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フェンリル母さんとあったかご飯 ~異世界もふもふ生活~  作者: はらくろ
第六章 海を越えた東の空の下。
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第十二話 ルード、グルツの町で実演販売。

「あつあつあつ――うまぁっ!  肉も脂身たっぷりでとろとろだし。麺って言ったか? おうどんとか言ったか? 野菜もたっぷり入って、健康に気を遣わなくていいのが助かる。そもそも、保存食がまずくないだなんて嘘だろう? あたしらが食ってたヤツは何だったんだよ」


 ルードに作ってあげたスープも、干し肉などに工夫を凝らして、食べやすいように作ってくれた物だ。

 ただ、手を加えないでここまでの味が出せる保存食は、巡り会えなかったということなのだろう。


「ギルド長、お行儀が悪すぎでございます。……ですが本当に美味しいですね」


 うどんをかっ込むウルラを窘めつつ、ルードが作ったうどんの試食をするナイアターナ。

 彼女らだけでなく、ギルドの一階にいた冒険者たちに振る舞われたルードの自信作。


 この付近には、青竹に似た植物が自生している。

 グリムヘイズの町に売っていたそれを見たルードは、器にしようと思った。

 二節ほどの高さで切って、中をくりぬいて器を作った。

 そこに、乾燥した丈夫な木の皮を使って蓋をする。周りは麻の紐でぐるぐると止める。


 箸の文化は浸透していないだろうから、竹でフォークみたいなものを作って置く。

 これでルードの保存食としての器ができた。

 そこに揚げうどんと、フリーズドライの味噌の具。

 上に紙で包んだ刻み葉野菜を蓋の上に乗せる。


 持ち運びにも邪魔にならず、お湯を注いで蓋をするだけ。

 三分ほど待つと、美味しい味噌煮込みうどんが食べられる。


「(あー、うん。保存食って、美味しくないものだったんだね。あのときの美味しいスープ、苦労したのかな。やっぱり……)」


 ウルラやナイアターナ、試食をしてくれている冒険者たちに話を聞くと、これまでは固くてあまり美味しくない、脂身のない干し肉。

 水と果実酒。

 固いパン。

 これが旅するときの保存食なのだという。


 皆の好みを聞きながら、味の調節をしておおよその量がわかってきた。


「ルード君。これ、この町でも売らないか?」

「そのつもりです。全て終わったら、うちの母の商会に相談するつもりですから」

「そうか、それは楽しみだ。よし、お前らも、食ったらさっさと作業に戻れよ?」

『おうっ!』


 小気味の良い受け答え。

 試食してくれた人たちからも、おおむね好評だった。

 とりあえずは一安心というところだろう。


 これで商材は完成した。あとはこれを持って、グルツに潜入するだけだ。

 これを持ち込めば間違いなく人の目を引くはずだ。

 もちろん、あの地の硫黄臭にも負けたりはしない。

 ルードが注目されればされるだけ、冒険者たちは更に情報収集をやりやすくなる。

 そうルードは、思っていたのだ。


 ▼


 ルードとキャメリアは、グリムヘイズから見て山向こうにある、獣人たちも住む大きな町へギルドの馬車に送ってもらう。

 そこから、ある大きな町まで馬車を乗り継ぐ。

 その町でまた、グルツ共和国行きの馬車に乗り換える。


 あと一時間ほどで、目的地のグルツへ到着することだろう。

 ルードの腰には、ギルドから借りた魔法袋がくくりつけてある。もちろん、同行するキャメリアの腰にも同じものがある。


