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閑話 おはようといってきます。

 グリムヘイズにある冒険者互助会(ギルド)の正式な後ろ盾となった、ルードたちフェンリルの国ウォルガード王国。

 フェリスとウルラが調印を交わしたのち、彼女らがグリムヘイズ(あちら)に戻るタイミングで、エリスとリーダが先行して乗り込むことになった。


 二人が行うのは、ルードたちが、活動の拠点をウォルガードからグリムヘイズに移すために必要な様々な準備。

 それを開始して、半月が経とうとしているところ。二人が戻るまで、ルードはフェリスの手伝いをしながら、あることを進めていた。


 二人がウォルガードに戻ったタイミングで、フェリスが皆を集めた。集まったのは錚々(そうそう)たる面々。

 フェリス、イエッタ、シルヴィネとフェリシア。ルード、リーダ、キャメリアにオリヴィア。イリスとオルトレットの執事コンビ。ケットシーの村からは、ヘンルーダと、彼女の腕に抱かれた眠ったままのクロケット。


「ヘンルーダちゃん。そこにクロケットちゃんを寝かせてくれるかしら?」

「はい、ここでよろしいのでしょうか?」

「そうそう。そしたらオリヴィアちゃん、クロケットちゃんの横に同じように、ね?」

「はいはい。これでいいかしらぁ?」


 柔らかいクッション素材の敷布の上に、うつ伏せになったうり二つとも言える、黒猫姿の二人。

 オリヴィアの首元に未だ巻き付く、数本の首輪型魔道具。そのうちの一本。


「これよ。ここを見てくれる?」


 フェリスはある一カ所の部分をそれを指差す。そこは割れてヒビの入った、だがある状態のために外せないでいたもの。

 割れた部分に、布を巻いて怪我をしないように保護だけはしてある。


「次にこれ」


 オリヴィアと同じ場所。今度はクロケットの首輪を指差す。


「私たちも、オリヴィアちゃんも同じ見解だったわ。作られた年代は違っても、作った人は同じはず。ほぼ同じなら、この首輪だけなんとかできるんじゃないかって思ったの」


 素材が何でできているかわかりにくいが、おそらくは金属に近いものが使われているはず。少なくともオリヴィアの着けている首輪の破損部分は、一番細いところだ。

 この魔道具は、オリヴィアを長い間眠りに貶めていたもののはず。これさえなんとかできれば、クロケットもとそういう考えなのだろう。


「破損した理由は、軽く数百年放置されたことで、経年劣化――わかりやすく言うとね、時間が経過して腐食など、何らかの理由で材質が悪くなったということね」


 フェリスが言う経年劣化とは、畑などに立てられた杭が、風雨や虫食いにさらされてボロボロになっていく様のこと。


「私がね、何年あの場所で、眠らされていたかはわからないのだけれどぉ、少なくともねヘンルーダの年齢(とし)と同じくらいに、時が経っていたのは間違いないわぁ」

「そう。それでね、シルヴィネちゃんは熱を。イリスちゃんにはその反対の冷やすのを」

「はい、いいですよ」

「かしこまりました」

「熱気と冷気で温度差を生じさせる。その上で私が『時空間制御の魔法』を使ってね、ほんの数ミリの部分だけ、『時間を進める』ということ。戻すより進める方のがまだ、制御しやすいのよね」

「フェリスちゃんは、この首輪の一カ所にストレスを与え続けて、破損を促そうという考えに至ったのです」


 シルヴィネはそう説明する。


「えぇ。それでね、フェリシアにはクロケットちゃんの、体調の変化に気をつけてもらいたいの。何が起きるかわからないから」

「はい。お母様」

「ルードちゃんにはね、いざというときのための、回復要員。それとね、私の体力消耗をフォローして欲しいのよ」

「うん」

「ウォルガードにいたなら、魔力の枯渇はないけれど、『時空間制御の魔法』はまだ未完成でね、とにかく消耗が激しいの。長丁場になりそうだから、リーダちゃんはルードちゃんをよく見てあげててね?」

「はい。フェリスお母様」

「オリヴィアちゃん。首輪の『備考欄』よく見ていてちょうだい。どれくらい破損が進んでいるか」

「えぇ。わかったわぁ」


 オリヴィアの能力を使って、首輪の耐久度などを監視。破損が進んでいるかの状態を知るつもりなのだ。


「あとはイエッタちゃん。全体をお願いね」

「えぇ。任されました」


「これがね、今の私には太刀打ちできない『オーバーテクノロジー』に対する、悪足掻きのようなもの。負けてばっかりじゃいられないわ。だって悔しいから、ね?」


 フェリスたちは早速、実行に移した。クロケットとオリヴィアの首に巻かれた魔道具は、昔イリスが壊したような方法は使えない。

 ルードがやったように、炎で力任せに壊すわけにはいかない。だからこんな歯がゆくも、慎重な方法でないと試すことすらできないのだ。


 ルードと比べたなら、底の知れないフェリスの保有魔力総量。だがそれを持ってしても、『時空間制御の魔法』はとてもピーキーなため、魔力の消費が激しすぎる。集中力もかなり必要で、破損させたい部位をにらみ続けているフェリスの額には汗が滲んでいる。


