第二十五話 あらゆる手がかりを得るために。
前にグリムヘイズから飛び立ったときは遙か上空を飛んできたが、それでもキャメリアの姿はかなり目立つ。
ウォルガードから冒険者互助会のあるグリムヘイズへ戻る際、いらぬ混乱を避けるために、ルードたちは港町リングベルのやや南側に降りた。
ルードの嗅覚だけでは迷う可能性があったため、万が一迷ったときには方角を確かめるため、キャメリアが翼だけを出し、上空から確認することにしていた。
「じゃ、キャメリア。交代ね」
そう言ってルードはオリヴィアを彼女に抱かせる。
『祖の衣よ闇へと姿を変えよ』
黒い霧に包まれると同時に、ルードは純白のフェンリルへと姿を変えた。
「あらまぁ。可愛らしい狼さんですこと」
「これでも一応、フェンリルなんですけどね。キャメリア乗ってくれる?」
「いえ、その……」
「キャメリアお姉ちゃん」
「は、はい……」
ルードの言葉には『お願いしちゃうよ? いいの?』というものが含まれている。
キャメリアは渋々、ルードの背に乗る。
「ここ、走ってみたかったんだ。前は魔力が足りなかったから、この姿になれなくてさ」
フェンリラであるリーダの息子だからか、ルードもフェンリル姿で走るのが好きだった。
気持ちよさそうに、やや乾燥気味な大地を踏みしめる。
ここからグリムヘイズまでは、半日はかからないだろう。途中、一休みをして英気を養う。
「ルード様。お茶が入りました。オリヴィア様はこちらで」
ついこの間焼いたばかりの『ちんすこう』をお茶請けに、午後のティータイムを満喫する。
「贅沢ねぇ……」
キャメリアが用意した浅めのスープ皿に似たカップ。
そこにややぬるめにいれた、薫り高い発酵したお茶。
オリヴィアはそれを、前足で少し傾けながらお茶を飲む。
「お紅茶に似た良い香り。ここまで良い茶葉は、ケティーシャにいたときにもなかったわね」
「これ、ママが商会で仕入れてるものなんです」
「エリスちゃん。良い仕事するわねぇ」
その後もルードは順調に走り続け、日が傾くころにはグリムヘイズに到着した。
久しぶりに身体を動かしたからだろう。疲労感が心地よかった。
鳥人種の発着場裏でルードは人の姿に戻る。
馬車の出入りする場所を通り、歩いて町中へ。
ルードが前に歩き、後ろをキャメリアがついてくる。
オリヴィアは、ルードの肩にちょこんと乗っていた。
冒険者互助会の建物へ入ると、ルードたちの姿を見かけた、ナイアターナが手を振る。
「お帰りなさい。ルード君、キャメリアさん。こほん、オリヴィア殿下――」
「あら嫌だ。普通に『オリヴィアちゃん』って、呼んでいただいても、構わないのですよぉ」
ルードの情報下に記載されていた、フェリスの真似をして場を和まそうとする。
「そんな、とんでもございません。ギルド職員として、その」
「それなら、ルードちゃんはどうなるのでしょ? ケティーシャよりもね、大国の王子様なのですよぉ? それこそ『ルード王太子殿下』、と呼ばなければ、不敬にあたるのではないかしらぁ?」
「それはそのっ」
「あははは……」
二人のやりとりを見ていて、つい苦笑してしまうルード。
彼自身も『王太子殿下』と呼ばれることに関しては慣れていない。
こんなやりとりは、何度見ても困ってしまう。
先にナイアターナが折れたことで、ここはオリヴィアに軍配が上がる。
「ではその。オリヴィアさんで、お願いいたします」
「まぁ、仕方ないわねぇ。『今日はそれくらいに、しといてあげるわぁ』」
自分の呟いた冗談に、オリヴィアは自分でツッコミを入れるように、くすくすと笑っている。
ホールにいた冒険者たちも、この場でやりとりを見ていたからか、あちこちで笑い声が聞こえてくる。
そんなちょっとした、平和的な騒がしさで気付いたのだろう。カウンターの奥から、ウルラの姿が見える。
「お。帰ってきたな? お帰り、ルード君。キャメリアちゃん。えっと確か、オリヴィアさんで、いいんだったか?」
