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フェンリル母さんとあったかご飯 ~異世界もふもふ生活~  作者: はらくろ
第六章 海を越えた東の空の下。
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第十七話 クロケット救出作戦、その1

 おそらくここは、神殿などではない。

 名ばかりで神殿として機能していない。

 魔力を供給するだけの、倉庫というか工場のようなものなのだろうか?

 神殿がどういうものなのかを知ってさえいれば、この場に至るまでに、そういう疑問を持ってもおかしくはないだろう。


 通路を抜けた先にあった空間で遭遇した、純白の猪に似た魔獣。

 ルードたちの目の前に目を閉じて伏せるようにするそれは、こちらに対しての敵意は弱く害意も弱いように思えるが、何かの嫌悪感のようなものは感じられる。


 目の前の魔獣も、ルードの『支配の能力』に一切耳を貸さなかった。

 おそらくは、ネレイティールズで遭遇した、『魔獣化したことにより頭が悪くなってしまった』、海洋生物と同じと考えていいだろう。


 この出口のない場所にいるということは、ここで餌付けをされているのだろうか?

 どうやってここへ運び込まれたのだろうか?

 冷静に考えれば、そうした疑問が浮かんでくる。


 元々が山猪の仲間だと仮定する。

 そうすると、その獣の主食は植物のはずだ。

 まれに虫や小さなトカゲなどの小動物も食べると言われている。

 この魔獣とルードの身体の大きさから考えると、彼を小動物ととらえていたとして不思議ではないのだ。

 この魔獣は何を食べているかはわからないが、襲ってこないとも限らない。


 ルードたちが感じ取る敵意が弱いのは、あのときの水棲魔獣のように、もしかしたら今たまたま、空腹ではないからかもしれない。

 ルードはそう、ウルラに説明した。


『あぁ、なるほどな。ところでルード君。クロケットさんの匂い、消えてはいないか?』

『はい。あの扉の先に、いると思います。僕がお姉ちゃんの匂いを、間違えるわけがありませんから』


 ルードの『お願い』を聞いた神官が、『神殿の地下にいる』と、そう言っていたのもある。

 ここから感じる匂いからも、間違いないと思っていいだろう。


『ルード様。クロケット様たち以外に、人間の匂いはしますか?』

『んー、よくわからないけど。この先には、いないと思います』

『ルード様、あれを見て下さい』


 キャメリアが指差すところは、魔獣の首元。

 そこには鈍色の金属。雑な装飾ではあるが、間違いなく神官やルードの首にあった首輪に似たものだろう。


『あー、うん。そういうことか。多分ですけど、ここを誰かが通るときに、どくように命令してるんだと思います。魔獣だからあの首輪……』

『もしかして』

『はい。おそらく「隷属の首輪」だと思います』


 キャメリアも話では聞いていた。

 つい先日、ルードを苦しめたその、首輪の存在。


『あれが、ルード様を苦しめた、……ものなのですね』


 キャメリアの声が低くなる。


 エランズリルドで使用された、忌まわしき魔道具。

 ルードは隷属の首輪(あれ)が、ここから供給されたと思われる供述を得ている。


 ルードの首にあったもの。あの神官の首にあったもの。

 この町にいる神官やシスターの首にあるもの。

 全てはあのときと同じ、『隷属の首輪』だったのかもしれない。

 だがそれは、誰が教えてくれるわけでもないのである。


『うん、そうかもしれないね……』


 どうすればいい? 三人ともそう思っただろう。


 魔獣の後ろにある扉を開けるには、魔獣をどかさなければいけない。

 だが、ルードの『お願い(ちから)』も通じなかった。ただこのまま、悩んでいる暇はない。

 この先に確実に、クロケットの匂いが伝わってくるのだから。


 ルードは気配を薄くする。

 これはリーダから教わった、狩りをするときに必要なこと。


『二人は動かないでここにいてください』


 ルードはなるべく足音を立てないように、奥の扉へ近寄っていく。

 常に魔獣の気配を、特に尻尾と耳の動きに注意しながら。

 ゆっくり、ゆっくり足を進める。


 扉まであと二メートルほどの距離。

 全部開くことができなかったとしても、ルードの小さな身体くらいは、ねじ込むことができないか?

