第二十二話 飛龍女性(ドラグリーナ)の嗜みと、懐かしのお菓子。
「ルード様、そこをそう、……です。はい。次はその皮を――」
場所は冒険者互助会の裏手。
物資の搬入、搬出。馬車などが格納されている倉庫に来ていた。
ルードは今、キャメリアの指導の下、クロケットたちを助け出した神殿で討伐した、魔獣だった白い大猪の解体作業を行っている。
ルードが借りていた魔法袋もそうだが、キャメリアたち飛龍の固有能力である『隠す』もまた、その空間中の時間が固定されているわけではない。
よって、格納してある物資は、品質が劣化していくことも十分に考えられる。
もちろんウルラが持っているものも同様。
容量の違いはあれど、特別なものではないようだった。
ルードが作業場として借りているこの場所の床を汚さないように、砂から地の魔法を応用して作った、薄い石の板が敷かれている。
キャメリアが現地で血抜きを行ってはいたが、乾燥させたわけではないため、解体作業中に汚れてしまうと思ったのだ。
「そっかそっか。ここをこう? これでいいの?」
「はい。お上手ですよ」
「あー、うん。次はこうして、っと……」
キャメリアは、クロケットを腕に抱いたまま、ルードに解体を教えている。
今ではルードたちと同じ食事を摂っているが、キャメリアたち飛龍は元々、主食が肉であった。
彼女の故郷、メルドラードは山間の地にあり、狩猟が盛んに行われていた。
女王付の侍女であった彼女も、狩猟をたしなみとして熟知してる。
解体もまた、料理や掃除と同じように、生活に必要な家事作業のひとつだったそうだ。
「それにしてもさ、飛龍さんたちって器用だよね。あの姿でも同じようにしてたんでしょう?」
ルードが言う『あの姿』というのは、龍人化している人と同じ姿ではなく、元の飛龍の姿である。
「そうですよ――あ、まさか」
「ん?」
「私たち飛龍が、岩猪を丸かじりしてたとか。そんなこと、思っていないですよね?」
メルドラードで獲れる岩猪は、フェンリルになったルードと同じような大きさがある。
それでも、飛龍からしたらけっして大きいわけではない。
キャメリアと比べたら、それほど小さいものではないだろうが、大型飛龍のリューザあたりであれば、丸かじりも可能だろう。
ルードは一瞬、丸かじりしているシーンを思い浮かべてしまっていた。
「そ、そんなこと、ないよ? あははは」
笑って誤魔化すルード。キャメリアから目を背け、慌てて作業へ戻る。
あのときの岩猪とは比べものにならないほどの、まるで象のようなサイズはある大猪を淡々と解体していく。
彼のその手には、実は刃物が握られていない。
▼
ルードの母リーダは、ルードが小さいころ、簡単な料理をしてくれていた。
フェンリラの姿でいた彼女は、手に刃物を握ることはできなかった。
そのため、彼女の鋭い爪が包丁の代わりを務めていたのだ。
ルードの指先を見ると、別に変わらない人の指。
それは可愛らしく、丸く、爪も短く切りそろえられており、すべすべで傷一つない。
その理由は、切り傷擦り傷程度であれば、治癒の魔法で治してしまうからであった。
ルードは小さいころからよく言えば活動的、悪く言えばじっとしていられない子供だった。
外に遊びに出て、家に帰るたびに小傷を負ってくることも少なくはなかった。
最初は、リーダが舐めて消毒し、治癒するのを待つ。
そのころは、彼の全身は傷だらけだった。
狐人族と人間との混血だったこともあり、人より傷の治りは早い方だった。
狐人族の国、フォルクス公国では、人間と狐人族との混血が多数存在する。
ルードの母エリスもその一人だ。混血の子供は例外なく、狐人の耳と尻尾をもって生まれる。
純血の子供と見た目は変わらない。
それだけ狐人の血が濃い証拠なのかも知れない。
その上、ルードは幼児のころからリーダの母乳を飲んで育っていた。
母乳はいわば、血液と同じ成分でもある。
狐人族の混血だったルードが、フェンリルに至った経緯はフェリスたちの見解だとこうなる。
