第十三話 神殿と町の人の温度差。
ルードたちが実演販売を行った保存食、『インスタント味噌煮込みおうどん』は大好評だった。
日が落ちる前に、本日の営業は終了となった。
また明日も営業すると伝えると、明日も来るというお客さんもいたくらいだった。
保存食として買って行く人もいれば、その場で食べていく人もそれなりにいた。
一度食べてから納得して、持ち帰り分も買ってくれる人も結構いたのだった。
今日売れた数は、確か百行くか行かないか。
ウォルガードにできたばかりのときの、エリス商会に比べたらパニックにはなっていなかっただろう。
ルードたちは、人づてに聞きながら、『姉がいるので、鍵などのしっかりした宿屋を教えてほしい』と探していく。
すると、中央から少し外れた宿屋街に、綺麗な建物の宿屋を紹介してもらった。
「いらっしゃいませ。お部屋はどういたしましょうか?」
「はい。私たちは姉弟ですので、一つで構いません」
ルードが応えようとした瞬間、ルードの前にいつの間にか立ち塞がり、キャメリアが宿の手続きを終えてしまった。
「(まぁ、エランズリルドで滞在したときも、イリスと同じ部屋だったし)」
そう思いながら苦笑するルード。
「内湯もありますが、大浴場もあります。大浴場は時間ごとに男湯、女湯となりますのでお気を付け下さい」
「あ、はい」
「では、ご案内いたします。こちらへどうぞ」
それ程高い宿ではなかったが、一泊二人で一部屋で銅貨二枚だった。
一人一枚と考えたら、うどん五杯分。それほど安くはないのかもしれない。
それだけセキュリティがしっかりしている、ということなのだろう。
広めの部屋に、窓際に向けてベッドが二つ並んでいる。
ベッドの間は、思ったよりも広い。おおよそ五メートルはあるだろう。
ルードはキャメリアに、『姉役を演じているのだから一緒に食事を摂るように』言う。
キャメリアは仕方なく了承し、一階の食堂で夕食を終わらせる。
部屋に戻り、施錠を終わらせる。
改めて部屋の明かりを確認するとやはり魔道具だった。
魔道具からは細い管は壁へ伸びていて、天井と壁の隙間を伝い、窓のある方の壁の中へ収まっている。
この部屋には、明かりの魔道具と、飲み物を冷やしておく、小さな氷室のような魔道具。
室内を換気するためと思われる魔道具など。
全て同じ場所に、管が集められていた。
キャメリアにも座るように促し、魔道具を止めて明かりを落とし、ベッドに座った。
ルードもキャメリアも、この程度の明るさであれば、物を見るのに支障はない。
ルードは小指を立てて、それを指差す。
キャメリアは、言語変換の指輪を外した。
『あのさ? これ、魔力以外で動いてると思う?』
『明かり、氷室、換気の魔道具。全て同じ原動力と考えると、魔力が一番妥当と思えますね』
『この町もそうだけどさ、魔力、物凄く薄いよね?』
『左様でございます』
ただここは、グリムヘイズほどではない。
温泉が湧き出る地熱にも、多少は魔力が関係しているのかもしれない。
一階の受付では、お風呂の湯は常に沸いているので、新しい湯にいつでも好きな時間に入れると説明があった。
シーウェールズにも負けない、湯量があるのだろう。
『あのね、何度か試してみたけどさ。やっぱりこの硫黄の匂いで、僕の嗅覚は役に立たなかったよ』
『……そうでございましたか』
『けどさ、これがさ魔力だとわかれば、じきにわかってくると思う。魔力の薄い地域で、魔道具が動くなら、『魔力猫様』と呼ばれてるお姉ちゃんのことも、情報として入ってくるはずなんだ』
ルードは少しだけ下を向き、両手を強くぎゅっと握る。
それでも、キャメリアに心配かけないようにと、笑顔を見せるようにした。
『明日さ、隣の人に聞いてみようと思うんだ。この明かりって、どうやって灯ってるの? ってね』
『それは良い方法かと思います。ルード様は、この町の皆様と打ち解けていらっしゃいますからね』
とりあえず、今日の打ち合わせはこんな感じでいいだろう。
ルードは小指を見せて、指輪のある部分を人差し指でつんつんする。
理解したようにキャメリアは、指輪をはめた。
「キャメリア、僕さ、大浴場に行ってくるよ。キャメリアは、内湯でゆっくりしてるといいよ。きっとね、シーウェールズみたいに疲れがとれると思うんだ」
「えぇ。そうさせていただきます」
「じゃ、僕は一階行ってくるね? 何、大丈夫。もう、油断したりしないから」
ルードの殺気というか、凄みというか、ぴりぴりと肌を刺すような彼の感情が伝わってくる。
