第十二話 ルード、グルツの町で実演販売。
「あつあつあつ――うまぁっ! 肉も脂身たっぷりでとろとろだし。麺って言ったか? おうどんとか言ったか? 野菜もたっぷり入って、健康に気を遣わなくていいのが助かる。そもそも、保存食がまずくないだなんて嘘だろう? あたしらが食ってたヤツは何だったんだよ」
ルードに作ってあげたスープも、干し肉などに工夫を凝らして、食べやすいように作ってくれた物だ。
ただ、手を加えないでここまでの味が出せる保存食は、巡り会えなかったということなのだろう。
「ギルド長、お行儀が悪すぎでございます。……ですが本当に美味しいですね」
うどんをかっ込むウルラを窘めつつ、ルードが作ったうどんの試食をするナイアターナ。
彼女らだけでなく、ギルドの一階にいた冒険者たちに振る舞われたルードの自信作。
この付近には、青竹に似た植物が自生している。
グリムヘイズの町に売っていたそれを見たルードは、器にしようと思った。
二節ほどの高さで切って、中をくりぬいて器を作った。
そこに、乾燥した丈夫な木の皮を使って蓋をする。周りは麻の紐でぐるぐると止める。
箸の文化は浸透していないだろうから、竹でフォークみたいなものを作って置く。
これでルードの保存食としての器ができた。
そこに揚げうどんと、フリーズドライの味噌の具。
上に紙で包んだ刻み葉野菜を蓋の上に乗せる。
持ち運びにも邪魔にならず、お湯を注いで蓋をするだけ。
三分ほど待つと、美味しい味噌煮込みうどんが食べられる。
「(あー、うん。保存食って、美味しくないものだったんだね。あのときの美味しいスープ、苦労したのかな。やっぱり……)」
ウルラやナイアターナ、試食をしてくれている冒険者たちに話を聞くと、これまでは固くてあまり美味しくない、脂身のない干し肉。
水と果実酒。
固いパン。
これが旅するときの保存食なのだという。
皆の好みを聞きながら、味の調節をしておおよその量がわかってきた。
「ルード君。これ、この町でも売らないか?」
「そのつもりです。全て終わったら、うちの母の商会に相談するつもりですから」
「そうか、それは楽しみだ。よし、お前らも、食ったらさっさと作業に戻れよ?」
『おうっ!』
小気味の良い受け答え。
試食してくれた人たちからも、おおむね好評だった。
とりあえずは一安心というところだろう。
これで商材は完成した。あとはこれを持って、グルツに潜入するだけだ。
これを持ち込めば間違いなく人の目を引くはずだ。
もちろん、あの地の硫黄臭にも負けたりはしない。
ルードが注目されればされるだけ、冒険者たちは更に情報収集をやりやすくなる。
そうルードは、思っていたのだ。
▼
ルードとキャメリアは、グリムヘイズから見て山向こうにある、獣人たちも住む大きな町へギルドの馬車に送ってもらう。
そこから、ある大きな町まで馬車を乗り継ぐ。
その町でまた、グルツ共和国行きの馬車に乗り換える。
あと一時間ほどで、目的地のグルツへ到着することだろう。
ルードの腰には、ギルドから借りた魔法袋がくくりつけてある。もちろん、同行するキャメリアの腰にも同じものがある。
この大陸では馬車で移動する商人たちも、複数個の魔法袋を持つことで、大きな馬車で荷を移動させる必要がないらしい。
ルードの借りたものは、鞄五つ分は軽く入るそうだ。
ウルラの持っていたものはかなりの容量らしい。
もちろん、キャメリアの隠す能力に勝るものは存在しないとのこと。
ルードから話を聞いたウルラも、かなり驚いていたくらいだ。
ルードが作った『インスタント風、味噌うどん』。イエッタが命名するならきっと、『インスタント豚汁うどん』としただろう。
その商材は、ルードの持つ魔法袋の容量で十分足りている。
キャメリアが持つものは、あくまでもカムフラージュ。
そのおかげでこうして、手ぶらで旅ができるのだ。同じ馬車に同乗している人も、大きな荷物を持っているようには見えない。
容量に差はあれど、魔法袋は安いものではないだろうが、きっとこの大陸では珍しいものではないのだろう。
風に乗って漂ってくる、特徴のあるたまごの腐ったような硫黄臭。
それは、グルツ共和国に近づいているということ。
到着前にルードは自分の姿と、キャメリアの偽装に抜けがないかをチェックする。
魔法袋から手鏡を取り出す。そこに映ったルードの髪は、赤毛になっていた。