フェンリラとの同種ともいえる狐人族でもあったことから、リーダの血が浸食、上書きしていったのだろうと考えていた。
元々金髪だったルードの髪の色が、歳を追うごとにリーダそっくりの色へと変化していったのも良い例だ。
同様に瞳の色も、リーダと同じ色になっていた。
もちろん、ルードが『悪魔憑き』であったことも要因のひとつであろう。
ルードの兄フェムルードとの魂の同化もそのひとつ考えても良いはずだ。
その後、ルードは魔法を覚えることになる。
治癒の魔法もそのひとつだ。
勤勉であり、凝り性でもあったルードは、傷を負うごとに治癒の魔法を使用していた。
過去に負った傷も、魔法の上達とともに回復できるようになった。
そうして徐々に、彼の身体から傷が消えていくこととなったのである。
▼
ルードの指先には、不思議なものがもの凄い速さで回転している。
小さな鍋の大きさはある、白い魔力で出来ている、髪の毛以下の薄さのそれは、ルードが風の魔法で作った『風の刃』。
ネレイティールズで、魔獣のオオダコを解体したときも役に立った、料理魔法と言っても過言ではない使い方の一つ。
それは勢いよく回り、まるでプリンを匙で削っていくかのように、簡単に大猪の皮と肉の間にある脂を切っていく。
最初はキャメリアも呆れてはいたが、脂で徐々に切れ味が落ちていく普通の包丁や鉈では、こうは効率が上がってはいなかっただろう。
ルードが大まかに解体していくと、解体に慣れている獣人種の女性が、更に細かい部位へと切り分けていく。
「ルード君。お願いしたいそうです」
ルードの背後から、ナイアターナの声。
「はい。今行きます」
ルードは切り分けられた猪肉を、魔法で凍結させていく。
その後、一辺が一メートルはある保冷の箱へ収納されて、倉庫の奥にある氷室へ持って行くことになる。
ルードたちの作業を日影で見守る、一人の女性。
クロケットが攫われる以前より、あの場で囚われの身になっていた彼女は、ケティーシャ王国王妃、オリヴィア・ケティーシャ。
クロケットの母、ヘンルーダの母であり、クロケットの祖母でもある。
彼女はルードやイエッタと同じ『悪魔憑き』であり、両手で触れたときだけ叶う『読む』能力を持っている。
また、イエッタのように、ルードの知らない沢山の知識を持っていた。
ルードたちの作業が見える場所にある椅子へ、嫌々仕方なく座ったオルトレットの膝の上に、うつ伏せになってこちらを見ている。
「それにしても、見事な手際ですよねぇ」
彼女の周りだけ、まるで時間がゆっくりと流れているように感じてしまうほどの、優しくおっとりとした口調。
オリヴィアは元王妃とはいえ、性格的に貧乏性な面がある。
オルトレットにルードへ魔力を譲渡させ、彼女自身から染み出る魔力で回復なさいと言っていた。
オルトレットの膝の上で、ルードたちの作業を見学させてもらうついでに、お腹が空いたということで、キャメリアが隠していたプリンを食べさせてもらっている。
オルトレットに向かって、口をあーんと開ける。
そこに、大きな身体で器用に、小さな匙を使って、プリンを食べさせる。
「――んーっ。美味しいわぁ。まさかこの世界で、こんなものが食べられるとは、思ってもなかったわぁ」
彼女はそう言いながらも、ルードの手元に興味があるようだ。
彼が制御している風の魔法を使った、円形の回転する刃物。
彼が指先を軽く滑らせるだけで、皮と脂を一刀両断。脂で切れ味が落ちる気配が感じられない。
料理の経験がある者から見ると、それは驚異的でもあった。
「それにしてもねぇ。ルードちゃんったら『女子力』高いわよねぇ?」
「女子力、でございますか?」
「えぇ。料理だけに留まらず、洗濯掃除も一通りこなせるようですし。お屋敷にいるときはね、『仕事を取り上げてはなりません』と、キャメリアちゃんからお小言をもらってしまうほどのようですからねぇ」
「それでございましたら、姫様もかなりのものかと。ルード様が開発した新しい料理は、姫様が最初に覚えられますからね。縫い物に至りましては、ウォルガード国内でも一、二を争う腕前と言われております」
