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フェンリル母さんとあったかご飯 ~異世界もふもふ生活~  作者: はらくろ
第六章 海を越えた東の空の下。
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第二話 母としてできること。

 時間(とき)は、ルードたちが東の大陸を踏みしめた日より、二週間ほど前のこと。

 大空へと飛び立つ、愛する我が子の背を見送る、母二人。

 視認できる限界を越える距離へと、真紅の姿が消え去る前に、視線をずらす。

 隣に立つエリスを向くと、腕を彼女の腰へと回し、力強くぎゅっと抱き寄せる。

 時折、姉の立場である自分を窘める存在にもなるほど、愛しくも、信頼の置ける妹に、耳元でそっと、リーダはこう伝える。


「ごめんなさいエリス。あとはお願いね?」

「えぇ、リーダ姉さん。でもあまり、無理はしないで欲しいわ」

「わかってる。イエッタさんにも、毎日〝連絡〟を入れることになっているから。わたしがどこで何をしているか、常に把握されているでしょうからね」


 確かに毎日、リーダは連絡することを約束させられている。

 イエッタは自ら〝見た〟上に、報告まで受けたのなら、まるでその場にいるかのように、事態を把握することができるのだろう。

 〝瞳〟のイエッタにかかってしまえば、リーダの状況は、手のひらの上同然。

 それを理解したエリスは、安心して姉を見送ることができるはずだ。


「それなら、心配ないわね。行ってらっしゃい、リーダ姉さん」


 ルードたちを見送り、エリスに留守を託したルードの母リーダ。

 家族にいらぬ心配をかけぬようにと、気配を消した後、エリスだけが見送る、屋敷を背にして歩いて行く。


 ウォルメルド空路カンパニーが運行する、飛龍たちのルーティンワーク(あさめしまえ)

 各国へ向けた定期便の発着口に並んだ、大型種の飛龍(ドラグナ)の姿。

 僅かな色味の違いで、リーダも見分けがつく、屋敷の庭師を兼任するリューザの姿があった。


 飛龍(ドラグリーナ)になる順を待つ、ルード家の厨房を任される、王太子付き調理師のエライダとシュミラナも、朝の仕事を終えて、自分の担当する地へ向かう予定なのだろう。

