エピローグ ずるいという気持ちは、いつか目標に変化する。
困り果てたその瞬間、イリスの匂いで到着を知ることとなった。
渦中の二人、レラマリンとアルスレットに会いたいという人を連れてきたのだという。
イリスが場を読まないで、人を通すわけがない。
もう一人いるのは確かなのだろうけれど、ルードにはイリス以外の匂いに覚えがないのだ。
ということは、今の瞬間、イリスが必要だと思った人を連れてきたということ。
「え? あ、うん。入ってもらって」
「失礼致します」
聞き覚えのある声だった。
それはアルスレットにもそうだっただろう。
深々と礼をする、美しい所作の女性。
ウォルガード王家のある区画で、よく見る服装。
学園に通う学生の着る服装だった。
アルスレットの髪の色に似た、シルバーブロンドの巻き毛を片方にまとめて、シーウェールズにいたころよりも、落ちついた感じがするその姿。
彼女が顔を上げると、もちろんレラマリン以外は知っていた人。
アルスレットの実の姉、レラマリンの従姉妹。
シーウェールズの王女、レアリエールだった。
「ご機嫌麗しゅうございます、ルード王太子殿下」
「ご丁寧にありがとうございます。どうぞ、お座り下さい」
「はい。失礼致します」
ルードに勧められ、改めて一礼をし、レアリエールはアルスレットの横に座る。
「クロケット様、王太子妃になられるとうかがっております。遅くなりましたが、お祝い申し上げます。知らなかったでは済まされないことと認識しておりますが、以前は大変失礼な受け答えをしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「あにゃ、大丈夫ですから、気にしにゃいでほしいですにゃ。それに、お嫁さんはまだまだにゃんですにゃ」
ルードにはお礼を、クロケットには改めて挨拶をする。
クロケットは真っ赤になってしまう。
「またまた、ご謙遜を。いつも大変お世話になっております。お料理の腕前も、ルード様に次いでお得意だとか。お弁当、美味しゅうございますよ。タバサ先生がいつも届けてくれますので」
「そう言ってもらえると、とても嬉しいですにゃ」
実を言うとレアリエールは、週に一度ほどルードの家に来て晩ご飯をご馳走になっている。
普段はタバサが持ち帰ってくれるお弁当を食べているそうだ。
タバサがお酒を飲む際は、ラリーズニアが代わりに持ってきてくれる。
どちらにしても、頭の上がらない状態だったりしたのだ。
その理由は、タバサが彼女に課した課題が終わらず、食べに行く暇がないというだけ。
タバサの課題は、学園の卒業生でもある研究者との繋がりがあり、彼らからの情報を元に作ってくれたもの。
レアリエールの理解度に合わせて、練られている優れものだったりするのだ。
週に一度だけは、学園も休みで、課題も出されない。
その日だけ、タバサと一緒に晩ご飯をご馳走になる、これだけが楽しみだった時期があった。
ウォルガードの学園は、実力主義だった。
レアリエールの知識で入れるところは、なんと初等学舎からだったのだという。
そこで哀れに思ったタバサが、家庭教師を買って出てくれたというわけだったのだ。
最近はタバサのことを先生と呼んでいて、レアリエールも必死に頑張っているとのことだ。
ルードより年下な、中等学舎に飛び級することができている。
成果も徐々に出始めていて、タバサも喜んでいた。
シーウェールズでは、ルード以外あまり気にすることはなかったのだが、ウォルガードへ留学したあと、家庭教師をしてくれているタバサから、勉強だけでなく、常識として色々なことを教わった。
その際、美味しいご飯を作ってくれているのがクロケットで、次期王太子妃であり、レアリエールがプリン目当てで毎日のように通っていた〝ミケーリエル亭〟でお手伝いをしていたこと。
ルードの家にはそのように、とんでもないメンバーが揃っているということなど。
あまりの自分の無知さに、落ち込んだ時期もあったという。
立ち居振る舞いがまるで別人のようになっていたレアリエールに、アルスレットは驚いた。
「レラマリンさん。お久しぶりですね。本当に、お美しくなられて」
「い、いえ。レアリエールお姉様も、その、物凄く、お美しくて……」
