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フェンリル母さんとあったかご飯 ~異世界もふもふ生活~  作者: はらくろ
第六章 海を越えた東の空の下。
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第五話 ありがとうよりも興味が先になってしまって、ごめんなさいっ。


 (まぶた)というものは、閉じていても明るさを感じることができる。ここ最近は、目覚めるのは朝方だった。つい最近感じた目覚めのときもそうだった。


 だが今回は、瞼を通しても明るく感じる。木と布の匂いもすぐ傍にある。何やら安心できそうな匂いも感じられた。


 だからルードは、若干重く感じた瞼をゆっくりと開けてみた。


 ぼんやりと、外の景色が入ってくる。ピントが徐々に合わさる。


「(あれ? 何だろう?)」


 目の前は明るい。

 確かに明るい。

 おそらくは朝。だが、ルードの目の前には、見慣れない景色が広がっていた。


 白を基調としたモフモフふかふかの羽。

 それはまるで、マリアーヌこと――けだまの羽毛のよう。

 だがところどころに、黒みを帯びた茶色の羽も混ざっている。


 クロケットならば、エリスならば、抱きついて顔を埋めてしまいたくなるほどのモフモフ感。

 ルードでも手を伸ばして触りたくなるほどに、柔らかそう。


 ただそこには、予想もしていなかった、黒い大きな、しっとりと濡れた感じの、大きな瞳。

 その外側には白目ではなく、卵黄のような色が見える。


 それが二つ、ルードをじっと見ている。

 瞳孔の部分が、収縮しながら何かを伝えようとする感がある。


 最初は顔を見ていたように思えた。

 今は少し動いて、ルードの目を見ているがわかる。


 ルードは、相手の目から気持ちをくみ取ることができる。

 その目からは、『起きたね。大丈夫。ここは危なくないよ』という気持ちが伝わってくる。


 羽毛だと思っていた部分には、同色の髪の毛も混ざっていた。

 いや、髪の毛に同色の羽毛が混ざっていると言った方がいいだろう。


 ときおりまばたきする(まぶた)だと思っていたところに、うっすらと羽毛があった。


 この人は獣人なのだろうか? けれど、ルードが知る獣人の匂いがしない。


 ルードの嗅覚はかなり鋭い方で、どんな香油や香水を使っていても、猫人族と犬人族の違いがなんとなくわかる。

 同様に、狼人族は犬人族に近い何かが感じられる。


 ルードは、匂いの記憶を持っている。

 その匂いを記憶しているからこそ、人族がいるのか、それとも獣人族がいるのか、ある程度判断できる。


 そんなルードであっても、目の前にいる人が、人族以外だということしか判断できなかった。


 そのとき、ルードは興味が湧いてきた。

 だからこんな質問を、お礼よりも先にしてしまったのだろう。


「あの」

「ん?」


 耳に入ってくるその声は、好感が持てた。

 とても優しそうな女性の声の、耳当たりの良い声。


「あなたは、人族でも獣人族でも、なかったりしませんか?」


 一拍おいて、彼女の反応はこうだった。


「――あははははっ! くぅっ! お腹痛い。……最初に言うのがそれか? まったく、予想もしていなかったよ」


 目が笑っている。声も楽しそうに感じられる。


「おかしいですか?」

「あぁ」


 声は女性なのに、男性みたいな受け答え。


「僕、獣人なんです」

「そうだろうね。見たらわかるよ」

「あなたからは、人族の匂いも、獣人族の匂いもしなかったんです」

「そうだったんだ?」

「はい。だから、その」

「言ってみな」

「興味が、出てき――あっ。そのっ」

「ん?」

「よくわかりませんが、そのっ」

「うん」

「ありがとうございましたっ」


 恥ずかしそうに、ルードの頬は染まる。

 きゅっと目をつむっている。

 やっと、自分がお礼の言葉を発していないことに気づいてしまったのだろう。


「――あはははは……、くぅっ! けほっ、けほっ」


 彼女はむせてしまうまで、思い切り笑った。


「あ、うん。その、ごめんなさい」

「いやいやいや。謝るところじゃないだろうに。笑ってしまった、あたしが悪いんだ」


 一人称からほぼ女性だと思った。

 遠ざかって初めて、彼女の首から上、頭部から顔にかけてがはっきりと見えてきた。


「あれ? 耳がある。あれ? 眉? ううん。耳ですよね?」

「あぁこれ? これは違うよ。これは、耳じゃなく羽、の一種かな? 耳はこっち」


 髪と羽毛をかきわけると、少しとがり気味の耳がそこにあった。


「羽、です――うわぁ。すっごい」


 ルードの目にもやっと、彼女の肩口から見える。

 綺麗にたたまれた、下に向かって流れるような羽の向きが見える。

 それが翼だと、やっと理解できた。


「あれ? 翼、ですよね? でも、あれ? 腕?」

「質問ばっかりだな。でも、半分正解かな? これは腕でもあって、翼でもあるんだ」


 ルードにとって、腕が四本ある種族に出会うのは、初めてだっただろう。

 キャメリアが翼をたたんだようなフォルムにも見える。

 だが、言われてみたら、背中側にも肩関節があるのがわかった。

 間違いなくそれは、腕でもあった。


 ルードは身体を起こした。

 それは、もっと近くで見たい。触ってみたいという、衝動からだった。

 そのときルードが無理に起きようとしたのを、彼女は抱きとめる。


「ほら、腕だろう?」


 ルードを柔らかく抱き寄せる、力強い四本の腕の感触。

 同時に、ルードの顔を埋める、柔らかな胸の感触もあった。

 間違いなく女性だと、再認識しただろう。


「あ、はい。腕ですね」

「わかればいいんだ。うんうん」



 ルードは再び寝るように諭されてしまう。

 それでも、話をすることは許された。


 彼女の名前はウルラ。

 ルードが思った通り、人族でもなく獣人族でもない。

 彼女は梟人族(きょうじんぞく)