 この大陸では馬車で移動する商人たちも、複数個の魔法袋を持つことで、大きな馬車で荷を移動させる必要がないらしい。

 ルードの借りたものは、鞄五つ分は軽く入るそうだ。

 ウルラの持っていたものはかなりの容量らしい。


 もちろん、キャメリアの隠す能力に勝るものは存在しないとのこと。

 ルードから話を聞いたウルラも、かなり驚いていたくらいだ。


 ルードが作った『インスタント風、味噌うどん』。イエッタが命名するならきっと、『インスタント豚汁うどん』としただろう。

 その商材は、ルードの持つ魔法袋の容量で十分足りている。


 キャメリアが持つものは、あくまでもカムフラージュ。

 そのおかげでこうして、手ぶらで旅ができるのだ。同じ馬車に同乗している人も、大きな荷物を持っているようには見えない。

 容量に差はあれど、魔法袋は安いものではないだろうが、きっとこの大陸では珍しいものではないのだろう。


 風に乗って漂ってくる、特徴のあるたまごの腐ったような硫黄臭。

 それは、グルツ共和国に近づいているということ。

 到着前にルードは自分の姿と、キャメリアの偽装に抜けがないかをチェックする。


 魔法袋から手鏡を取り出す。そこに映ったルードの髪は、赤毛になっていた。

 これはグリムヘイズを出る前に染料で染めたのだ。


 染めたあとに、二回ほど髪を洗ったから大丈夫だとは思っていたが、汗で色が落ちたりはしていないようだ。

 安心したところで手鏡を魔法袋に戻す。


 ルードの白髪はあまりにも珍しく、悪目立ちしてしまうと言われた。

 今の赤毛は、こちらの人ではそれほど珍しくはないらしい。

 キャメリアも同じくらいの色味に偽装してくれている。

 耳の形もルードとそっくりに変えてくれた。

 この耳は、産みの母エリスと生き写し。


 キャメリアは、ルードと同じ服装をしている。

 それは、ルードとリーダが、初めてエランズリルドへ潜入したときに来た服と同じデザイン。

 いわゆる『商人のような服装』だ。


 その上で角は隠してある。

 これで十分、姉弟の商人に見えるとのこと。

 これで、並んでいても違和感がないようだ。


 しばらくしてグルツ共和国へ到着する。

 馬車を降りると簡単な入国審査があった。

 審査を担当する、ルードに見覚えのある神官のような服装。

 おそらくは、この奥にある神殿の関係者。


 ルードたちは見た目、きちんと人間の姿をしている。

 だから『見ない振り』はされていないようだ。


 耳の形など、厳しいチェックがあった。

 ルードもキャメリアも公用語が使える。

 だから、正しく受け答えができた。それにより、怪しまれることなく通過することができたようだ。


 ルードは門を通る際、審査官と思われる人に質問する。


「あのすみません」

「はい、なんでしょう?」

「この町で、お店を借りられると聞いたのですが」


 ルードの姿を見てすぐにわかったのだろう。

 交易商を営んでいると言わなくても理解してくれたようだ。


「あぁ、屋台のことだね? それならここを――」


 教えられたように町中を進んでいく。

 途中わざと、キャメリアが雑貨商の人に場所を聞いてみたが、きちんと受け答えしてくれた。


 ルードたちがたどり着いたのは、商店が並ぶ中央あたりにある建物。

 そこは物を売る店ではなく、ギルドの事務局にも似た感じ。

 ただあそことは違い、受付と思われる場所までには長蛇の列があった。

 皆、屋台を出す許可を得に来ているのだろうか?