けっしてお世辞ではなかった。
「ありがとうございます。アルスレット、元気にしていましたか? お父様、お母様も、変わりはありませんか?」
あんぐりと口を開けたまま、固まっているアルスレット。
「アルスレット、王太子殿下の前です。しっかりなさい」
「……あの、本当に姉さんですか?」
まるで人が変わったかのように驚くアルスレット。
先程聞いていたイメージと違ったのか、同じように驚くレラマリン。
ルードも、クロケットも、レアリエールの努力をタバサから聞いていたから、それほど驚きはしなかった。
「……ルード様、少々言葉が荒くなりますが、笑ってお許しくださいね」
「あ、はい。どうぞ」
「ありがとうございます。さて、アルスレット」
「はい、姉様」
レアリエールはにっこり笑った後、深く息を吸ってから『はぁああああっ……』と深くため息をついた。
「あなた、それでも男の子?」
「はい?」
「あなたとお父様、お母様。三人がかりで私のことをやれ『馬鹿だ』、『駄目だ』とあれほど言っておきながら、その体たらく。情けなくて、涙が出てくるわっ」
ルードは、『あ、前のレアリエールさんだ』。
クロケットも『ですにゃね』と、獣語で言いながら、苦笑していた。
つい先程までのレアリエールは、いわゆる『猫人を被っている』状態だったのだ。
「ここに来るまでにね、イリスさんから、二人の事情はある程度聞いているのよ。一度しか言わないからよぉく、聞きなさいよ?」
「は、はいっ。姉さん」
「アルスレット、あなた」
「はい……」
「まだ言ってないのだけれど……。だからあなたね、本国に婿入りなさい」
「はい?」
ルードとクロケットは、お互いの手を握って見守っていたのだが。
『ぷぷぷ。そういうことだったんだ。凄い決断だと思うけど。何かやり返している感じが……』
『ルードちゃん。駄目、ですにゃ……』
ルードは苦笑し、クロケットは窘めてはいるのだが、我慢できそうもない。
せめて、三人が知らないと思われる、獣語を使っている。
ここにいるイリスはフェンリラだから知っていて、キャメリアもルードの侍女になってから必死に覚えて、日常会話程度であればなんとかなるのだ。
イリスも必死に堪えていて、キャメリアはきょとんとしていた。
「わからない子ねぇ。私が国を継ぐから、お婿にいきなさいって言ってるのよ」
「レアリエールお姉様。それ、もしかして」
「そうよ。レラマリンさんの方が、察しがいいじゃないの。情けないわね、アルスレット」
「……はい?」
「あのね、私たちネレイド、ネプラスは人より長生きするの。それにお父様、お母様はまだまだ若いわ。私が学園を卒業するのを待つ余裕もあるはず」
レアリエールは力説した。
学園に入ってからレアリエールは目が覚めた。
何より、自分の学力が、初等学舎の子たちより劣っていた。
「いくら周りの男の子女の子が、フェンリル様だからといって。私よりも十歳以上年下のお子さんたちに、『お姉さん頑張って』とか、『お姉さんあともう少し』などと、言われてみなさいよ? 顔から火が出るかと思ったわ……」
それをタバサに相談すると、真っ青な顔になったそうだ。
面倒見の良いタバサは、『家庭教師になる』と申し出てくれた。
おそらく、そのまま放置すると、数ヶ月持たずに帰国することになるだろうと、予想できてしまったのだろう。
確かにシーウェールズでは、執事のジェルードが勉強を教えてくれるだけだった。
面白くなくて聞き流していたレアリエールは、最低限の学力すら身についていなかった。
それを見て育ったアルスレットは、自分が頑張らないと駄目かもしれない、そう小さなころに思ったのだろう。
ジェルードが、どんなに万能な執事とはいえ、レアリエールにやる気を出させるのは無理だった。
ルードたちがシーウェールズに来なければ、今頃まだ、引きこもっていたかもしれないのだから。
「可愛い弟のためだもの。女王にだってなってあげるわ。だからね、レラマリンさん、約束して」
「はいっ」
「必ず男の子を産んでね? そうしたら私はね、その子に王位を譲るわ」
「そ、そんな。私たちまだ再会したばかりで。その、ごにょごにょごにょ……」
レラマリンは、頬を真っ赤に染めて、下を向いてしまった。
ここでやっと、アルスレットにも理解できたようだ。