 初めて出会う種族だった。


 ここは、ヌーベルグという宿場町の宿屋。

 ウルラはグリムヘイズという大きな町に戻る途中だった。


「倒れていた君の辛そうな寝顔がね、あまりにも母性本能をくすぐるものだから。つい、連れてきてしまったんだ」


 まるで変質者か、誘拐犯のようなセリフ。

 だが彼女は、ルードが倒れてしまっているのを見つけ、ここまで連れてきてくれたのだという。


 照れもあるのだろう。

 戯けたように、冗談を言って和ませてくれているのかもしれない。


 彼女がルードを和ませてくれたおかげか。

 徐々にだが、やっと自分が置かれた状況を認識できるようになってきた。


「……そういえばあのっ」

「ん?」

「僕、どれくらい寝ていたんでしょう?」


 翼を起用に避け、椅子に座ったウルラは腕を組んで、右手を顎の先にあてる。

 耳だと思われた部分が、眉と連動するように、少し困ったように動く。


「そうだね。朝方からぐるっと回って、んー……。一日と半分くらい?」


 ルードの頭はフル回転した。

 それはもう瞬時に、焦りの表情に変わってしまう。


「僕、もう行かなきゃっ。行かなきゃ駄目、なんで――」


 勢いよく身体を起こしたルード。

 ウルラは慌てず抱きしめて制止する。


「黙るんだ」


 まるで男親が子を叱りつけるような厳しい言葉。

 とても強い、意思のある言葉。


「……急いでいるときほどな。慌てたら、駄目なんだよ」


 先程とは違う、ゆっくりとした、言い聞かせるような優しい声。


「ほら、状況を整理しようじゃないか? な?」


 母親の優しさも備えた、彼女の気持ちのこもった声。


 落ちついてくると感じられる。

 彼女からはとても良い香りがした。

 子供のころ、リーダに抱かれていたときのように。

 それは暖かい気持ちになれるものだった。


「はい……」


 ルードは、今まで自分の身に起きたことを。

 言ってはならないこと以外を、吐露し始める。


 リングベルで起きたと思われることを。

 意識を失ったときの状況を。

 どこかの神官だと思う者から、聞き出した状況を。


「そうかい。それは、どうやって聞き出したんだ? それは、どこまで信用してもいい言葉なんだ?」


 ゆっくり、ルードが落ちついて判断できるように、聞き出そうとしてくれる。


「その。僕には、『短い時間ですが、嘘を言えない状況を作り出せる魔法』を持っているんです」

「ほほぅ? それはどういう感じなんだい?」


 ルードは左目の奥に魔力を少しだけ流してみる。

 すると、ウルラを覆うほどの薄くて白い霧が発生する。


『僕の顔を殴れ』

「え? 『頬を叩いてください』って、ちょっとま――」


 パァンッ――


 その瞬間、乾いた音が部屋に響く。

 ルードの左頬に、破裂しそうなほどの衝撃が発生した。


 ルードはベッドの上から転げ落ちてしまう。

 彼女の腕力は、抑えていても相当なものだったのだろう。


 自分がやったこととはいえ、左の頬を手で押さえて、きょとんとする。


 時間が経つにつれて、やっぱり物凄く痛い。

 痛いけれど、加減はしてくれたようだ。

 そうでなければ、きっとルードは壁にぶつかっていたかもしれないから。


 ルードは魔力の供給を絶つ。

 白い霧が同時に霧散するように消えていく。


「その、あたし。なんで叩いたんだろう? そんなつもり、なかったんだ。ごめん――」


 ウルラは駆け寄って抱きしめる。

 右手だけ。

 右の手のひらだけ、叩いてしまったルードの頬を、何度も撫で続ける。


