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第七話 変化(へんげ)の呪文。

 ルードが目を覚ますと、見慣れない天井だった。

 ただ、ルードの記憶の奥にある珍しいものであるのは確かだ。

 見慣れた石造りのものではなく、梁があり木の板で組まれた見事な造り。

 これを『和室』と呼ぶのだろう、と知識ではわかっている。

 頭がどろっとしていて、気持ちが悪い。

 エリスレーゼを治癒したときと同じ感じ。

 全力全開で治癒の魔法を使ったのだ。

 こうなるのは予想できていた。


「あら? 目を覚ましたのね」


 声の方を向くと、そこには記憶にある糸目の優しい表情。

 九尾の尾を持つイエッタだった。

 ルードは身体を起そうとするが、両肩を押さえられてまた寝かされてしまう。


「駄目ですよ。まだ回復していないのですからね」

「あ、僕、どれくらい眠っていたんですか?」

「まだあれから一晩しか経っていないわ」

「そうですか。道理で動けないと思った……」

「エリスレーゼのときも、このような無理をしたのですね」

「はい。あのときは僕はどうなってもいいと思いました。でも、倒れただけで寝たら治りましたし」

「三日も寝てしまっていたではありませんか。何故こんな無理をしたのですか?」

「だって、イエッタさんが動けないのは悲しいなと思ったので。家族のためなら多少の無理は別にいいじゃないですか」


 そのときルードのお腹が『きゅるるる』と鳴ってしまう。


「あははは。お腹すきましたね。そういえば昨日の晩は、何も食べてませんからね」

「そう思って用意させました。あなたが毎日食べているお米ではありませんけどね。麦がゆですよ。ほら、支えてあげるから身体を起してみなさい」


 イエッタに支えられながらルードは身体を起した。

 背中に枕を二つほど置いてもらい、それに寄りかかるようにしてなんとか起きていられる状態だった。

 イエッタは匙で麦がゆを掬うと、ゆっくり冷ましてからルードの口元へもっていく。


「──ふーっ、ふーっ。はい、あーんしなさい」

「……あーん。むぐむぐ。あ、美味しい」


 ちょっとだけ顔を赤くしているルード。

 きっと恥ずかしいのだろう。

 それを知ってかイエッタは余計に目が細くなり、満面の笑顔になっていく。


「よかったわ。はい、ゆっくり食べるのよ。あーん」

「……あーん」


 確かに美味しく感じる。

 鳥か何かの肉でしっかりと出汁をとってあるようだ。

 これが米ならもっと美味しいのだろう、ルードはそう思った。

 椀一杯のかゆを食べ終えたルードは、そのまま寝かされてしまった。

 無理をしても動けないのだから、ルードは大人しく寝ることにしたのだ。


「それにしてもルードちゃん」

「はい?」

「よくお米見つけたわね。我も長い間探したのだけれど、見つからなかったのよね」

「本当に偶然だったんです。牧草として作られていたんですけど、湿地で育つというので、もしかしたらと思ったんです。今は蒔けば蒔いただけ沢山収穫できているみたいです。作ってくれている猫人の集落は母さんと仲良くしてくれているところでしたので、定期的に交易することができていますね」

「ルードちゃんは、他種族と繋がりを作るのが上手ね。フェンリルという強国だというだけでなく、あなたの優しさも信頼に繋がるのでしょうね」

「そんな。僕はただ欲しいものがあるから、それに美味しいものを食べてもらいたいと思っているから必要なものと交換してもらってるだけなんですよ」

「それがね、今までシーウェールズくらいしかできなかった『種族を繋ぐ』ということなのよ。この国でも人間としか交流していないの。人はね、どの種族よりも貪欲で、頭がいいのね。だから悪いことを考える人は、人間くらいしかいないのよね……。悲しい話だわ」