 彼女たちの大きさの関係で、発着場に並ぶことが不可能なため、こうして順番待ちが発生している。

 リーダの姿に気づき、侍女服のスカート裾を軽くつまみ上げ、キャメリアから教わったかのような、綺麗な仕草で一礼をする。

 笑顔で右手を上げて、応えるリーダ。


 シーウェールズなどの空港と比べると、それほど立派なものではないが、それでも必要十分な設備が整っている。

 最近は、ウォルガードと各国を結ぶ定期便を、エリスの父アルフェルが営む、ローズ商工会の会員証を持つ商人たちも利用する。

 ローズ商工会の会員証を持つ者は、ウォルガードの商業区への滞在を許されている。

 要はその会員証自体が、各国への入国審査の際の身分証明書であり、パスポートの代わりになっているようなものだった。


 シーウェールズやエランズリルドに用があるときは、自らの足で向かうよりも早く到着することから、度々彼らに間ざって、リーダも同乗させてもらうことがあった。

 今日も所用のためと、職員に理由を告げて、いつものように龍車へ乗り込もうとする。

 リューザの背負う、龍車のタラップを上がる前に、彼の鱗に手を当て、


「いつもありがとう」


 すると、大きな目がリーダを追い、大きな口を開けて、


「いいえ、いつもご利用ありがとうございます。リーダ様」


 そう、丁寧に答えるリューザがいた。


 上空で少し考えごとをしている間に、あっさりとシーウェールズに到着する。

 龍車から降りるとリーダは、ローズ商工会事務局へ立ち寄り、アルフェルにお願いして、東の大陸へ向かう商船を紹介してもらう。

 ルードたちの向かった、ネレイティールズ経由の航路とは違い、リーダは直接、シーウェールズから大陸へと渡るつもりだ。

 それは『ルードたちの後を、こっそりと追うために来たわけではない』という証でもある。

 リーダにはリーダの目的があって、東の大陸を目指すことになっているのだから。


 商船へ乗せてもらう前に、リーダはローズ商工会の事務所の、更に奥へ。

 その先には、従業員の休憩所になっている部屋がある。

 そこへ入ると、誰もいないことを確認した後、扉を閉める。

 リーダは普段着ている深紅のドレスから、ルードと昔、おそろいに作った商人に扮した際の服へと着替える。


「――えっと、確か、『祖の姿、印となる証を顕現させよ』だったかしら?」


 思い出しながら、フェリスから教わった呪文を詠唱する。

 同時に、頭部と腰の部分に、リーダの魔力の色である、緑色の霧状のものが包んでいく。

 その後すぐに霧が晴れると、両耳の上あたりと、腰のあたりに違和感を感じることができた。

 そう、彼女の頭部には、緑色の大きな二つの耳と、同色のふさふさ尻尾が存在していた。


 リーダは、『フェンリルの獣人姿』になった、自らの姿を鏡に映すし、確認する。


「あらほんと、フェリスお母さまみたいだわね。うんうん。人の姿でいるよりも、魔力の抜けていく感じが減っているようだわ。聞いてた通りなのね。……さて、と」


 持ってきた鞄の奥から、ポーチのような小さな手鞄を出す。

 そこから、一つの指輪を取り出し、リーダは自らの左手小指に填める。


 するとその瞬間から、彼女の尻尾の先からすぅっと、徐々に色味が変化していく。

 ものの数秒で、彼女の尻尾と耳を覆う、全ての毛の色がアッシュブロンド――黒みがかった灰色の銀髪、それはまるで、ウォルガード王室付き錬金術師である、タバサの髪色そっくりの色味に染まっていった。

