第十九話 クロケット救出作戦、その3
先頭にはキャメリアが、何があってもいつでも対処できるように。
真ん中に、クロケットを胸に抱いたルード。
殿を、もう一人の黒い猫人を腕に抱いたウルラ。
三人は階段の最上段を登り切り、魔獣がいたはずの広間へ向けて慎重に足を進める。
魔力の供給が絶たれたはずのグルツ共和国。
ここは今、人の目では身動きがとれない状態のはず。
だが、魔獣がいたはずの広間からは、淡い光が複数見える。
キャメリアの身体越しから覗えるそこには、神官やシスターの服装をした者たちの姿が確認できる。
彼らの方手には、明かり取りの魔道具があった。
おそらくこの淡い光は、その魔道具から発せられたものだろう。
空いた片手には、その姿からは不釣り合いな、剣や槍を持っている。
同時に彼らの目つきは、ややおかしく感じられた。
ルードは、リーダたちの目から気持を感じ取ることが可能だ。
もちろん、人間の目からもある程度は可能だ。だからだろうか?
目の前の彼らは、何かに怯えているような感じが伝わってくる。
彼らの中には、ルードにも見覚えがある人がいた。
神官でありながら、ルードのうどんを食べにきてくれた。
美味しいと、言ってくれた人だった。皆、何かに怯えながらも、ルードたちに剣と槍を向けている。
武器を持つ彼らの手つきは、慣れたそれではない。
そんな彼らの後ろから、違和感の大元。
滑舌の良すぎる声が響いてくる。
「商人の割に、なかなか強かなものですね。確か、フェルルード君、でしたかな? あなたの報告は受けていますよ。私はこれでも、ここの神殿の長を任されているものですから。……しかし、困りますね。『魔力猫様』たちを持って行かれてしまっては、ね?」
彼らとは目つきが違う男。
神官服や、シスターの服装より、やや仕立ての豪華な服装をしている。
細身の者が多い、神官やシスターとは違い、がっしりとした違和感あるその体格。
身体からは害意や敵意を感じないのだが、ルードだけにはわかる。
男の目から、ルードたちを見下すような、そんな嫌悪感を感じ取ることができているのだ。
何より目の前の神殿長を名乗る男は、クロケットたちのことを『連れて行く』ではなく、『持って行く』と表現した。
それがルードには、気に入らなかった。
「……それは、どういうことでしょうか?」
ルードは、キャメリアの横に立つと、その男に問いかける。
「どうもこうもありません。古いのも新しいのも両方、『持って行かれたら』困るんです」
ルードは、怒りの感情をぐっと抑え込む。
何を言われようと今は、こんな男にかまっている暇はない。
「話にならないですね。僕はここにはもう、用はありませ――」
「困りますね。さぁ、『魔力猫様』たちを取り戻すため、役に立ってもらいます。『救いなさい』」
男が、右手を上げて言う。
すると、神官たちは持っていた武器を『がちゃり』と音を立てて足下に落とす。
地面に両膝を跪き、自らの喉元を両手でかきむしりながら、もがき苦しみ始めてしまう。
「ほら、『魔力猫様』を返してくれないと、この者たちが『あなたのせいで』、痛みによる『狂い死に』を遂げてしてしまいます。あなたはそれでもいいのですか?」
ルードは冷静に怒る。
止めさせようと、瞬時に魔力で目の前の空間を覆うと同時に。
『跪け』
そう命令するのだが、神官たち状況は変わらない。
目の前の男も、左側の口元を吊り上げて嫌らしい表情を表に出しながら、ルードをあざ笑う。
「なるほどな。ここにいた化け物も、どこへいったかわからねぇし。何やら不思議な術を使うってのは確かなようだな。魔術か何か知らねぇが、どうせ言うことを聞かせるような術を使っているんだろう? だがな、所詮はガキの甘い考えだ。こいつらは『この魔道具には逆らえない』んだよ。要はお前の術も、効かないってことだ。余計な努力、ご苦労様ってこった。ほら、『救いなさい』」
男はルードたちが、魔獣をこの場から消したことに、恐れを感じてはいないようだ。
高々と上げた男の右手から法衣の袖が落ちると、そこには意匠の凝った鈍色の腕輪があった。