 イエッタは千年以上も生きているからこそ、人間の良さも悪さも知っているのだろう。

 フェリスも千年以上生きていたから、ウォルガードが他種族と交流を持たないことが国を衰退させてしまうと考えていたのだ。

 ウォルガードを除く人間以外の種族は、総じて日々生きていくのが精いっぱいな小さな集落で暮らしている。

 人間は短命であることから群れることを覚えて、大きな国を作ったと言われている。

 その国を統べる王がどういう考えを持っているかで、他種族との交流ができるかどうか決まってしまうのだろう。


 ▼


 ルードが魔力を枯渇させて早四日。

 ルードはまだ寝たきりで身体を自分で起こせないでいる。

 普通に話すことはできるのだが、回復が遅いようでイエッタに聞いてみると『おそらく大気中の魔力が少ないせいもあるのかもしれない』とのことだった。


「ルードちゃん、お願いがあるのだけれど」

「何ですか? 寝たきりでもできることだったらなんでも言ってください」

「あのね。我、息子が欲しかったの。狐人はね、ひとりしか子供を産めないの。何故かはわからないのだけれど、そういう種族なのかもしれないのね。エランローズが女の子だったから諦めてたのだけれど、こうしてルードちゃんがいるから欲が出てしまって」

「何でも言ってください。家族なんですから」

「……我を『お母さん』って呼んでくれないかしら?」

「それでいいんですか? ママのお母さんのお母さんですし、喜んで呼ばせていただきます。んー、ん。イエッタお母さん」

「……もう一度、もう一度お願いできるかしら?」

「イエッタお母さん」

「ありがとうルードちゃん。嬉しいわ……」


 イエッタは本当に嬉しかったのだろう。

 涙をひとすじこぼして笑みを浮かべていた。


「息子がいるってこんな感じだったのね。あ、そうだわ。『狐狗狸ノ証ト力ヲココニ』って唱えてみてくれる?」

「『こくりのあかしとちからをここに』、でいいの?」


 『ぽんっ』という音と共に煙のようなものがルードを包んだ。

 その煙はすぐに消える。

 するとどうだろう。

 ルードの頭には大きな白い耳が現れたのである。


「やはり我の血をひいてるだけはあるわ。思った通り狐人にもなれるのね」

「えっ? 本当ですか?」


 イエッタは小さな手鏡を持ってくると、ルードに自分の顔が見えるようにかざしてくれた。

 そこにはイエッタそっくりの白く長い毛がふさふさとした大きな耳があった。


「おぉおおおお。イエッタお母さんそっくり」

「えぇ。本当の息子みたいだわ」

「あ、でもちょっと疲れた感じが……」

「あらいけない。魔力を消費するものだったのね。気にしないで使うものだったから忘れていたわ。ごめんなさいね」

「ううん。イエッタお母さんそっくりになれて、僕も嬉しいから。あ、でも」

「どうしたの?」

「あのね、お尻のあたりがもこもこしてて気持ちが悪い」

「あら、それは尻尾ね。慣れないと煩わしいかもしれないわね。ほら、横を向いてごらんなさい」


 イエッタは掛布団をめくると、ルードの尻尾を横に避けようと思った。

 すると彼女も思っていなかった光景がそこにはあったのである。


「あら? いち、に、さん……、あらあら、七本もあるのね。この国では我に次ぐ数ですよ。さすが我のルードちゃんね」


 ルードが寝やすいように左右に尻尾を捌いてくれた。

 確かにこれならあまり邪魔にならない。


「七本……。それって凄いことなの?」

「えぇ。尻尾の数は位の高さなのです。それだけ力が強いか、強くなる素質があるということなのですよ」

「……ところで、イエッタお母さんはこの国で何をやってる人なの?」

「あら? 言ってなかったかしら? 我はね、この国の守護をしているのです」

「守護?」

「そうね、(まつりごと)を決めたり、豊穣を祈ったりするわ。こんな身体だったので実務は甥の摂政がしているのだけれどね」

「摂政? あれ? 王様はいないの?」

「この国はね王国というほど大きな国ではないの。公国なのよ。守護職であり、大公でもある我が一番偉いことになっているわ」

「うは。王様と同じなんだね」

「平たく言えばそうとも言えるわね。我は皆が健やかに暮らすことができればそれでいいと思ってるの。王様だなんてふんぞり返るつもりはないのよ」


 ルードの耳を撫でながら、コロコロと笑うイエッタ。

 彼女はルードと同じ考えを持っているのだ。


「イエッタお母さんって僕と同じなんだね」

「そうかもしれないわね。でもね、どうしてもできなかったことがあるの」

「それはなに?」

「米よ。お米が恋しいのよ……」

「あ、それならママの商会がここまでこれたら解決しちゃうね」