 普通であれば、魔力の消費と同時に、取り入れることも可能なほど、このウォルガードには魔力が豊富だ。それでも、追いつかないくらいに激しく消費する。

 フェリスは魔法を行使し続ける。『消滅』の二つ名を持つ彼女らしからぬ、地味で苦行とも言える作業となっていた。


「破損率はねぇ、ゼロコンマ七パーセントって書いてあるわぁ」


 フェリスは両の拳を握った。この提案は負けず嫌いの彼女のもの。だからこそ、この進捗が嬉しかったのだろう。


 そしてその試みは、夜を通して行われた。仮眠をとって再度作業に入る。魔力は瞬時に全回復しているとはいえ、精神的な疲れは()えるわけではない。

 ただ、そこにあるのは、オリヴィアから定期的に告げられる、彼女にしか見えない効果という事実が心の支えとなる。皆はオリヴィアを信じられるからこそ、こうして根気よく作業に打ち込めるのだろう。


 数分ごとに訪れる魔力の枯渇で魔法を一時停止。口をお茶で軽く濡らし、甘い物を(かじ)る。軽く背のびをし、改めてその部分とにらめっこしながら、呪文の詠唱を脳内で行う。


 ひたすらそれの繰り返し。単純作業とは言え、痛みを伴わない疲労が蓄積される。


 『消滅』の二つ名は伊達ではなかった。やはり彼女はある種の化け物。幾度も訪れる、意識を失いそうになる魔力の枯渇。その瞬間ぎりぎりまで集中を切らさない。


 ルードは目の前に、超えなければならない人がいる。彼女の背中を追ってきたつもりだったが、まだまだ遠く及ばない。

 それでも、どのように展開するのか? どのように意識をするのか? ひとつひとつ説明をしながら、フェリスは『時空間制御の魔法』のお手本を見せているのだ。


「ルードちゃん」

「はい」

「もし、この魔道具を抜き取る方法がなかったらね」

「はい」

「この魔法しか、ないの」

「はい」

「だからね、しっかりと覚えるのよ?」

「はい」

「私だってまだ限界を超えてない。それでも今はこれが、精一杯」

「はい」

「あなたが成長したらきっと。怖い物なんてなくなっちゃうわよ」

「そんなことないです」

「あら謙遜しちゃって、ほんと、可愛い子なんだから」

「フェリスお母さんには負けますよ」

「そうよ、あなたのフェリスちゃんなんだから、かっこ悪いところなんて見せられないのよっ……」

「はいっ」


 軽口を叩いているように見えるが、二人とも真剣だ。ルードはフェリスへ体力の補給を。フェリスは彼女しか使えない魔法を常に行使し続ける。

 全ては目の前の、大切な家族のため。


「ふぅ。イリスちゃん、シルヴィネちゃん。今日はこれくらでいいわ」

「はいっ……」

「えぇ。でもまだまだ大丈夫ですよ?」

「ありがとう、二人とも。オリヴィアちゃん、どう?」

「そうねぇ。十一コンマ、三というところかしら?」

「よしっ、これなら明日も頑張れる――わ」


 フェリスはそのまま倒れるように眠ってしまう。彼女を支える娘のフェリシア。

 この場でとりあえず、朝まで仮眠をとることとなった。


 二日目――。


 昨日よりも更に破損させるエリアを絞っていく。


「ルードちゃん、プリン」

「はいっ」

「んっ、おいしっ」


 匙ですくって食べさせる。満面の笑顔で呪文を再開。


 フェリスの笑顔はもちろんやせ我慢。朝早くから夜遅くまで、単純作業は続いていく。


 三日目――。


 四日目――。


 それは四日目の昼すぎだった。


「――九十九コンマ九。もうすこしよぉ」

「よっし。いっけぇええええっ――」


 絞り出すようなフェリスの声。それに続いて何かが弾ける、小さくも甲高い音が、彼女の私室に反響した。


「ぃゃったぁああああっ!」

「――しーっ。声が大きすぎるわぁ」

「あ、ごめんなさい」


 明らかに、破損したように見える魔道具の一部。もし万が一、くっつきでもしたら困ると、イエッタは破損箇所を包帯のように細く裂いたもので巻いていく。


 クロケットが身じろぎをした。鼻先がすんすんと動く。


「――うにゃ……」


 右手で顔をくるくると、撫でるような仕草。


「クロケット、わかる? 私よ」

「うにゃ? うるしゃいですよ。お母さん」


 目がゆっくりと開く。きょろきょろと何かを探すように。そこで最初に目に入ったのは、自らの右手だっただろう。


「うにゃ? にゃんにゃんですかにゃ? この、もふもふしてるのは?」