 この指輪は、フェリスから預かったもので、『偽装の魔術』の解析中にできた、副産物的な魔道具で、毛の色だけを変化させるもの。

 中央に小さく鎮座する宝玉は、くすんだ銀色に輝いている。

 今のリーダは、どこからみてもタバサと同じ、狼人族の女性に見えることだろう。


「うんうん。良い感じね。これなら安心して動けるわ。あとは、……と」


 先日、タバサから預かった、特注の香油を耳元と襟元へ振りかける。

 普段とは違う香りが、リーダから漂う。


「不思議な、でもちょっと安心する香りね。これでいいはず、なのだけどね」


 長い髪を三つ編みに結い、くるくると持ち上げると髪留めで留める。

 着替えた服を詰めた鞄を背負うと、休憩所を出て行く。


「あら、リーダさん。見違えましたね」

「ローズさん、どうかしら?」

「えぇ。〝あの気配〟も感じられないですし、どこから見ても、狼人族にしか見えませんよ」


 ローズはイエッタの娘であり、彼女も狐人族の混血(ハーフ)であるため、犬人族や狼人族の上位的存在の種族だ。

 人の姿をしていても、嗅覚は獣人と同等。

 彼女のの言う〝あの気配〟とは、フェンリラの匂いに反応して、〝服従の印〟の反射的行動のことを言っている。

 だが、彼女は、生まれてから化身をした回数が少なく、その傾向が弱いらしいのだ。

 もちろん慣れもあり、気を抜けば圧倒されてしまうのは知っている。


「よかった。じゃ、行ってきますね」

「えぇ。船着き場まで、案内させますから」

「ありがとう」


 リーダは、ローズ商工会の従業員の案内で、商船へ乗りこんだ。

 周りには、交易を行う商人たちや、船員の姿しか見えない。

 こうして、誰も見送りをすることのない旅立ちとなった。


 視界から離れていく、見慣れたシーウェールズの町。

 リーダは先日、フェリスから思い切り釘を刺され、いくつか約束をさせられてしまった。

 ルードたちに同行してはならない。

 様子を見に行ってもいいが、気配を悟られてはならない。


 このために、リーダはルードの嗅覚をごまかせるものを、秘密にタバサへお願いしていたのだ。

 商船へ案内してもらった途中、数人の犬人族とすれ違いはしたが、〝服従の印〟の衝動に駆られるものはいなかったようだ。

 リーダから自然と出てしまっている、フェンリラの気配と匂いを誤魔化すことができているようだった。

 これならルードにも、リーダの匂いを悟られる心配がないだろう。


 イエッタが逐一〝見ている〟のだから、『何かが起きた際』は、フェリスたちが判断し、自ら乗りこむから、ルードたちを手助けをしてはならない。

 ルードが大人になることを妨げないのと同時に、リーダ自身も、母親として成長しなさいと叱られてしまったのだった。


 同時にリーダは、フェリスから使命を受けていた。

 それは、以前聞いたオルトレットの話を元に、自分の双子の姉たちを探すこと。

 非人道的な、魔道具の出所を探ること。

 大陸に起きている、人種とそうでない種族との軋轢を調べること。

 全てはルードのためになるのだからと、フェリスから言いつかったこと。


 途中、息抜きに、ルードたちの様子をこっそり見てくるつもりはあっても、物見遊山で行えるレベルのミッションではないのは事実。


「――はぁっ……。さて、どうしたものかしらねぇ……」


 遠ざかるシーウェールズを眺めながら、ため息をつくリーダだった。



 ルードたちがリングベルへ到着し、一夜明けた翌朝のこと。

 キャメリアとオルトレットに、『能力を使って(おねがい)してでも、一緒にしてもらうからね?』と、白い魔力を漏らしつつ、ルードがちょっとだけ脅かしたため、渋々二人も一緒のテーブルを囲み、朝食を摂った。

 その後、キャメリアは必要な物資の買い付けに、オルトレットは馬車の手配のため、宿を出て行く。

 残されたルードとクロケットは、彼女が楽しみにしていた町の散策を楽しんでいた。

 珍しい鳥の肉の串焼きを頬張り、ご満悦のクロケット。


「こ、これは、駆け尾長(かけおにゃが)にも負けにゃい歯ごたえが、たまりませんにゃっ」

 駆け尾長とは、前に猫人族の集落があった場所にほど近い地域に生息する、飛ばないタイプの足が速く、走る野鳥のこと。

 猫人族の機動性を持ってしても、捕まえることが困難で、肉質が良く、脂の旨味の強い貴重な蛋白源であった。

「はいはい。串焼きは逃げないんだから、ほら、こっち向いて」

「うにゃ?」


 ルードはクロケットの口元を拭う。

 あふれ出る肉汁が、彼女の口元を濡らしてしまっていたから。


「あ、ありがとうござい、ますにゃ」


 夢中になっていて、多少はしたない状態だったことに、クロケットもやっと気づいたのだろう。

 ちょっと頬を染め、それでも手に持った串焼きの匂いに敵うはずもなく、おおきな口をあけて、光る脂のしたたる肉の残りの頬張りを再開する。


 小腹が落ち着くと、クロケットはルードの一歩先を歩く。

 彼女はルードと一緒にいるときは、遠慮をしない。

 こうして二人で出歩くときは、ルードと並ぶか、一歩先を歩くことが多いのだ。


 それでも十字路の手前に立ち止まると、


「ルードちゃん、あっちに行ってみましょう、ですにゃ」

「うん、そうしよっか」


 必ず、ルードを振り返り、行き先を確認してから先に進んでいく。


 珍しい果物を見つけると、ルードは購入し、肩掛け鞄に放り込んでいく。

 きっと、あとでおやつにするか、料理に使おうと思っているのだろう。


 クロケットの鼻先がすんすんと動く。

 甘そうな香りのする揚げものを見つけると、ルードを振り返る。

 二本の漆黒の尻尾は垂直に立ち上がっていた。

 クロケットは指先を咥える仕草をし、『買ってもいい?』というような、目でルードを見つめてくる。

 実にわかりやすい。


 ルードは肩をすくめると微笑み、『いいよ』と承認。

 クロケットはくるっと回転。

 屋台へダッシュし、


「すみませんにゃ。それ、ひとつ、いえ、ふたつ欲しいんですにゃ」

「あ、ひとつでいいです」


 あっという間に追いついたルードは、すかさず訂正する。

 きっとクロケットは、ルードの分も注文するつもり。

 さっきも食べたばかりだから、さすがのルードも食べ続けるのはちょっときつい。


「わかったよ。ちょいと待っておくれ」


 額から角を生やした、珍しい種族の年配の女性が、笑顔で受け答えをしてくれた。

 このように、このリングベルは、多種族の集まる国。

 シーウェールズよりもその数は多いようで、ルードも知らない種族の人々がいて、退屈する暇もない。


 女性はこの商店の店主なのだろうか?

