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フェンリル母さんとあったかご飯 ~異世界もふもふ生活~  作者: はらくろ
第六章 海を越えた東の空の下。
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第一話 まだ見ぬ東の大陸へ

 玄関先で見送る家族の中に、少々ひきつった笑顔を見せるリーダの姿が見える。

 フェリスに釘を刺されていたから、エリスと一緒にお見送りをすることになっていた。

 彼女は、本当は一緒に行きたかったのだろう。

 その理由は知らなかったとしても、目を見るだけで、リーダの感情をある程度把握してしまうルードは、苦笑しつつも二人に手を振る。

 ルードたちはキャメリアの背に乗り、いつものように家族に見送られて飛び立っていく。

 ルードの背中を見送ると、リーダは隣にいるエリスに抱きつくと、耳元でこう囁く。


「エリス、あとはお願いね?」

「えぇ、リーダ姉さん。あまり無理はしないでね?」

「わかってるわ」


 笑顔を見せて、リーダはエリスに背を向ける。

 そのままゆっくりと、毎日飛龍たちが飛び立つ、ウォルメルド空路カンパニーの発着場へと歩いて行った。



 ルードとクロケット、キャメリアとオルトレットの四人は、シーウェールズを経由することなく、ネレイティールズへ向かった。

 そこから、ネレイティールズ王家も付き合いのある、立派な商船へつなぎをとってもらう。

 キャメリアの翼ならば、あっという間の距離なのだが、初めて行く国にいらぬ刺激をしたくないからと、選んだ船旅はこれより二週間ほど続く。

 ルードたちは、ケティーシャがあったとされる、東の大陸へ向けて、大海原に出ていた。

 ネレイティールズを出て、一週間ほど経っただろうか?


 強い潮の香りと、大きく揺れる甲板。

 張り付くような湿気のある、強い海風が吹き付けてくる。

 甲板に飛沫がかかるほど波も高く、船は上下左右に揺れも大きい。

 例えて言うなら、建物の一階から、三階や四階まで目線が移動する感じに。

 いわゆる時化(しけ)という状態であった。

 先ほど船員の一人に聞いたところ、『これはまだ緩い方ですよ』と、笑っていたのにルードは驚いた。


 今、ルードの頭には、白い髪に混ざって、なぜか黒い毛の大きな耳がぴょこりと覗いていた。

 それはクロケットそっくりの耳。

 今日一番の、高波を越えた瞬間、ルードの頭から瞬時に耳が消えてしまった。


「ふえぇえええ。今の、すっごかったね」


 髪をくしゃくしゃにしながらも楽しそうに、揺れまくる甲板の上で手摺りに捕まり、うまくバランスを取るルード。

 この商船は、ルードたちのように、大陸へ渡る乗客が数組乗っているとのことだったが、今日この場にその人たちの姿はない。

 ルードが見回しても、航海に慣れた、船員の姿しか見当たらない。

 彼らがルードの姿を見て、とても呆れた表情をしているのは仕方のないこと。

 誰が好き好んで、このような厳しい状況下に身を置こうとするか?