シーウェールズを出て、ウォルガードに留学したこの僅かな間に、姉はより良い方向に変わっていたのだ。
引き籠もりの、食べるだけの姉はもういない。
必死に何かを取り戻そうとする、頑張る姉しかいないのだから。
「そ、それはとても、ありがたいけれど。僕たちだけこんな。姉さんはどうなるの?」
「私はね、ルード様が考案された、最新のお菓子が楽しめるここに住み。こうして新しいことを学んでいられる今が、とても幸せなの」
「はい?」
何気に、根底はあまり変わっていないように思えてしまう。
「可愛らしくて、お料理が上手で、優しい、ルード様以上の男性が現れなければ結婚するつもりはありません」
「はいぃいいっ?」
「だからって、ゆっくりすぎては困りますよ? アルスレットのことをレラマリンさんが、これだけ好いていてくれるんです。二人にはきっと本国の跡取りとなる女の子と、シーウェールズを継いでくれる男の子が、生まれると思うわ。その男の子の方が大きくなったら、シーウェールズの王を譲れば良いと思うの。二人の子だもの。賢い子が生まれるはず。それまでの間、私は女王をしてあげる。その後は、私の好きにさせてもらうわ」
ルードの顔を見て、にやっと笑うレアリエール。
クロケットはルードをぎゅっと抱いて『あげませんですにゃ』と、べーっと舌を出す。
同い年であるクロケットとレアリエールは、タバサが間を取り持ったのか、以前と違い、良好な関係を築けているようだ。
近いうちに、シーウェールズとネレイティールズの間にも、定期的な空路による交易が行われる予定だ。
執務が忙しくない日には、レラマリンがネレイティールズから、アルスレットがシーウェールズから日帰りで行き来しながら、仲を深めていくことも可能になるだろう。
何年かかるかわからないが、レアリエールも学園を卒業し、シーウェールズに戻る日が来る。
それでも、ウォルガードとの間は、僅かな時間で行き来できるのだ。
時折メルドラードの女王が、お忍びで朝ご飯を食べに来ることで、それは証明されている。
▼
「ただいま戻りました」
黒猫人の村から、元気にイリスと一緒にけだまが戻って来た。
けだまはここ最近、朝ご飯のあとは、村へ行くと一日遊んだり学んだりして、夕方帰って来るのが日課になっているようだ。
「お姉ちゃん、おなかすいたのー」
「はいはい。ですにゃ」
背中に生えた純白の翼をはためかせて、けだまがクロケットに飛び移る。
「ルードちゃん、ただいまなのー」
「うん。おかえり、けだま。今日はお客さんが多いから、沢山ご飯を作らないと」
「やったー、なの」
「マリアーヌ様、ルード様たちの邪魔をしてはいけませんよ」
「あ、キャメリア。いたの? なの」
「相変わらずですね……。ほら、こちらで一緒に待っていましょうね」
「いやー、なの。べーっ、なのっ!」
「なんとも我が儘に育ってしまったというか……。ルード様、申し訳ございません。イリスさん。可愛がっていただけるのはありがたいのですが、少々甘やかしすぎでは?」
「いえ、その。いつも良い子にしていました、よ?」
「イリスちゃんの言う通りなの。ねーっ、なの」
「あはは。キャメリア、そのくらいにしようよ。けだまが元気なのは僕も嬉しいんだからさ。じゃ、お姉ちゃん、手伝ってね」
「はいですにゃ。けだまちゃん、イリスさんと一緒に待っててくださいですにゃ」
「はいなのー」
ルードたちはキッチンへ消えていく。
今晩の食卓は、とても賑やかだ。
レアリエールもタバサと並んで、座っている。
その向かいには、レラマリンとアルスレットが。
「タバサ先生ですね。お久しぶりです」
「そんな先生だなんて。シーウェールズの王子様にそんな風に言われたりしたら、恥ずかしくなっちゃいますよ。あたしは、別に……」
「とても優秀な、銀髪のお姉さん錬金術師と、ルード君から聞いています」
「お姫様に、そんな言われ方をされちゃうと恥ずかしくなっちゃう」
「私の国にも錬金術師のお姉さんが二人いるんですよ?」
「それは嬉しいですね。お姫様の国にも、ご同輩が頑張っているだなんて。それはあたしも会ってみたいものです。とはいえ、あたしは、ルード君たちの発案する商品を生み出すだけの、工場長みたいなものだから。そんなに偉いものではないんですよ」