 手元が五センチほど見える棒に刺さる、直径二センチ、長さ十センチの、きつね色に揚げ上がった香ばしい香り。

 その揚げ物を、陶器製のトレーのようなものに準備されていた、白と黒の、細かい結晶の上を転がす。


「(なんだろう? 砂糖? それとも?)」


 細かい結晶が薄く付いたかと思うと、揚げ鍋の下にある直火にさらし、くるりとゆっくり炙っていくと、更に甘い焦げた香りが強くなる。

 おそらくは仕上げの段階。

 美味しいものを更に美味しくする、独自の方法だろう。


 焦げた具合を目で確かめ、彼女は一つ頷くと、


「はいはい、お嬢さん。できあがりだよ。熱いから、火傷しないようにね」


 クロケットが揚げ物を受け取ると、ルードが『すみませんね』と、苦笑しつつも支払いを済ませる。

 クロケットの目は、できあがった揚げ物に釘付け。


「可愛らしい、しっかりしった弟さんだね。はい、おつりだよ」

「あははは……」


 ルードは耳と尻尾を出し、おつりを受け取る右手の小指には、フェリスから借りていた、漆黒の宝玉の指輪をつけていた。

 それはルードが船上の『遊び』で使っていたものとは少々違うのだが、髪の色だけを変化させる魔道具。

 耳の形が少々違っているとはいえ、クロケットと同じ漆黒の艶のある髪色になっている。

 今の二人は、姉弟(きょうだい)のように見えるのだろう。


 どの店でも、クロケットのことを『妹さん』、ルードのことを『お兄さん』とは言ってくれない。

 身長差もあり、年齢よりも童顔に見えるから、仕方のないことなのだろうが、それがちょっと悲しくなったりしないこともない、ルードだった。

 『可愛らしい』と言われるのはもう慣れた。

 フェリスからのダメ押しもあり、ルードは『あきらめようと』努力していた。

 あきらめようとした上で、ルードは、フェリスから預かった指輪の鍛錬で『遊んでいた』。

 実は今現在も、耳の先の形だけ、クロケットとは似ても似つかないこともあり、見た目をなんとかしようと『遊んで』いる最中。

 これがまた、結構集中力が必要だったりするのだ。


 そんなときその女性が語りかけてくる。


「店の中に椅子があるから、そこで食べていくといいよ。そんなに可愛らしい服を着ているんだから、立ち食いさせたら可哀想じゃないかい?」


 ウィンクしつつ、ルードに促してくれた。


「あ、はい。ありがとうございます。ほら、お姉ちゃん」


 いまにもよだれがでそうなほどに、口を半開きにして、おあずけ状態のクロケットの手を引いて、店先にある屋台の横を抜ける。

 女性の裏側には、長椅子があり、ルードはクロケットを座らせ、自分も横に座った。

 クロケットは『食べてもいいの?』という目で見てくる。


「うん。いいよ。熱いから――」


 ルードが頷いた瞬間、


「――あにゃっ!」


 もはやお約束。

 舌を火傷してしまうクロケット。


「あー、やっぱり……」

 いつものように、ルードに向かって舌を出す。

 思った通り少しだけ、赤く(ただ)れてしまっている。

 舌は敏感な器官だからこそ、こんな少々の爛れでも、結構痛かったりするのだ。

 もちろん、口の中の傷は、治りにくいからこそ、手早くなんとかしなければならない。


 ルードは、クロケットの空いている左手を握ると、


『癒やせ』


 これも、いつも通りの詠唱。

 軽く白い魔力がクロケットを包む。

 すぅっと、患部が綺麗になっていった。


「ほら、ちゃんと冷ましてからって、言おうとしたのに。揚げたてなんだから」

「にゃははは。……ふぅうっ、ふぅうっ。あむ、――うにゃぁっ。あまじょっぱ。でも、美味しいですにゃ。んー、にゃんていったら。あ、ルードちゃん」

「ん?」

「あーん」


 クロケットは自分の口を大きく開けつつ、ルードに口を開けるように促す。


「あ、はいはい。あーん」


 一口かじる。

 甘塩っぱさを感じる上に、複雑な旨味。


「あ、うんうん。そっかそっか」


 口の中に広がる、磯の香り。

 食感は初めて味わうものだが、これは揚げ菓子ではなかった。


「すみません、これって、お魚――」

「そうだよ、よくわかったね。ここで獲れる魚をすり身にして、揚げたもの。名前もそのまま、すり身揚げ」


 いわゆる、揚げかまぼこのようなもの。


「やっぱり。あとこれ、砂糖と塩、それにんー、……黒っぽい肉厚な海藻を、乾燥させて砕いたものですか?」

「すごいね。よくわかったものさ。黒根っていう沢山獲れるものだよ。乾かすと、味が良くなるものでね」

「そうだったんですね。僕らは最初、揚げ菓子だと思ってたんです」

「見た目が似ているからね。それより、最初は姉弟かと思ったんだけれど、何やら違った仲の良さを感じたよ。獣人さんたちは、見た目も若い人がいるって聞いたから、もしや、夫婦だったりするのかな?」

