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フェンリル母さんとあったかご飯 ~異世界もふもふ生活~  作者: はらくろ
第六章 海を越えた東の空の下。
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第十五話 神殿の潜入に向けて。

 グリムヘイズからグルツ共和国までは、馬車を乗り継がねばならない。

 一つ手前の町までは、ギルドの馬車で送ってもらっていた。

 もちろん、ルードたちをサポートする冒険者たちも、グルツへ先に向かう手はずになっている。


 馬車の中、ルードとキャメリアが隣同士。

 向かいにウルラが座る。

 三人は、ギルドで用意した商人然とした同じ服装をしていた。


「そういえばルード君」

「はい。なんでしょう?」

「あたしはな、お前が先走らなかったのが不思議でならないんだ」

「……と言いますと?」


 ルードにはウルラが何を言いたそうにしているのかが、いまいちわからない。


「ルード君はほら、『あの能力』を持っているだろう?」


 ウルラが言わんとしているのは、ルードが持つ左目の能力のことを言っている。


「夜遅くにでも、神殿関係者に近づいてだな、彼女がとっ捕まってる場所を『お願い』して、聞き出さなかったのか? ――ってことだよ」

「あー、うん。それはですね」


 ルードは腕組みをして少し俯く。

 どう説明したらいいか、考えているのだろう。


「僕以外の、潜入した人たちからも、報告が上がってると思うんです。神殿にいる神官さんやシスターさんたちは皆、首にもれなく似たような首輪をつけているはずなんです。ご存じですよね?」

「あぁ。報告書は読んでいるからな。もしかしてあれは?」

「えぇ。僕が思うに、『隷属の首輪』の類いかと……」


 旧エランズリルドの体制で、悪用された魔道具。

 何かをトリガーとして、身体へ激痛を与えるのは間違いがない。

 これはルード自らが経験したことでもある。


「――ってことはあれか?」


 ルードが捕らえられて、逃げおおせたときの話を聞いているウルラにも思いつくことがあったはずだ。


「はい。その場所から逃げ出すことより、何らかの情報の漏洩に対して効果を発揮するように仕組まれている。僕はそう思っています。僕があの能力を使ったとして、『どんなお願いをしたら』、全身に痛みが走って泡を吹いて倒れてしまうか。その『引き金』にあたる事象の予測ができません。僕が知っているのは、結果的に泡を吹いて倒れてしまったことだけ。もしかしたら、それ以上の最悪が起きないとも限りません。ですから、無理はできなかったんです。おかげで、神官姿の男性に声をかけてもらう機会がありまして、その人もやはり首輪をしていた。それが確認できただけでも、十分な収穫だと思ったんです」

「そうか。そいつからは『敵意』を感じたか?」

「いえ。優しい目をしてました。僕のことを『道に迷った』と信じてくれていました。とても丁寧な対応をしてくれましたよ」

「……そこなんだ。誰からの報告にも『敵意や害意が全く感じられない』ってあった。あたしにはとんと意味がわからない。なぜあたしらを『見ない振りするのか』という昔からのやつもな」


 ルードは隣の商人から聞いた話を、ウルラに教える。


「その件ですが、一緒に並んで商売をしていた人が教えてくれたんです。けっして人以外を嫌っているわけではない。むしろ、知人も多いんだと。ただ、あの場所で暮らしていく、商売をしていくには、決まりごとを守らなければならない。そうしないと、魔力の供給を止められてしまいます。それは自分がそうしたからではなく、誰かがそうしてしまったときも同じなんだそうです。住んでいないから、商売で訪れているだけだからと、それを無視してしまえば。そこに住む人たちが、全て被ってしまう。『自分一人がミスすることによって、そこに住む人たちに迷惑をかけるわけにはいかない』――そう思っているようです」