おそらくそれが、神官たちを操っている魔道具なのだろう。
指には複数の指輪が填められている。
その中には、ルードの支配からも逃れる効果を持つ魔道具があるのかもしれない。
ルードの『支配の能力』から逃れていられることが、その証拠だろう。
「……やれやれだ。ここに就任して三年。最初は美味しい役職だったさ。だがここにきて終わるとか、去年までは思ってなかったよ。この間戻ったときにな、頭領は言ってた。『この国は失敗だった』ってな。それでもその『魔力猫様』がいれば、いくらでもやり直せるって言ってる。そんときゃ俺もまた、神殿長様なんだよ。後ろの古いヤツも、その若い二又の雌も、うちの大事な商品だ。さぁ、返してもらおうか?」
クロケットを『若い二股の雌』と呼び捨てる。
男はやはり、獣人を人間だと思っていない。
そのことを嫌悪した、ルードの表情が変わったのに気づいたのだろう。
ニヤニヤと口元に笑みを浮かべながら、神官たちの間を縫って、こちらへ歩いて近寄ってくる。
神官たちの一番前に出てくると、男はルードを見下ろすかのように言い放った。
「それとも何か? こいつらが死んでもいいってのか? 俺は別に構わんぞ? ここにいるやつだけじゃない。この国にいる神官、シスター。全員死ぬぞ? もちろん、そこにいる『魔力猫様』たちも一緒にな? 見ろよ? 苦しがっているだろう? フェルルード君よ。全部お前のせいだ。もし『魔力猫様』が死んじまったら、お前のせいなんだよ? お子ちゃまだから、言ってること難しくてわかんねぇか?」
ルードは慌てて胸に抱いているクロケットを見る。
彼女も、ウルラが抱いている人も、苦しそうに震えているのがわかった。
「ま、待ってください」
「どうした? 返してくれるのか?『救われました』」
もがき苦しんでいた神官たちは、解放されたかのように座り込む。
同時にクロケットの震えが止まる。
「ほら、返せよ? 『救いなさい』」
神官たちがその場でもがき始める。
同時にクロケットから、苦しそうなうめき声が。
「やめてくださいっ!」
ルードは腕に抱くクロケットを見る。
おそらく、彼女の首に巻かれている、四本の首輪のうち、いずれかのものが連動しているのだろう。
「やめてやるよ。『救われました』。そら、どうする? さっさとその雌二匹を寄こせよ?」
ルードは決心する。
「キャメリア」
前にいたキャメリアに並ぶと、クロケットを彼女に託す。
「なんだおら? ん? やんのか? お前みたいなお子ちゃまに何ができんだよ?」
ルードの姿が一瞬、黒い魔力に包まれる。
そこには、純白のフェンリルがいた。
「白い狼か、別に珍しくもないな。てかやっぱり獣人が化けていやがったのか。あぁ臭ぇ。獣の臭いは臭くてたまんねぇな」
鼻をつまんで毛嫌いするオーバーアクション。
そうしながらも男は半身になり、法衣の裾をめくると腰から吊した剣を抜く。
慣れた動きと、余裕のある表情。男はおそらく手練れなのだろう。
ルードのこの姿を見て、腰が引けるような感じがない。
「キャメリア、ごめん――」
ルードが飛びかかろうとしたとき、男はルードに向けて剣を構えて再度唱える。
「『救いなさい』。ほら、かかって来いよ?」
すると、ルードのやや後ろ、キャメリアの腕の中から『うにゃぁ……』と絞り出すような、クロケットの苦しげな声が聞こえてしまう。
ルードはつい心配になり、振り返ってクロケットを目で追ってしまう。
ルードは、数々の困難に立ち向かってきた。
ただ、今の今まで、その瞬間、この場で、目の前で、愛する者を人質にとられることなど、経験したことはない。
怒り、困惑、焦り。
何より、クロケットの苦しそうな声が、ルードの心をえぐった。
「――くくくく、ふははは。……獣人なんて、所詮そんなもんだ。この手で何匹も始末してきんだ、間違っちゃいねぇ。ただ力が強い程度で、技術も知恵も低い。人間様には敵うわけないだろう? ほら、最後の情けだ。『救われました』。これでいいだろう? かかってこい。来ないならほら、さっさとよこせ――」
だがそのときだった。
