第二十話 ウォルガード最長老たちの出した見解とは?
「――ふぅ。こんなところかしら? ほんと、やれやれというか何というか……」
わずかに開いた糸目を更に細め、大きくため息をつく九尾の大妖。
ところ変わってウォルガード王国。
金髪妙齢女性と、新緑髪と深紅の髪の美少女二人という、奇妙な取り合わせ。
イエッタとフェリス、シルヴィネ三人は、王城の一角にある『魔法魔道具その他、諸々の研究所』と化しているフェリスの私室に集まっていた。
見た感じ彼女らは、お茶を囲んだ井戸端会議のよう。
正座したまま背筋を伸ばした美しい姿勢で、熱いお茶をすするイエッタ。
彼女は今の今まで、身振り手振りを加えつつ、自ら二つ名『瞳のイエッタ』の『見る』能力を駆使しながら、ルードたちの状況を事細かに実況生中継していたのだった。
それも、ルードたちの唇を読み取り、台詞まで再現するという徹底ぶり。
おかげで、フェリスもシルヴィネも、ルードたちの一挙手一投足を十二分に把握できている。
今彼らが置かれた状況を、最長老とも言える彼女たちが三人で吟味して指示を出す。
この大陸にいるフェンリラたちは、フェリスの下した決定に逆らう者などいないだろう。
だからこそ最悪の状況と判断した場合、シルヴィネの背に乗り、現地へ飛ぶことになっていたのだ。
まだまだ寒い、ウォルガード。大気中の魔力含有量の多いこの地は、どんなに魔力を消費したとしてすぐに回復する、まさに『魔力食べ放題』な場所だ。
そんな状況下とはいえ、額に脂汗を浮かべているイエッタは、どれだけ無理をしていたのだろう?
それも全て、ルードたち家族のためだからできる無茶ぶりだったはずだ。
現状では、手出し無用と判断した。だからこうして状況を見守っている。
「だ、大丈夫だったの?」
「えぇ。フェリスちゃんの作った『あれ』は、うまく機能しているようでしたよ。ルードちゃんも気づいていなかったようですからね」
イエッタの言う『あれ』とは、リーダがまとっている、見た目の偽装や気配などに関する何かのことだろう。
「そりゃそうよ。『あれ』は私が作ったんだもの。イリスちゃんの人体実験で、十分に実用に耐えうるものなんだから。でもそれにしたって、ハラハラしたわ。いくら硫黄の匂いが強いからって、そんな近くまでいってたなんてね。帰ったらお説教しちゃうんだから」
先ほどのフェリスの『大丈夫だったの?』は、ルードたちの身を案じたのではない。
ルードにこっそり近づき、手助けをしてしまったリーダことを言っているのだ。
イエッタはその、美しく太めな金髪眉毛をハの字にゆがめながら、また状況を見る。
腕組みをする彼女の仕草は、考え事をしているときのルードやエリスそっくりだ。
「……確かにルードちゃんは、リーダちゃんの言うとおり、甘いとも言えます。まぁ、そこがルードちゃんの良いところでもあり、弱点でもあるのですけどね」
「別にルードちゃんがそれをやる必要はないかと思うのです。あれは、キャメリアの失態です。守ると大見得を切っておきながら、彼の心まで守り切れないとは、何とも情けないやら……」
頭を抱えて、ため息をつくシルヴィネ。
「シルヴィネちゃんの娘だからって、ちょっと手厳しいんじゃないの? 大丈夫よ。ルードちゃんも、少しは成長したんだもの」
「いいえ、あの子が甘すぎるのです。イリスさんがあの場にいたとしたら、躊躇せずに動けていたでしょうから」
「あー、うん。それはきっと、年の功ってものじゃないかしら? 経験がまだ足りないわよ。イリスちゃんはキャメリアちゃんの二十倍生きてるのよ? それはちょっと可哀想だわ」
「いいえ、覚悟の問題です」
「まぁまぁ、それくらいにしたらどうです?」
キャメリアを厳しく評価するシルヴィネ。
キャメリアをフォローするフェリス。
ちょっとした論争に発展する前に、イエッタが軽く仲裁。
「仕方ありませんね。これくらいにしておきますか」
「……ところでさ、どう思う? 彼女のこと」
フェリスが二人に問う。
彼女とはおそらく、クロケットと一緒にいるもう一人の猫人のことを言っているのだろう。
「彼女はおそらくですが、我たちの『同級生』かもしれませんね」
イエッタの言う『同級生』という言葉は、元々はこの世界にない言葉だった。
フェリスやシルヴィネたちのことを、イエッタがぽろっとこぼすように表現したもの。
千年以上の、同じ時を生きてきたお仲間というものを表す言葉でもある。