「どうなっているんでしょうね? 家事万能な王子様とお姫様。それは家人さんに怒られてもしかたはない、でしょうね」
今回の大猪は、ルードは三分の一をもらうことになっている。
それも料理で振る舞ってしまうのだから、実質はギルドやこの町で消費することになるのだろう。
「よしっと。こんな感じかな? ナイアターナさん」
「はい」
後ろから興味ありそうに見守っていた、年若いエルフの女性。
彼女は、ギルドの受付担当でもある。
残った部位は、皮と骨。
背脂と三枚肉に多くあった脂。
血と内臓。
「はい、……えっとですね。皮と骨はこちらで買い取らせていただきます。血と内臓は、腸詰めに加工できますので、こちらも買い取らせていただければと思います」
「あと、余っちゃうのは脂ですよね。これって、燭に使ったりはしないんですか?」
「あの、この町で燭台に使われるのは、植物性の油です。動物性の油脂は、燃やすとその、料理が焦げた匂いが、充満してしまうので……」
「あー、うん。わかる気がする」
「ご理解いただけて幸いです」
「そっかー。そしたらどうしよう。キャメリア、何かに使える?」
「そうですね。私の国では、食べきれない場合は、山に返すのが普通でございました。ですが、ルード様の『あの理論』であれば、間違いなくその」
「あ、うん。そうなんだよね」
二人が言うのは、ルードの研究している理論のひとつ。
『魔力を多く含むものは、美味である可能性が高い』というもの。
魔獣は魔力を多く取り入れてしまったがために、魔獣へと至ってしまった獣だと言われている。
魔獣となった後も、食事をするかのように魔力を取り入れていたはずだ。
そのため、その脂身も『旨味が強い』はずだということ。
だが、ルードもキャメリアも、脂身だけを食べる習慣はなく、少々困ってしまう。
そんなとき、オルトレットの膝の上にいたオリヴィアがぼそっと言う。
「それなら、〝ラード〟を作ってみてはどうかしらねぇ?」
「らーど、ですか?」
「えぇ。ラードは〝食用油〟の一種ですよ。私も、おそらくはイエッタちゃんも知ってるはずです。脂身を細かく刻んで、『挽肉」のようにして、あとは……。ほら、ルードちゃんは得意なのでしょう? 調べてご覧なさいな?」
彼女は、ルードの『記憶の奥にある知識』を知っているようだ。
おそらく彼女が見た、彼の情報にある『備考欄』に、その使い方が載っていたのだろう。
「あ、はい」
ルードは腕組みをして、目を瞑る。ややあって目を開ける。
「あ、そうなんですね。脂を刻んで、〝中華なべ〟みたいなもので、煮つめて作るようです。なるほどなるほど。油脂に対して、水を一割。あくをとりながら、そぼろ肉と脂が分離したら、〝こし器〟でこす。次に綺麗な布でまたこす。最後に冷やして固めて、できあがり。……みたいですね」
「ほんとうに、ルードちゃんの『知る』能力は便利ですねぇ。〝日本三大地鶏〟の脂もですね。もの凄い旨味があったのです。きっとその大猪の脂も、旨味が強いのでしょう」
「はい。じゃ、やってみますね」
ルードは彼女に言われたとおり、作業を始める。
「たしか『中華なべ』って、こんな感じだったような?」
腰の魔法袋から、砂を取り出す。
その砂に両手をあてて、魔力を流す。
すると、直系二メートル、深さ五十センチはありそうな、巨大な大鍋ができあがる。
「この場の床といい、ルードちゃんの魔法は見事なものですね。ですがそのお鍋。形は似てはいますが、それは少々、大きすぎやしませんかぁ?」
「あ、でも大きい方がやりやすいかなーって。あははは」
ルードは後ろ頭をかいて、笑って誤魔化そうとした。
似たようなサイズの大鍋を複数作りだし、簡易的なコンロ台を土で作ってしまう。
その上に、魔法で挽肉にした脂身を入れていく。
手伝いをしている犬人女性は、そこに一割程度の水を入れていった。
「ルード様」
そう言ってキャメリアは、ルードにクロケットを抱かせる。
それは消費した魔力を補わせるためだ。
「あ、うん。ありがと。お姉ちゃん、ごめんね」
まだ眠ったままのクロケット。