 それを試そうと手を伸ばす。

 あと一メートル。

 あと数十センチ。

 あと数センチ。

 まもなく指が届く、そう思ったときだった。


 ルードの視界の端にはっきりと見えた。

 ぴくりと動いた魔獣の尻尾。


 魔獣(それ)は突然立ち上がり、百八十度方向転換。

 その巨体からは考えられないほどの俊敏さだった。


 そのまま口元の牙を向け、鼻先をルードにぶつけようとしてくる。

 それ以上扉に近寄らせないようにするか動き。

 それはまるで同じサイズの巨人の腕のようなもので、彼の身体を左から殴りつけるような感じ。


 ルードは咄嗟に、両腕をお腹の前でクロスさせる。

 瞬間、魔獣の鼻先は牙ごとルードの腕・お腹目がけて突っ込んできた。


「――っ!」


 ルードの数倍以上ある魔獣に追突される。

 身体は後方に吹き飛ばされ、ルードの身体は宙を舞っていた。


 彼が飛ばされる進行方向へ、いつの間にか偽装を解いたウルラは羽ばたき先回り。

 駆け寄るキャメリアよりも速く、彼の飛ばされる先へ回り込む。

 壁にぶつかるギリギリのところで、ルードを胸に受け止めた。


『ルード君。大丈夫か?』

『ルード様』


 ほんの数瞬遅れて、ルードに駆け寄るキャメリア。


『あ、……う、ん。だ、大丈夫』


 ルードの頬はかなり深く切れていた。

 右腕の(そで)部分を切り裂いて、中から血が滲んでいる。

 それでもルードの目は、魔獣をじっとにらみ付けていた。


『大丈夫なわけあるかっ!』


 ルードを大事そうに、背中の翼で抱きしめる。

 篭もるような声で、ウルラはしかる。キャメリアも、(しゅじん)が大丈夫というのだから、動けなくなるほどの負傷ではないと信じることにする。


 ルードは負傷した左手の手のひらをグーパーさせる。

 肘から先を軽く動かす。どうやら骨に異常はないようだ。

 ウルラが抱き留めてくれたおかげで、背中辺りは気にする必要がないほどダメージはない。


『あはは。だい、丈夫ですよ。これ、くらい』


 絞り出すように苦しそうな声で受け答えをする。

 大丈夫というのは、彼のやせ我慢だとわかってしまう。


『癒やせ』


 小さく、他の誰かに聞こえないように詠唱する。

 ルードは頬に怪我をした腕の手のひらを。

 怪我をした腕に怪我をしていない右手を当てる。


 すると、二人にも見えただろう。

 ルードの両の手のひらは白く輝き、頬の傷が徐々に治っていく。


 この程度の怪我をするのは、子供の(あの)ころなら日常茶飯事だった。

 魔の森――いわゆる、エランズリルド郊外にある辺境の森に住んでいたとき、狩りをしていて手負いの獣に反撃された経験はある。


 その際に幾度となく自分に治癒の魔法を使って、癒やし続けてきた。

 だから、『ここまでの怪我なら大丈夫』と、そう判断し、言い切れるのだった。


『いててて……』

『お前なぁ。無理するなって。あたしたちがいることを忘れるなよ』

『だから、無理ができるんです。僕にはウルラさんも、キャメリアもいますからね』


 辛そうな目でじっとルードを見るキャメリア。

 何があっても我慢してくれるよう、あらかじめルードから言われているのだろう。

 彼女は辛そうに両の拳を握り、我慢をしているのがわかってしまう。


『でもこれでわかりました』

『何がだ?』

『はい。あの魔獣は、僕たちのような、外部からの侵入者を阻むのではなく、あの扉に何かをしようとしたら動くように命令されているようです。わずかに敵意を感じるんですが、襲ってこないのはそれが理由だと思いますから』

『……わざわざそれを証明するヤツがどこにいる? この馬鹿野郎っ』

『そうです。言って下さったら私が代わりに――』

『ごめんなさい。でも、僕には余裕がないんです。この先に間違いなく、お姉ちゃんがいるんです。今を逃したら、いつ助け出せるかわかりません。それに、ここを突破できなければ、助け出せるかどうかもわからないんですから』