 変わらぬ彼女の天然さに、どっと疲れが出てくる。でも、やっと一息つける。


「おはよう、お姉ちゃん」

「あ、ルードちゃん。おはようございますにゃ――」


 ルードの声を振り向こうとしたとき、彼女のお腹が『きゅるるる』と可愛らしく鳴る。

「うにゃ。おにゃかがすきましたにゃ。みにゃさん、朝ご飯は食べましたかにゃ? 私はよく、覚えていませんにゃ」


 フェリスは自分用に持ってきていた、プリンの乗った器をルードに渡す。しばらく寝たきりだったのだから、胃に優しいものがいいだろうと思ったはず。


「お姉ちゃん。ほら、食べられる?」

「うにゃ。プリンですにゃ。にゃんだか贅沢ですにゃ」


 小さな口を大きく開けて、極小の匙をかぷりとはぐはぐと。


「うにゃ。至福ですにゃ。やわやわあまあま。蕩けますにゃぁ……」


 そのままころんと、ヘンルーダの腕の上でお腹を上に転がって動かなくなる。皆は心配そうに見るが。フェリスは冷静に判断していた。


「大丈夫よ。あれだけの大きさのある町全体を、オリヴィアちゃんひとりでまかなっていたほど、無理矢理魔力を放出させる魔道具を着けているんだもの。クロケットちゃんじゃ、すぐに枯渇して気絶でもするわ」


 甘い物を食べた後だったからだろう。とても満足そうな感じで口元が緩み、嬉しそうに見える。


 実に長かった。あのとき、リングベルで別れ別れになって、しばらくが経った。沢山の人の助けを受けて、やっと助け出して、ウォルガードへ連れ帰った。

 いつ目を覚ますかわからない状況から、一転、フェリスの機転のおかげで、こうして眠りの魔道具を破損させることに成功。

 だが、オリヴィアたちは冷静に判断していた。


「あのねぇ。私とクロケットちゃんでは、身体にある魔力の総量が違いすぎるのよぉ」

「といいますと?」

「そうねぇ。クロケットちゃんを百としたらね。私は数千、……いえ、数万を超えてるかもしれないわぁ」

「ふぇぇえええっ」

「生きてる年数(とき)が違うものぉ。彼女やルードちゃんは、まだまだ赤ちゃんみたいなものよぉ? 私とくらべたらねぇ」


 フェリスやオリヴィアたちの予想通り、眠りの魔道具からは解放された。だが今のところおそらく、クロケットが起きていられる時間は、ほんの数分。その間に、軽い食事を摂り、湯をすませて、眠りへ入る準備をする。

 しばらくはこんな生活が続くのだろう。魔力の枯渇は成長を促す。だからいずれ、少しずつ長く起きていられるはずだ。


 それは彼女次第。それでも、状況が一歩進んだ。フェリスの『時空間制御の魔法』は、まだちょっとした現象すら発現させられるほどの魔力が、ルードにはない。

 今の彼では発動の確認はできても、魔力が枯渇する現象しか起きないだろう。

 ただ、いくら魔力が多いからといって、リーダなどが真似をしてもセンスや理解力の問題もあり、魔法は行使することが叶わない。

 どちらにしても、フェリスとルードだけが使えるものだということ。


 今日の夜には今一度、クロケットは目を覚ますだろう。そうする前から、けだまが待ち構えている。久しぶりの姉妹の再会だ。けだまは最近大人っぽくなってきた。だから大人しく待ってくれているようだ。


 オリヴィアとの再会も驚いていた。もしかしたら亡くなっているかもしれないと言われていた彼女の祖母。

 それも、今の自分の姿そっくり。黒猫の姿だ。まるで猫同士がもふりもふられ、じゃれついているような光景。それでも、祖母と孫の再会を実感している状態だった。


「まさか、ケットシーだからって、こんにゃ姿ににゃるだにゃんて……」


 もちろん、しばらくの間は、元の姿に戻れないことも伝えられている。一日の間に、起きていられる時間が短いことも同時に。


「それはしかたにゃいことですよね? ルードちゃん」

「あ、うん。なんか、ごめんねお姉ちゃん」

「べっつに、ルードちゃんが悪いわけじゃありませ――」


 クロケットは意識を失う。どうやら限界を迎えたようだ。

 ルードは彼女の寝床にそっと寝かせる。そこには、添い寝するようにけだまの姿がある。

 少なくとも事態は好転したと行って良いだろう。これでルードも安心して活動を続けていける。

 

「おやすみ、お姉ちゃん。そして、いってきます」



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