彼女の身体からは、魔道具のせいもあり、魔力が常時放出されている。
腕を伝って、じわりと浸みてくる、甘い匂いが漂うような彼女の魔力。
こうしてルードやキャメリアが吸い取ってあげることで、彼女の余剰魔力の消費にもつながる。
普段、起きているときのクロケットは、意識的に魔力を消費するようにしていた。
だが、この姿で且つ、寝ている状態ではそれが叶わない。
だからこそこうしているだけでも、彼女を魔力酔いをさせないで済むと、ルードもそう思っていた。
ルードは鍋の下に炎を出現させる。
まとめて全部加熱させることで、一気にラードを作ってしまおう。
そういうわけだ。
赤子を背負う帯を、加工して作った背負子。
クロケットを背負ったまま、ルードは鍋に上がってきた灰汁を掬っていく。
ややあって、脂がある程度溶けて、肉部分の『そぼろ』と脂に分離されていく。
そこでルードは鍋を、目の細かい金網でできた大きなざるをこし器代わりにしてこしていく。
その下には、布をかぶせたもうひとつの大きなざる。
ここを通すことで、ラードが器に落ちてくるというわけだ。
「そのそぼろはね、コロッケに入れると美味しいのよ。もちろん、おうどんなんかに入れてもいいはずだわねぇ」
「あ、うどんならありますよ」
「あら本当? それはとても楽しみだわぁ」
ルードはオリヴィアとそんなやりとりをしながら、空いた鍋にまた、挽肉状の脂を入れて加熱していく。
これを繰り返してラードを抽出していく。
しばらくすると、余っていた脂は全てラードとそぼろになっていた。
ラードはルードが氷の魔法で冷まして、キャメリアが隠す。
余ったそぼろのうち、半分を使って、ルードは小麦粉からうどんを打ち、グリムヘイズの人たちに振る舞った。
もちろん、ナイアターナたちも手伝ってくれた。
出汁としょう油でつゆをつくり、とろみの出る片栗粉のような根菜の粉を使ってとろみを出し、そこに生卵をひとつ落とす。
ネギのような香り高い葉野菜をきざんで、上にぱらぱら。
「あらあら。『月見そぼろあんかけうどん』だなんて、懐かしいわぁ。とても贅沢なお味ねぇ」
そう言いながら、自分では食べられないから、キャメリアに食べさせてもらっていた。
猫人族だけに、猫舌だったのだろうか? しっかりと冷ましてもらって、味わっていたようだった。
匂いを嗅いだだろうクロケットは、『うにゃぁ』と寝言を言うが、目を覚ます感じはない。
間違いなく、魔道具の影響だろう。
わかってはいるのだが、ルードは歯がゆくそして、とても悔しく思う。
オリヴィアの首にある魔道具の一つは、長年の使用で破損しているようだ。
だからこうして、起きていられる。そういうことなのだろう。
「そうそう、ルードちゃん」
「はい、なんでしょう? オリヴィアお母さん」
ルードはイエッタたち同様、オリヴィアのことをお母さんと呼ぶことにした。
それは、彼女がクロケットの祖母であり、同じ『悪魔憑き』だったこともあっただろう。
何より、ルードが知らないことを沢山知っている。
十分に尊敬に値する女性だったこともあったのだろう。
「さっきのラードだけれどね、あれは揚げ物に使うと美味しいの。クロケット、……じゃなかったわ。〝コロッケ〟。あれはね、ラードで揚げたほうが美味しいのよねぇ」
「ほんと、お姉ちゃんと同じ名前の料理があるんですね」
ルードは前に聞いたときに、『記憶の奥にある知識』で調べていた。
そこで初めて、クロケットの名前の由来が、美味しい料理だったことを知った。
ヘンルーダが母オリヴィアの、『コロッケ、いつか食べたいわよねぇ』という、口癖のような独り言を覚えていた。オリヴィアから、
『コロッケ』の由来が『クロケット』という料理からという話も聞いていた。
語感が可愛らしかったことと、母オリヴィアの思い出を大事にしたいと思ったのだろう。
そのような経緯から、彼女の名前にクロケットとつけた。
そう、クロケットの『備考欄』に書いてあったそうだ。
ルードはオリヴィアに、落ちついたらコロッケを作ると約束した。