 ややあって、ルードの番が回ってくる。

 受付にいたのは、ナイアターナのような綺麗な女性ではなく、あのときルードを運んでいた男と同じような服を来ている男性だった。


「どんな屋台を希望ですか?」


 感情の起伏は少なく事務的だが、思ったよりも受け答えは丁寧だった。


「あ、はい。狭くても構わないのですが、調理が可能なところをお願いします」

「はい。ではここに、名前と年齢を、そちらはお連れ様でしょうか?」

「はい。僕の姉です」


 ルードは名前をそのまま書くつもりはなかった。

 エルシードの頭二つ。

 フェムルードの後ろ三つを組み合わせる。

 エルルードと書き入れた。

 キャメリアからも、アミライルのアミと、キャメリアのリアを組み合わせて、アミリアという仮名を使う打ち合わせが済んでいた。


「エルルード君と、アミリアさんですね? よく似たご姉弟ですね。さて、何日ご利用でしょう?」

「はい。では一週間ほどお願いします」

「では、一日辺り銅貨二枚、七日で十四枚をお願いできますでしょうか?」


 銅貨十四枚は、ルードにとってそれほど多いとは思わない。

 グリムヘイズでの仕入れでは普通に、その数倍は使っていたから。


 ルードは腰の魔法袋から銅貨を取り出す。


「――八、九、十、十一、十二、十三、十四、……っと。これでよろしいですか?」

「はい。確かにお預かりいたしました。では、良い(あきな)いの縁を祈っております」


 お金と引き換えに、屋台の場所の書かれた紙をもらう。

 そこには、屋台番号も書いてあった。


「ありがとうございます。お姉ちゃん、いこっか?」

「は、いえ。うん、いきましょうね」


 ルードはキャメリアを振り向いて、上目遣いに見上げる。


「お姉ちゃん、今何気に噛んだでしょう?」


 そう言うと、口元右側をにやりと持ち上げる。

 まるでいたずらっ子を演じるルード。


「る、ルードちゃんったら、ひどいわ……」


 むっすりとした、ちょっと怒った表情を作る。

 それを見て、ルードはくすくすと笑いながらこう返す。


「あ、お姉ちゃん。あっちみたいだから、はい」


 ルードは手を差し伸べる。


「はい?」

「手、繋がないと、迷子になっちゃうでしょ?」

「こらっ!」

「あははは」


 仲の良い姉弟を演じられているだろうか?

 ルードは微笑みながらも、この町の違和感が気になって仕方がない。


「あ、ここみたいだ。小さいけど、結構綺麗だね」


 ルードたちに割り当てられたところは、二階建ての建物。

 屋台という呼び方だったが、一階は四カ所の小さなテナントのようになっている。

 ルードたちの屋台番号は十八番。

 ルードは先に、建物へ入っていく。


「あ、凄い。かまどが魔道具だよ。流し台も、水がでる魔道具かも。へぇ、でもなんだろう」


 もちろん、部屋の中を照らす明かりも魔道具だった。

 同時に、物凄い違和感に襲われる。


「えぇ、不思議でございますよね?」


 キャメリアも感じたようだ。それは、この地が魔力の極端に薄い地域であること。

 ウルラたちは体内の魔力が少ないと言っていた。

 エルフであるナイアターナでも、せいぜいウルラの数倍。

 ルードやキャメリア、オルトレットとは比べものにならないほど、少ないのだ。


 そういう土地柄で、ここにいる人間たちの、内包する魔力量が多いとは思えない。

 外を見ると、夜に灯ると思われる街灯まであるではないか?


 施設内の魔道具には、直系五ミリほどの細い金属の管が繋がっており、全て奥へと壁伝いに走っている。

 ということは家のどこかに供給源があるのだろうか?


 ルードはキャメリアの顔を見て、キャメリアの指にある指輪をつつく。

 言語変換の指輪を外して、という意味だ。


 耳に入ってくる言葉は皆公用語。獣語も耳にしていないから、大丈夫だとは思うが、ここは飛龍の言葉が無難だと思った。

 低く小さな声で、ルードは呟く。


『ぐぎゃ。ぐぎゃぎゃ(魔道具だけどね。お客さんが減った、店が終わる時間帯に調べようと思うんだ)』

『ぐぎゃ(かしこまりました)』


 もう一度指輪のあった小指をつついた。

 キャメリアは指輪を元に戻した。


「とにかくさ、お店の準備始めようか?」

「私はお湯を沸かしておきますね」

「うん。お願い。僕は商材の陳列始めちゃうから」


 ルードは屋台の上を、布に水をつけて搾り、綺麗に拭いていく。

 その上に、魔法袋から取り出した、手製のインスタントカップ豚汁うどんを並べて行く。


 時間的に、そろそろお昼時だ。

 屋台を挟んだ道を行き交う人の数も、徐々に増えてきている。


 実を言うと二人とも、朝は干し肉と固いパン、お茶で軽く済ませていたのだ。

 この地域の旅人がどんなものを食べているか?