「――うにゃっ! お、奥さんだにゃんて……」


 ルードよりも早く、クロケットが反応してしまった。

 すり身揚げを持ったまま、くねくねと身をよじり、頬を真っ赤に染め、二本の尻尾を嬉しそうに動かす。

 『いや違うから、言ってないから』と、突っ込みそうになるのをぐっと堪えるルード。


 それでも、照れた状態で、


「あー、その、……はい。再来年には」

「そうなんだね。それはめでたいことだよ。ちょっと早いけど、おめでとう。これは、安っぽいけどお祝いの代わり」


 そう言って、女性店主は冷たいお茶と、持ち帰りようにすり身揚げを五本包んでくれた。


「あ、その。はい。ありがとうございます」

「うにゃぁ、奥さんだにゃんて……」


 クロケットが食べ終わるのを待ち、お茶をいただいて人心地ついたルードたちは、店主へお礼を言った後、町の散策へ戻っていく。


 このように、この国の住人は、犬人族もいれば、狼人族、人族もいる。

 そうかと思えば、鬼のような角をもつ人、体表にうろこのようなものを持つ人、背中に畳んだ羽根を持つ人、などなどなどなど。

 多彩な種族が集まっているように思えるが、ルードにはふと、シーウェールズや、ネレイティールズとは違っていることに気づく。


 些細なことなのかも知れないが、思ったよりも、猫人族の人が少ない。

 いや、猫人族の姿が見当たらない。

 この国に来て二日目になるが、クロケットとオルトレット以外、すれ違ったこともないように思える。

 あたりを見回しても、全く見当たらないのだ。


「(エランズリルドも昔は、獣人族の人がいなかったくらいだし、国によって、地域によっても違うんだろうね)」


 ルードはそう思うことにする。

 どのような種族であれ、皆クロケットやルードには優しく受け答えをしてくれる。

 多少環境が変わっているのもまた、国や文化の違いということもあるのだろう。


 露天の多い区画が徐々に少なくなってくる。

 ここからはまだ、営業が開始されていない店が多く見られるようになる。

 リングベルの城下町は、シーウェールズのように港町だ。

 おそらくは、夕方から営業が始まる、酒場のある歓楽街なのだろう。


 これまでは、左側をずっと歩いてきたから、そろそろUターンして右側を練り歩こう。

 そう思った矢先。


「――うにゃ? にゃにか(すんすん)、とても(すんすん)、いい香りが(すんすん)、します(すんすん)、にゃ?」


 クロケットは、その匂いに釣られたかのように、小走りに駆け出しはじめる。

 彼女から決して握って離さなかったルードの手から、するりと抜けてしまうくらいに。

 少しだけ、勢いよく。


 クロケットに似せて、猫人族の黒毛を模した耳と尻尾を持つようにしているが、ルードは猫人族ではなくフェンリル。

 彼女よりも高い嗅覚を持っている。

 クロケットの釣られた匂いを探りながら、彼女が走って行く路地を急ぐ。

 その匂いは、つんとした刺激の強い匂い。

 ルードにとって、良い匂いとは思えないものだが、クロケットは『良い匂い』だと言っている。


「と、(すんすん)、とっても(すんすん)、いい(すんすん)、ですにゃっ」


 その匂いを探すように、その匂いだけに集中しながら、クロケットは足を止めようとしない。


「お姉ちゃん、駄目だって。どうし――」


 飛び跳ねるように、走り去っていく彼女の背中を追い求める。


 ルードがクロケットの左手に、右手を伸ばし、もう少しで届くという時だった。

 首筋に、刺激の強い痛みを感じたかと思うと、目の前のクロケットに、黒い霞がかかったかのように、視界が欠けていく。

 それでも、クロケットの背中を見続ける。

 ついには、暗転。


 届かない右手を伸ばしたまま、空を切る。

 ルードは前のめりに倒れ落ち、意識を失ってしまっていたのだ。


ちょっと長くなってしまいました。


お読みいただきありがとうございます。




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