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フェンリル母さんとあったかご飯 ~異世界もふもふ生活~  作者: はらくろ
第六章 海を越えた東の空の下。
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第八話 グリムヘイズとウルラの正体。

 キャメリアの背中に乗せられて空を飛ぶことに慣れてしまったからか、梟人族(きょうじんぞく)であるウルラの飛行速度はそれほど速くはない。

 ウォルメルド空路カンパニーで、物資の輸送を担当してくれているルード家庭師、大型飛龍のリューザより遅く感じる。


 もしかしたら陸地を走るリーダより遅いのでは? ――と思ってしまうほどゆっくりと景色が流れているように見えるが、実のところフェンリラ最速であるイリスよりも速いのは間違いはないだろう。

 それでも彼女の足下から見下ろす光景は、また新鮮なものがあった。


 グルツにあったような、きつい硫黄の匂いは感じられない。

 今のルードには、ウルラの柔らかな優しい香りと、山から下ろしてくる緑の香りが漂っているだけ。


 その中にうっすらと混ざるのは、人種や獣人種。それ以外の種族の匂いが複雑に絡み合う。

 それはルードにとって、不快なものではなく、落ちつくというかほっとするような、そんな感じだっただろう。


 標高の高い山を一つ越える。

 その瞬間、眩しい日の光がルードに差し込んでくる。

 目が慣れてくると、ふもとまで続く緑色。

 それはルードが倒れていた場所と違い、生まれ育った森のような、生命感あふれる気配と匂いが感じられた。


 ウルラは徐々に高度を下げていく。

 そこには、とある建物を中心にして扇状に広がる町が見えてくる。


「見えるか? あれがあたしの拠点とする町、グリムヘイズだ」


 町の外には広大な農地が広がる。

 だが、ルードには違和感を覚えた。

 なぜなら、近くに川が流れていないからだ。


 川が見える場所は、町が四つほど入るくらいの場所。

 そこから水を引いているようにはみえない。

 それでも、青々とした農地がそこにあるのだから。


「あの……」

「うん。言いたいことはわかる。あとで説明してやるから」

「あ、はい」


 山を背にして、右側の町の端にウルラは着地する。

 よく見ると、そこにはウルラのような翼を持つ鳥人種が複数出入りしている。

 陸路で来たと思われる馬車も出入りしてはいるが、町への入口には、シーウェールズにあるような外門は見当たらない。


 ルードたちが運営する空港のように、決まった場所だけに、翼を持つものが発着している。

 ウルラが降りようとした場所には、芝に似た足首が埋まる程度の植物が生えていた。


 ウルラが着陸しようとしたとき、何もない足下から風が巻き起こる。

 その風をはらんで、ウルラの身体はふわりと浮き上がる。

 それを利用して、羽ばたくことなく、ルードを降ろしてくれた。


「ルード君。痛くなかったか?」

「あ、はい。大丈夫です」

「そうか。それはよかった」


 ウルラはルードの状態を確認すると、近くにいた黒い羽と毛を持つ、鳥人種の女性に手を上げる。


「助かる」

「いえ、お帰りなさい。ウルラさん」


 ルードはウルラに訊く。


「今の風はどうなっているんですか?」

「あぁ。気付いていたのか。あれはな、黒鳥族こくちょうぞくの彼女が、精霊に頼んで起こしたものなんだ」


 ルードが見ると、その女性が手を振って笑顔をくれる。


「色々決まりごとがあってな、降りてくるものに一番近いのが、風を起こすようになっているんだ――」


 これから飛び立つものは、着陸するものより消耗していない。

 だから地に足がついているものが、風を起こすことになっている。

 それはこの町の決まりごとではなく、鳥人種だけにある約束事のようなものらしい。


 ルードには知らない常識がここにはある。

 色々と質問したいというのが表情に出ていたのだろう。


「いずれ教えてやるよ。今はそれより、これからのことだろう?」

「はいっ」


 口調と違って、ウルラは実に女性らしい気遣いをする。

 ルードを包んでいた大布を丁寧に畳むと、腰にある魔法袋に格納。

 ついでに、ルードの服が皺になっていないか確認して、そうなっている部分を軽く引っ張って直そうとまでする。


 するとウルラは、大きな目を細くして、満足そうに微笑む。

 彼女は『行くぞ』と一言言うだけ。そのまま踵を返して町の中へ歩いて行く。


「は、はい」


 ルードは返事をして、ウルラの後ろをついていく。

 日が昇ってまだ間もない時間のはずだが、思ったよりも人がいる。


 ウルラは思った以上に、人々から知られているようだ。

 すれ違う人の半数以上が、ウルラに声をかけてくる。


 だが中には、ウルラに目を合わせないように顔を背けるものもいる。

 そればかりか、露骨にその場から逃げ出す者もいるようだ。


 そんな人たちを見て、ウルラは苦笑していた。

 彼女が追うような仕草をしなかったから、ルードもあえて追求しなかった。


 彼ら彼女らは、人種や獣人種。

 ルードも見たことがない鱗を持つ人もいる。

 中でも思った以上に多いのが、ウルラのような翼を持つ鳥人種たち。


 おそらくは、ルードが越えてきた山のどこかに、彼らが住む場所があるのだろう。多種多様な種族が集まる場所だからか、海の見えない内陸にありながら、シーウェールズに似た感じがあるのだ。


 時間的に店舗を開店させる頃合いなのか? あちらこちらから、食べ物の匂いがし始めてくる。今朝方早く、ウルラが作った朝ご飯を食べさせてもらっていたから、お腹が鳴るようなことはなかった。それでも、美味しそうな匂いがしていたから、その方に目が行ってしまうのは仕方がない。


