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フェンリル母さんとあったかご飯 ~異世界もふもふ生活~  作者: はらくろ
第六章 海を越えた東の空の下。
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第十三話 神殿と町の人の温度差。

 ルードたちが実演販売を行った保存食、『インスタント味噌煮込みおうどん』は大好評だった。

 日が落ちる前に、本日の営業は終了となった。

 また明日も営業すると伝えると、明日も来るというお客さんもいたくらいだった。


 保存食として買って行く人もいれば、その場で食べていく人もそれなりにいた。

 一度食べてから納得して、持ち帰り分も買ってくれる人も結構いたのだった。


 今日売れた数は、確か百行くか行かないか。

 ウォルガードにできたばかりのときの、エリス商会に比べたらパニックにはなっていなかっただろう。


 ルードたちは、人づてに聞きながら、『姉がいるので、鍵などのしっかりした宿屋を教えてほしい』と探していく。

 すると、中央から少し外れた宿屋街に、綺麗な建物の宿屋を紹介してもらった。


「いらっしゃいませ。お部屋はどういたしましょうか?」

「はい。私たちは姉弟ですので、一つで構いません」


 ルードが応えようとした瞬間、ルードの前にいつの間にか立ち塞がり、キャメリアが宿の手続きを終えてしまった。


「(まぁ、エランズリルドで滞在したときも、イリスと同じ部屋だったし)」


 そう思いながら苦笑するルード。


「内湯もありますが、大浴場もあります。大浴場は時間ごとに男湯、女湯となりますのでお気を付け下さい」

「あ、はい」

「では、ご案内いたします。こちらへどうぞ」


 それ程高い宿ではなかったが、一泊二人で一部屋で銅貨二枚だった。

 一人一枚と考えたら、うどん五杯分。それほど安くはないのかもしれない。

 それだけセキュリティがしっかりしている、ということなのだろう。


 広めの部屋に、窓際に向けてベッドが二つ並んでいる。

 ベッドの間は、思ったよりも広い。おおよそ五メートルはあるだろう。


 ルードはキャメリアに、『姉役を演じているのだから一緒に食事を摂るように』言う。

 キャメリアは仕方なく了承し、一階の食堂で夕食を終わらせる。


 部屋に戻り、施錠を終わらせる。

 改めて部屋の明かりを確認するとやはり魔道具だった。

 魔道具からは細い管は壁へ伸びていて、天井と壁の隙間を伝い、窓のある方の壁の中へ収まっている。


 この部屋には、明かりの魔道具と、飲み物を冷やしておく、小さな氷室のような魔道具。

 室内を換気するためと思われる魔道具など。

 全て同じ場所に、管が集められていた。


 キャメリアにも座るように促し、魔道具を止めて明かりを落とし、ベッドに座った。

 ルードもキャメリアも、この程度の明るさであれば、物を見るのに支障はない。


 ルードは小指を立てて、それを指差す。

 キャメリアは、言語変換の指輪を外した。


『あのさ? これ、魔力以外で動いてると思う?』

『明かり、氷室、換気の魔道具。全て同じ原動力と考えると、魔力が一番妥当と思えますね』

『この町もそうだけどさ、魔力、物凄く薄いよね?』

『左様でございます』


 ただここは、グリムヘイズほどではない。

 温泉が湧き出る地熱にも、多少は魔力が関係しているのかもしれない。


 一階の受付では、お風呂の湯は常に沸いているので、新しい湯にいつでも好きな時間に入れると説明があった。

 シーウェールズにも負けない、湯量があるのだろう。


『あのね、何度か試してみたけどさ。やっぱりこの硫黄の匂いで、僕の嗅覚は役に立たなかったよ』

『……そうでございましたか』

『けどさ、これがさ魔力だとわかれば、じきにわかってくると思う。魔力の薄い地域で、魔道具が動くなら、『魔力猫様』と呼ばれてるお姉ちゃんのことも、情報として入ってくるはずなんだ』


