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フェンリル母さんとあったかご飯 ~異世界もふもふ生活~  作者: はらくろ
第六章 海を越えた東の空の下。
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閑話 その2 調査中のフェンリル母さん。

 乾いた風と、魔力の乾いた大地。

 前者は近くに水場がないから仕方がないとして。

 後者は、命あるものにとって厳しい環境。

 そう思ってしまうのは、魔力消費の少なくない身体を持つ者だからだろうか?


 魔力の多いとは言えない、シーウェールズやエランズリルドでも、普通に暮らしているのは間違いない。

 魔力の薄いこの地に住む人たちにとって、魔力はそれほど重要なものではないのだろうか?

 魔力が薄いことで、誰一人生活上困っている感じは見て取れない。


 ある小さな町。

 それでも人通りはそこそこ。

 すれ違う人々は、犬人や猫人。

 人間や、そうでない種族の人もいる。

 シーウェールズの城下町に似ているからか、初めて来た感じがしない。


 そんな町の中心にある、石造りの地味な建物。

 押しても引いても開く、二枚扉。スイングドアというのだろうか?

 扉を押して入口を入るとホールがある。

 その奥あたりにある、受付の木製カウンターに寄りかかるように右肘をつき、少々気だるそうに質問している女性がいる。


「リンゼとリエル。この響きに似た名前を知らないかしら?」


 もう何度目の質問だろうか?

 ここで何カ所目の町だろうか?