「いたたた……。いいんです。これが僕の魔法なんです。驚かせてごめんなさい」

「これが、魔法?」


 魔力を使うから、魔法と言っても嘘ではない。


「はい、そうです」


 ルードはあえて、治癒の魔法を使わなかった。

 騙したように、ウルラに叩かせてしまったから。

 せめてもの、謝罪(ごめんなさい)の意味もあったから。


 ルードを抱き上げ、ベッドに再び寝かせる。

 背中をもたれかかれるようにして、軽く身体を起こす感じにしてくれた。


「驚いた。あぁ、こんなに腫れてしまって……、痛くないかい? いや、痛いよね?」

「大丈夫です、ごめんなさい。でも、僕の魔法にかかった、あの人の言ってたことに、嘘はないはずなんです」


 ウルラは再び考える仕草を見せる。

 目の前に事実を突きつけられてしまえば、納得するしかない。

 言葉使いから、ルードが落ち着きを取り戻したのを理解する。


 だが同時に、物凄い気持ち悪さが、ウルラ気持ちをかきむしる。

 何かがおかしい。ルードは何か間違っているような気がする。

 だからこそ、ルードが慌てているのが不思議でならない。


 ウルラの中に、すとんと落ちる感じがする。


「(あ、そういうことか……)」


 ルードはこれだけ強力な能力を持っていながら、矛盾している。

 そのことに気づいたウルラは、ルードが心配になってきてしまった。

 このまま放り出しては、絶対にいけない。

 そう思ってしまったのだった。


「ルード君でいいのかな?」

「はい。そう呼んでいただいて構いません」

「――んー、あのな。ルード君」

「あ、はい」

「あたしは、思うんだ」

「はい」

「お前は自分の能力を、信じ切れていないだろう?」

「……はい?」


 ルードには意味がわからなかった。

 ウルラが何を言っているのかがわからなかった。

 きょとんとしている、ルードの表情を、余計に哀れに、情けなく思ってしまう。


「さっきあたしに使ったあの魔法。あれはお前に逆らえないんだろう?」

「あ、はい。そうです。魔法の効果があるときだけですけど……」

「なるほどな。じゃなければ今ごろ、ルード君を殴り続けていたかもしれないからな」

「あー、うん。そうなったら、僕、気絶してると思います」

「そのな、話に出てきた神官は、嘘をつけないんだろう?」

「はい。そうだと思いま――」

「それなんだよ。(さら)われたっていう、クロケットだっけ?」

「はい」

「そのクロケットちゃんだがな、間違いなく無事だ」

「なんでそんなことが、言えるんです? ウルラさんは、実際に見てもいないのに」

「あのな。あたしはお願いされても、ルード君を叩いたりしない。こんなに可愛らしい、ふかふかした子だぞ? 撫でることはあっても、誰が叩くもんか!」

「ひっ!」

「あぁ、済まない。そう思うんだ。あたしが叩いたのは、お前の魔法にかかったから、なんだよ」

「あ……」


 ルードもやっと、ウルラの言っている意味だけはわかった。

 ウルラの感じていた、気持ち悪さはそこだったのだ。


「お前の魔法は、あたしが叩いてしまったくらいに、強制力が強いんだ。だったらその、クロケットちゃんも、無事でいるはずだ」

「あ、はい。そう、なるんですかね?」

「あ、駄目だこりゃ……」


 ルードは理解していない。

 いや、理解しようとすらしていないように思えてしまい、ウルラは頭を抱えてしまった。



「それでですね。その人は、『グ』と言った途端に、泡を吹いて倒れてしまったんです」