二度も失敗は起こさないように、気持ちを切り替えているのだろう。
今までのルードにはなかった感情だと思える。
あまり張り詰めてしまうと、気持ちが切れてしまわないかが、キャメリアには心配だっただろう。
「行ってくるね?」
「はい、お気を付――いってらっしゃい」
ルードはドアの鍵を開けて、部屋を出て行く。
一階へ降り、大浴場と書いてある方へ。
今の時間は男性のみと書いてある。
戸を開けると、真夏のような湿気に包まれた。
戸を隔てて大浴場があり、濡れない少し離れた壁際に脱衣所が設けられていた。
このあたりは、シーウェールズとは一風変わっている。
唯一違うとことは、湯の質が硫黄泉だけということ。
露天風呂というわけではないが、部屋の奥三分の一ほどの大きさで、換気のために屋根が空けられている。
ルードは開いている屋根の下に立つ。
改めて匂いを確かめるが、やはり硫黄の匂いが強く、人の匂いどころか、部屋に居るキャメリアが使う香油の匂いもわからない。
屋台にいたときも、同じように匂いが常時漂っていた。
嗅覚が軽く麻痺しているかのような感覚だ。
獣人として鼻が利かないのは、辛いものだ。
ルードは諦めて湯に浸かる。
少々熱めだが、疲れが抜けていくようだ。
辺りを見回すと、広い風呂場の四方には、見覚えのある明かりの魔道具が備え付けられている。
簡単に取り外せるなら、管から何が出ているか確認できるのだが、万が一壊れてしまってはどうにもならない。
ルードは目をつむって、『硫黄を燃焼させて、動力に変えるものがあるか?』と、〝記憶の奥にある知識〟に問いかける。
その結果、何も出てこない。
「(んー、やっぱり魔道具だと思うんだけどな)」
風呂から帰って、キャメリアと寝る前に相談する。
『「魔力猫様」と呼ばれてるお姉ちゃんから、何らかの方法で魔力を抽出してるのかと思ったんだけどさ』
『えぇ。その可能性も考えはしました』
『だけどね。僕たちがこの大陸に来る前から、この仕組みはあったようにしか思えないんだ』
『そう、……ですね』
『もし、そうだとしたらさ、お姉ちゃんの他にも、捕らえられている人がいるかもしれない』
『そうですね。だとしたら、とても腹立たしいことです……』
ルードたちが目立っている間、ギルドから潜入している人も調査を進めてくれているはず。
少なくともあと六日は、更に目立つ予定だ。
「とにかく、おやすみなさい。明日も頑張らなきゃ」
「そう、ね。おやすみなさい。ルード、ちゃん(まるでクロケットみたい)」
思い出しながら、悔しい気持ちがこみ上げてくる。
進んで道化を演じているルードを、明日も支えなければと思う、キャメリアだった。
▼
翌日、ルードたちが姿を現すと、開店前の屋台前には早くも数人並んでいるのが見えた。
近隣の屋台からも、『自分の商品を見ていってくれる人が増えた』と喜んでくれている。
ルードは、屋台の準備をしながら、昨日から思っていたことを質問してみる。
「あの、これってやっぱり魔道具だったりしますか?」
ルードはそう言って、灯り続ける明かりを指差している。
「はい。この町は、生活に必要な魔道具がいつでも無料で使えるんです。魔力が、ヴァレント教の神殿から供給されていて、夜でも明るくて助かりますね。常に明るいおかげで、治安もいいと聞いています」
「ヴァレント教、ですか?」
「えぇ。ほら、ここに来るとき、検閲をうけましたよね? あの白い法衣を着けた人たちが神官さんです。私たちの生活がよくなればと、いつも気にかけてくれているんです」
「……へぇ、そうだったんですね。他の町では、夜になると真っ暗ですから。僕も不思議に思っていたんです」
「そうですか。外から来られたのであれば、この町のルールはまだ知らないんですね?」
「……といいますと?」
「私も隣の国の出身で、この国に通うようになって二年になります。初めてこの国に来たとき、『知って置いた方が良い』と、私も教えていただいたんです」
「どんなことをですか?」
「大きな声では言えないのですが――」
声を低くして商人男性は教えてくれる。
ここは人だけの住む国だということ。
門での検閲により、人以外が通されることはないとされている。
もし万が一、人以外の者が迷い込んできたとして、手を貸してはならない。
そこにいないものとして、扱わなければならない。
もしも誰かが、その決まりを破ってしまったとしたら、神殿から魔力を供給を止められてしまうそうだ。