 石造りの建物が並ぶ中、まるでそこが中心となってこの町が大きくなったかのような、やたらと古い建物が見えてくる。

 それはルードが上空から見た、扇状の一番手前にあったもの。


 赤土色のブロックが積まれた、三階建ての建物。一階はルードの家に似た幅の広さ。

 それが二階になると、一段奥に引っ込んだ感じ。三階になると更に奥へ。

 まるで段々畑のような、大きさの異なる建物を下から順に、積み上げたかのような造りだった。


 ウルラは何の迷いもなく、入口から入っていく。

 ルードが入口あたりできょろきょろしていたら、『ほらこっちに来な』と手を引いてくれる。


「あ、はい。すみません」


 とことこと、彼女の後ろをついていく。

 手が繋がれたままだから、ルードは少々恥ずかしさを感じただろう。


 外側はまるで、赤煉瓦(あかれんが)のような石造りの建物だったのに、中に入ると細長い板で組まれた壁になっている。

 天井も床も木材だ。温かみがあり、とても珍しい造りで、ルードも見惚れてしまうほど。


 ウルラが立ち止まった場所には、ローズ商工会のような受付カウンター。

 どこかの王城勤めの職員が着るような、仕立ての良いブラウスを着た女性が迎えてくれる。


 ルードは驚いた。

 今まで出会ったことがない、種族の女性だったから。

 耳が長く、目が深く碧い。

 肌は白くて綺麗。髪はフェンリルに似た、透き通った青みがかったショートヘア。

 目はちょっと三白眼ぎみの一重で、ちょっと冷たい感じのする女性。

 それでもウルラとルードを見たからか、花が咲いたかのように優しげな笑顔を向けてくれた。


「ウルラさん。やっとお戻りになられたのですね?」

「あぁ。ちょっとトラブルがあってな、予定より遅れた。だが心配するな。依頼は完了した。これがサインをもらった書類だ」

「はい。ご確認させていただきます。――はい。間違いございません」

「そりゃそうだろう。あぁ、そういえば」


 ウルラは思い出したかのように。


「はい? なんでございましょう?」


 ウルラはどしんと肘をカウンターに乗せる。前にずいっと乗り上げ、その女性に肉薄する。


「『正義の味方』たちは、戻っているかい?」


 何やら聞いたことがあるフレーズだ。だが、女性は首を横に振る。


「残念ながら、お二人とも不在でございます。確か、二週間ほど前に発たれたかと思われますが」

「そうかい。それは残念だ」

「ところで、そちらの可愛らしいお坊ちゃんは?」

「あぁ、この子はな、――どうする? ここで登録しとけば、あたしらの仲間になる。どんな依頼も出せるし、協力を仰ぐこともできる」

「あの、はい。僕でもできるんでしょうか?」

「あぁ、できるとも。手続きで奥に行ってくる。今のうちに登録だけ済ませておくといい」


 くしゃりとルードの髪を撫でる。ウルラは名残惜しそうな表情をしながらも、カウンターを越えて、奥まで行ってしまった。

 この場に残されたのは、受付の美しい女性と、ルードだけ。


 今のルードは、狐人族の耳と尻尾を出している。

 おそらくは獣人だと思ってもらえるだろう。


「それでは改めて。んー、んっ、んっ――初めまして。自由交易の(みやこ)グリムヘイズへようこそ。私はこの『グリムヘイズ互助会――別名ギルド』の総合受付を任されています。ナイアターナ・ハーグマンと申します。お気軽に、『ナイアさん』って呼んでくださね? こう見えましても森の妖精種、エルフの里の出でございます」


