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フェンリル母さんとあったかご飯 ~異世界もふもふ生活~  作者: はらくろ
第六章 海を越えた東の空の下。
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第十六話 潜入開始。

 グルツに到着したのは昼過ぎあたり。

 ルードたちは、前に来たとき滞在した宿を取る。

 そこで日が落ちるのを待つことにした。


「ウルラさん、これ『わかりますか?』」


 ルードは、ウルラに話しかけた最後の方は、獣語を使っていた。


『あぁ。これでもあたしはギルドの長だ。上の者が理解できないと下の者に指示できやしないからな』


 全ての種族が公用語を使えるとは限らない。

 ルードも、ウルラの考えは最もだと思った。


「よかったです。キャメリアも理解できますので、神殿に入ったらこれを使いますね」


 ルードは、前のエランズリルドがそうだったように、『排他主義の人間は、獣語を理解しようとしないだろうから』と、そう説明する。


「あぁ。わかった」


 この国の見取り図を前にして、最後の打ち合わせをする。

 ややあって、日が落ち始める。窓の外は、魔道具の街灯が灯り始めていた。


 ウルラはこの町の明かりを初めて見るだろう。

 多少驚きはあっても、彼女は未だに集中を切らしていない。

 ルードから借り受けた偽装の指輪の効果は消えず、足も翼の腕も、うまく隠せているようだ。


 ウルラは窓から見える、報告にあった街灯に目をやる。

 魔道具から支柱に延びる管。

 ルードたちの方向へ延びていながら、それは最後に、地中へ潜っているように見える。

 その行く先は間違いなく、この先にあるであろう、神殿へと続いてるのだろう。


 ルードたちは宿を出ると、町の外れを目指した。

 神殿にほど近い場所にさしかかる。

 最後の十字路から先は、建物が一切ない。

 前に見えるのは、切り立った崖と、それを背負うように立てられた、白い大きな神殿の建物。


 神殿の入口には、ルードが前に来たとき対応した神官がひとり。

 ウルラとキャメリアはその場に残り、ルードだけが足を進める。


「おや? この間の。確か、保存食を売ってた、……エルルード君だったかと?」

「はい。前はお世話になりました」

「こんなに遅く、どうしたんだい?」


 神殿は、町の人にはあまり縁のない場所なのだろうか?

 幸い、ルードの背後にいる人は、ウルラとキャメリアしかいない。

 正門前にいるのは、この神官ひとりだけのようだ。


 ルードの足下からは、彼の魔力が白い靄として立ち上ってくる。

 ルードの白い魔力が、神官を包み込んだ。


『質問します。声を低くして答えてください。「魔力猫様」は、ここにいますか?』

「はい。この奥に、中庭がありまして、そこに、地下に繋がる通路があります。階段を降りますと、突きあたりの部屋があります。そこにお二人は、いらっしゃいます」


 神官の話が本当であれば、クロケットはここにいる。

 ルードは嬉しさのあまり、口元が緩みそうになるが、再度気を引き締める。


『(二人? ――ってことは、お姉ちゃん以外にもいるってこと?)そう、ですか。では、ここを通して下さい。でも、ここには誰も来なかった。僕たちを忘れてください。しばらく目をつむって、耳を塞いで後ろを向いて、しゃがんでいてください。いいですね?』

「はい。お通り下さい」


 大きな正門は閉まったまま。

 神官は、少し離れた場所にある、勝手口のような通用門と思われるドアを開ける。

 するとその場で回れ右。

 壁に向かって彼は立った。

 その場にしゃがみ込み、耳に指を差し込んでしまう。


 ルードはキャメリアとウルラに手招きをする。

 二人共実際に、ルードに『お願い』を聞いたことがある。

 こうして改めて、ルードの能力の効果に驚いただろう。

 こうして思ったよりもあっさりと、神殿に潜入することが叶ってしまった。


 ルードも、頭を低くしてくぐらなければならない高さの通用門。

 門をくぐってもそこは、硫黄の匂いが弱くなく、匂いによる捜索は困難に思われた。


 だが、気配だけは察知できる。

 通用門の傍にいる、神官の気配はある。

 正面にも数人、気配を感じられた。


『さっきの話、聞こえましたか?』

『あぁ。「魔力猫様」は、二人いると』

『えぇ。「そういうこと」なんです。ただ、お姉ちゃんともう一人なのか、そうでないのか。とにかく、望んで魔力を提供しているとは思えないので、二人とも助けるつもりではいます』

『そうだな』

『なるべく気配を殺しながら、僕の後ろを少し離れて、ついてきてください』

『わかった』


 ルードはキャメリアを見る。

 すると、彼女も静かに頷いた。

 彼女はルードのように、気配の消し方を心得ている。

 以前、何故できるのか聞いたことがあった。

 すると彼女は、『侍女の嗜みです』と言う。

 ルードはそれを聞いて、呆れたことがあった。

 きっとイリスあたりから教わったのだろう。


 夜だから静かなのか?