 ルードは魔獣をにらみ付ける。

 今の魔獣からは、間違いなく敵意を感じられる。

 扉に手をかけようとした行為を、敵対行動と認識したのだろう。


『本当に大丈夫、なのか? ルード君』

『はい』

『そうか、お前を信じるよ。それでな、提案なんだが』


 腕組みをして思案状態のルードに、ウルラが声をかける。


『はい』

『ルード君の能力で、「あたしたちを気付かないふり」、してくれるんじゃないか?』

『あのですね。先ほど通じないって僕、言いましたよね?』


 苦笑した表情でそう答える。

 それでもルードと魔獣は、にらみ合って牽制をし続けている。

 こちらに襲いかかってくるわけではないが、魔獣は明らかにルートに敵意を向けてくる。


『そうじゃない。誰も目の前の魔獣に言ってるわけじゃない。この外にいるはずの神官たちにかけてほしいんだ』

『あ、うん。それなら可能です。なるほど、そういうことですか』


 ウルラの言わんとしていることを理解するルード。


『わかりました』


 ルードは、白い魔力の靄を張り巡らせる。

 それは壁を通り、目の前の扉の向こうにも、今まで通ってきた神殿の通路の向こうにも届いてくれるように願う。


 薄く薄く張り巡らせることによって、一部でも彼の魔力に触れていたら、『お願い』を聞いてくれるはずだ。


 ルードはひとつ深呼吸。


『ここから聞こえる僕たちの声と、音と振動は気にしないで、いつも通りにしていてください』


 そう、お願いしたのだった。


 細く薄く、常に張り巡らせていなければならない。

 その間、ルードはある程度集中していなければ、無駄に消耗してしまうから。

 何故なら、魔力を使い切ってしまったとすれば、回復できる状況ではないから。


 集中しながらも、魔獣とのにらみ合いを続ける。

 敵意を見せてはいても、魔獣にはルードの能力は通じていないようだ。

 そんな彼にウルラは確認。


『どうだ?』

「はい。……いけると思います。もう、普通に話して大丈夫、ですよ」

「そうか。すまないな。少々辛抱してくれ」


 そんなルードを覆う、柔らかが翼の腕が離れていく。

 ウルラに代わり、キャメリアが彼の前に両手を広げて立つ。

 彼女の腕越しに、ルードはまだ魔獣の目をにらみ付けている。

 ルードの頬を撫でるように通り過ぎて行く、一陣の風。

 大きく翼を開いたウルラの落とす影に、ルードは包まれる。


 ――ジッ!


 そのとき乾いた音と共に、大きな槍のようなものが、魔獣の目の前に突き刺さる。


「あははは、これが魔獣か。本当に刺さりゃしない。牽制にもならねぇ――か」


 魔獣の目が、その声の主を追うように動いた。

 明らかに敵意を、ウルラに向けているように感じる。

 ルードは声のする方向を見た。


 ウルラの姿は、ルードの頭上十数メートル。

 洞窟と化しているこの空間の、天井付近ギリギリにホバリングしている。


 ウルラは彼女の腰にある、ウェストポーチのように見える魔法袋から再度、長い槍を取り出す。

 筋肉質な二の腕を引き絞るように、槍を投擲する。

 投げ下ろされる威力が加わったその槍先は、魔獣の体毛や皮膚に遮られる。

 鈍い音を立てて再び、地面に突き刺さっていた。


 ギルドへ報告があったように、魔獣の体表は堅く、傷つけることは困難なのだろう。

 それでもウルラは、諦めずに槍の投擲を続ける。


「ウルラ殿。槍は後日買ってお返しいたします」


 キャメリアは背中越しに、語りかける。


「それってどういうことだ?」


 首を捻りながらも、投擲を続けるウルラ。


「ルード様」

「あ、はい」


 キャメリアは後ろを振り向き、ふにゃりとした笑顔をルードに向ける。


「ごめんなさい――私もう、我慢できないの」


 彼女の目は、同じ謝罪の意を表していた。

 回れ右をし、そのまま十数歩前に進むキャメリア。


「へ?」


 キャメリアは左手の小指にある、指輪に魔力を注ぎ、念じた。

 するとあっという間に、姿を変える。

 そこにいたのは、魔獣よりやや小さい炎帝飛龍(フレアドラグリーナ)本来の姿。

 それでも彼女の持つ真紅の翼を広げれば、十分に魔獣を威圧できる。


 その証拠に、今まで意識の向いていたウルラから、正面にいるキャメリアに目を奪われている。

 それどころか、にらみつけるキャメリアから視線を外そうとしているではないか?