しっかりさきほどの負け戦を聞いていたのだろう。
ナイアターナを半眼で見て、にやっと笑うウルラ。
「んもう、知りませんっ」
彼女は、横をぷいっと向いて拗ねてしまう。
お土産として、エリス商会謹製の『フェンリルプリン』。
女性陣には、商会で人気商品となっている、髪油と香油のセット。
「よ、よろしいのですか?」
ナイアターナは、誕生日プレゼントをもらった少女のような笑みを浮かべる。
「あ、はい。ママからもよろしくとのことでしたから」
とても嬉しそうに、胸にぎゅっと抱いて『これは私のですっ』と言わんばかりに満足そうだった。
ウルラは『こんなのいらないんだけどなぁ』と言う。
「いらないのでしたら、私がいただきますけれど?」
そうナイアターナが言う。
すると。
「そ、そんなわけないだろう」
慌てて腰の魔法袋にしまいこむウルラだった。
夕食を摂りながら、ウォルガードでの見解をウルラに報告する。
ルードたちは、しばらくはこの大陸で様々な模索をしつつ、魔道具を作ったとされるターゲットを探すことになるだろうと伝えた。
「なるほどな。とにかく、明日の尋問からだな」
「はい。ところで、大丈夫なんですか?」
「大丈夫というと?」
「あの人たちが、目を覚ましたりしないか、ということです」
「あぁ。それなら心配はない。精霊の能力は、案外えげつないからな」
ウルラの手のひらに乗っていると思われる、彼女と契約している精霊。
精霊たちは、契約している者とは会話が成立するらしいのだが、そうでない者には姿を見せることはない。
もちろん、声を聞くこともできないとされている。
▼
翌日午前中からルードを交えて、神殿長を名乗る男たちの尋問が始ろうとしていた。
「よろしく頼むぞ、ウィル――」
「あ、ウルラさん」
「ん? どうした?」
『ん? どうしたの?』
ウルラが自分の契約している精霊を呼び出そうとする。
いや、既に呼び出してしまったのだろう。
ウルラの頭の上から、彼女の言葉を真似する、彼女の声よりも一段高いハスキーな声が聞こえてくる。
「あれ? 今、ウルラさんの頭の上からそのっ」
『ウィルのこと? ウィルの名前はね、ウィルバーレネシム。やっと話せたわ。可愛らしい白い狼ちゃん』
「うぃるばーれねしむ、さん?」
「おいちょっと待て、やっぱり精霊と話ができるのか? ナイアターナの精霊だけじゃないんだな?」
「あ、はい。聞こえますね」
「ルード様ですから……」
キャメリアはぼそっと呟く。メルドラードのときもそうだったからだ。
「『悪魔憑き』だものねぇ」
「えっ? もしかしてオリヴィアお母さんも?」
「私は聞こえないわよぉ。もちろん、イエッタちゃんもそうでしょうねぇ。ルードちゃんがちょっと変わっているのよぉ」
実に酷い言われようだ。
「僕のことは置いといてください。あの、この人たちを起こすの、少し待ってもらえませんか?」
男たちはまだ、精霊ウィルバーレネシムの能力により、眠ったままだった。
「『この人』ときたもんだ。ほんと、ルード君は、優しすぎるな」
「いえ、ルード様はただ、お行儀が良いだけで」
「あのねキャメリア。何気にぼそっと呟かないでくれるかな?」
「あ、口に出ていましたか? 申し訳ございませんでした」
キャメリアは会釈して下を向いたとき、『失敗失敗、油断したわ』と心の中で反省する。
「姉妹みたいで面白いわねぇ。クロケットちゃんとも、こんな感じだったって、『書いてあった』ものねぇ」
「い、いつのまに『読まれ』たのですか?」
「えぇ。この間ですよぉ。ルードちゃんへのごにょごにょ――」
「黙ってくださいましっ」
キャメリアは慌てて彼女の口を閉じさせようとする。
口調はおっとりしてはいるが、このあたりがクロケットそっくりなオリヴィアだった。
「あの、そろそろいいですか?」