 過去にそのようなことがあって、魔力供給が止められたのか、その人も知らなかった。

 それでもそう言われ続けている。

 だからそれがグルツの町でのルールになっている。


 ルードも気付かないところから、監視されていてもおかしくはない。

 監視、捜査、情報収集を行う、専門の人間がいるはずだ。

 そうでなれけば、数百人はいるあの町のどこかで、獣人などの人間以外の人と関わってしまうことなど、わかるはずがないのだから。


「僕が生まれた国は、グルツよりも酷かったんです。おそらくは、ケティーシャと同じくらいに……。僕の曾祖母、フェリスお母さんの身に起きた、あの忌まわしき事件も、決して許されることではありません。僕があの事件に直面し、僕にもし〝消滅〟の能力があったとしたら、きっと同じことをしてしまうと思います」


 ルードは、キャメリアを見た。

 ウルラもルードの視線につられて、彼女を見る。


「僕には、ここにいるキャメリアのような、戦うための能力を持っていません」

「キャメリアさんが持っている、のか?」


 ウルラの目にも、キャメリアは物静かで美しい侍女にしか映らない。

 彼女の戦う姿など、予想すらできないのだろう。


「そうです。僕たちを守るためなら、町一つくらい平気で焼いてしまう能力(ちから)を持っている。キャメリアのお母さんから、そう聞いてます。だからたぶん、間違いないと思うんです」

「『そ、そんなことまで言ったのですか? あの引き籠もりは……』」


 キャメリアはぼそっと呟く。


「にわかには信じられないな。まだ、翼しか見たことがないから」

「キャメリアは優しいですから。やらないだけでしょうね」

「(したことがない、だけですって)」

 否定しないところが怖くはある。だがシルヴィネは、『あの子は、甘いからどうでしょうね?』と言っていた。

「僕にはウルラさんが知ってる、あんな能力しかないんです。それでも、僕の能力が正しく作用しているなら、お姉ちゃんが無事でいるはずです。……そう信じるしかないんです」

「あぁ。そうだな」

「ウルラさんが言った通り、人間にだって、そうでない人たちにだって。悪い人も良い人もいるんです」

「お姉ちゃんを攫った人は、悪人かもしれません。ですが、お姉ちゃんを。お姉ちゃんじゃない『魔力猫様』と呼んで、監禁しているとして……」


 ウルラを見ていたルードは、俯いてしまう。


「もしかしたらそうした行為自体を、悪いことだと思っていないかもしれません」

「それはどういうことだ?」

「僕を生んでくれた、ママのお母さんのお母さん。イエッタお母さんが教えてくれました」

「――イエッタって、あの〝瞳のイエッタ〟か?」

「ご存じなんですね? そうです。そのイエッタお母さんです」

「嘘だろう? フェリスさん、いや、フェリス様も、イエッタ様も、伝説上の存在だぞ? ルード君は、二人の血を引いているってのか?」

「そうですね。僕には、狐人族とフェンリル。二種族の血が流れています。もちろん、人間の血も流れています」

「いや、オルトレット殿の話が、あまりにも信憑性が高くてだな。おまけに、このキャメリアさんの話が、それをきっちり補完するものだったから。あたしは、この目で見たものしか信じないことにしていたんだ。前に聞いたルード君の話を、信じてやれなくてその、ごめんな」


 ルードが狐人族の耳と尻尾を出しながら、自分がフェンリルだと言っていたことなのだろう。


「いいえ。いいんです。あの状態で信じろというのが間違っていますからね」


 ルードはウルラの保護欲をそそる苦笑で応える。


「そ、そうか」

「以前、イエッタお母さんは、こう教えてくれたんです。『もし、世間的には悪いという認識のことを、そうでないと教えられて育った人がいたとしたら。どう思うかしら?』って」

「ちょっと待ってくれ。……そうか。そういうことか。ルード君を輸送してたやつや、神殿にいる連中。ヴァレント教の奴らは、洗脳――いや、そう教えられているかもしれないってことか」

「えぇ。そうかもしれません。確かに、長い間そのように生きていたとしたら。洗脳されていなくても、そう思ってしまうことだってありえるんです。昔のエランズリルド王国の、城下町にいた人たちも、そうでしたから……」