ヘンルーダもリーダの隣に座って、お酒を酌み交わしていた。
その後ろでは、イリスとオルトレットが『執事とは何か』のような話をしている。
イエッタとエリスも、並んでまったりとお酒を飲んでいる。
イエッタからルードが作ったたこ焼きの話を聞きながら、エリスは新しい商品を考えているのだろう。
「ルードちゃん、たこ焼き。私も食べたいんだけれど。良いかしら?」
「はいはいー。ママ少しだけ待っててね」
キッチンの奥からルードの声が聞こえてくる。
ネレイティールズで捕獲した魔獣のタコ肉は、あの日無料で振る舞われたのだが、それでも食べきれないくらいに残ってしまい、半分現地に分けて、半分をこちらに持って帰ってきた。
半分乾物にして、半分氷室に保存してあるのだ。
今晩も、タコ肉の入った料理を一部用意してある。
リクエストに応えてこうして、たこ焼きも作るのだ。
今は手が空いてるルードが作っているが、クロケットも普通に作ることができる。
「はい、お待たせしましたにゃ。けだまちゃん、イリスさんのところにね」
時折翼をはためかせながら、クロケットの背中におぶさっていたけだま。
「うん。わかったの。イリスちゃんー」
「はい、こちらにいらしてください」
イリスが下座に座ると、彼女の膝の上にちょこんとけだまが座る。
ご飯のときは、最近こんな感じだったりするのだ。
「いただきます、なの」
▼
アルスレットは、お酒を飲んで絡んでくるレアリエールの相手をしていて、少々抜けられそうもないようだ。
苦笑しながら、レラマリンがルードに話しかけてくる。
「ルード君」
「どうしたの?」
お茶を飲んでゆったりとした食後のひととき。
「私とお友達になってくれて、ありがとう」
「あー、うん。僕もありがとう。ていうか、どうしたの急に?」
「あはは。ちょっと違うかもね。シーウェールズにいてくれて、美味しいものを作ってくれて、ありがとう、……かな? レアリエールお姉さんが変わっていなければ、アルスレットお兄さんと会うこともなかったと思うのよね」
「僕はそうは思わないけどね。あ、そうだ。オルトレットさんがさ、『お暇をもらいました』って言ってたけど、どういうこと?」
「あ、あのことね。執事長を引退するから、暫くはこちらにいると言ってたわね」
「へ?」
音もなくルードの背後から、大きな影ができる。
「『しなければならないことを思い出しました』と、申し上げたのです」
「うわっ。びっくりした……。ひどいよ、オルトレットさん」
「申し訳ございませぬ。わたくし、フェルリーダ様とイリスエーラ殿と出会って、すっかり忘れていたことを思い出したのです」
「どんなことですか?」
「はい。近いうちに、弔った同志たちの墓前を訪れ、姫様と再会できたことを、報告にいかねばなりません」
「ヘンルーダお母さんのこと、だよね?」
「はい。左様でございます」
「僕も、東の大陸に行って、母さんのお姉さんたちを探すつもりなんです」
「あの、お二人のことですね?」
レラマリンも聞いたことがある、正義の味方と冒険者を名乗るフェンリラのことだ。
「そうそう。あとは、安全の確保ができたら、ヘンルーダお母さんも連れて行ってあげたいかな」
「そうで、ございますね……」
「あ、だったら私も――」
「「駄目だよ(でございます)」」
微妙にルードとオルトレットがハモった。
「なんでよー?」
「あの大陸にはさ、オルトレットさんが言うには、まだ人種と獣人種が争っている地域があるって聞いたんだ」
「はい。そうでございます」
「だからね、安全が確認できないと。ちょっと駄目かな、って」
と言い切ったあと、ぞわっとする感覚がルードを襲った。
「……ルードちゃん」
「あ、はい」
後ろを振り向くと、音もなくルードの傍に正座したクロケットがいた。
尻尾を左右にぱたん、ぱたんと大きく振っている。
口元には笑みが浮かんでいるように見えるけど、目はイエッタのように糸目な感じになっている。
「(あ、あれって、ちょっと怒ってるとき、だっけ?)」
「一人で行くとか、言わにゃいですよね?」
手のひらに大きな火の玉を出現させて、それをぽんぽんとお手玉してるではないか。
自分の身くらい、自分で守れるというアピールをしているのだろうか?