フェリスが気に入ってお互いをそう呼ぶようになった経緯がある。
「えぇ。状況的に見て、そうかと思います」
状況的に見てもそうだろう。
クロケットが捕らえられるより以前から、あのグルツ共和国で魔力を搾取されつづけてきたはずだから。
「私もそう思うわ。間違いなくケティーシャ最後の王妃さん、よね。いえ、だった――というべきかしらね?」
彼女らのいう王妃。それは、クロケットの母ヘンルーダのそのまた母親。
クロケットの祖母にあたる女性。
ヘンルーダたちを逃がすために最後まで留まった、ケティーシャ最後の王妃のこと。
「まぁ普通に考えたら、誰かが残っていたとしてもおかしくないわよね。そうじゃないと、あの魔力の枯れたような大陸で、あんなに魔道具を乱用できるわけなんて、ないんだから」
フェリスの言うことはもっとも。
ルードたちも、捕らわれているのがクロケットだけではないと、判断していたのだから。
「我たちと同じ時を生きた同級生が、増えるのは嬉しいことですね」
「そうね。私も彼女に会えるのが楽しみだわ」
「私もそう思います。……さておき。彼女とクロケットちゃんの首輪。あれはかなり、厄介かと思うのですが」
そう呟いたシルヴィネの表情から、苦笑が消えていく。
「やっぱりそう思う?」
フェリスも同じように思っていたようだ。
「えぇ。イエッタちゃん」
「何でしょう?」
「イエッタちゃんが見た感じ、四本あったはずでしたよね?」
「そうですね」
「その四本とも、同じように見えましたか?」
「そうねぇ。今見てるけど、太さもまちまち。色も柄も、素材も違うのは間違いないわ。んっと、二人とも同じ組み合わせみたいですね」
「……やはり。私が思うにですが」
「うん(えぇ)」
イエッタとフェリスは、シルヴィネを見る。
「ひとつはあの腕輪の対になる、『隷属の首輪』で間違いないと思います」
「やはり、そう考えるのが妥当でしょうね」
「うん……」
「それとですね、『眠りに落ちる』効果。『魔力の継続的な放出、または吸い出す』効果」
「最後は?」
フェリスが問う。
「はい。おそらくですが、『獣化』もしくは、『本来の姿に戻る』効果、だと思われます」
「なるほどね。私もね、魔力の薄いあの地域にいたときは、夜になるとフェンリラの姿になって眠ったものよ。おかげで、魔力が枯渇して倒れるようなことはなかったわ」
フェリスの身に起きた、あの忌まわしい〝消滅〟の記憶。
彼女にとってあの地でのことは、楽しいものより、辛いものの方が多いだろう。
それでもフェリスはルードたちのためならと、ひとつひとつ思い出しながら、記憶と知識のすりあわせをする。
「そうすると、あの棺みたいなのは、『魔力を集める』魔道具かしら、ね?」
フェリスが言う。シルヴィネも、同意するように頷く。
「えぇ、おそらくは。彼女たちから吸い上げた魔力を、逃さず効率よく集める。そこから管を伝って、壁にあったとされる大きな魔道具が、魔力を押し出す何らかの効果があるのでしょうね。どのように動いているかは予想できませんが。いずれあの子が持ち帰るはずです。ゆっくり調べたら判明するかと思いますね」
キャメリアが、あの部屋にあった魔道具関連の一切を『隠して』いたのは、イエッタの実況から手に取るようにわかっていた。
シルヴィネの考察通りであれば、クロケットたちは、常時体外に魔力を放出し続けている。
猫の姿になっていることと、眠っていることで、周囲の薄い魔力を効率よく取り入れ、回復し続けているのだろう。
「ねぇ、イエッタちゃん」
「何かしら? フェリスちゃん」
「『隷属の首輪』、やっぱり無理よ。この世界にある技術じゃないわ。私たちじゃ、絶対に作れない。シルヴィネちゃんも、そう思うわよね?」
フェリスは諸手を挙げて、首を左右に振り、オーバーアクションの上で降参する。
横に座るシルヴィネも、こくんと頷く。
「はい。私も長い間、様々な魔道具を見てきました。それでも、あの大陸にあるものは、技術的に難しいというかなんというか……」
魔法研究の大家であるフェリスと、長年メルドラードで魔道具の研究を行ってきたシルヴィネをもってして、『隷属の首輪』を作り出すのは無理だということに至った。
「我が無理言って、ルードちゃんに調べてもらった『あれ』を覚えていますよね?」
左手を頬にあてて、思い出すように首を傾げながら言うイエッタ。
「えぇ。あのときは面白かったわ」