 いるわけがないからこそ、呆れられてしまうのだろう。


 ルードはポケットから小さな手鏡を取りだし、自分の頭を見る。


「あー、うん。やっぱり消えちゃったかー。んでも、集中力を高める訓練には、ちょうどいいかも。まだ一週間くらいあるからねー」


 ルードの右手人差し指には、黒ずみのある宝玉の填まった指輪。

 おそらく、フェリスから借りたものだろう。

 周りは軽い濃霧(ガス)がかかった中、ルードはとある鍛錬の途中だった。

 だが、この程度なら、船員たちも驚くことはないのだろう。


 ルードは、背後に覚えのある匂いを感じてふりむいた。

 その先には、執事服に身を包んだ、大柄な黒髪猫人族の男性。

 ルードより軽く五十センチは背の高い、彼の家のもう一人の執事、オルトレットだった。


「お楽しみのところ、大変申し訳ございません。姫様方がまた――」

「あ、はい。今行きます」


 波しぶきに濡れて、滑りやすくなっている甲板の上を、ルードはスキップするように足取り軽く戻っていく。


 船内へ入ると広いホールがあり、ホールの外側に沿って二階へ繋がる階段がある。

 階段を上り、突き当たりを左に折れて、ルードたちが宛がわれた続きの部屋。

 手前がルードとオルトレットの部屋。

 奥がクロケットとキャメリアの部屋。

 ルードは、奥の部屋の扉をノックする。


「僕だけど、大丈夫?」


 すると奥から、力のない声が返ってくる。


「は、……い。ルー、ドさ」

「無理しなくていいから、入るよ?」


 ドアを開けるとそこは、一等船室のため、通常の宿屋より広い部屋。

 入り口から見て左側、窓が見える場所に、ソファが二つ。

 その横にテーブルと、椅子が二つ置かれる、ゆったりとした空間。

 奥の両壁沿いにベッドが二つ。

 天蓋はないが、造りも寝具も立派なものだ。


 右側の壁沿いのベッドに、半ば身体を起こし、褐色の肌がそれこそ紫になってしまわないかと心配するほどの、辛そうな表情をしたキャメリアがこちらを見ていた。

 ルードには、申し訳なさそうな表情を、彼の後ろのオルトレットには、黙礼で感謝の意を示したようにも見える。

 左側のベッドには、うんうん唸りながら、眉と眉の間に皺を寄せて、辛そうにしているクロケットの姿が見られる。


「私よりも、クロケットを――」


 彼女自身も辛いはずなのだが、それでも心配なのだろう。

 普段は『クロケット様』と言うところなのだが、彼女も余裕がないのか、プライベートでの呼び方になってしまっている。


「いいからいいから。すぐにキャメリアも看てあげるからね」


 ルードはクロケットのベッドの横に椅子を持っていき、その場に座る。

 オルトレットは、心配そうにクロケットを見ている。

 オルトレットの尻尾は、小さく細かく動いていた。

 猫人族の不安の表れとも言われている状態。

 彼はかなり心配しているようだが、ルードは彼に声をかける。


「大丈夫です。この症状は、病気じゃないんですかよ」


 イリスに続く、ルード家の執事(実際はクロケットやヘンルーダの世話ばかりしたがるのだが)として、彼の言葉を信じないわけにはいかない。

 ルードが心配ないというのなら、間違いはないのである。

 それでも、顔は平静を装っているが、目に現れる不安そうな感じは、隠すことができていないため、ルードは苦笑するしかない。

 クロケットの額に張り付いた脂汗を、ルードは優しく拭う。

 ルードの匂いを感じ、安心したのだろうか?

 少しだけクロケットの辛そうな表情が、和らいだようにも見える。


 クロケットの左手を、両手でそっと握る。


『癒やせ』


 適当であっさりとした、呪文詠唱。

 それでもルードにとって、『治ってほしい』という願いを込めた、一番短い詠唱だ。

 握った手を伝って、ルードの魔力の色、白い光がクロケットの全身を一瞬だけ包んでいく。

 荒い呼吸が収まっていき、緩やかな寝息へと変わっていく。


「とりあえず、これでまた数時間持つでしょ」

「はっ、ありがとう、ございます」


 背中から、感極まったオルトレットの声が聞こえる。


「だから大げさだってば」


 ルードは立ち上がると、椅子を持ち上げる。

 今度はキャメリアの傍に座る。

 クロケットと同じように、キャメリアの額の汗を拭っていく。


「ルード、さ――」


 申し訳なさからくるのだろうか?