 それとも別に理由があるのか?

 感じられる気配は、進行方向右側に一人。

 左奥に一人。


 全く動いてはいないが、人間以外の気配も感じられる。

 それが何なのか、今の時点ではわからない。

 ただ少なくとも、敵意を感じられることはないとだけ確信は持てる。


 ルードは、グリムヘイズで見たここの見取り図を思い出す。

 一番奥には、コの字型に囲われた外壁が確かにあった。

 先程通った通用門は、おそらくそれだったのだろう。


 外壁一枚隔てられた場所は、二十メートルほどの外壁と同じ形の中庭のような空間になっている。

 その奥には、高くそびえ立つ岩山を背にした、神殿本体と思われる建物が見える。


 ただ、ルードもウルラもその違和感を覚えただろう。

 その建物は、とても宗教的なものではないように思えたからだ。


『ウルラさんこれ。神殿って、こんなに殺風景なものなんですか?』

『あ、あぁ。これでは単なる倉庫だ』


 ウルラの言葉通り、建物は縦一メートル、横二メートルほどのブロックで積まれたような立方体に見える。


 ただ確かに、建物から地面を通って外壁の外へ、細い何本もの、『魔力の通り道』が感じられた。

 間違いなく、あの金属の管が埋まっているのだろう。


 正面に入口はない。

 ルードたちは右側からぐるりと迂回するように、慎重に音を立てないよう歩いて行く。

 すると崖側近くに、入口を発見。だがそこには予想通り、神官の姿をした男が座っていた。

 そこは慌てず騒がず、支配の能力を使い、『お願い』で切り抜ける。


『眠らせておかなくてもいいのか?』

『えぇ。まだ「最悪の場合」ではないと思いますから』


 当初の予定通り、『最悪の場合』を想定して準備が整っていた。

 その『最悪の場合』、ルードたちは攪乱のために騒ぎを起こす予定だ。

 現在グルツの町の外には、獣人種や鳥人種たちが待機し、町の中には人間の冒険者たちが待機している。


 だが、何があっても、町の人に被害を出してはいけない。

 一般の人たちに迷惑をかけるのは、ギルドとしても本意ではないからだ。


『ルード様。魔力は大丈夫ですか?』

『あー、うん。大丈夫。まだ二人だから。心配かけてごめんね』

『いえ。ですが、辛いときはお申し付け下さい。私もクロケット様から「習って」いましたので』


 キャメリアも、オルトレット同様。

 クロケットから魔力を分ける方法を習っていたのだろう。

 偽装の魔術で姿を変えてでも、ルードについてきたのはそれが理由だったのかもしれない。


『ん? よくわかんないけど、わかったよ』


 倉庫のような建物に入ると、少々驚いた。そこには硫黄臭が薄くなっていたからだ。


『あれ? 温泉の匂いが薄くなってる』

『あぁ。おそらくは、建物が遮蔽しているのかもしれないな』

『ですね』


 ルードはすんと、鼻を鳴らす。

 すると正面からうっすらと、人間の匂いが感じられる。

 だが、ここにいる人の、全ての匂いが感じられるわけではなかった。


 背中からは優しげなウルラの匂い。

 キャメリアからは、クロケットと同じ香油の匂いが感じられる。


『鼻が戻ってる? そっか。うん』


 ウルラも、獣人種の嗅覚は知っている。


『……前の方に、人が一人。背中からの硫黄の匂いが強くて、その奥はわかんないや。でももしかしたら、地下に繋がる場所へ行くには、まだ何かあるのかも』

『何か、というと?』

『はい。さっきみたいに、隔離された空間というか。部屋をいくつか経た場所にあるのかもしれません』

『そういうことか。とにかくここは、あたしが知るような「神殿」だとは到底思えない』

『はい。僕が書物で読み知ったものとも違うようです』


 ウルラの認識とルードの認識は、多少の違いはあれど同意見。

 ここが神殿と呼ばれているだけで、ヴァレント教の施設というにはあまりにもおかしい。


 魔道具の明かりは続いてはいるが、左右に扉がない。

 おそらく部屋も存在してはおらず、ただ通路があるだけなのかもしれない。


 気配的には、罠があるような感じではないとのこと。

 その辺りは、ウルラの方が詳しい。

 もちろんここに至るまで、『敵意』や『害意』のようなものも感じられてはいない。


 薄暗い通路が終わる。

 正面に扉があり、その扉には鍵がかかっていない。


『ウルラさんこれ』

『あぁ。あたしが先に開ける。ルード君は、例の能力の準備を』

『わかりました』

『いいか?』

『はい。いつでも』


 ルードはキャメリアを見る。

 頷いた彼女も、何が起きても大丈夫な心づもりはできているようだ。


 ウルラは右手をルードの前にかざす。

 突入のタイミングを図っているのだろう。

 指を三本。

 二本。

 一本――ウルラは扉を開いた。


『ふぇ?』

『なんだこりゃ?』

『…………』


 ここはどこなのだろう?