「あらぁ。話の腰を折ってしまって、ごめんなさいねぇ」
「あ、はい。……それでですね」
ルードがある提案をすることになった。
ウルラはナイアターナを呼び、尋問のための前準備を進めていく。
「――これで最後です。どうですか?」
「はい、ルード君。書き終えました。なんというかその、これは物凄い情報ですよ……」
「そうだな。これを知ったら、リンゼも悔しがるだろうよ」
ウルラは、自分とある意味仲の良いリーダの姉の一人、ウォルガード王国第一王女フェルリンゼのことを言っている。
「そうなんですか?」
「あぁ。あいつらは、この大陸の裏社会。暗部を調べているからな。だからあいつ自身、『正義の味方』を名乗るようになったんだよ」
ウルラの言う『暗部』というのは文字通り、人間至上主義を掲げる人種たちが築く社会の一部。
旧グルツ共和国の神殿を裏から操ろうとしていた、その暗部組織などのことである。
▼
冒険者互助会のある建物の地下。
そこはまるで、地下牢のような堅固な造り。
丈夫な鉄格子が五センチほどの等間隔で並び、奥には便器のような丸いものが置いてある。
壁には簡易的なベッド。
そこにうつ伏せに寝かされている、神殿長と名乗った男。
「ウィル、頼む」
『はいはいーい。「目覚め、目覚めよ――」』
ウィルバーレネシムは、魔術の呪文のようなものを唱え始める。
かろうじて出だしだけは聞き取れたが、それは物凄く長く、あっという間に詠唱は加速されていく。
それはまるで、音声を早送りをしているかのように聞こえる。
もちろん、ルードにもよく聞き取れないほどのものだった。
『うん、いいよー』
男が目を覚ます。
闇の中でリーダが落とした、男の右腕は存在してない。
だからルードの能力を防ぐ指輪型魔道具も存在していない。
「お、目ぇ覚ましたようだな?」
「き、貴様っ!」
万が一を考えてか、男の口には猿ぐつわが施されている。
「おっと、大人しくするんだな? 『タイラス』神殿長殿よぉ? いや、イヴォーネ村のタイラス村長代理さん、とでも言った方がいいか?」
「な、なぜそれを……」
タイラスと呼ばれた男の表情は、驚愕に歪む。
「隣に拘束されて眠りこけてるのは、『ミライダ』、『グルオム』、あとは『ピーラド』だったかな?」
「誰かが、口を割りやがったのか?」
「さぁな? どちらにしてもな、抵抗できるのはあと数秒だろうさ」
ルードは左目の奥、白い能力に魔力を集める。
タイラス一人分、包んでしまう程度の出力に抑える。
「さぁ。『ウルラさんの質問に、答えてくれますか?』」
タイラスにとっては、『全て吐いてしまえ』と言う意味だ。
右手にあった、魔道具も今はない。
首にも左手にも、両の足の指にも、魔道具を隠し持っている形跡はなかった。
オリヴィアの『読む』能力を前に、隠すことなどできはしないのだから。
「タイラスさんよぉ? お前はどこから来たんだ? 逆らえるわけはないだろうが、全部吐いてもらうぞ?」
口角を吊り上げる彼女の表情は、まるで悪役のそれだ。
こうしてウルラの尋問が始まる。
実は先程まで、準備としてしていたことがあった。
それは、オリヴィアが両前足でタイラスたちに触る。
取得できた情報を、口頭でナイアターナに伝える。
それを資料として書き残していた。
そういう準備が成されていたというわけだった。
彼らの住み処とされる、イヴォーネ村の位置はまだわからない。
だが、年齢も家族構成も、今まで行った悪行も全て、ナイアターナが書き写しているのだ。
どこの国や町の決まりに則って処分するとしても、死罪は免れないことをやってきているようだった。
重い口調ながらも、タイラスが語る話は、オリヴィアが『読み取った』内容と相違はない。
ルードの能力がかけられている今の状態。
嘘を言えるほどの精神力は、持ち合わせてはいないのだろう。
タイラスたちは全員、イヴォーネ村の出身。
