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フェンリル母さんとあったかご飯 ~異世界もふもふ生活~  作者: はらくろ
第六章 海を越えた東の空の下。
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プロローグ その2 ほくほく顔の理由(わけ)。

プロローグと1話の間の閑話のようなもの。

ルードが嬉しそうに出てきた理由はこんな経緯がありました。


 ルードたちの住むこの大陸には、〝悪魔憑き〟と呼ばれる人々がいる。

 この世界とは違う、別の世界から迷い込んだ魂が転生し、生を受けたとしか思えない、特異な知識などを持つ存在。

 その人たちは、ルードが生まれる何千年もの前から存在していたとされていた。

 千年の時を重ねる、ルードの曾祖母イエッタもそんな一人。

 彼女が生まれるより前に、彼らは存在していた。


 その証拠として、人々が当たり前のように使う物の名前。

 例えば、ごく一般的なオリーブオイルなどは、元々この世界の呼び方ではないはず。

 他にも、長さや重さの単位、その計測の仕方。

 ルードたちだけでなく、イエッタも生まれたときには、それらが存在していたと言うのだから間違いはないだろう。


 ルードたちが出立する前の日。

 ルードはひとり、フェリスの私室を訪れていた。


「フェリスお母さん、いますか?」

「あ、うん。いるわよ。どうしたの? 明日出るんでしょ?」


 シルヴィネがいれてくれたお茶が、ルードの前に出される。

 話では、シルヴィネは元王女でありながら、身の回りの世話を一切させなかったくらいに、家事も万能だったそうだ。

 普段からごく自然に、フェリスの世話もやってくれているとのこと。

 自分でお茶を入れ、フェリスの分もお裾分け。

 ただ、お菓子については、ルードには敵わないと思っているのか、自分で作ろうとはしないそうだ。


「あ、はい。そうなんですけど――あ、ありがとうございます」

「いえ、どういたしまして」


 着ている服が違う上に、背もキャメリアよりかなり低いが、顔の作りがそっくりで、同じ紅の髪。

 キャメリアは普段見せることのない、可愛らしい笑顔に違和感を覚える。

 だがそれでも、キャメリアがいてくれるような、そんな安心感が感じられ、少しだけ落ち着いた気分になれていた。


「それで、どうしたの? ルードちゃん。そんなに深刻な顔しちゃって」

「あ、はい。あのですね。僕」

「うん?」

「十六歳になったじゃないですか?」

「そうね」


 フェリスの表情は、優しくも微笑みながらも、『何当たり前のことを言ってるのかしら?』という、不思議そうな感じ。


「再来年、成人じゃないですか?」

「そうよね」

「なのに、僕」

「うん」

「去年から全く、背が伸びてないんですよ……」

「…………(それを今言う?)」

「…………(あー、これ、フェリスちゃんから聞いてた、あれ、ですね)」


 暖かくなってきた春先だというのに、部屋の温度を氷点下に落としそうな、薄ら寒い沈黙が流れる。



 この世界には、ミリ単位で身長を計れる技術が、千年以上前に確立されている。

 それはその昔、〝悪魔憑き〟が、意図して伝えた技術のひとつだと伝えられている。

 その技術を応用した計測器の魔道具を、フェリスがルードにあげたことがあった。

 ルードが毎日それを使い、自分の背を測っているということを、イリスから報告を受けている。


 可愛らしいとそのときは思っていたのだけれど、それを今持ち出されても、正直困ってしまうだろう。

 だからこそ、歳を重ねる毎に、コンプレックスを増長させていたのだろう。

 大好きなお姉ちゃんであり、婚約者であるクロケットとの、身長差が縮まらないことを。


「お姉ちゃんたちに『可愛い』って言われるのは、あきら――いえ、もう慣れたんです。でもね、大好きなお姉ちゃんを見上げるのが、もう辛いんです。なんで僕、背が伸びないのかな、って」

「あー、それねー」


 棒読みのような、高揚感のない言葉がつい、フェリスの口から出てしまう。


「も、もしかして、原因、知ってるんですか? フェリスお母さん」


 シルヴィネと目を見合わして、ぷっと軽く吹き出すフェリス。


「あ、あのね。ルードちゃん。落ち着いて、聞きなさいね?」

「は、はい」

「私ね、身長は、十四歳から伸びてないわ」

「……はぃ?」

「シルヴィネちゃんも、確か。それくらいの歳からだったわよ、ね?」

「はい、昔のことで忘れてしまいましたが、確か私もそれくらいだったかと思います。飛龍の姿のときでも、かなり小さい方でしたね」


 ルードは、キャメリアの背に乗り慣れてしまっていたからか?