今の今までルードを蔑むんでいた男の声が、急に途絶えた。
ルードを見下し、言葉通り情けのつもりで、男は魔道具を解除した。
そのせいか、神官たちの苦しそうな辛そうな、荒い呼吸の音だけが聞こえてくる。
「――ぐぁあああああっ!」
ややあって、ルードの耳に入る男のうめき声。
振り返って見るとそこには、腕を押さえての膝をつく男の姿があった。
それでも男はルードを睨んだまま、視線を外さない。
その目には、困惑の色が感じられた。
「キャメリアお願い」
「はい」
ルードはその場を走り出し、男の首元を前足で押さえ付ける。
腕から大量の血を流し、痛みに耐える男の姿。
そこには、何者かに切り落とされた、鋭利な切り口の腕が転がっていた。
フェンリルの姿から人の姿へ。
足で男の襟首を踏んだまま、あわてず一帯を魔力の白い靄で包む。
ひとつ深く息を吸って、ゆっくりと命令をする。
『跪け』
ルードは足を、男の襟からどける。
痛みに耐えながら転がっていた男は、強制的に一度立ち上がると、その場に跪かされる。
周りにいた神官たちも、苦しそうな表情を残しつつも、安堵の表情を浮かべながら、ルードの声に従っている。
男には最早、ルードの能力に抗う術はなかった。
ルードたちのいる広間の先にある通路には、暗闇にうっすらと光る瞳。
狼人族と思われる、灰色の長い髪の女性の姿があった
「――ほんっとまだまだね。さっさと首でも腕でも、落としてしまえばいいのに。優しすぎるのよ、ルードは……」
呆れるような表情をした彼女は、通路の先へと消えていく。
▼
正直言うとあの後は大変だった。
逆上しかけていたウルラが、その場で男の首を落とそうとしたものだから、ルードは慌てて止めることになる。
『駄目ですよ。情報を聞き出すんですから』
『あ、あぁ済まん。そうだった……』
最低限の止血を行い、この場の首謀者と思われる男を捕縛した。
男の腕はルードが凍らせて、ウルラの腰にある魔法袋に入っている。
ウルラが契約している精霊にお願いをして、男を眠らせることに成功する。
これで、最悪の事態が回避できたというわけだ。
「凄いですね、精霊さんって」
「そうか? まぁ、後で詳しく教えてやるよ。ほら、手を止めるな」
「あ、そうでした」
ルードは神官たちを一人一人治癒をし、続いてウルラが聞き取り調査を行っていく。
ルードの胸に抱かれているクロケットは、まだ目を覚ましていない。
彼女を胸に抱いていると、魔力が浸みてくることに気づいた。
おそらく彼女にはめられている首輪のうち、どれかが魔力を放出する効果があるのだろう。
「(ごめんね。でもありがとう、お姉ちゃん)」
もう一人の黒猫も、同じように目を覚まさない。
魔獣を倒したときに力一杯炎を吐いたことで、魔力をかなり消費したのだろう。
キャメリアも彼女を抱くことで、魔力の補充をさせてもらっている。
遅れて数人の冒険者たちがこの場に集まってくる。
連行した男を奪取されないかと思うだろうが、そこは手を打ってあるので大丈夫。
ルードの提案から、獣人の冒険者たちに集まってもらうよう、ウルラは適切に指示を出す。
明かりを失ったこの国は、まだ混乱した状態なのだそうだ。
それでも冒険者たちのおかげで、落ちつきを取り戻そうとしていると聞く。
ルードたちはその場で獣語を使い、軽く打ち合わせをする。
『いいですか?』
『おう(はい)』
ルードは一気に白い魔力の霧を広げる。
『建物の外に出て、落ち着いてその場に座ってください』
グルツ共和国全体に、ルードはお願いをする。
お願いを聞いたと思われる人たちは、建物の外へ出てくる。
集まっている獣人の冒険者たちは、ある程度気配で建物の中にひそんでいる者がいるかがわかってしまう。
彼らに建物の中へ入ってもらうと、誰も居ないことが確認された。
ここには、ルードのお願いを聞いて、出てきてくれた人たちというわけだ。
皆、何があるんだろう? という、不思議な表情をしている。
そこでルードは苦笑しながら、続きのお願いをしたのだ。
『服の袖を肘までまくって、冒険者の人たちに見えるようにしてもらえますか?』
するとどうだろう?