「ヴァレント教自体を裏から操って居るヤツが、いるかもしれないってことか。だから悪意を感じられない。もちろん、町に住んでる人は、普通の人だとすれば。なるほどな。『そう振る舞うように、仕向けている』か……」


 村や集落のような閉鎖的な空間で、盗賊や悪党として生まれ育ってしまえば。

 人を殺めることだとしても、それは悪いこととは思わなくなる。

 イエッタはそう言う極論を、危険性をルードに教えたのだろう。


「こいつは厄介だぞ。グルツがもし片付いたとして、この大陸にはグルツみたいな国や町が、まだ数多く存在してる。ヴァレント教があるのは、グルツだけじゃないはずだ」


 ウルラは頭を振る。

 この先のことを考え始めた彼女の表情は、暗くなっていた。


「大丈夫です。僕もお姉ちゃんを救い出せたら、お手伝いしますから」

「そうしてもらえると、あたしも助かるよ。これから忙しくなるぞ」


 ウルラはもう、グルツ共和国の件は解決してしまったような、晴れ晴れとした表情をしていた。

 ルードにはそれがちょっと理解に苦しむことだろう。


「あ、そうだ。……ところでルード君」

「はい」

「あたしからはその、人間とは違う匂い。するものなのか? あたしにはよくわからないんだ」


 ウルラは自分の腕の匂いを確かめる。

 ルードもウルラから聞いたが、鳥人種は視覚と聴覚に優れると言われているらしい。

 嗅覚は人間とあまり変わらないそうだ。


「あ、はい。獣人種とは違いますが、とても優しい柔らかい感じの、落ち着ける匂いがしますね」

「それは、人間でも嗅ぎ分けることができるものなのか?」

「えっと。ウルラさんはその、お風呂好きですか?」

「あぁ。嫌いじゃないが」

「だと思いました。だから良い匂いがするんですね?」

「そりゃ風呂くらい入るだろう。いや、それは置いといてだな」


 ウルラは少々気恥ずかしくなっただろう。


「人間にも嗅覚に優れた人はいるでしょうが、獣人種のそれには敵いません。グルツ共和国にいる人は、おそらく無理でしょうね。あそこは温泉が湧いているため、硫黄の匂いが強いんです。獣人の僕ですら、お姉ちゃんの匂いを追いかけるどころか、鼻が利かない状態ですから」


