閑話 お母さんたちの考察 その2 ~懸念する恐ろしさと、家族への説明~
その2になります。
見た目が美しい大人の女性である狐人族イエッタの前に座る、美少女の姿をした、フェンリラのフェリスと、飛龍のシルヴィネ。
まるで大人と子供にしか見えないが、皆ほぼ同じ歳なのだという。
フェリスとシルヴィネは、同じように頭にハテナマークを掲げるような、そんな不思議そうな表情で首を傾げる。
そんな二人があまりにも可愛らしく思えたのか、イエッタの糸目はさらに細くなっていたような、いなかったような。
「あら、ごめんなさいね。二人には聞き慣れない言葉を使ってしまったようです。んっと、テクノロジーの意味は前に教えた通り、〝科学技術〟や〝工業技術〟のこと。オーバーの意味は、飛び越すというより、この場合は超越しちゃってるもののことを言い表します。存在はしていても、作り方が伝えられていない。自然のものではないので、誰が作ったかもわからないものを指す言葉が、オーバーテクノロジーというわけなのです」
「なるほどねぇ」
フェリスは腰に手をやり、首を軽く振っていた。
「フェリスちゃんも、大概なのですよ? 龍人化の指輪、あれだって充分、オーバーテクノロジーだと思うのです」
「んー、そうでもないのよ。イエッタちゃんから教わった変化の祝詞を、私が解析して作りなおした、化身の術があるじゃない? シルヴィネちゃんと検証したんだけど、私たち獣人の化身と、飛龍さんの偽装の魔術って、似てるのよ。私たちフェンリラも、あの姿になったとき、姿は大きくなるのだけれど、体重が変わらないわ。ルードちゃんから聞いたことあるでしょう?」
「えぇ。リーダさんも、同じようなことを言ってたような……」
「昔は私も、この姿からあの姿になるのは、無意識にやってたの。あのとき以来、ウォルガードから出ることがなかったから、必要に迫られることはなかったのだけれど。ルードちゃんがまさか、不都合に思っていただなんて、知らなかったのよね。イエッタちゃんから教わったおかげでね、意識的に変えられるようになったわ。それでも今は、この状態なのだけれど」
耳と尻尾を指差すフェリス。
フェンリラの耳と尻尾だけ出した、あざとい使い方を常時しているのは、彼女くらいかもしれない。
「結局はね、解析と応用。ね? シルヴィネちゃん」
「はい。フェリスちゃん」
フェリスは、裸の状態で、毛だけ服に替える方法もやってみたのだけれど、質量が足りないのか半端な服にしかならず、半裸の状態にしかならなかったと、笑っている。
飛龍の体表を覆っている鱗の部分と、フェンリラの毛では、総量が違っていたのかもしれない。
「二人とも我からしたら、尊敬に値するわ。あ、それとね、我とルードちゃんは、完全に同じとは言えないのだけれど、似たような世界から迷い込んだ魂が、転生したのかもしれないって教えたと思ったのだけれど」
イエッタの言うことは、本来ならば途方もない世迷い言。
ただ、この世界の理とは別の何かが存在することは、ルードたち二人の存在を認めることで納得できただろう。
「えぇ。そうね。イエッタちゃんとルードちゃんは、確か――〝同じ世界線〟から来たかもしれないって。そのことでしょう?」
イエッタはいわゆる、『並行世界』という空想上の概念も、フェリスに説明していたのだろう。
フェリスたちはそれをあっさりと飲み込んでみせた。
それはルードたちが既に、あり得ない存在であったからかもしれない。
「そうなの。二人が作ってくれている魔道具は、我の知るところで言えば、科学技術や魔法研究を組み合わせたもの。現時点では説明のしようがない、空想上でしか存在し得ないはずの技術が、目の前に存在してしまっているわね?」
イエッタは、隷属の首輪の首輪のことを言っている。
「我が今まで見てきたもの。我が持っている記憶。ルードちゃんが知ることのできる全てを照らし合わせても、隷属の首輪なんて作る方法が見当たらないわ。そのようなものを、我がいた場所では、オーバーテクノロジーと呼んでいたのです。その昔、当たり前のように作られていたことがあって、製法が伝えられずに失われてしまった〝ロストテクノロジー〟なのかと思った時期も、あったのですけれどね」
