろう。
「ルードちゃん。我が教えたあの呪文、唱えてみてくれますか?」
「えっ? ここで?」
「えぇ」
「んー、『狐狗狸ノ証ト力ヲココニ』だっけ?」
『ぽんっ』という可愛らしい音と共に煙が出て、それが収まるとルードの耳と七本の尻尾が現れる。
イエッタの予想通り、イリスの目はルードの尻尾に移ってしまう。
ぽぅっとルードの尻尾を眺めるように見惚れてしまっていた。
「こ、これは、……物凄く可愛らしい」
「うふふふ。イリスは昔から可愛いものが大好きなのよね。でも、学園の生徒たちからカッコいいって言われてて趣味のことを言えなくて……」
「──知っておられたのですかぁあああっ」
「えぇ。あなたが頑なに自分の部屋に誰も入れない理由がそれだってこともね」
「なんとっ。次期国王でありながら、この可愛らしさ……。これは最強です。ずるいです……」
髪の色さえなければ『お兄さん』と間違えてしまいそうなほど、凛々しく見えるイリスが『可愛いもの好き』だったとは。
執事の姿がよく似合っているイリス。
きっと女性の恰好をすることが少ないのだろう。
「そういえば、イリスったらね。学園にいたとき、男の子の制服を着てきて、大騒ぎになったときがあってね」
「似合うのだからいいではないですかぁ!」
もはやリーダにいじられてくちゃくちゃにされてしまっていた。
「それでルードどうする?」
「どうするって言われても」
「あなたが決めてもいいのよ?」
「んー……」
「どうか、お願いいたします。わたくしに帰る場所はないのです」
「いいよ」
まるで兄、フェムルードに応えたあのときのように、ルードは一言で返事をする。
「本当でございますか?」
「だから、いいよ、って」
「ありがとうございます。この命尽き果てるまでフェムルード様を主と決め、お仕えさせていただきます」
イリスはその場に立ち上がり、女性の挨拶とはまた違う、物語の執事が挨拶するかのような胸に左手を当て、右手は背に回して腰を折って礼をしたのだった。
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「馬車をご用意いたしております。皆様、玄関までお越しください」
「馬車って?」
リーダが聞いた。
「はい。公爵家から手切れ金として拝借してまいりました。あのような輩には不相応なものでしたので」
公爵家当主の馬車を持ってきてしまったということなのだろう。
ルードたちが玄関まで出ると、前に乗ったものとは違う、立派な馬車がそこにはあった。
二回りは大きなその客車を見ると、作るのにかなりお金がかかっていそうな感じまでしてくるのだ。
イエッタから先に乗ってもらおうと思ったのだが、イリスは侍女ではなく執事をと言った意味がなんとなくわかるのだ。
女性のエスコートは女性がよく知っていると言えばそうなのだろう。
難なくイエッタを客車まで誘導してしまった。
「あら? すみませんね」
「いえ、主であるルード様のお母様のおひとりでいらっしゃいます。お気になさらずお願いいたします。フェルリーダ様、どうぞ」
「はい。ありがと」
ルードの出る幕なかったのであった。
「ルード様、どうぞ」
「僕は女性じゃないからひとりで大丈夫だってば」
「ちょっとだけお怒りになられたルード様、可愛いです……」
「んもう。わかっててやったんだね……」
「……では、参ります」
イリスは御者席に座ると、馬車を進めるのだった。
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イエッタにとってはウォルガードの商業区画も物珍しいものであった。
「静かな佇まいでありながら、人の生活感溢れる感じ。いい町ですね」
「えぇ。わたしも若いころお世話になった町ですからね」
「有名でしたよね。『買い食いお──」
「イリス! それ以上言ったらどうなるか、わかってるわよねぇ?」
「は、はいっ。申し訳ございませんでした」
「あなたはルードの執事なのよ? 立場をわきまえなさい」
「はいっ」
厳しく言うように見えるのだが、『買い食い王女様』の二つ名を言われたくなかっただけなのかもしれない。
もちろんルードもイエッタもそれは知っていたのだ。
二人とも、リーダとイリスのやりとりを苦笑しながら見ていたのは二人は気づいていない。
商業区画を抜け、行政区画に入る。
ややあって王城が見えてくるのだ。
王城の入口へ馬車を横付けすると、王城付きの使用人が馬車を回してくれるらしい。
ルードは先に降りて今度こそ、イエッタをエスコートするつもりだった。
「ルードちゃん、ありがとうね」
「いえ。僕の大切なお母さんですから」
「ルード、はい」
「はい。母さん」
リーダも手を伸ばし、ルードがエスコートする。
ルードの右にリーダ、左にイエッタ。
一歩下がってイリスがついてくる形で王城へ入っていった。
部屋へ通された三人を待っていたのはフェリスのこの一言だった。
「久しぶりね、フェムルードちゃん。会いたかったわ、プリン作ってちょうだい」
「はいはい。わかったよ、フェリスお母さん」
「えっ? お母さん?」
「はい。母さんのお母さんのお母さんだから、そう呼ぼうって思ったんです」
「それ、いいわ。うんうん。私もルードちゃんって呼んでもいいかしら?」
「はい。いいですよ。フェリスお母さん」
「いいわぁ。ルードちゃん」
「はい」
「プリン作って」
「はいはい、今作ってきますから」
フェリスはイエッタに目を向けるとニコっと笑った。
「フェルリーダ。その方は?」
「お初にお目にかかります。フォルクスで大公を務めております。イエッタと申します。先ほどのルードちゃんの言葉を借りると、ルードちゃんの生みの親のお母さんのお母さんでございます」
ぼふっっと煙が出たかと思うと、九本の大きな尻尾が姿を現した。
「あら、あの有名な『瞳』だったのね。名前は知っていたわ。私はフェリス。ルードちゃんの母さんのお母さんのお母さんよ」
お互いに見つめあうと、笑みを浮かべあう。
それは謙遜も警戒もない、純粋な似たもの同士の挨拶だったのだろう。
『消滅』のフェリス。
『瞳』のイエッタ。
フェリスはこの世界で、決して触れてはいけないという伝説にもなっている。
同様にイエッタは、会わなくてもある程度の交友さえあれば隠し事ができない。
会ってその目を見られてしまえば、思っていることが白日に晒されてしまう。
それこそ驚異的な力として、逆らってはいけないと言われていたのだった。
そして二人とも長命種で、恐ろしいことに『現役』だったりする。
この世界の『最大火力』と『最大抑止力』が出会った瞬間だったのだ。