 『いい加減ヒントくらいあってもいいんじゃないの?』と、思ってきていた。

 だからだろう。ダメ元で聞いていたから、気だるげに見えたのかもしれない。


 左の肩口にサイドテールにまとめた、アッシュブロンドの髪。

 少々固めの毛を持つ耳と尻尾。

 それでいて、落ちついた優しさを感じる狼人族の女性。


 実は、リーダが偽装していた姿だった。


「そうですねぇ……」


 旅の護衛から、素材収集。畑の収穫の手伝いや、家の掃除まで。

 依頼であればなんでもこなす者たち冒険者と、依頼主との橋渡しを行う。


 冒険者互助会、略してギルド。

 ここは、フェリスがまだ若かった時分から、既にあったとリーダは聞いている。


 この大陸にある国や町、村。

 獣人の入れるところであれば、小さかれ大きかれ、どこにでもあるとされているのがこのギルドだった。

 読んで字の如く、この地にたどりついた旅人や、ここに住み、生活をするために働く人の手助け――互助をする組織である。


 噂では、この組織を作ったのは、ルードと同じような〝悪魔憑き〟だったとされている。

 その話を聞いたリーダは、同じ悪魔憑きのルードやイエッタを思い出す。

 その結果、悪魔憑きは総じて、変わった人なのだろうと、ある意味感心してしまうリーダだった。


 受付の女性は、パラパラと組織図や秘匿情報であるデータなどを見てくれている。

 彼女は至って真面目に探してくれているようだ。

 ここにいる『フェリスリーゼ』と名を変えてはいるが、リーダもまた互助会の正式なメンバーとして登録しているからだろう。


「あ、これでしょうか?」

「どれどれ?」


 リーダはカウンターに身を乗り出す。

 受付の彼女から見たリーダの姿は、人を探している商人であり、駆け出しのギルド登録冒険者。

 見た目が美しく、優しい微笑みを見せる彼女は、どこの国や町に行っても評判だけは良かった。


 だが何故か、絡んでくる男だけには厳しい態度を取る。

 それもまた、そこにいる女性には人気になる要素だったりするのだ。


「えっとですね。グリムヘイズの本部に、似たような人がいま――いえ、登録されていますね。フェルリンゼさんと、フェルリエルさん、で間違いありませんか?」


 受付の女性は、一瞬何かを誤魔化そうとしたように見える。

 だが、リーダには関係ないようだ。

 二人の名前があっただけで、この場での彼女の目的は、半ば達せられたようなものなのだから。


「――ふふふふ。やっと見つけたわ。それでその、グリムヘイズという場所は」

「は、はい。ここから馬車で半月ほど、北東へ登った地域にあります」

「えっ? 半月?」

「はい。近くはないですよね。あははは」

「どうしよう……。まぁ、行かなきゃならないんだ。仕方がない。あそうそう、ケティーシャって知ってますよね?」

「あ、はい。昔存在したと伝えられています、あの黒猫人さんたちの国ですよね?」

「その資料ってあるかしら?」

「はい。ここの書庫にございます。閲覧されますか?」

「えぇ。お願い」

「あの、その資料は持ち出し厳禁となっていますので」

「あぁ、大丈夫よ。読むだけですからね」

「では、ご案内いたします。こちらへどうぞ」

「ありがと」


 受付の女性の後ろをついて、書庫へ消えていくリーダ。



 双子の姉たちの情報を得たギルドのあった町から、グリムヘイズまではかなり遠い。

 馬車で一週間行った場所で、また馬車を乗り換える必要があった。

 場所さえわかっていれば、フェンリラの姿で気配を消して走ればいいだけ。


 それでも、土地勘のないこの大陸では、地図を見ながら目的地を探すのは大変。

 なんでも、山をひとつ越えなければならないらしく、諦めて馬車での移動をすることにした。


 途中の町に到着。

 既に夜も遅く、グリムヘイズまでの馬車が出るのも明朝。

 仕方なく宿をとって、夕食を摂ることになった。


 夕食は、素朴だけど美味しかった。

 ルードと別れてこの大陸に来てから、それなりの日数。

 そろそろ、ルードが考案したご飯が恋しくなるころ。

 まぁ、今はそんなことも言ってられない。


 リーダは、エリス商会謹製のノートに文を書く。

 それは誰に送るわけではない。

 『イエッタの瞳』に見てもらうためだ。


『ルードは元気にしていますか? 変わったことはありませんか?』


 すると、左手に填めていた指輪にある、緑の宝玉が薄く光る。


「なによぅ? このよわよわな光り方。前は肯定するとき、きっちり光っていたじゃないの? 状況が変化したってこと? あーでも、ルードたちに危険が及んでいるなら、右手の赤が光ることになってるし。まぁ、試練ということで、フェリスお母さまたちも放置しなさい。自分でなんとかさせなさい――ってことなのかしらね?」