袖をまくることができない者がいた。
思った通り、ルードの能力を逃れていた者がいる。
同時に、その場から逃げ出すではないか?
逃げ出した者たちを、俊敏な獣人の冒険者たちが取り押さえていく。
やはりその者たちの腕には、見覚えのある腕輪がはめられていた。
捕縛している男と同じ輩と思われる男女が数人、町の住人に扮して紛れ込んでいたいうわけだった。
▼
「それでは頼んだぞ」
「了解」
ウルラは、遅れて訪れた冒険者の仲間たちに、神殿長と名乗った男や、仲間と思われる者たちを引き渡す。
皆、ウルラたちの精霊にお願いをして眠らせていた。
おかげで、彼らが暴れる心配がなくなり、安全に連行することができる。
この後、グリムヘイズへ連れて行き、細かく取り調べが行われる予定だ。
ウルラたちの聞き取りによって、ある程度のことが判明してきた。
この神殿は、宗教的な建造物ではなく、ある種の実験場だった。
それは、神官やシスターたちにも知らされてはいない。
神殿長と名乗った男以下、一部の者たちの管理の元、『魔力猫様』という生きたご神体の世話をしていた。
住人や商人たちに感謝されていた一般の神官たちは、何も疑問を持たずにいたらしい。
魔力の乏しいこの大陸で、異質な国と呼ばれたグルツ共和国。
それは誰が管理していたか、実情はまだ判明してはいない。
国民と言える者たちは、この神殿で生活する神官やシスターたち。
町で生活する住人たちだった。
魔力という便利なものを失ったこの国は、ある意味終焉を迎えた。
幸い、あらかじめ打ち合わせをして対処にあたった冒険者たちのおかげもあり、それほど混乱が起こることはなかった。
魔力を使った便利な文明を失ったとはいえ、それは他の国、他の町と変わりはしない。
仮設だが、この地にもギルドの支部が置かれることになった。
この場に残る冒険者たちのサポートがあれば、多生不便なことはあっても、生活ができなくなるようなことはないだろう。
魔道具と思われるものは全て、キャメリアが回収した。
神殿にあった一部特殊なの物を除いて、グリムヘイズのギルドへ預けられることになる。
「ところで、どうだ? クロケットさんは」
ルードは、気持ちよさそうに寝息を立てる、彼女を見る。
「そうですね。まだ眠ったままですけど、きっと大丈夫です」
キャメリアを見ると、彼女も頷いている。彼女の胸に眠る、黒猫も同じ状態だ。
グリムヘイズへ戻り、クロケットたちの首にはめられた首輪の調査をすることになっている。
この首輪は、ルードが自力で外したようなことはできない。
『罠があると怖いから』と、ウルラに止められてしまったからだ。
そのとき、ルードの腕の中から声が聞こえてくる。
「……うにゃぁ。もう、おにゃかいっぱいですにゃ」
それはクロケットの寝言だった。
「あははは。お姉ちゃんったら、仕方ないなぁ」
嬉しそうで、それでいて悔しそうな、微妙な表情をするルード。
「えぇ。そうですね。でも、クロケットですもの。ルード様のお菓子の夢でも見ているんですよ、きっと」
ルードの背中を、叱咤するようにどすんと音を立てるほど強く叩くウルラ。
「ほら、男の子だろう。しっかりするんだ」
「はい。そうですね。あ、でも僕。男の子じゃなく、もう大人ですから」
「あはははは。そこまで元気なら、大丈夫だろう。さて、あたしたちも帰るとするか」
「はい」
ギルドの用意した馬車に乗りこむルード。
眠るクロケットからは、温かな魔力が感じられていたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
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