「あらら。イエッタちゃんがまた、面白そうなことを言ってる」
「えぇ、実に興味深いですね」
なにげにシルヴィネは、イエッタの言うことを紙に書き留めている。
ルードがたまに見せる、〝記憶の奥にある知識〟から得た、自分では理解不能な語録を呟いているのとは違い、明らかに意識して言っているのがイエッタだ。
イエッタは、フェリスやシルヴィネの二人だけには、『この世界に生まれ育った者には、理解し得ない言葉や事柄』を失言ではなく意図的に、包み隠さず伝えることにしていた。
それが、彼女たち研究者の糧になればというものと、同時に、広めても構わない安全なものであるかの確認にもなっている。
フェリスと名を呼び合うようになったとき、『隠しごとはしない』と約束した。
もちろん、シルヴィネともそう。
「――ってことはさ、イエッタちゃん」
「なんでしょう?」
〝悪魔憑き〟というのはこの大陸での忌み名だということは、この三人は理解している。
それをフェリスはイエッタの前で、『かっこいいから良いじゃないの』と鼻で笑い飛ばしたことも記憶に新しい。
「この世界にはね、イエッタちゃんとルードちゃん以外にも、いると思う」
「「えぇ」」
〝悪魔憑き〟と呼ばれる存在は、公言しなければバレることはない。
イエッタが〝見た〟として、その人物がそうであるかの判断は無理というもの。
これだけの影響を残していたのだ。
過去にも、それなりの人数が存在していたはず。
イエッタにも知り得ない、あちら側の言葉が実は広まっていることだってある。
不自然な物事を話しているからといって、〝悪魔憑き〟の疑惑には、ならないのだった。
だからこそ、『いて当たり前』と、イエッタもシルヴィネも、その部分は同意する。
「それと同時に、その〝違う世界線〟から来た人も、いる可能性も否定できないわ。隷属の首輪は、私たちには破壊はできても、創造ができないのだから、ね」
イエッタもシルヴィネも、フェリスの言葉に生唾を飲み込む気持ちになる。
要は、イエッタやルードとは、違う世界から転生してきた〝悪魔憑き〟がいてもおかしくはないということ。
それこそ、イエッタが二人に話して聞かせたことがある、『魔法とは異なる能力を有する主人公のお話』のように、恐ろしい能力を持つものがいる可能性がある。
そんな存在がもし、ルードの敵側に回ったとしたら、と思うと恐ろしい。
この大陸では伝説上の、〝瞳〟のイエッタと〝消滅〟のフェリス。
この大陸で同じ伝説の飛龍であり、メルドラードでは〝炎帝〟と呼ばれていたシルヴィネ。
伝説として伝えられている三人に、背筋に薄ら寒いものが走った瞬間だった。
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ルード、十六歳の誕生日の翌日。
フェリスが話をしたいからと自らの私室に、ルード、リーダ、エリスを呼ぶことになった。
フェリスの私室には、イエッタとシルヴィネも一緒にいた。
もちろん、ルードが来るということは、イリスとキャメリアも一緒だ。
リーダはフェリスに許可を得て、ヘンルーダにも同席してもらった。
クロケットには、難しすぎる内容であると同時に、余計な負担をかけさせたくないという理由もあり、けだまと一緒に留守番してもらうことになった。
「――という感じで、イエッタちゃんやルードちゃんとは、違う世界から来た魂を持つ〝悪魔憑き〟も、いておかしくはないの。隷属の首輪を作った者は、間違いなくそれね。どう? ここまで、何かわからないこと、ある?」
三人で、長い時間話し合った結果を、フェリスは図解入りで説明していく。
年若いルードにも、十分理解できるように、噛み砕かれた内容になっている。
ヘンルーダも元は小国の王女、リーダにある程度は聞いていたとはいえ、驚きの内容だっただろう。
イリスは執事であったため、ルード本人からある程度聞いてはいた。