 エルフという種族は、以前タバサから聞いたことがある、森の種族でとてつもなく長寿な種族。

 魔法や魔術に長けていて、狩猟が得意だが、穏やかな種族だと聞いていた。

 ちなみに、ウォルガードのある大陸にはいない種族だった。


「あ、はい。すみません。僕、フェムルード・ウォルガードと申します。こう見えても十六才です」


 どうみても十六才には見えないだろう。

 背も低いが、童顔で華奢。

 ただ、ウルラが連れていたから、ただの少年というわけではない。

 そう、ナイアターナにも感じられただろう。


「ギルドへ依頼をする場合も、依頼を受ける場合も。身元をはっきりとしていただくために、ここで登録をしていただいております。ただそれは、けっして難しいものではありません。犯罪歴がなければ、誰でも可能です。それこそ十三才から登録することができますので、あなたでも大丈夫ですよ?」

「ほ、ほんとに十六歳なんです。とにかく、登録をお願いします」


 きゅっと引き締まったルードの表情。

 遊んでいる暇はないという意思が込められている。


「はい。ではこちらに、まず手のひらで触れてください。これは魔道具で、あなたに対して、訴えが起こされていないかが、即座にわかるようになっています」


 大きな水晶球のようなもの。

 それが半球になっていて、丈夫な板に嵌まった感じの魔道具に見える。

 ルードは躊躇せず、手のひらを置く。

 それは、淡く光るだけで、他はなにも動きがなかった。


「犯罪歴があれば赤く光るので、何も問題はないと証明されました。ではこちらのプレートにサインをお願いします」


 ドックタグのような、楕円状のプレート。

 名前を書くところがあり、その横には薄い赤の魔石が埋め込まれている。


「ルード君は、魔法が使えますか? 魔法が使えるのでしたら、そこに魔力を。そうでなければ、血を一滴落としていただきたいのですが?」

「はい。僕は魔法が使えます。なので魔力でよろしいでしょうか?」

「えぇ。お願いいたします」

「どれくらい注げばいいんでしょう?」

「少しで構いません。そうですね、台所で使う、着火の魔道具に注ぐくらいでお願いします」


 着火の魔道具。

 ルードにとって、初めて聞く言葉だった。


「んー、これくらいかな?」


 ルードは魔石に指を置いて、魔力を流すようにイメージしてみた。

 すると、薄赤い魔石が、まっ白に光り、ルードの魔力の色に染め上がってしまう。


 受け取ったプレートを違う魔道具の上に置いて、何かを登録するような手続きをしていた。


「あら、珍しい色になりましたね。これでルード君の、内包魔力パターンを登録することができました。どの支部でも利用できる、身分証明のようなものです。なるべくなくさないでくださいね? 再発行に時間と費用が、かかってしまうものですから。もし、ルード君以外がこのプレートを提出すると、その場で取り押さえられるという感じになりますね。もちろん、地下の簡易牢獄へ一直線です」

「それは、おっかないですね」

「えぇ。なりすましは、犯罪ですから。では説明を続けさせていただきます。このギルドには、貢献度によってランク付けがされています。最初は銅、青銅、鉄、銀、金、白金(しろがね)と上がっていきます。最上位は白金のランク。ギルドには数人しかいません。登録したてのルード君は、銅ということになります」