これはグリムヘイズを出る前に染料で染めたのだ。
染めたあとに、二回ほど髪を洗ったから大丈夫だとは思っていたが、汗で色が落ちたりはしていないようだ。
安心したところで手鏡を魔法袋に戻す。
ルードの白髪はあまりにも珍しく、悪目立ちしてしまうと言われた。
今の赤毛は、こちらの人ではそれほど珍しくはないらしい。
キャメリアも同じくらいの色味に偽装してくれている。
耳の形もルードとそっくりに変えてくれた。
この耳は、産みの母エリスと生き写し。
キャメリアは、ルードと同じ服装をしている。
それは、ルードとリーダが、初めてエランズリルドへ潜入したときに来た服と同じデザイン。
いわゆる『商人のような服装』だ。
その上で角は隠してある。
これで十分、姉弟の商人に見えるとのこと。
これで、並んでいても違和感がないようだ。
しばらくしてグルツ共和国へ到着する。
馬車を降りると簡単な入国審査があった。
審査を担当する、ルードに見覚えのある神官のような服装。
おそらくは、この奥にある神殿の関係者。
ルードたちは見た目、きちんと人間の姿をしている。
だから『見ない振り』はされていないようだ。
耳の形など、厳しいチェックがあった。
ルードもキャメリアも公用語が使える。
だから、正しく受け答えができた。それにより、怪しまれることなく通過することができたようだ。
ルードは門を通る際、審査官と思われる人に質問する。
「あのすみません」
「はい、なんでしょう?」
「この町で、お店を借りられると聞いたのですが」
ルードの姿を見てすぐにわかったのだろう。
交易商を営んでいると言わなくても理解してくれたようだ。
「あぁ、屋台のことだね? それならここを――」
教えられたように町中を進んでいく。
途中わざと、キャメリアが雑貨商の人に場所を聞いてみたが、きちんと受け答えしてくれた。
ルードたちがたどり着いたのは、商店が並ぶ中央あたりにある建物。
そこは物を売る店ではなく、ギルドの事務局にも似た感じ。
ただあそことは違い、受付と思われる場所までには長蛇の列があった。
皆、屋台を出す許可を得に来ているのだろうか?
ややあって、ルードの番が回ってくる。
受付にいたのは、ナイアターナのような綺麗な女性ではなく、あのときルードを運んでいた男と同じような服を来ている男性だった。
「どんな屋台を希望ですか?」
感情の起伏は少なく事務的だが、思ったよりも受け答えは丁寧だった。
「あ、はい。狭くても構わないのですが、調理が可能なところをお願いします」
「はい。ではここに、名前と年齢を、そちらはお連れ様でしょうか?」
「はい。僕の姉です」
ルードは名前をそのまま書くつもりはなかった。
エルシードの頭二つ。
フェムルードの後ろ三つを組み合わせる。
エルルードと書き入れた。
キャメリアからも、アミライルのアミと、キャメリアのリアを組み合わせて、アミリアという仮名を使う打ち合わせが済んでいた。
「エルルード君と、アミリアさんですね? よく似たご姉弟ですね。さて、何日ご利用でしょう?」
「はい。では一週間ほどお願いします」
「では、一日辺り銅貨二枚、七日で十四枚をお願いできますでしょうか?」
銅貨十四枚は、ルードにとってそれほど多いとは思わない。
グリムヘイズでの仕入れでは普通に、その数倍は使っていたから。
ルードは腰の魔法袋から銅貨を取り出す。
「――八、九、十、十一、十二、十三、十四、……っと。これでよろしいですか?」
「はい。確かにお預かりいたしました。では、良い商いの縁を祈っております」
お金と引き換えに、屋台の場所の書かれた紙をもらう。
そこには、屋台番号も書いてあった。
「ありがとうございます。お姉ちゃん、いこっか?」
「は、いえ。うん、いきましょうね」
ルードはキャメリアを振り向いて、上目遣いに見上げる。
「お姉ちゃん、今何気に噛んだでしょう?」
そう言うと、口元右側をにやりと持ち上げる。
まるでいたずらっ子を演じるルード。
「る、ルードちゃんったら、ひどいわ……」
むっすりとした、ちょっと怒った表情を作る。
それを見て、ルードはくすくすと笑いながらこう返す。
「あ、お姉ちゃん。あっちみたいだから、はい」
ルードは手を差し伸べる。
「はい?」
「手、繋がないと、迷子になっちゃうでしょ?」
「こらっ!」
「あははは」
仲の良い姉弟を演じられているだろうか?