 ルードは少しだけ下を向き、両手を強くぎゅっと握る。

 それでも、キャメリアに心配かけないようにと、笑顔を見せるようにした。


『明日さ、隣の人に聞いてみようと思うんだ。この明かりって、どうやって灯ってるの? ってね』

『それは良い方法かと思います。ルード様は、この町の皆様と打ち解けていらっしゃいますからね』


 とりあえず、今日の打ち合わせはこんな感じでいいだろう。

 ルードは小指を見せて、指輪のある部分を人差し指でつんつんする。

 理解したようにキャメリアは、指輪をはめた。


「キャメリア、僕さ、大浴場に行ってくるよ。キャメリアは、内湯でゆっくりしてるといいよ。きっとね、シーウェールズみたいに疲れがとれると思うんだ」

「えぇ。そうさせていただきます」

「じゃ、僕は一階行ってくるね? 何、大丈夫。もう、油断したりしないから」


 ルードの殺気というか、凄みというか、ぴりぴりと肌を刺すような彼の感情が伝わってくる。

 二度も失敗は起こさないように、気持ちを切り替えているのだろう。


 今までのルードにはなかった感情だと思える。

 あまり張り詰めてしまうと、気持ちが切れてしまわないかが、キャメリアには心配だっただろう。


「行ってくるね?」

「はい、お気を付――いってらっしゃい」


 ルードはドアの鍵を開けて、部屋を出て行く。

 一階へ降り、大浴場と書いてある方へ。

 今の時間は男性のみと書いてある。

 戸を開けると、真夏のような湿気に包まれた。


 戸を隔てて大浴場があり、濡れない少し離れた壁際に脱衣所が設けられていた。

 このあたりは、シーウェールズとは一風変わっている。


 唯一違うとことは、湯の質が硫黄泉だけということ。

 露天風呂というわけではないが、部屋の奥三分の一ほどの大きさで、換気のために屋根が空けられている。

 ルードは開いている屋根の下に立つ。

 改めて匂いを確かめるが、やはり硫黄の匂いが強く、人の匂いどころか、部屋に居るキャメリアが使う香油の匂いもわからない。


 屋台にいたときも、同じように匂いが常時漂っていた。

 嗅覚が軽く麻痺しているかのような感覚だ。

 獣人として鼻が利かないのは、辛いものだ。


 ルードは諦めて湯に浸かる。

 少々熱めだが、疲れが抜けていくようだ。

 辺りを見回すと、広い風呂場の四方には、見覚えのある明かりの魔道具が備え付けられている。

 簡単に取り外せるなら、管から何が出ているか確認できるのだが、万が一壊れてしまってはどうにもならない。


 ルードは目をつむって、『硫黄を燃焼させて、動力に変えるものがあるか?』と、〝記憶の奥にある知識〟に問いかける。

 その結果、何も出てこない。


「(んー、やっぱり魔道具だと思うんだけどな)」


 風呂から帰って、キャメリアと寝る前に相談する。


『「魔力猫様」と呼ばれてるお姉ちゃんから、何らかの方法で魔力を抽出してるのかと思ったんだけどさ』

『えぇ。その可能性も考えはしました』

『だけどね。僕たちがこの大陸に来る前から、この仕組みはあったようにしか思えないんだ』

『そう、……ですね』

『もし、そうだとしたらさ、お姉ちゃんの他にも、捕らえられている人がいるかもしれない』

『そうですね。だとしたら、とても腹立たしいことです……』


 ルードたちが目立っている間、ギルドから潜入している人も調査を進めてくれているはず。

 少なくともあと六日は、更に目立つ予定だ。


「とにかく、おやすみなさい。明日も頑張らなきゃ」

「そう、ね。おやすみなさい。ルード、ちゃん(まるでクロケットみたい)」


 思い出しながら、悔しい気持ちがこみ上げてくる。

 進んで道化を演じているルードを、明日も支えなければと思う、キャメリアだった。


 ▼


 翌日、ルードたちが姿を現すと、開店前の屋台前には早くも数人並んでいるのが見えた。

 近隣の屋台からも、『自分の商品を見ていってくれる人が増えた』と喜んでくれている。


 ルードは、屋台の準備をしながら、昨日から思っていたことを質問してみる。


「あの、これってやっぱり魔道具だったりしますか?」


 ルードはそう言って、灯り続ける明かりを指差している。


「はい。この町は、生活に必要な魔道具がいつでも無料で使えるんです。魔力が、ヴァレント教の神殿から供給されていて、夜でも明るくて助かりますね。常に明るいおかげで、治安もいいと聞いています」

「ヴァレント教、ですか?」

「えぇ。ほら、ここに来るとき、検閲をうけましたよね? あの白い法衣を着けた人たちが神官さんです。私たちの生活がよくなればと、いつも気にかけてくれているんです」

「……へぇ、そうだったんですね。他の町では、夜になると真っ暗ですから。僕も不思議に思っていたんです」

「そうですか。外から来られたのであれば、この町のルールはまだ知らないんですね?」

「……といいますと?」

「私も隣の国の出身で、この国に通うようになって二年になります。初めてこの国に来たとき、『知って置いた方が良い』と、私も教えていただいたんです」

「どんなことをですか?」

「大きな声では言えないのですが――」


 声を低くして商人男性は教えてくれる。


 ここは人だけの住む国だということ。

 門での検閲により、人以外が通されることはないとされている。

 もし万が一、人以外の者が迷い込んできたとして、手を貸してはならない。

 そこにいないものとして、扱わなければならない。

 もしも誰かが、その決まりを破ってしまったとしたら、神殿から魔力を供給を止められてしまうそうだ。


「そりゃもちろん、私にだって人以外の知人はいる。商人は、その国、その町の決まりを守って商売をする。もちろんこの町にいる間は、この町の決まりを守っているんだよ。ここで稼いで、他の町で仕入れて行商を行っていく。それが交易商人の役目だからね」