 調べた事柄や、一日の報告を終えると。

 お風呂に入って、ベッドに寝転がる。


 道中、偶然手に入れた手のひらサイズの魔法袋。


「容量は少ないっていうけど、荷物全部入るのは驚いたわね」


 そこにはルードの枕から拝借した、小さくまとめた手のひらサイズの匂い袋みたいなもの。

 植物を乾燥させて作ったクッションの中身が入っている。


 きゅっと抱きしめると、ルードの匂いがする。

 これはリーダが眠りに落ちるため、リラックスするのに一役買っているのだった。


「(疲れたわ。遊んでいるわけではないのだけれど、知らない土地って案外しんどいものなのね……。)ふぁ。あふあふ。あ、寝られそう……」


 ルードの匂いを抱きしめて、リーダは夢の中へと誘われていく。



 馬車の中で我慢するリーダ。

 何やらこの馬車、ギルドの所有らしい。

 あと一日ほどでグリムヘイズへ到着するとのこと。

 途中、宿場町に泊まり、翌昼には到着の予定だ。


 リーダは道中のギルドで、気になる情報を耳にした。

 それは、グルツ共和国という聞き覚えのある国名。


 この魔力の薄い大陸にありながら、人々の生活は魔道具により便利になっているという。

 一日中、魔道具の明かりで暗くなることはなく、換気や氷室も常時使える便利な国だという噂。


 そこは、シーウェールズのように温泉の湧く国。

 温泉と聞いて、食指が動こうとしたが、後が悪い。

 それはある噂があったからだ。


 その噂は簡単に耳にすることができる。

 故にすぐ理解できた。

 そこは獣人など、人間以外が足を踏み入れることができない、排他的な国だった。


 正直言えば、リーダにはあまり興味の湧かない国だ。

 なぜなら、そのような国は、ルードが嫌うから。

 心を痛めてしまうからだ。


 ただ、捨てておけない理由もあった。

 それは、ルードから聞いていたことでもある。

 エランズリルドで使われていた魔道具。隷属の首輪がその、グルツ共和国から流れてきたという話を聞いたからだ。


「(一度潜入して、調べないと駄目でしょうね)」


 ルードが心を痛めて、懸念を抱いている国。

 リーダにとってグルツ共和国は、現時点ではその程度の認識だった。



 やっとグリムヘイズに到着。

 ギルド所有の馬車だから、ギルドの前に止まるのは当たり前なのだろう。


 タラップを降りるとき何気にリーダはぼやく。


「あ、そっか。ルードいないんだっけ。いけないいけない」


 馬車を降りる際、手を前に出してつい口に出してしまう。


「ルードがいたら、手を貸してくれるんだけれどね」


 苦笑するリーダの差し出した、右手を受ける大きな手があった。

 見覚えのある巨躯。

 黒い髪と耳。

 黒い執事の服装。


「お疲れ様でございます――おや? どこかでお会いになりましたかな?」


 リーダにはわかった。

 彼はヘンルーダの親族であり、クロケットの執事となったオルトレットだった。


「あら? オルトレットさん。こんなところで何をしているのかしら?」

「そ、そのお声は。もしやリーダ様でございましょうか?」


 髪色も髪型も服装も、肌の色も違うが、声は変えていなかった。


「あぁ、うん。この姿じゃ、仕方ないわね。偽装よ。一応ね。ところで、あなたがいるとしたら、ルードたち……、あ、会ったら駄目って言われてたんだわ。いいの、わたしはここにいなかったことにしてちょ――」


 オルトレットはその場に土下座をする。

 それは、イエッタから教わった、彼が知る中、最上級の謝罪の姿だった。


「ど、どうしたの?」

「申し訳ございませぬ。わたくしの不適際でございます。謝罪は後ほど。わたくし程度の首で済むのでしたら、このまま差し上げ――」

「いやいやいやいや――おかしいでしょう? 誰がそんなの欲しがるって言うのよ? とにかく何があったのか、話してちょうだい」

「御意にございます。どうぞこちらへ」


 オルトレットの後ろをついて、ギルドの中へ入っていく。


「あら? オルトレットさん。この方は?」


 受付に居た、耳の長いエルフのナイアターナが問いかける。


「これはナイアターナ殿。この方は、ルード殿下のお母上で――」

「やはりルードに何かあったのね?」


 ナイアターナは背筋を正し、更に真剣な表情になる。


「はい。その件につきましては、現在、ルード様、キャメリア様。当方のギルド長、ウルラと冒険者の皆さんが、任務遂行中でございます。詳しい説明は奥でさせていただきます」

「わかったわ。慌てる内容ではないのね?」

「はい。事は慎重に進めておりますので」


 ▼


「――なんてことなの」


 リーダは作戦本部に使われている会議室のテーブルに突っ伏し、頭を抱える。


「クロケットちゃんがまた誘拐? おまけにルードまで誘拐されかかったって……。まぁ、あの子が自分で脱出するくらいは予想できるわ。ほんっと、なんていうか……、フェリスお母さまたち、教えてくれないんだもの。でも困ったわ。まさかこんなことになっていただなんて。それでも、キャメリアちゃんと、ルードでなんとかできるって、判断したんだろうけど……」