 背中に乗っていたのがフェリスだったから、違和感を感じなかったのだろうか?

 言われてみれば確かに、キャメリアと並んで飛んだとき、彼女より小さかった覚えがある。


「昔は龍人化(このすがた)になるとですね、幼い子供の外見に見えたようでして。……行く先々で、皆さん優しくしてくれたものです――」


 遠い目で懐かしむ、今も見た目が美少女なシルヴィネ。

 言葉の話せない彼女でも、身振り手振りで一生懸命何かを伝えようとしている、可愛らしい子供がいたら、優しくしてくれるのは当たり前のことだろう。


「ルードちゃん、聞いたことない? 獣人種はね、ある一定の年齢で、外見が固定されるって話」

「……あります。でも普通は、二十歳から三十歳くらいの外見になるって……」

「普通の人は、そうなのよね。私も昔、納得いかなくて、調べたことがあったわ。シルヴィネちゃんが来たとき、情報のすり合わせをしたの。そしたらね、わかったことがあったの」

「――それって、どんなことですか?」


 食い気味に詰め寄るルードの勢いに負け、フェリスは少し引き気味になってしまう。


「魔力の制御が苦手な人ほどね、外見の固定が遅いらしいわ」

「はい?」


 ルードには、フェリスの言っている意味がわからない。


「よーく思い出してみて? リーダちゃんがね、ウォルガードの外では、人の姿をしてなかったでしょう?」


 初めて出会ってから、ルードが支配の能力の特訓をしたときまで、リーダは確かに、ウォルガードの外ではあの姿だった。


「……確かにそうですね」

「人の姿でいるのはね、魔力の消費効率がすっごく悪いの」

「はい。シーウェールズやエランズリルドでは、フェンリルの姿でいる方が、楽ですね」

「でしょ? でもね、魔力の消費を抑える方法があったのよ」

「それって?」

「そうよ、これこれ」


 フェリスは両耳に手をあて、尻尾をフリフリ。

 それは、『祖の衣よ闇へと姿を変えよ』という、ルードやリーダ、イリスもよく使う魔法の呪文。

 イエッタの教えた、『狐狗狸ノ証ト力ヲココニ』という詠唱の『変化の祝詞』を解析し、彼女が自ら作り替えた『化身の術』。


 フェンリラ、フェンリルが獣化する際、服を破いてしまうという、致命的な欠点を解消した画期的な呪文。

 それを更に進化させた、『祖の姿、印となる証を顕現させよ』という、獣人化の術とも言える呪文。

 その結果が、彼女の今の姿だった。

 ルードは、フェンリルの姿に迫るほどの、身体能力を無理やり引き出す手法として、『変化の祝詞』と『獣人化の術』を重ねがけし、フェンリルの毛質で七尾の尻尾を出すことがあった。


「あ……」

「フェンリル以外の獣人種。クロケットちゃんたちのような猫人さんもそうね。生まれたときからこの姿で、無意識に魔力の消費を抑えながら生活してるわ。イエッタちゃんも、大人の姿でしょう? だから『それ』に気づいたのよ。フェイルズなんて、リーダちゃんより魔力制御がへたっぴなのよ。だからあんな姿になれるのよ、きっとね」