すぐに作らなかったのは、コロッケに適している根菜を探すことから、始めなければならないからだった。
「えぇ。それとね、もうひとつ面白いお菓子を教えてあげるわぁ」
ルードの目が輝いたように見えた。お菓子と聞いて、興味がわかないはずがない。
「ほ、本当ですか?」
「えぇ。とても簡単なものなのよ。あれはね――」
ルードは聞いた通りのレシピに必要な材料を、キャメリアから出してもらう。
「えっと、ラードと砂糖を一対一ですね?」
「えぇ。ラードは軽く温めた方が、砂糖と合わせやすいわ」
「あ、はい。『炎よ』」
ルードは鍋にラードを入れ、下からの熱で溶かす。
そこに同量の砂糖を少しずつ入れ、木べらで合わせていく。
「あ、熱くし過ぎちゃだめですよ? 室温になるくらいでいいんですから」
「あ、はい」
ルードは手早く混ぜ合わせていく。
ほぼ合わさったところで、オリヴィアを見た。
「あとはね、砂糖の倍の量の、小麦粉を合わせるの」
「はい。オリヴィアお母さん」
「いいわねぇ。男の子から『お母さん』って呼ばれるのは、たまらないわぁ。きっとシルヴィネちゃんも、そうだと思うわよぉ?」
「あ、はい。あははは」
ルードはなぜ、シルヴィネを母と呼ばなければならないかわかっていない。
『フェリスお母さんと、イエッタお母さんと、親友のように仲がいいからかな?』と、その程度の認識であった。
ルードは言われた通り、少しずつ混ぜ合わせていく。
ある程度まとまるくらいに混ぜ合わせたら、めん棒で軽く伸ばす。
オーブンに火を入れておく。
生地を小分けに切ると、オリヴィアに言われた通り、指より少し太い、ブロック状の形にしていく。
「あとは、十分ほど焼けば出来上がるわ。焼き上がったら、あら熱がとれるまで、さましておいてね?」
「はい。わかりました」
オーブンは以前、パン焼きで使い方をしっかりと覚えていた。
大量に焼き始め、十分ほどでオーブンから出す。
すると、結構な量の、きつね色のお菓子が焼き上がる。
「オリヴィアお母さん。焼き上がりましたよ?」
「えぇ。そのまま外に出して置いて、あら熱をとりましょうね。魔法で無理矢理冷ましては、いけませんよ?」
ルードの行動を先読みして、注意を促す。
「あ、はい」
「このレシピでね、ラードではなく植物性の油を使うと、〝ショートブレッド〟という名前になるの」
「すると、このお菓子の名前は、なんて言うんですか?」
「これはね、南国のお菓子で『ちんすこう』っていうの。素朴で、お茶に合う。普通の家庭でね、お母さんやお婆ちゃんが、子供たちに作ってくれる。美味しいお菓子なのよ」
「そうなんですかー。うん。香ばしい香りがしてきますね」
「――うにゃぁ」
「あ、お姉ちゃん。起きたらちゃんと作ってあげるからね。とても簡単だからさ」
クロケットは、ルードの腕にぐりぐりと顔をこすりつけるようにして、気持ちよさそうに眠っていた。
「キャメリアちゃん」
「はい」
「それ、半分に割って、いただけるかしら?」
「はい。これでよろしいでしょうか?」
キャメリアが指先で折ったちんすこう。オリヴィアの口元にそっと運ぶ。
噛んだ彼女の口元から、さくっという音が聞こえてきた。
「このさくさくとした優しい歯ごたえ。この淡い甘さ。独特の香り。懐かしいわぁ。ラードがなくてね。ヘンルーダが小さかったころは、ショートブレッドをよく作ってあげたのよね」
「あ、そういえばかなり前ですが、初めてお姉ちゃんとヘンルーダお母さんかに会ったとき、似たような焼き菓子をご馳走してもらったような覚えがあります」
「そうだったのね。あの子ったら毒を吐くように、『お茶がないと、食べにくいけれど、美味しい』ってよく言ったのよぉ」
オリヴィアの瞳は、なんだか苦笑するような感じが見て取れた。
「あははは。確かに、お茶が進みそうですね」
ルードもひとつ食べてみる。口の中でほろりとほどける感じの、歯ごたえがとても心地がよく感じられたのだった。
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