それはキャメリアも同様、イリスと情報共有はなされていた。
だが、ルードとイエッタに対する〝悪魔憑き〟の詳細は、イリスもキャメリアも今日初めて聞いたはず。
二人とも普段は冷静を装ってはいるが、事実を消化しきれない感が見て取れる。
反面、リーダとエリスは、ルードの幼少時代を知っているから、思い当たる部分がかなりあるため、驚きよりも納得しているように見えた。
リーダとエリスに挟まれて座るルードは、軽く首を横に振った。
「はい、大丈夫です」
「そう、よかったわ。んー、改めてなんだけど、十六歳まで、元気に育ってくれてありがとう、ルードちゃん」
「あ、はい。どういたしまして」
「ルードちゃんは、フェリシアやリーダちゃんと違って、学園に通ってないのよね。今更でしょうけど。これから話すことはね、本来なら今年あたりから、学園で教わることなのよ」
「はい」
「集落や村。町や国。教会に至るまで、人が集まる場所には、その人たちを導く人がいるわ。以前の私や、フェリシア。イエッタちゃん。将来的にはルードちゃんもそうなるわね。人が集まる場所の、一番の権力者が、その場所だけ独自に通用する、方向性を決めることがあるわ。ルードちゃんも、沢山の村や町、国を見てきたから、それぞれ少しだけ違う決まりごとがあるのは、なんとなくわかると思う。ここまではいいかしら?」
「はい」
真っ直ぐにフェリスの目を見つめるルード。
その真摯な態度と可愛らしさに、ちょっとだけ照れそうになるのをぐっと堪える。
「……その決まりごと、法とも言うわね。それがもし、世間一般的に間違っていることだったとしても、上の者が正しいと言えば正しいと思うしかないの。そうしないと、その集団で生きていけなくなるから」
「……はい」
「ルードちゃんも知ってるでしょう? 例えばね――」
たしかに、以前のエランズリルドでは、言葉の通じない獣人たちを、人として扱わなかった。
逆に、盗賊たちは、人を傷つけたり殺めたり、人から物を奪ったとしても、それを正当化している。
フェリスはまるで、ルードが見てきたことを全て知っているかのように、例をあげていく。
それは、皆がそう決めたわけではなく、一部の力を持つ存在が、そうさせていたからだ。
ルードは優しいから、困っている人を見ていられない。
今まではルード個人で行ってきた善意だったから、よかったのだろう。
だが、ルードはウォルガードの王太子、いずれ、国王になる身だ。
「だからね、守る者、守らなくてはならないことを間違ってはいけないの。もちろん、守らせなくてはいけないこともね」
「……はい」
「イエッタちゃん、他にあるって言ってたわよね?」
フェリスは、まるでそれが、決まっていたかのように、イエッタに話を振る。
「そうですね。ルードちゃん」
「はい」
「過剰な善意は時として、毒以上のものになりうる場合があるのです」
「それは、どういう意味ですか?」
「例えば、助けてもらうことに慣れてしまうと、自分で何もしなくなってしまう。それはもう、毒に侵されてしまったのと同じ状態なのかもしれないの」
「たしかに、そうですね」
「それとは別にね、『人を傷つける、殺めることが、浄化であり、救いでもある』という、教えを説く集団もあるということ。それはその人たちにとって、悪意ではなく善意なのね。幼いころから、そう教えられていたら、それが間違ったことだと思わない人が、育ってしまう。ということなの」
「……えっ?」
ルードの中に、明らかな葛藤が生まれる。
それは仕方のないことだ。
「自分を殺めよう、傷つけようとする人が、敵意や、悪意を持っていない場合がある。それが国や集団の教えだったりするわけ。『自分たちと同じ存在を崇拝すれば、幸せになれる』。『自分たちの崇拝するものを拒絶する者は、浄化しないとならない』。そんな考えを持つ者もいる」
極端な例かもしれない。
だが、イエッタが生きてきた世界にはあったこと。
宗教と宗教がぶつかりあうこともなかったとは言えない。