 皆が皆、人以外を排斥しているわけではない。

 ただ、この国の中にはそういうルールがある。

 この人たちにとって、それは仕方のないことなのだろう。


 温泉を求めて、他の国や町から人々が訪れる。

 日中は人通りも多く、物資も豊富。物価も決して高い方ではない。

 夜は夜で、魔道具の明かりが辺りを灯す。

 それにより治安は悪くならない。


 決まりを守って暮らす分では、この町は人間にとっては良いところなのだろう。

 エランズリルドでは、獣人は怖がられ、煙たがられ、裏では奴隷の扱いを受けていることもあった。

 だがここでは、見ない振りをするだけらしい。


 人と獣人などの、他の種族との橋渡しが使命だと思っているルードにとって、それを良しとはするわけにはいかない。

 だが、ことを荒立ててしまっては、クロケットの情報を得られなくなる。

 それは一番の悪手だ。


「ありがとうございます。事情はよくわかりました。僕も商人です。肝に銘じておきますよ」


 彼の話から、明かりを灯してあるものや、換気をするもの。

 それらの全ては魔道具であることは間違いないようだ。

 魔道具から延びている、鉄製の細い管は、この町の奥にあるヴァレント教の神殿から、各所にある魔道具へ魔力を送り続けている。


 ルードたちの屋台が、開店の準備を終える。

 お昼前には、ギルドで見た人間の女性と青年が、うどんを買いに来てくれた。

 食べ終えると、『うまかったよ』と言い男性は片手を上げ、『美味しかったです』との言葉を残し、女性はウィンクをして神殿の方角へと消えていく。

 毎日、身体を張って調査をしてくれているのだろう。

 ありがとうと、ルードは心の中で感謝の言葉をかける。


 夜になり、ルードとキャメリアは、自分たちが耳にし感じたことを、飛龍の言葉を使って相談している。


 ルードの今の姿は、獣人種にはフェンリルだと、匂いと気配でわかってしまう。

 だが、人間にはそれが感じられないようだ。

 キャメリアの姿も違和感はないようで、今日も忙しくお客さんの対応をしている。


 夕方には『姉弟揃って』たまには美味しいものを食べようと、夜の町を散策する。

 もちろん、散策という名の調査だ。

 建物から建物へ、その細い管は、どこを通って神殿へ延びているのか?

 迷子を装って神殿に近づいてみて、どこで止められてしまうのか?


 神殿は、関係者以外は近寄ることはできないようだ。

 だが、決して言葉を荒げることはなく、『ここへ近づいてはなりませんよ』と、諭すように注意される。


「あ、はい。すみません。僕たちまだ、こちらへ来て数日しか経っていないもので」

「そうでしたか。見たところ商人さんのようですね? 毎日ご苦労様です。では、失礼いたします」


 そう言って、神殿の詰め所へ戻っていく、神官と思われる若い男性。

 確か、ルードを輸送していた男も、あのような服装をしていた。

 首元には、ルードを輸送していた神官と思われる男性とは、少し違うが似たような装飾の、首輪に近いそれらしいものを身につけている。

 それは神官の男性だけではなく、シスターのような女性もそうだった。


 あのときの男性の姿は、今のところ見かけることはない。

 正直、ここへ戻っているかどうかもわからない。だがもしルードを見たとしても、今は髪の色も違う。

 人間では、匂いで感づくこともないだろう。

 今のところ、どの神官に見られても、それを問われることはなかったから。


 ルードたちは、それ以上近隣で情報を集めるのを、その日は諦める。

 カムフラージュとして、必ず近くの食堂で食事を摂ることにした。

 良い物資が流通しているのだろう。

 高価というわけではなく、そこそこの価格で量目も普通、味も悪くはない。


 宿屋に戻ると、ルードが言った。


『おそらく地中を通って、管が神殿へ延びてるんだと思う。建物の上には、見えなかったからね』

『ということは、クロケット様はそこに?』

『匂いは追えないからなんとも言えないけど、あの男が最後に残した『グ』という言葉。ウルラさんが知る限り、名称に『グ』がつく町や村は、グリムヘイズかここしかないって言ってたから。おそらくここにいると思うんだ。明日で七日目になるから、お店が終わって夜が明けたら、一度戻ろうと思う』

『えぇ、私もその方がいいかと思います』


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[一言] この作品を知ったのは書籍版からでした…表紙に惹かれて購入。リーダのフェンリラ顔でも優しげな眼差し…イラストレーターって凄いですね!コミック版も購入しています。
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