 ぶつぶつと、独り言のように文句を言うリーダ。


「オルトレットさんだけの責任ではないわ。わたしたちも認識が甘かった。フェリスお母さまたちも、歯がゆい思いをしてることでしょう。それにね、ルードのあの能力でそう判断したなら、確かにクロケットちゃんは無事よ。あれは嘘つけない代物だもの。わたしもこの目で見たから間違いないわ」

「えぇ。わたくしもルード様のお能力(ちから)は存じております」

「クロケットちゃんとルードが別々の場所に……。魔力を抜かれてしまった可能性かぁ。どうやったんでしょうねぇ。全く予想もできないわ。とにかく、わたしも知らないことがまだまだあるってことだわ。んっと」

「はい。ナイアターナと申します」

「そうそう。ナイアターナちゃん。グルツ共和国、だったかしら?」

「はい。潜入しているのはその地でございます」

「そこの正確な場所、教えてくれる?」

「はい。ですが、これから行かれるのですか?」

「そうよ。でもわたしは手は出さないつもり。近くに行って見守るの。まぁもし、ルードに手の負えないことがあれば、わたしはお尻を拭く権利くらいはあるのよ。だってほら、あの子の母親なんですから」


 ナイアターナは、目の前にいる女性が、ルードの言っていた母で。

 伝説のフェンリルの国、ウォルガード王国の第三王女であることには驚かなかった。


 何より、母としての温かさ、優しさが先にある。

 ここにいないルードを思う目も、羨ましく思うのだ。


「それにね、ちょっとだけ嫌な予感がするのよ。だってグルツ共和国でしょう? ルードが忌み嫌っていたあの魔道具。隷属の首輪の出所らしいから……」


 ルードの持つ支配の能力も大概だが、隷属の首輪もフェリスにすら理屈のわからない魔道具であることは確かだ。

 最後まで油断できない。

 何かがあってからでは遅い。

 だからなるべく近くにいなければと思った。


「わかりました。これが地図になります――」


 グルツ共和国と、ここグリムヘイズとの位置関係。

 グルツ共和国の内部見取り図を頭にたたき込む。


「うん。これでなんとかなるわ。あとは匂いね。ナイアターナちゃん。硫黄、……あの卵黄の腐った匂いみたいなものね?」

「(そういえば、ナイアターナちゃんって。私、これでも百歳手前なんですけど)はい。その認識で間違いありません」


 苦笑するナイアターナ。

 まさかリーダの方が、四倍以上長く生きているなんて思いもしなかっただろう。


()かれますか?」

「そうね。見守らないと。わたしはこれ以上後悔したくないもの」

「では、いってらっしゃいませ」

「ありがとう。オルトレットさん。ナイアターナちゃんもありがとう」

「いえ、ですがその。馬車では何日かかるか?」

「大丈夫よ。『祖の衣よ闇へと姿を変えよ』」


 リーダが唱え終わると。

 彼女の身体を黒い霧が包む。

 その霧が晴れると、新緑の混ざった浅葱色の毛。

 美しい姿のフェンリラが姿を現す。


「――あ、リンゼさん、リエルさんと同じ色」


 足を進めようとしていたリーダは、急反転。


「ぬぁんですってぇ? そうよそれ。すっかり聞くのを忘れてたわ。わたしのお姉様たちは今どこにいるの?」


 フェルリンゼとフェルリエル。彼女らの自分との関係を、かいつまんでリーダは説明をする。


「いえ、その。ギルド長にも聞かれましたが、ここ数ヶ月戻っていないもので……」

「そんなぁ。ま、でもいいわ。手がかりがあっただけ良しとしましょう。では行ってきます」

「は、はい。いってらっしゃいませ」

「ご武運をお祈りしております」


 力強い足取りで、リーダはギルドを出ていく。


「……美しいあのお姿。伝説として語り継がれていたフェンリルさん、なんですね。リンゼさんもリエルさんも、あのお姿を見せてくれなかったものですから」

「えぇ。わたくしたち獣人の頂点に存在する種族であり。この世で最強と噂される一族の、王女殿下でございます」



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