イヴォーネ村は、ヴァレント教の息がかかっており、神官やシスター、信者を演じるような振る舞いも、幼いころから教え込まれる。
もちろん、人の弱みを握る方法や、その責め方。人の壊し方や、暗殺の技術などもそうだ。
表向きは聖職者を装ってはいるが、やっていることは暗部の仕事がメイン。
下々の神官やシスターを顎で使い、魔道具の実証実験を行いつつ、神殿などを裏から操るのが彼らの仕事であった。
話によると、ルードたちを襲った部隊も、イヴォーネ村から派遣されたとのこと。
クロケットを路地へ誘導するために使用したものは、ある果物から抽出した香料だったようだ。
「あらぁ。こちらにも〝またたび〟があるのかしら? それとも〝キウイ〟なんでしょうかねぇ」
話の筋から、猫人族が酒に酔う以上の効果ある、成分を抽出したものらしい。
ここまではわかっていた。
タイラスたちは、ルードとクロケットを襲った実働部隊ではなかったため、詳しいことはわからない。
だが、ルードが気を失ったときに利用したものは、身体を弛緩させ、眠りに落ちる薬だったようだ。
その後に、魔力を吸い取る魔道具が使われたのだと思われる。
実によく回るタイラスの舌。
ルードの能力が効いていなければ、同時にこの能力が解除されたとしたら、その場で自害をしてしまうほどの内容。
要は仲間を売ったに等しい情報を、口にしたというわけだ。
ウルラはナイアターナがまとめた資料に目を通しながら、尋問を続けていく。
見ていてあまり気持ちの良いものではなかったが、これもルードの義務だ。
最後に、ウルラは『ルードが聞いて欲しい』と言っていた内容を尋ねる。
「ケティーシャ王国を襲撃したのは、お前たちか?」
「いや、違う。俺たちが生まれるもっと前の話だ。詳しくは知らないが、ある至上主義の国の部隊が動いたと、聞かされてはいる……」
なるほど、暗部というより、やはり国が攻めてきたということなのだ。
それは旧グルツ共和国ではない。
なにせ、あの国はには軍隊がなく、ケティーシャ王国が亡国となった前からあったとされるが、あくまでも実験場。
オリヴィアが攫われてきて、あの場に捕らわれたという場所でしかなかったようだ。
「もしかしたら、頭領は、知っているかもしれないがな。人間以外の血が混ざっているという噂がある、俺なんかよりも長生きをしているらしい。なにせ、俺が子供のころから、頭領だったからな」
タイラスは見た目四十前あたり。
他の男女も、二十代か三十代だ。
「とにかくその、イヴォーネ村を探すところからだな。ウィル、もういいぞ」
『はいはいはーい』
あっという間にタイラスを眠りにつけてしまう。
「ウルラさん」
オリヴィアがウルラに話しかける。
「なんだ?」
年上であるはずの、オリヴィアにも態度は変えない。
「フェリスちゃんたちの言伝ですよ。この人たちの処遇は、お任せしますとのことでしたわぁ」
「了解した。さてルード君。悪いがあと三人」
「あ、はい。大丈夫です」
『ミライダ』、『グルオム』、『ピーラド』の尋問が残っていた。
「私はもういいわねぇ? 上で休ませて、もらうわよぉ。そうそう、魔力が足りなくなったら起こすのよ? いいわねぇ? ルードちゃん」
「はい。お世話になります。オリヴィアお母さん」
▼
予め、オリヴィアに調べてもらった情報と、ウルラが聞き出した情報との差異はなかったようだ。
ケティーシャ王国を滅亡に追い込んだのは、おそらくイヴォーネ村の現村長が知っているというのも共通している。
裏にはやはりヴァレント教が絡んでいるのだろう。
少なくとも、人間至上主義を掲げている国の国教は、ヴァレント教だという話だ。
長年この大陸で起きていたこの騒動のきっかけは、ヴァレント教を隠れ蓑とした何かが動き続けているのは間違いないのだろう。
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