 そう思えてしまうほど、異質な広い空間。

 天井は見上げるほどに高い。

 外側から見た神殿以上の高さになっている。


 左右に数十メートル。

 奥行きはその倍以上あるだろうか?

 目の前に広がるのは、予想もできない光景だ。


 右側も左側も、削ったと思われる壁。

 正面も同じ。

 ただ、ルードたちの予想に反して、建物が見当たらない。

 もしかしたらここは、神殿の背後にあった岩盤の中なのだろうか?


 壁がまっ白。

 天井もまっ白。

 床もまっ白。

 全体に薄暗いのだが、あたり一面気味の悪い白さだけはわかる。

 壁の四方には、魔道具と思われる明かりが見える。


 左右正面の壁一面に張り巡らされた、クモの糸のような細い管。

 おそらくは魔力を送り出しているものだろう。それはある一カ所へ収束するように集まっていた。


 正面に違和感を感じる。

 嗅いだことはないが、獣と思われる匂いがする。


 何かの定期的な呼吸音。

 それに合わせて、白と灰色の塊が上下しているようにも見える。


『ルード君、あれ』

『はい。何かがいますね。それと僅かですが、お姉ちゃんの匂いがします……』


 間違えるはずがない。

 この先に間違いなく、クロケットがいる。

 彼女の匂いと、もう一人。

 獣人だと思われる匂いが混ざっている――ということは、ここに地下への入口があるはずだ。


『ルード様。あれ、何かの毛ではありませんか?』


 キャメリアは、大きな塊が上下しているのは、毛に包まれた何かだと言っている。

 辺りの色に似ているためか、まっ白な獣なのだろうか?


 定期的に聞こえる呼吸音は、目の前の大きなものの寝息だろう。

 目をこらして見ると、やはり大きな獣のようだ。


 ルードたちは、音を立てないように足音に気をつけながら、右側へずれてみる。

 すると、その毛に包まれた何かの先に、地下への入口のような、閉ざされた扉が見えてきた。


『もしかしたら、あれが地下への入口かもしれませんね』


 壁から集まる、管が扉の周りに収束するように配管されていた。

 間違いなく、地下から魔力が吸い上げられているのだろう。


『あぁ。だがこれは』

『はい。困りましたね』


 横から見ると、影になって体躯に沿って影が落ちたこともあり、それの姿がはっきり見えてきた。

 大きな獣が寝ている。

 伏せている状態で、体高が軽く五メートルはある。

 それはまるで、門番でもしているかのように。


 その姿は何となく見覚えがある。

 大きさは馬鹿げているが、岩猪や山猪に似ていた。


 地下への入口に繋がると思われる、扉の前一メートルもない場所に、寝そべっているのだ。


 口から見える、二本の巨大な牙。

 メルドラードにいた岩猪そっくりの、白い体毛。

 白い床、白い壁に溶け込んだようなこの感じ。

 雪に隠れて見えづらい、あのときとそっくりだった。


 ただ、三人の目に留まった、違和感がある。

 それは首元に巻かれた、幅二十センチ。

 いや三十センチはある、太い銀色の金属で編まれた分厚い首輪。


 とにかく、あの獣をどうにかどかさないと、正面の扉を開けることはできないだろう。


『ここはあたしが――』

『待って下さい。僕が先にやってみます』

『あぁ。「お願い」か。あれは獣にも通じるんだったか?』

『はい。そのはずです』


 ルードは左目の奥に魔力を集める。

 足下から広がっていく、ルード色ともいえる、まっ白な魔力の靄。


 ゆっくり、目の前の獣を起こさないように、ルードは魔力の靄で包んでいく。

 全て包んだその瞬間。


『そこをどいてほしい』


 すると、獣の顔の上にある目が開く。それはルードをじっと見る。

 大きく鼻息を吐いたかと思うと、目を閉じてしまった。


 ルードを見たその目は、敵意を感じないというわけではなかった。

 少し前に見たことがある目に似ている。


 ルードの能力に反応したというより、彼の匂いと気配に反応したこの感じ。


『ルード様。これはもしかして、あのときの魔獣と同じではありませんか?』


 忘れもしない、ネレイティールズの魔獣災害の大元。オオダコの魔獣のことだ。


 あれと同じ様な、敵意と言うより害意に似た目つき。確かに似ていた。


『ルード君。あの能力を使ったのだろう? それなら、「どいてくれる」んじゃないのか?』

『はい。敵意がなければ、お願いとして聞いてくれます。僕に敵意や害意を持っていたとしたら、命令になるはずなんです。ですが……』


 キャメリアの言う通り、これが魔獣だとしたら、『知能指数が低くなってしまっている』可能性が高い。


『前に同じ様なことがありました。魔獣になると、頭の良かった獣もその、……鈍くなるようなんです』


お読みいただきありがとうございます。


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