 ルードは悔しそうな表情になっていた。


「そんなに暗い顔をするんじゃない。ルード君と、あいつらが持ち寄った情報のおかげで、あの場所にクロケットさんがいるとわかっただけでも、良しとしないとな」

「そ、そうですね。あ、あの。ウルラさん」

「なんだ?」

「ウルラさんに連れられて、最初に互助会(ギルド)に行ったときなんですが」

「おう」

「『正義の味方は戻ってるか?』って、言ってたじゃないですか?」

「あぁ。あたしの同僚というか、腐れ縁というかだな。そういうやつがいるんだ」

「もしかして、双子の女性だったりしませんか?」

「おう。髪型は違うが、確かにうり二つだったな。まぁ、性格は正反対だったけど。どうした? 興味があるのか? 確かにあいつらも白金だからな」

「いえ、そうではないんです。その、名前がですね。フェルリンゼさんと、フェルリエルさんって言ったりしませんよね?」

「――何故それを知ってる? あたし、教えてないはずだぞ?」

「あー、……うん。やっぱりそうなんだ」

「どういうことだ?」

「あの、僕の母さん。育ての親がいるんですが。母さんの双子のお姉さんたちで、間違いないと思うんです」

「ちょ、あ、あぁ。確かにあの化け物じみた魔法の使い方。こっちの出身じゃないのはわかってたけど、まさかそのだな」

「はい。フェリスお母さんのお孫さん。僕から見たら、伯母様たちですね」

「うぁ、マジか……。あれがフェンリルってやつなのか」

「はい。母さんは『殺しても死なない』くらいに強いって、言ってましたね。ところでその、僕の伯母様たちは?」

「あ、あぁ。ここ数十年はな、何か調べ物をしてるらしくてな、たまにしか戻らないんだよ。決まってあたしがいないときに戻りやがる――って、そういうことか。匂いか?」

「あははは。そうだったんですね。そっか。こっちの大陸にいたんなら、母さんも会えるはずがないんだね……」

「リンゼは昔から、自分は正義の味方だって言ってたな。困ってる人を見ていられないからって。あいつがやり過ぎて、尻拭いをするのも決まってリエルだったな」

「まるで母さんみたいだ」

「そうなんだな。それで、ルード君はどうする?」

「はい?」

「クロケットさんを助ける際、もし、争いごとになったら。もし、人を殺めねばその先に進めないとしたら。もちろん、あたしもグリムヘイズの冒険者たちも戦うさ。けれど、心の優しいお前は、そのときどうするんだろうな?」


 ルードは確かに、戦う術を知らない。

 それでも、人間の腕力に比べたら、それを優に超えるものを持っている。

 本気になれば、徒手での格闘は苦労をしないかもしれない。


 人間からみたら、ルードも十分化け物の類いだ。

 エランズリルドで起きたあの事件でも、ルードは腕力ではなく、支配の能力で押さえつけただけ。

 心優しいルードは、人を傷つける道を選ばなかった。


「ルード様、私が――」

「キャメリアさん。あたしはルード君の覚悟を、聞いているんだ」

「は、はい。申し訳ございません……」


 キャメリアなら、『その場を火の海に変えても、ルードを守る』と言うだろう。

 それは十分に理解している。


「――僕は。何年先になるかわかりませんが。いずれ国を背負うことになります。それが、フェリスお母さんとの約束です」

「そうか」

「この度の事件は、僕の油断から始まりました。僕が皆さんにお願いをして、お姉ちゃんを助けてもらうって、決めたんです」

「そうだったな?」

「はい。もちろん、ぎりぎりまで争いごとにならないように、務めるつもりです。ですが、それが避けて通れない状況になってしまったのなら。この非力な僕が、どこまでできるかはわかりませんが。僕は、お姉ちゃんを助けるためなら戦います。それがもし、ウォルガード王国と、グルツ共和国との間の、争いごとに発展してしまったとしたら。僕は母たちに謝ります。ごめんなさい。一緒に戦ってください。そう言います」

「そうか。よく言った」


 ウルラはその大きな目を細めて、口元をだらしなく歪めながら、ルードの頭を嬉しそうに撫でた。


「大丈夫ですよ。ルード様」

「うん?」

「そのときは私も、全力で能力を行使いたしましょう」

「あー、ちょっと怖いんだけど。あの姿で暴れちゃったらきっと、ウルラさんでもドン引きすると思うし……」

「そんな。酷いです……」

「あはははは(キャメリアさんから聞いてるから知ってる。もし、争いごとになったとしたら。ルード君の能力に敵う国は、居ないだろうさ……)」


 イリスが持っていた、支配の能力の見解を、キャメリアの口から聞いているのだろう。

 こと対人戦となったとき、ルードの能力は無類の強さを発揮する。

 ただルードはそれを、抑止力としてしか使わないだけだから。


 ▼


 ルードたちは、ギルドの馬車からグルツ共和国行きの、乗合馬車へと乗り換える。

 そこから半日ほどで、グルツの町へ入ることができた。


 ルードはここ数日で有名になっていた。

 検閲の係を担う神官も、ルードの顔を覚えていた。簡単なやりとりを終えると、入国を許される。

 もちろん、キャメリアもウルラも問題なく入ることができた。


「また屋台をやるのかい?」

「いえ、今回は仕入れですね。あのときほら、売れすぎてしまったもので」


 その流れて十分理解してもらえるほど、ルードの作った携帯保存食は知れ渡っていた。


 だが、二度とあのように、この町で商売をすることはないのかもしれない。

 多少心苦しく思いながらも、すれ違う人たちに笑顔で応えながら、町の奥へと進んでいく。


 ウルラもこの町は、初めてのはずだが、そこは歴戦の勇士。

 飄々とした感じに、ルードの連れを演じきっていた。


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