 ルードは、再度思い出すように、詳しく状況を説明した。さっき言わなかった理由は、ルード自身が隷属の首輪と思われる魔道具を忌避しているから。口にしたくなかったからなのだろう。

「ごめんな。何か辛そうなことを思い出させてしまって」

「いえ。僕があの魔道具を、嫌っているからかもしれないんです」

「そうだな。あたしも聞いたことがある。実際に見たことはないけどな」

「あの。これです」


 ルードは、ポケットに入っていた、なれの果てを見せる。

 ウルラは癖なのだろう。顎に手をやり、考え始める。


「そうだな。あたしも見るのは初めてだ。だがな、これはもう、壊れてしまっているんだろう?」

「そうですね。僕が、焼き切ってしまいましたから。ですが、似たようなものを、あの人の首にも巻かれていたんです」

「なるほど、おそらくその、国の名前や情報を漏らさないように、戒めがされていたんだろうな」

「そう、ですね……」

「おそらくその男の言おうとした国は、グルツ共和国だろう」

「――っ!」


 ルードはその名を聞いて、ベッドから立ち上がろうとした。

 だが、ウルラが両手で、ルードの肩を押さえつける。


 ルードが忘れるわけもない。

 エランズリルドで聞いた、隷属の首輪が流れてきたとされる、忌まわしき国の名前だったから。


「落ちつくんだ。そうか、あそこか。きっとあそこの、国教の信徒か、神官なんだろうな」


 ウルラは知っている限りの話をしてくれる。……が、同時に、困った表情をするのだ。その理由はこうだった。


「あたしはあの国には近寄れない。いや、行こうとも思わないだろう。もちろん、あたしだけじゃない。他の梟人族、いや鳥人種。もしかしたら、ルード君のような獣人族もそうだろう」

「そこまで、なんです?」

「あぁそうだ――」


 聞くとその国は、人種以外を人と認めない。

 城下に住む人たちも、人種以外は『見えないこと』にしないと、異教徒扱いされるらしい。

 巡回する衛兵たちに、害されることもあると聞く。


「仕方ないな。ルード君の体力が戻ったら、グルツの近くまでは、連れて行ってやるよ」

「本当ですか? どれくらい戻ったら、そのっ――」

「慌てるなって。とにかく回復に努めるんだ。それにお前一人で行ったって、危ない目に遭うのは、わかりきっている。こんなに可愛らしい、狐人族なんだからな」


 そう言って、ルードを再度抱きしめようとしたのだが、四本の腕をぴたりと止める。

 ウルラは、ある意味自制しているのだろう。


「あの、僕、狐人族の血は入っていますが、ちょっと違うんです」

「どういう意味なんだ?」

「まだ魔力が回復していないので、見せることはできませんけど、僕は」

「ん?」

「フェンリルなんです」

「あははは。(うっそ)だろう?」


 ウルラはお腹を抱えて、翼で身体を包んで大笑いを始めた。

 涙を少々浮かべながら、顔だけ羽の中から出す。


「あの恐ろしい、一夜にして国一つ焼き滅ぼしてしまった伝説の神獣が。こんなに可愛らしい子なわけがないじゃないか」


 やはり見せないと信じないのだろう。

 だが、ルードは獣化するだけの魔力が戻っていない。

 そう思うと、ルードはちょっと拗ねてしまう。

 それがウルラの心を鷲掴みにする。


「と、とにかく、だ。ルード君が、嘘を言う子じゃないのはわかったよ。だがな、よしんばその、お前が伝説の神獣――フェンリルだとして、その体たらくでどうしようっていうんだ?」

「あ、はい。その、何もできないと、思います……」


 ルードはそれ以上、何も言えなくなってしまった。


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