 慌てて身体を起こそうとするキャメリアの、両肩をやんわりお押さえ付けて寝かせる。


「いいって。苦しいんだから無理しないの」


 ルードはキャメリアの右手を握ると、同じように詠唱をする。


『癒やせ』


 ルードは医者ではない。

 だからはっきりとした原因はわからないが、船長に症状を説明すると、『それはおそらく船病(ふなやまい)でしょう』と言われる。

 同じような症状がないかと調べたら、いわゆる『船酔い』の症状だった。

 なるほど、船病とは言い得て妙。


 船酔いのような乗り物酔いは、普段慣れない船などの動き。

 揺れなどに慣れていないことから、脳が混乱を起こし、自律神経が乱れてしまい、吐き気などが発生してしまう症状のこと。

 病というわけではないのだが、簡単には解消できるものではない。

 だからこうして、ルードが癒やすことで、暫しの間、症状が和らぐということだった。


 本来、ルードが使う、治癒の魔法は、外傷を治癒するためのものであって、病を治すものではないと、レラマリンからも『変だ』と言われたことがある。

 ルードの祖母である、フェリシアの能力が、病を治すものに近いと言われている。

 イエッタを治し、エリスを、エヴァンスたちを治したのも、治癒魔法ではありえない結果だったようだ。

 それ故に、ルードの治癒魔法は、何か違うのだろうと、フェリスの研究材料と目をつけられ、様々な人体実験に付き合わされることがあった。


 ルードは自分の怪我を治すことはできるが、失った体力を補完することはできない。

 検証の結果、フェリスたちは『治癒魔法と平行して、フェリシアの治癒に似た能力(もの)を発動させている可能性がある』という結果で、落ち着くこととなった。

 その後しっかりと、ルードには『やり過ぎないように。力を使ったあとは、ちゃんと休むようにしなさいね?』と、注意がなされた。


 先ほどの、クロケットと同じように、キャメリアをルードの光が包んで消える。

 顔色の悪かった彼女は、呼吸も楽になり、ゆっくりと身体を起こしていた。


「申し訳ございません。この体たらく。情けないです。とても悔しいです……」


 空の強者である飛龍(ドラグリーナ)であっても、船酔いには勝てなかった。


「いつも僕の方がお世話になってるんだから、こんなときくらいは、頼ってくれていいんだってば」


 二人は、乗船したその日の夕食後、急に体調を崩し、立っていられなくなってしまう。

 胃の中が空になるほど嘔吐したおかげで、喉が胃酸で焼けるような炎症を起こしていた。

 即座にルードは治癒を施したのだが、その後、通常の食事が摂れる状態ではなかったため、危うく栄養不足になってしまうところだった。


 かろうじて食べることができたのが、キャメリアに持ってきてもらったプリンだった。

 クロケットもキャメリアも、最初の三日ほどの間、プリンとスープ以外喉を通ることがなかった。

 心配したルードがおかゆを作り、なんとか食べてもらうことができた。

 治癒魔法の効果が数時間持つことから、こうして定期的に治癒をし、ルードが作った食事を摂ってもらい、再び治癒をして眠ってもらう。

 このくり返しで、最初の一週間を凌いできたのだ。


 船旅の途中は、魔力が多い地域ではないが、クロケットの調子の良いときは、魔力をわけてもらうことができる。

 クロケットはどんなに具合が悪くとも、魔力が溢れる体質は変わらない。

 目を覚ましているときは、魔法の鍛錬に当てている。さもないと、倒れる可能性があるからだ。

 その分ルードは、治癒のためにしっかり食事を摂り、休息しなければならない。

 病ではないとはいえ、苦しむ二人を見たくないからだった。

 慣れない船旅だったはずだが、オルトレットだけは、ぴんぴんしていた。

 ルード、クロケット、キャメリアから、口をそろえて『お化け』と言われ、後ろ頭を掻きながら高笑いする姿があった。



「ひ、久々の陸地、ですにゃっ」


 少しほっそりとした感じのある、空元気のクロケット。


「ルード様、本当に申し訳ございませんでした」

「ルード様。姫様。何もできずに申し訳ございません」

「いいってば。あの状況は仕方ないって」

「ルードちゃんルードちゃん。あっちから、良い匂いがしますにゃっ」


 ルードの手を引いて、クロケットが降船を促す。