「はいっ」

「依頼を失敗したり、素行が悪かったりするとですね、上位ランクの人たちに怒られます。説教されます。一日特訓させられたりします」


 結構厳しいんだなとルードは思った。


「依頼をする側も、受ける側も、互いを思って誠実にがモットーですから」


 ルードはどう答えたものかと考える。


「あのですね。僕は依頼をしたい、いえ、お願いしたいんです」

「はい。どのようなご用件でしょう?」


 ルードが口を開こうとしたときだった。


「ルード君の依頼は、あたしが受ける。元々、あの二人にも手伝わそうと思ってたんだが。まさかまたすれ違いになると思わなかった。あたしは嫌われているんだろうか? けれど、大丈夫だ。安心して任せるといい」


 ナイアターナは、呆れるような表情をする。


「あの、ウルラさん」

「どうした?」

「まだ、ルード君の依頼内容を聞いていないんですが……」

「あー、それは悪かった。あたしは全部知ってるものだから、つい、な」


 後ろからルードを抱えて、翼で覆ってしまう。


「よし、ここにいる皆、話を聞け。白金のあたしが、ここは仕切らせてもらう。文句はないよな?」


 なんと、ウルラは最上位ランクの冒険者だったようだ。

 彼女が向いている方向には、様々な種族、様々な装備装飾、服装をした冒険者と思われる人たち。

 おおよそ三十名以上はいただろう。


 ルードは集まっていた人たちの目を一人一人見ていく。

 改めてまっすぐ見ると、ゆっくりと深く息を吸って吐く。


「僕の命より大事な、猫人族のお姉ちゃんが捕らえられてしまいました。ある理由から、グルツ共和国にいるのは間違いないと思うのです。無事でいることも、間違いない――はずなんです。ただあの国では、獣人である僕の嗅覚では探すことができませんでした。――依頼料はいくらかかっても構いません。僕が今まで稼いだ金貨(おかね)でお支払いします。お願いです、僕に力を貸して下さい――」


 攫われてしまった、婚約者を取り戻したい。

 リングベルで待っているだろう、家族に連絡を取りたい。

 この二つをお願いしたいと説明する。


 この建物に複数いた、冒険者と思われる人々の目は大真面目だった。

 皆ルードの言葉に耳を傾けてくれる。

 早くも、情報収集の方法の打ち合わせに入っているグループもいるようだ。


「全ては僕の油断から起きてしまったことです。もちろん僕も、ただ待っているだけではありません。グルツ共和国へ潜入して、情報収集にあたるつもりです」


 冒険者たちはグルツ共和国と聞いて、人族至上主義であり、きな臭い国であることも知っている。

 だからといって、怯むものなどいなかった。


 必要経費は全てルードが精算する。

 報酬は、各ランクの一日あたりの上限。解決までにかかった日数を保証すると伝える。

 長年受付を務めているナイアターナは言う。


「報酬が少々、高すぎるように思えますが?」


 ルードは首を左右に振る。


「いえ、皆さんに危険が及ぶ可能性がある以上、それが高いとは思いません。何より、僕のお姉ちゃんは、お金なんかに替えられないのです。報酬は、リングベルにいる僕の家令に預けてあります。落ち合った後、ナイアターナさんにお預けします」

「わかりました。ギルド長、それでよろしいですよね?」


 ルードはナイアターナの視線を追う。

 すると彼女はウルラを見ているではないか?


 ルードがウルラを見ると、ウルラはその大きな目でウィンクする。

 後から聞いた話、彼女は現役でありながら、ここの長を兼務しているのだというのだ。


 後で聞いた話、このギルドはウルラの亡くなった祖父が作ったそうだ。

 その人は、他の人にはない特殊な力を持っていた。

 変人とも言えるほどの変わり者で、困っている人を放っておけない優しい人だったそうだ。


「あぁ、構わない。みんな、腕の見せ所だ。こんな可愛らしい少年が、思い人を助けたいと言ってる。あたしたちが、手を貸してやらなくて、誰がやる?」

『おうよ!』


 老若男女、種族の壁を越えて、皆、ウルラの言葉に応じる。


お読みいただきありがとうございます。

ご無沙汰して申し訳ありません。

なるべく間を開けずに続きを書いていくつもりです。

これからもよろしくお願いお願いいたします。



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