 フェリスの言葉には、不思議な説得力があった。

 ルードは、耳と尻尾を出した姿で、身体能力を向上させたまま、支配の能力を使ったこともあった。

 そう考えてみると、確かに効率は凄く良いのかもしれない。


「千年とちょっと前に、この姿になれていたなら、……私ももう少し大人になったかも、しれないわね」


 遠い目をするフェリス。


「そういえば母さんは、魔力の制御が上手だったのではないですか? 雷撃の効果を自由に押さえ込むことができるようですし?」

「魔力総量の違いと、それを制御することの上手下手は違うのよ。あの子はね、とにかく大ざっぱ。魔法もうまく使えなかったでしょう? 今でも指先に火を灯すくらいが精一杯なはずよ? うまく扱えるのは、フェンリラの能力、雷撃だけだと思うわ――」


 フェンリラ、フェンリルは、自らの能力を『息をするように、意識をせず使える』のが、当たり前なのだそうだ。

 リーダは王族なのだから、最低限、自らの能力の制御はできないといけない。

 魔法が苦手な分、人の見ていない場所で鍛錬していたのを、フェリスもフェリシアも知っているのだそうだ。

 反面、イリスは能力の細かな制御が苦手らしく、人前であまり使わないと、前に言っていたのを思い出す。


「エリスちゃんとリーダちゃん。四百歳近く離れてるのに、双子みたいじゃない?」

「そう、ですね」


 エリスは、年齢よりもかなり若くみられると聞いたことがある。

 そのエリスと同じくらいに見えるリーダ。

 エリスもリーダも、世間一般には二十代半ばから、後半あたりの落ちついた感じのある女性だ。

 リーダ自身、魔力制御が達者であれば、学園時代の苦労話は聞くことがなかっただろう。

 それに、そうであったなら、フェリスのように若く見られる可能性があるということ。


「あとはね、そうそう。タバサちゃんだけど」

「はい」

「彼女、魔法がとても上手よね?」

「そうですね。僕が教えた調理法、あっさりと再現してしまうくらいですから」

「そのタバサちゃんね、エリスちゃんよりちょっと年下だったわよね?」

「あ、はい」

「前髪と眼鏡で、わかりにくいのだけれど。彼女ね、私たちとあまり変わらない感じなのよ?」

「……へ?」


 タバサの背は高くはない、というよりルードとどっこいどっこい。

 確かに、彼女が眼鏡を外したところを見たことはなかった。

 背が低いことは知ってはいたが、あの瓶底眼鏡のせいもあり、彼女の見た目が幼いとは思えなかったのだ。


「固定される外見年齢と、魔法制御の関係性。深く調べてみたくはあるわね」

「えぇ、フェリスちゃん」


 クルクルと変わるルードの表情を見ながら、にんまりするフェリスとシルヴィネ。


「そ、それで僕、どうやったら――」

「結果的に言うとね」

「はい」

「あきらめよ?」

「はい?」

「もう伸びないわ。無理。駄目。私も昔、あきらめたんだもの」

「そんなぁ……」


 がっくりと膝を折り、地面に両手をついてしまうルード。

 楽しくていじっていたのは事実かもしれないが、さすがのフェリスも悪く思ったのだろう。


「そんなルードちゃんに私、いいこと教えちゃおっかな?」

「え?」


 フェリスは、シルヴィネを見てひとつ頷くと、懐から少々黒ずみのある宝玉の填まった、指輪を取り出した。


「あのね、これ。まだ試作段階なんだけど。面白い指輪なの。ルードちゃんだから特別に、貸してあげるわ」


 ついさっきまで、どん底にたたき落とされたような表情をしていたルードは、目だけキラキラさせながらフェリスを見上げる。


「ど、どんな効果があるんですか?」

「これはね、龍人化の指輪を作ったあと、シルヴィネちゃんから偽装の魔術を詳しく教えてもらって、解析して、作ってみたものなんだけど」

「は、はいっ」

「そんなに期待しちゃ駄目よ。これって、とっても癖のある指輪だから――」


 少々残念そうな感のあるフェリスと、希望に胸を膨らませる感の溢れるルードとの対照的な表情を見比べて、くすりと笑ってしまいそうになるシルヴィネだった。

 これがキャメリアの見た、スキップでもしそうな感じにほくほく顔だった、ルードの裏話であった。


次は本編になります。



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