 ルードは後ろを向き、船長を始め、船員たちに手を振る。

 皆、笑顔で四人を送り出してくれていた。


 昨日聞いた情報では、この国はリングベルという、大きな港町を有する、交易が盛んな国。

 シーウェールズのように、様々な種族の人たち、ルードも初めて出会う種族の人たちが行きかう、活気のある城下町。

 遠くには、背の高い城が見え、そこを中心に町が、港が広がっているように見える。


 ルードたちは、この国に正式に招かれたわけではない。

 あくまでも、ネレイティールズ王家より紹介された、『商家』の扱いだ。

 入国審査も、紹介状があったため、スムーズにことが運ぶ。

 ルードはアルフェルとローズの孫、エリスの息子。

 商人を演じるのは、慣れたものだ。

 ただ、キャメリアとオルトレットを連れていたため、大きな商家の息子という設定で、なんとか乗り切ることができた。


 ひとまず、近場の商店で話を聞き、この町で一番大きく、立派な宿から比べて、一ランク落とした二番目の宿を手配することになった。

 キャメリアは文句を言うのだが、ルードはしっかりと理由を言う。

 一番立派な宿より、ここ『海竜亭』の方が、料理が美味しいとのことだったから。

 呆れるキャメリアと、喜ぶクロケット。

 そんなクロケットを見て、満足げな爺馬鹿オルトレット。

 側から見たら、実におかしな四人だっただろう。


 ゆっくりと二日ほど休息をとり、船旅の疲れが抜けたあとに、ケティーシャの勇者たちが埋葬されているとされる場所へ、向かう手はずになっている。

 翌朝、キャメリアは、旅に必要な物資を買い付けに、オルトレットは馬車の手配に出ることになる。

 オルトレットの匂いと、キャメリアが普段つけているクロケットと同じ香油の匂いで、ルードは二人の位置関係を把握することができている。

 何かあったときには、この宿屋にすぐに戻るよう、打ち合わせをしていた。

 二人が用事を済ませている間、ルードとクロケットは、リングベルの城下町の散策にでることとなった。

 要は、デートのようなものである。

 ここしばらく、ルードが忙しく仕事をしていたため、クロケットも我慢していたようだったから、キャメリアが勧めてきたのだ。

 遅くまで打ち合わせをしていたせいか、泥のように眠る、ルードやキャメリア、オルトレット。

 彼らと違って、クロケットだけ『(楽しみで、にゃかにゃか、眠れませんですにゃっ)』と、遠足の前の子供のような心境だったようだ。


 記憶に刻まれた、クロケットの匂いと香油の組み合わせ。

 遠くに感じる、香油の香り。

 はっきりと嗅ぎ分けができているのを確認すると、ルードは。


「じゃ、いこっか。お姉ちゃん」

「はいですにゃっ」


 走り出しそうになる、クロケットの手を軽く引っ張って制御しつつ、ゆっくりと歩くように促す。

 ネレイティールズのときもそうだったが、クロケットは、知らない町を散策するのが好きらしい。

 鼻をすんすんと動かし、甘い香りや香ばしい香りが漂う先を、あっち向いたりこっち向いたり。


「ルードちゃん」

「ん?」

「あっちから、美味しそうにゃ匂い。お肉の焼ける匂いが、しますにゃ」

「あ、はいはい。お昼ご飯食べられなくならないように、気をつけようね」

「あー、それは怖いですにゃ。キャメリアちゃんに、怒られてしまいますにゃ」

「食べ物だけじゃなくさ? ほら、あれ、綺麗じゃない?」


 ルードは、クロケットの持つ、漆黒の髪に似合いそうな髪留めを指差す。

 ルードも見たことがない、キラキラと光る素材で作られたものだ。


「んー、とっても可愛いけれど、あっちの美味しそうにゃ匂いには、(かにゃ)いませんにゃ」


 花より団子。

 いつも変わらない彼女の様子に、安心するルードだった。


.

船旅ならではの、ありがちなトラブルでした。



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[気になる点] ほくそ笑む:物事が思い通りの結果になったことに満足して、一人ひそかに笑う。 周りから見て爺馬鹿に見えるほどではひそかとは言えますまい。 あと、語源はともかく、今は、嘲笑の意味合いが強い…
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