「あら、そういえばローズの旦那様が商人だったわね」

「うん。今一緒にやってるんだ。狼人の集落までは交易を広げてるから、ここまでならなんとかなるかもしれないよ」

「それは嬉しいわ。夢にまで見た白いごはん……」

「あははは。帰ったらママに話しておくね」

「そうそう。ルードちゃんはここに来るまでどれくらいかかったのかしら?」

「んっと。半日?」

「……嘘でしょう?」

「ほら僕、フェンリルだから」

「フェンリルってそんなに凄いのね……」


 ▼


 あれから三日経ってやっとルードは立ち上がれるようになった。

 イエッタの『見る』力はルードの想像を超えていた。

 ルードが悩んでいたことを知っているからこそ、あっさりと方向性を示してくれたのだ。


「ルードちゃん、もう行っちゃうの?」

「うん。ゆっくりしていられないし。やらなきゃいけないことが沢山あるからね」

「そう、寂しくなるわ。……そうだわっ!」

「どうしたのイエッタお母さん」

「我も一緒に行っちゃおうかしら?」

「えっ? だって、大公様でしょ?」

「ここ数十年、我がいなくてもこの国は回っているのよ。それにほら、我もこんなに元気になったことだし」

「……いいのかな」

「大丈夫ですよ。数年羽を伸ばしたら戻ってきますからね。エド」

「はい。イエッタ様」

「出立の準備を」

「畏まりました」


 摂政を務めているイエッタの甥のテムジンが苦い顔をしていた。

 それでも元気になったイエッタに逆らえるわけもなく、許可を出さざるを得ない状況になったのは仕方のないことだっただろう。


「我の身の回りの世話は、娘たちがやってくれるからエドは少し休みなさいね」

「はい。孫とゆっくりイエッタ様の帰りを待たせていただきます。フェムルード様、イエッタ様をよろしくお願いいたします」

「はい。僕のイエッタお母さんですから」

「すまないね。ルード君」

「大丈夫ですよテムジンおじさん。大好きなお母さんと一緒なんです。危険なことは一切ありませんから」

「こんなにできた甥っ子がいたなんて……」


 なぜか男泣きをしていたテムジン。

 相当イエッタが怖かったのだろうか。


「何十年ぶりかしら。外を歩けるようになるなんて思ってもいませんでしたよ」


 ルードの手を握って、嬉しそうに後ろを歩いているイエッタだった。

 ルードはすれ違う人々がイエッタに気づいていないのが不思議で仕方がなかった。

 九本ある尻尾を一本に偽装することくらい今のイエッタには容易いことだった。

 故に見た目は普通の狐人にしか見えないのである。

 服装も地味な和服を着ている。

 この国では和装は珍しくはないらしい。

 これもイエッタが昔流行らせたものだったのだ。


 外門へ近づくと、ハモンズの姿を確認できた。

 ルードの姿に気づくと敬礼をしている。

 横にいるイエッタに気づいていないハモンズに苦笑を漏らしながら、ルードは出立の挨拶を交わした。


「では、そのうちまた来ます」

「イエッタ様に会えたのですね。あれ? そのお綺麗な女性は?」

「はい。僕のお母さんです」

「そうですか。道中お気をつけて」


 イエッタは笑顔で会釈をするだけ。

 その綺麗さに見とれていたハモンズ。


「じゃ、準備するねお母さん」

「えぇ。でも準備って?」


『祖の衣よ闇へと姿を変えよ』


 ルードが詠唱を終えると、ハモンズが反射的に服従のポーズをしてしまっていた。


「あああ……。こっちでもこうなっちゃうんだ」

「綺麗。これがルードちゃんの姿なのね」

「うん。僕の……。あれ? 尻尾が多い」

「あら。あの姿のままだったから、こうなってしまったのね」


 ルードの尻尾が七本あったことにイエッタは気づいた。

 雪の上に服従のポーズのまま、固まっているハモンズに一言かける。


「ごめんなさい、ハモンズさん。これが僕の本来の姿なんです。では、また来ますね。お母さん。背中に乗って」

「えぇ。フサフサしてて触り心地がいいですね」


 和服だったため、イエッタはルードの背中に横座りになると、首元の毛をモフモフと撫で始めた。


「ありがと。なるべく揺れないように走るから、じゃ行くよ」

「えぇ。お願いね」


 ルードはシーウェールズ目指して徐々に足を速くしていった。

 イエッタは外に出られた感動と、ルードの力強さに惚れ惚れとしている。

 雪の背景に溶け込んでいく純白のフェンリル。

 その上にたなびく金色の長い髪。

 こうして、ルードの最初の一人旅は無事(?)完了したのだった。


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