「そりゃもちろん、私にだって人以外の知人はいる。商人は、その国、その町の決まりを守って商売をする。もちろんこの町にいる間は、この町の決まりを守っているんだよ。ここで稼いで、他の町で仕入れて行商を行っていく。それが交易商人の役目だからね」
皆が皆、人以外を排斥しているわけではない。
ただ、この国の中にはそういうルールがある。
この人たちにとって、それは仕方のないことなのだろう。
温泉を求めて、他の国や町から人々が訪れる。
日中は人通りも多く、物資も豊富。物価も決して高い方ではない。
夜は夜で、魔道具の明かりが辺りを灯す。
それにより治安は悪くならない。
決まりを守って暮らす分では、この町は人間にとっては良いところなのだろう。
エランズリルドでは、獣人は怖がられ、煙たがられ、裏では奴隷の扱いを受けていることもあった。
だがここでは、見ない振りをするだけらしい。
人と獣人などの、他の種族との橋渡しが使命だと思っているルードにとって、それを良しとはするわけにはいかない。
だが、ことを荒立ててしまっては、クロケットの情報を得られなくなる。
それは一番の悪手だ。
「ありがとうございます。事情はよくわかりました。僕も商人です。肝に銘じておきますよ」
彼の話から、明かりを灯してあるものや、換気をするもの。
それらの全ては魔道具であることは間違いないようだ。
魔道具から延びている、鉄製の細い管は、この町の奥にあるヴァレント教の神殿から、各所にある魔道具へ魔力を送り続けている。
ルードたちの屋台が、開店の準備を終える。
お昼前には、ギルドで見た人間の女性と青年が、うどんを買いに来てくれた。
食べ終えると、『うまかったよ』と言い男性は片手を上げ、『美味しかったです』との言葉を残し、女性はウィンクをして神殿の方角へと消えていく。
毎日、身体を張って調査をしてくれているのだろう。
ありがとうと、ルードは心の中で感謝の言葉をかける。
夜になり、ルードとキャメリアは、自分たちが耳にし感じたことを、飛龍の言葉を使って相談している。
ルードの今の姿は、獣人種にはフェンリルだと、匂いと気配でわかってしまう。
だが、人間にはそれが感じられないようだ。
キャメリアの姿も違和感はないようで、今日も忙しくお客さんの対応をしている。
夕方には『姉弟揃って』たまには美味しいものを食べようと、夜の町を散策する。
もちろん、散策という名の調査だ。
建物から建物へ、その細い管は、どこを通って神殿へ延びているのか?
迷子を装って神殿に近づいてみて、どこで止められてしまうのか?
神殿は、関係者以外は近寄ることはできないようだ。
だが、決して言葉を荒げることはなく、『ここへ近づいてはなりませんよ』と、諭すように注意される。
「あ、はい。すみません。僕たちまだ、こちらへ来て数日しか経っていないもので」
「そうでしたか。見たところ商人さんのようですね? 毎日ご苦労様です。では、失礼いたします」
そう言って、神殿の詰め所へ戻っていく、神官と思われる若い男性。
確か、ルードを輸送していた男も、あのような服装をしていた。
首元には、ルードを輸送していた神官と思われる男性とは、少し違うが似たような装飾の、首輪に近いそれらしいものを身につけている。
それは神官の男性だけではなく、シスターのような女性もそうだった。
あのときの男性の姿は、今のところ見かけることはない。
正直、ここへ戻っているかどうかもわからない。だがもしルードを見たとしても、今は髪の色も違う。
人間では、匂いで感づくこともないだろう。
今のところ、どの神官に見られても、それを問われることはなかったから。
ルードたちは、それ以上近隣で情報を集めるのを、その日は諦める。
カムフラージュとして、必ず近くの食堂で食事を摂ることにした。
良い物資が流通しているのだろう。
高価というわけではなく、そこそこの価格で量目も普通、味も悪くはない。
宿屋に戻ると、ルードが言った。
『おそらく地中を通って、管が神殿へ延びてるんだと思う。建物の上には、見えなかったからね』
『ということは、クロケット様はそこに?』
『匂いは追えないからなんとも言えないけど、あの男が最後に残した『グ』という言葉。ウルラさんが知る限り、名称に『グ』がつく町や村は、グリムヘイズかここしかないって言ってたから。おそらくここにいると思うんだ。明日で七日目になるから、お店が終わって夜が明けたら、一度戻ろうと思う』
『えぇ、私もその方がいいかと思います』
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