ルードは微笑みながらも、この町の違和感が気になって仕方がない。
「あ、ここみたいだ。小さいけど、結構綺麗だね」
ルードたちに割り当てられたところは、二階建ての建物。
屋台という呼び方だったが、一階は四カ所の小さなテナントのようになっている。
ルードたちの屋台番号は十八番。
ルードは先に、建物へ入っていく。
「あ、凄い。かまどが魔道具だよ。流し台も、水がでる魔道具かも。へぇ、でもなんだろう」
もちろん、部屋の中を照らす明かりも魔道具だった。
同時に、物凄い違和感に襲われる。
「えぇ、不思議でございますよね?」
キャメリアも感じたようだ。それは、この地が魔力の極端に薄い地域であること。
ウルラたちは体内の魔力が少ないと言っていた。
エルフであるナイアターナでも、せいぜいウルラの数倍。
ルードやキャメリア、オルトレットとは比べものにならないほど、少ないのだ。
そういう土地柄で、ここにいる人間たちの、内包する魔力量が多いとは思えない。
外を見ると、夜に灯ると思われる街灯まであるではないか?
施設内の魔道具には、直系五ミリほどの細い金属の管が繋がっており、全て奥へと壁伝いに走っている。
ということは家のどこかに供給源があるのだろうか?
ルードはキャメリアの顔を見て、キャメリアの指にある指輪をつつく。
言語変換の指輪を外して、という意味だ。
耳に入ってくる言葉は皆公用語。獣語も耳にしていないから、大丈夫だとは思うが、ここは飛龍の言葉が無難だと思った。
低く小さな声で、ルードは呟く。
『ぐぎゃ。ぐぎゃぎゃ(魔道具だけどね。お客さんが減った、店が終わる時間帯に調べようと思うんだ)』
『ぐぎゃ(かしこまりました)』
もう一度指輪のあった小指をつついた。
キャメリアは指輪を元に戻した。
「とにかくさ、お店の準備始めようか?」
「私はお湯を沸かしておきますね」
「うん。お願い。僕は商材の陳列始めちゃうから」
ルードは屋台の上を、布に水をつけて搾り、綺麗に拭いていく。
その上に、魔法袋から取り出した、手製のインスタントカップ豚汁うどんを並べて行く。
時間的に、そろそろお昼時だ。
屋台を挟んだ道を行き交う人の数も、徐々に増えてきている。
実を言うと二人とも、朝は干し肉と固いパン、お茶で軽く済ませていたのだ。
この地域の旅人がどんなものを食べているか?