 それを確かめるためだった。


 だが、正直言って食べ足りない。

 正直、お腹が空いてる。

 だから、実演販売と言いながら、行き交うお客さんの前でうどんを食べてしまおうと、打ち合わせしていたのだった。


「ルード、ちゃん。お湯できた、わよ」


 つい口調が、噛み気味になってしまう。

 なるべく姉であるような態度を取ってほしいと、ルードから言われていたから努力はする。


 キャメリアから、タバサ工房謹製のやかんを受け取る。

 ルードはカウンターから、二つ分の容器を手に取る。

 麻紐をほどき、お湯を注いでは蓋をして、グリムヘイズの町で大量に購入した木製のフォークで、蓋を押さえる。

 それを二食分。


 奥から二客の椅子を持ってくると、ルードは見える場所に、椅子を置いてその前に立つ。

 キャメリアはちょっと隠れた場所に置いてそっと座る。


「そこのお兄さん、お姉さん、旦那さん、奥さん。時間があったらさ、ちょっとだけでいいから、聞いていって、見ていってくださいよ?」


 ルードは比較的通る大きさの声で、前を行き交う人々に呼びかける。

 珍しい少年の声だから何気に足を止めてくれたようだ。


「これからね、僕が考案した新しい保存食の紹介をしようと思うんです」


 そう言って、一つ蓋を外して、湯を入れる。

 中をかき混ぜずに蓋をする。


「これはですね、お湯を注いで蓋をしただけ。この状態で、だいたい三分待つんです」


 ややあって。


「はい、お姉ちゃん」


 三分が経つ辺りで、それをキャメリアに渡す。


「え? あの、私、聞いてませ――いえ、これ、どうするの?」

「うん。食べて。お腹空いてるでしょ? 僕もそろそろお昼ご飯かなーって思ってたんだ」


 ルードも用意して、器を左手に持って、中をかき混ぜる。

 そこから漂ってくる、豚汁の良い香り。

 ルードはずずっと、つゆを啜る。

 次に、美味しそうに、わざと音を立ててうどんをすする。


「うん。おいし。どう、お姉ちゃん?」

「――はぐ。んぐんぐ。んっく。んくんくんく、……ふぅ。おいし――はっ。しまった私としたことが……」

「あははは。朝忙しくてさ、干し肉とかったいパンだったからね? いや、温かい味噌の味がさ、お腹にずーんとしみるよね」


 キャメリアは役目を忘れて、もくもくと豚汁うどんを堪能している。

 ルードも再度、音を立てて食べ続けた。


 ルードたちを見る人々は、完全にルードたちから、いや、ルードたちが手に持つ竹製の器から目が離せなくなっている。

 漂ってくる肉汁の匂い。

 味噌の香ばしい匂い。


 残りのつゆを喉を鳴らして一気に飲み干し、『ふぅ』とため息をつくルード。


「ふぅ。美味しかった。……あ、忘れてた。食べてばかり居ないで、商品をアピールしなきゃですよね? えっと、この器に入った保存食はね、数日、……んー、一週間は腐らないんです。それでいてね、沸かしたての熱いお湯を注いで、三分待ったら、温かいおうどんが食べられるんです。出来上がりに卵の黄身を落としてもいいし、残ったつゆに、パンをつけて食べてもいいかもねですね。何より、鞄に入れてもかさばらない。旅だけじゃなく、職場にお昼ご飯代わりに持っていってもいいかもです。お家で軽く夜食が食べたいときも、きっと満足できますよ?」

「あ、あの」

「はい、そこのお姉さん」

「それ、ひとついくらかしら?」

「はい。一つ、小銅貨二枚です」

「ちょっと高めね……、でもいただくわ。その、ね」


 後で聞いた話。

 パンとスープ、お肉を焼いたものと湯がいた葉野菜。

 これがついて、近くの食堂では小銅貨三枚なんだそうだ。

 この器に入ったものだけで小銅貨二枚は、割高に感じてしまうのだろう。


「はい」

「お湯、入れていただけるのかしら?」

「はい。喜んで」


 ルードは小銅貨を二枚もらう。小銅貨十枚で銅貨一枚になる。

 七十五個売れたら、屋台を借りた代金分を稼ぐことができそうだ。


 ルードが作ってきたうどんの数は、今日一日で売り切る数などではない。

 軽く数百は作ってきたのだった。


「この内側の線、ありますよね? ここまでお湯を入れるんです。あとはもう一度蓋をして、三分待って下さい」

「えぇ。楽しみだわ」

「俺も一つ、いや、三つ持ち帰りできるかな?」

「はい。お姉ちゃん、お願い」

「はいはい。三つですね」


 そんなやりとりをしていると、最初の女性のうどんが出来上がる。


「ここに座って食べて下さい」

「ありがとう。……ふぅ。何これ? 初めて食べるけど、じわっと浸みるわ……」


 その彼女の呟きで、注文がごそっと増えていく。

 気がつけば、周りの屋台より目立つくらい、お客さんが並んでしまっているのだった。


お読みいただきありがとうございます。


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