「はい。確か、『光の速さに近づくことが叶えば』の例えでしたか? あれは実に興味深いお話でございました」
「我も名称と簡単な概要しか知らなかったのですから、説明なんてできないのですけどね。ルードちゃんですら、まるで〝写経〟でもしてるかのように、もくもくとただ書き写してる感じでしたからね」
イエッタがルードに無理を言って、検索してもらった事柄。
それはある物理学者が唱えた理論で、『光の速さに近づくと時間が遅れる』というもの。
イエッタが前の世界にいたときになんとなく知っていたこと。彼女は物理学者などではなく、単なる読書大好き。
当時読んでいた、空想科学の作品中にその引用があったのだろう。
それを思い出して、フェリスたちの研究の役に立てばと、ルードに無理を言って調べてもらった。
「それでですね、あのときの様々な説を元にした、ある種変わった解釈があったのです」
「それって?」
「(こくこく)」
興味ありげに身を乗り出すフェリスと、頷きじっと見つめてくるシルヴィネ。
「我も書物で読んだだけなのですが。わかりやすく言うなら、そうですね……。例えばの話。もしもここが、ルードちゃんとリーダちゃん、二人が出会っていない世界だとしたら、どうなっていたのかしら?」
そう、イエッタが二人に質問を投げかける。
「そうね。私はプリンの味を知らなかったと思う。……ううん。もっと荒んだ生活を送っていたかもしれないわ」
「飛龍はきっと、滅びていたでしょうね」
あのとき偶然か、それとも亡くなったルードの兄が引き合わせたのか。
どちらにしても、二人が出会っていなければ、いまこうして話し合うこともなかっただろう。
「我はね。ルードちゃんと、エルシードちゃんが生まれたあの日から。たまに二人をのぞき見るのが楽しみだったのです。もちろん、エリスが心配だったのもあるのですよ?」
千年以上の刻を重ねるイエッタにとって、あのときのことはごく最近にあったことのようだろう。
鮮明に覚えていてもおかしくはない。
「ルードちゃんとリーダちゃんが出会ったあのとき。我は残り少ない魔力を駆使しながら、見守っていたのです。『あぁ、そっちじゃないわ。ほら、急がないと駄目じゃないの』という感じにですね。もちろん、彼女の嗅覚なら、間違いなく見つけてくれるとは思っていましたよ? ですがそれでも、数瞬遅れてしまった場合。そのときは、ルードちゃんが食べられてしまうことも、十分にあり得たのです。もちろん、あのルードちゃんが、何もしないで流されるような子ではないことも、知った上での話ですけどね」
とてもブラックな表現。ただ、そういう世界もあったということ。
「我たちの目の前に現れる『もし』という名の分岐点。甲を選ぶか、乙を選ぶか。選んだ『もし』によって、未来が変わっていたはずです」
フェリスも後悔することがあった。
シルヴィネも、できなかったことを悔やむことがあるだろう。
続きがあることを感じているから、二人はイエッタの、次の言葉を待った。
「以前ね、ルードちゃんと話したことがあるのです。それは、この世界の『奴隷』について。……前世の我がいた世界。そこにも奴隷制はありました。ルードちゃんの持つ、知識にも同じ事柄があるようでした。ルードちゃんと我は、同じ結果を持っているのです。ルードちゃんは前世の記憶を持ち合わせてはいないようですが。時代は違えど、それほど違わない世界に生きていたはずです」
「うん」
「えぇ」
すぅっと、深く息をするイエッタ。
「痛みや恐怖などで従えることも。催眠術と呼ばれる技術や、薬などを利用した、洗脳などを用いることも。欲望や願望を叶えるように騙し、言葉巧みに誘導することもあったようです。ですがそれを、あのような『確実性のある現象』として、再現させることは無理だと判断したのです。故に、『隷属の首輪』を再現する仕組みが、我とルードちゃんには、見当すらつかなかったのです」
「この世界の魔法、魔術では無理。まぁ、『あの理論』を元にして、新しく作った魔法はあるにはあるけれど、『隷属』なんてできないわ。ルードちゃんの持つ『支配の能力』も、再現することなんて不可能だわ。ルードちゃんの『あれ』でもね、従わせることはできても、痛みを伴わせることなんてできないのよ」
ルードの支配の能力は、一時的に発動できる『命令』と『お願い』という強制力に似たようなもの。
フェリスが言うように、痛覚などの感覚にに訴えるような効果は発揮できない。
シルヴィネも一緒に、彼女の検証を手伝ったのだろう。