「幼いころから、教えられた人だけではなく、精神的に、薬物的に、魔法的に洗脳される場合もないとは言えない。ルードちゃんも知ってるはずよ。隷属の首輪をつけられたら、もう、逆うことなどできない。主人の言うことは絶対だと教え込むこともあったはず。嫌なことも嫌と言えない。そんな状況下に置くことも可能なの」
「…………」
「こんな感じかしら? フェリスちゃんにバトンタッチ」
「はいはい。ありがと。私やリーダちゃんは、圧倒的な力で相手を殲滅することも可能だわ。でもね、ルードちゃんには、できないでしょう?」
「……はい」
横で聞いているリーダにも、身に覚えがある。
以前、クロケットを助けに行くルードに、『ルードの身に何かあったら、村を滅ぼしてでも助けてしまう。だから、無理なことはしないで』と言ったことがある。
「ルードちゃんに太刀打ちできないときは、私やリーダちゃんが相手をするかもしれない。ただそのときは、国と国の争いになる場合があることを、考えて欲しいの。もちろん、ルードちゃんが決めたことなら、私は否定しないわ。ルードちゃんの敵は私の敵。ルードちゃんの敵は、ウォルガードの敵でもあるの。それが、王太子という立場だということを、忘れないでほしいわ。リーダちゃんが、王女という立場を忘れてしまったから、放り出してしまったから、わかるでしょう? 反面教師が身近にいると、違うわよねー」
瞬間、リーダの顔は真っ赤になって、俯いてしまう。
本来であれば、リーダが次の女王になり、ルードがリーダの後を継いで国王になる、きちんとした手順を踏むべきだった。
今からでもルードに学園へ通ってもらい、学んでもらうべきだが、ルードには、自分で夢を持ち、やりたいことがあり、やらなければならないことができてしまっている。
ルードは、王侯貴族としての常識が若干足りないだけで、同年代の子たちと比べても、劣ることは一切ない。
もし、ルードが、通いたいと言うのであれば、止めることはないだろう。
だが、フェリスたちから、ルードに学園へ通うように、強く言わない。
それがルードの成長を止めてしまうことに繋がるとも、言えなくないからであった。
ルードが五歳になったとき、リーダが学園に通わせたいと思わなかった。
それはリーダにとっての学園が、あまり居心地の良いところでなかったことも、要因となっているのだろう。
ルードは、唯一の親友である、ネレイティールズの王女レラマリンや、シーウェールズの王太子アルスレットから、二人の邪魔をしない程度に会いに行き、教えてもらいながら一生懸命吸収しようとしている。
リーダは今すぐに、フェリシアの後を継いで、女王になれるほどの知識は持ち合わせてはいるので、彼女に教えてもらえばいいのかもしれない。
ただ、ルードには、リーダには聞けないことも、ないとは言えないのだった。
おまけにリーダは、物凄い知識量を持っていながら、天才肌であったためか、物事を教えるのがあまり得意な方ではない。
フェリスの血を引いていながら、魔法を苦手としていたところがあるのは、そういう意味があったのだろう。
身近なイリスも、そのような知識は十分に持ち合わせてはいるが、リーダと同じタイプの女性で、彼女も魔法が苦手だった。
なにより、ルードは、リーダやイリスに、何を質問したらいいのか、わからないのが難点なのだ。
何がわかっていないのか、わからないのが一番の問題でもある。
そのため、年齢の近いレラマリンやアルスレットから、失敗談や経験談を聞いたり、自分たちの状況報告や、世間話をしながら学んだ方が、ルードにとって良いのだろう。
本当は、イリスが家庭教師を買って出たいのも、リーダは知っている。
だが、ルードがそういう事情なのを理解しているから、悲しいかな自重しなさいと言ってあるのだ。
もちろん、イリスが学園時代に、後輩に物事を教えられないのも、知っていたりするのだ。
その件に関していえば、リーダも人のことは言えない。
お読みいただき、ありがとうございます。
最後にオチとしてその3もありますので、よろしくお願いお願いいたします。