 魔獣化して頭が悪くなったとは言え、本能的に狩られる側になった恐怖感を感じてしまったのだろうか?


「――綺麗だな。いや、美しいと言うべきかな? ルード君の言ってたことは、本当だった。そうか、あれが飛龍か。何だいあの翼の強固さは? 何だいあの馬鹿げた大きさは? 話に聞いたとおり、確かにルード君を乗せられるじゃないか? あたしも初めてみたけど、こりゃ敵わないわ……」


 上空でふわりふわりと浮きながらも、ウルラは驚きを隠せない。

 だがそれは仕方のないこと。

 生まれて初めて目にする、飛龍がそこにいるのだから。


「この先に、私の大切なクロケットがいる。そこへ往かんとする、私の愛するご主人様の邪魔をするだけなく、愛する弟に傷までつけたのです」


 真後ろからでも十分にわかる。

 悔しいほど奥歯を噛みしめているであろう、彼女の口元からは真紅の炎が溢れていた。


 ルードとクロケットを失いそうになったとき、慌てふためくことしかできなかった。

 だが、手がかりのないところから、ルードは破片だけを集めて突き止めた。

 人と人を繋ぎ、こうしてクロケットの匂いにたどり着いたのだ。


「ちょっ――キャメリア。落ち着いて、ね?」


 ウルラがいなければ、ルードがここに来ることは叶わなかった。

 キャメリアが、彼と再会することも叶わなかっただろう。


 ウルラがここまでやったのだ。

 それでも魔獣の体毛と皮膚に阻まれている。

 それなら自分は何ができる?

 ここはいったいどこだ?

 その解が出たとき、少しだけ笑えてしまった。


「(そうですね、ここは海の底ではないのですから)えぇ。落ちついていますとも。ルード様の行く手を阻み、あまつさえルード様に手出しをしたあの獣には。『狩られる側の立場を理解させなければなりません』。ルード様、それ以上前にお出にならないよう、お願いいたしますね?」


 ルードには彼女の魔力が、体中から喉へ更に、喉から口のある高さへ収束されていくのが見えただろう。


 彼女の背中は、ルードが育ったあの温泉地にあった家を吹き飛ばそうとしていた、あのときのリーダの背中にちょっとだけ似ていた。

 物理的な強さという意味では、ここにもまだまだ届かない存在がいるのだ。

 彼女の強さに憧れると同時に、ルードは『強くなりたい』、そう思っただろう。


 キャメリアは大きく(あぎと)を広げ、目の前にいる憎き魔獣に向かって、炎の吐息(ブレス)を吐きつける。

 魔獣は彼女の炎にあっさり包まれ、全身の毛を焼かれていく。


 全身火だるまになり、もがき苦しんだ魔獣は、気がつけばその場にひっくり返っていた。

 その姿はまるで、メルドラードで狩りをしたときの、岩猪みたいだった。


 キャメリアの身体が深紅の光に包まれたかと思うと、人の姿に戻っていた。

 くるりと振り向き、スカートを両手でつまんで軽く会釈。


「お粗末様でございました」


 何かすっきりしたようなその表情。

 早着替えのように姿を変えたキャメリアを見て、唖然としていたウルラ。

 キャメリアの強さを見てと、きょとんとするルード。

 二人を見てくすっと笑みを浮かべながら、キャメリアはこう言った。


「早めに血抜きだけは終わらせておきましょう。これもきっと、ルード様にかかったら、美味しいお料理になってしまうのでしょうから。少々お待ちくださいね?」


 そう言うや否や、首元を刃物で斬りつけ、血を出していく。

 生命活動を終えると、刃物が通る。

 そういえば、海の魔獣もそうだった。


 慣れた手つきで手早く処理を終える。

 ここまでほんの数分。

 キャメリアは、ちりちりに焼けて毛のなくなった魔獣に手を触れる。

 するとあっという間に〝隠して〟しまう。


 そこには、血抜きの際に地面に流れていたはずの、魔獣の血もなくなっていた。

 〝隠してある場所〟の中は、一体どのようになっているのだろうか?


「お待たせいたしました。さぁ、ルード様。先を急ぎましょう」

「あー、うん。ウルラさん」

「そ、そうだな」


お読みいただきありがとうございます。


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