うんうんとただ、頷いている。
「我とルードちゃんは、いわゆる『悪魔憑き』。この世ならざる場所とはいえ、同じ世界から、転生したと思われる魂を持つものです。我があなたたちに教えたものは、我たちがいた世界に存在しうる物理的な事象の検証結果。その様々な〝学問〟を応用したものだということは、以前話しましたよね?」
「そうね」
「はい」
「そのようなものでも説明のつかない、超常現象もなかったとは言わないわ。それでもね、その超常現象は、あくまでも『起きてしまっているもの』であって、『意図的に起こせるもの』ではないの。それこそ魔法や魔術は、我のいた世界では空想上のものだったのです」
「うんうん」
「なるほどです」
「我が知る限り、我のいた世界でも、『隷属の首輪』のような面妖なものは作れなかったはずです。我の知る言葉で『パラレルワールド』、『平行世界』というものがありました。この世界には、我とルードちゃんがいたかもしれない場所とは違う、我たちも知らない超常の能力が普通に存在していた、そんな『平行世界』から流れ着いた『悪魔憑き』もいる可能性なのです。我たちがいた世界ですら、この世界からすればわけのわからない、『平行世界』なのですからね」
もしかしたら、この星の外。外宇宙の果てには、地球があるのかもしれない。
ここは、地球のある太陽系とは別の場所にある、惑星なのかもしれない。
また、別の次元にある平行世界なのかもしれない。
それは、イエッタにもルードにもわからない。
神と呼ばれる存在がいたとしたら、それらの存在が答えを持っているのかもしれない。
「あー、うんうん。私たちも何て表現したらいいかわからないけど、そんな結果にたどり着いたわ」
「そうですね。『悪魔憑き』と呼ばれた方々は、私の読んだ文献にも、言葉しか出てきませんでした。イエッタちゃんや、ルードちゃんと直接お話して初めて、ある程度理解できただけですから。二人とも、私からしたら十分に異常と言えますけれどね」
澄ました表情でいながら、何気に毒を吐くシルヴィネ。
「そうね。私もルードちゃんと初めて会ったとき、リーダちゃんから説明受けても、ごく普通の男の子だと感じたわ。世の中に、私の知らないことがあって当たり前。イエッタちゃんの『瞳』の意味も、教えてもらって別に不思議には思わなかったわよ。私たちフェンリラの特殊な能力と、何ら変わりないんだもの」
「そうですね。私たち飛龍も、空を飛べるのは種族特有のものです。『隠す』なんて、特にそうですからね」
「そうよそれ。リーダちゃんやルードちゃんが手に入れたあれよあれ。シルヴィネちゃんの『隠す』能力そっくりの『魔法袋』。あれだって、私たちじゃ作れないわ。あれもきっとその、『平行世界』が関係してるのかもしれない。もしかしたら、『隷属の首輪』を作った人か、それともまた違う世界から来た、『悪魔憑き』の人が作ったのかもしれない。――あぁもう、わけわかんないわ」
「そうですね。私も私たちの『隠す』は、再現できませんでしたから――っと、脱線しました。話を元に戻しましょう。……私が懸念するのは、あの四本の首輪です。クロケットちゃんと、女王様な彼女は、目を覚ましていません。それ故に、全て簡単に外せる代物かどうかも、不明なのです」
「――そっか。それだわ。もしかしたら、無理に外すと」
「えぇそうです。命に関わる可能性も否定できない。そんな魔道具かもしれない、ということになりますね。イリスさんが、エランズリルドから持ち帰った粗悪な物とは、少々違うようですから」
エランズリルドからイリスが持ち帰った隷属の首輪は、フェリスが既に分解して解析を行った。
その上で、理解できない代物だったということになる。
「そうね。現物を見てみないと、どうにもできないわ。さて、どうしたものか……」
フェリスは腕組みをして、長考に入ってしまう。
「そうですね。あの女性。ウルラさん。……でしたか。ルードちゃんが扉を開けようとした際、身体を張って止めてくださいました。あの方はかなり慎重な行動ができるようです。きっと無理なことはさせないと思うのですけどね」
イエッタも今回ばかりは困り果てた。
この三人が揃っていながら、先が全く読めないのは仕方のないことなのだろうか?
お読みいただきありがとうございます。
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