それを確かめるためだった。
だが、正直言って食べ足りない。
正直、お腹が空いてる。
だから、実演販売と言いながら、行き交うお客さんの前でうどんを食べてしまおうと、打ち合わせしていたのだった。
「ルード、ちゃん。お湯できた、わよ」
つい口調が、噛み気味になってしまう。
なるべく姉であるような態度を取ってほしいと、ルードから言われていたから努力はする。
キャメリアから、タバサ工房謹製のやかんを受け取る。
ルードはカウンターから、二つ分の容器を手に取る。
麻紐をほどき、お湯を注いでは蓋をして、グリムヘイズの町で大量に購入した木製のフォークで、蓋を押さえる。
それを二食分。
奥から二客の椅子を持ってくると、ルードは見える場所に、椅子を置いてその前に立つ。
キャメリアはちょっと隠れた場所に置いてそっと座る。
「そこのお兄さん、お姉さん、旦那さん、奥さん。時間があったらさ、ちょっとだけでいいから、聞いていって、見ていってくださいよ?」
ルードは比較的通る大きさの声で、前を行き交う人々に呼びかける。
珍しい少年の声だから何気に足を止めてくれたようだ。
「これからね、僕が考案した新しい保存食の紹介をしようと思うんです」
そう言って、一つ蓋を外して、湯を入れる。
中をかき混ぜずに蓋をする。
「これはですね、お湯を注いで蓋をしただけ。この状態で、だいたい三分待つんです」
ややあって。
「はい、お姉ちゃん」
三分が経つ辺りで、それをキャメリアに渡す。
「え? あの、私、聞いてませ――いえ、これ、どうするの?」
「うん。食べて。お腹空いてるでしょ? 僕もそろそろお昼ご飯かなーって思ってたんだ」
ルードも用意して、器を左手に持って、中をかき混ぜる。
そこから漂ってくる、豚汁の良い香り。
ルードはずずっと、つゆを啜る。
次に、美味しそうに、わざと音を立ててうどんをすする。
「うん。おいし。どう、お姉ちゃん?」
「――はぐ。んぐんぐ。んっく。んくんくんく、……ふぅ。おいし――はっ。しまった私としたことが……」
「あははは。朝忙しくてさ、干し肉とかったいパンだったからね? いや、温かい味噌の味がさ、お腹にずーんとしみるよね」
キャメリアは役目を忘れて、もくもくと豚汁うどんを堪能している。
ルードも再度、音を立てて食べ続けた。
ルードたちを見る人々は、完全にルードたちから、いや、ルードたちが手に持つ竹製の器から目が離せなくなっている。
漂ってくる肉汁の匂い。
味噌の香ばしい匂い。
残りのつゆを喉を鳴らして一気に飲み干し、『ふぅ』とため息をつくルード。
「ふぅ。美味しかった。……あ、忘れてた。食べてばかり居ないで、商品をアピールしなきゃですよね? えっと、この器に入った保存食はね、数日、……んー、一週間は腐らないんです。それでいてね、沸かしたての熱いお湯を注いで、三分待ったら、温かいおうどんが食べられるんです。出来上がりに卵の黄身を落としてもいいし、残ったつゆに、パンをつけて食べてもいいかもねですね。何より、鞄に入れてもかさばらない。旅だけじゃなく、職場にお昼ご飯代わりに持っていってもいいかもです。お家で軽く夜食が食べたいときも、きっと満足できますよ?」
「あ、あの」
「はい、そこのお姉さん」
「それ、ひとついくらかしら?」
「はい。一つ、小銅貨二枚です」
「ちょっと高めね……、でもいただくわ。その、ね」
後で聞いた話。
パンとスープ、お肉を焼いたものと湯がいた葉野菜。
これがついて、近くの食堂では小銅貨三枚なんだそうだ。
この器に入ったものだけで小銅貨二枚は、割高に感じてしまうのだろう。
「はい」
「お湯、入れていただけるのかしら?」
「はい。喜んで」
ルードは小銅貨を二枚もらう。小銅貨十枚で銅貨一枚になる。
七十五個売れたら、屋台を借りた代金分を稼ぐことができそうだ。
ルードが作ってきたうどんの数は、今日一日で売り切る数などではない。
軽く数百は作ってきたのだった。
「この内側の線、ありますよね? ここまでお湯を入れるんです。あとはもう一度蓋をして、三分待って下さい」
「えぇ。楽しみだわ」
「俺も一つ、いや、三つ持ち帰りできるかな?」
「はい。お姉ちゃん、お願い」
「はいはい。三つですね」
そんなやりとりをしていると、最初の女性のうどんが出来上がる。
「ここに座って食べて下さい」
「ありがとう。……ふぅ。何これ? 初めて食べるけど、じわっと浸みるわ……」
その彼女の呟きで、注文がごそっと増えていく。
気がつけば、周りの屋台より目立つくらい、お客さんが並んでしまっているのだった。
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