確かに、ネレイティールズにいるときに見せてもらった、クロケットの魔力制御は目を見張るほどに上達していた。
クロケットが独自に考案した魔力制御の訓練法がまた、変わっていた。
ただそれは、ルードと同じ我流で、無駄の多い方法。
料理の際に鍋の下に火を顕現させて、湯を沸かすことはまだ大人しい方。
毎日の魔力の消費のために、水を魔力で生み出して風呂桶に張り、火を魔力で制御しては、何度も水に投げ込み湯を沸かすようなことをやってのける。
水流の操作に長けたネレイドからすると力業で雑な方法だが、ドン引きしているのを見たことがあった。
内包する魔力の総量、いわゆる、『一度に消費できる魔力の多さ』はルードより少ないはずだが、次々に湧き上がっては補充される、枯れることのないその魔力も、驚異的と言えるだろう。
今こうしてデモンストレーションしているクロケットを見て、同じケティーシャの血を引くオルトレットですら、尻尾をぶわっとさせて驚いているのだから。
「そ、そりゃそうだよ。行くときはオルトレットさんと――」
「遠くに行くときは、連れて行って、くれるって、言わにゃかったですかにゃ?」
「わ、わたくしが姫様をお守りいたしますので、ご一緒されても大丈夫かと」
「そ、そうだね」
「あー、ずるい。私も――」
「駄目っ。アルスレットお兄さんに言うよ?」
「そんなぁ……」
遠くから『姉さん、飲み過ぎです。これ以上は』という声が聞こえる。
「あ、ほら。レアリエールが荒れてる……。アルスレットお兄さんの手伝いしてきた方が、いいんじゃない?」
「……ふーんだ」
そう言いつつ、口先をとがらせながらも、レラマリンはアルスレットの方へ歩いて行く。
ルードはひらひらと、レラマリンの背中に手を振っていた。
「そんなにすぐには行かないよ。少なくともここと、ネレイティールズとの定期便ができた後かなー。国交を結ぶのに、フェリスお母さんを現地に連れて行かなきゃならないし」
フェリスからは、『ルードちゃんだけずるい』と、言われたばかりだった。
リーダとレラマリンの母、レラエリッサだけでも書面を交わせば済むことなのだろう。
ただ、フェリスが少々我が儘を言っただけだったのかもしれない。
どちらにしても、数日後には、ルードとキャメリア、フェリスとシルヴィネの四人でネレイティールズに訪れる予定になっている。
魔道具開発の話もあるらしく、そのついでに書面を交わすのだそうだ。
少なくとも、フェリスと一緒であれば、ルードは安全だとクロケットも思っているのだろう。
クロケットは珍しくそのときはお留守番。
というより、レラマリンがまだ暫く滞在するらしく、彼女の相手をするからと。
その間にルードたちは、行って帰って来る予定だった。
「にゃらば安心ですにゃ。ちょっとお酒、追加してきますにゃ」
クロケットはキッチンへ戻っていく。
▼
レラマリンとアルスレットが、眠ってしまったレアリエールを客間へ連れて行く。
同時に、リーダがルードに手招きをする。
ルードが隣に座ると同時に抱きついてくる。
「ルード、絶対に姉様たちを見つけるわよ」
グラスを高く上げて、そう言うのだ。
「はいはい。僕も会ってみたいからね」
「そうよ。ずるいんだから、二人とも」
「母さん、結構飲んだでしょう? ちょっとお酒臭いってば」
このような、日常的なやりとりが、ルードは一番感じていたかった。
あれだけ長い間リーダと離れていたのだから。
心配させていないというのが、これほど安らぐとは思っていなかっただろう。
「あらぁ、大丈夫よ。これからよ、これから。エリスー、それ全部飲んじゃ駄目よ。わたしも飲むんだから」
「はーい、リーダ姉さん。イエッタさん、言ったそばからあぁもう。ルードちゃんごめんなさいー」
「はいはい。今持ってくるから」
ルードは小走りに、キッチンへ戻っていく。
氷室に入り、霜の張るよく冷えた酒瓶を数本選ぶ。
「ルード様、私たちの仕事をとらないでください」
「あ、ごめん。キャメリア」
「ルードちゃん。我にもたこ焼き、おかわり頼んでもいいかしら?」
「はいはい。今作るから待っててねー」
こうしうて、ルードの家の夜は更けていく。
賑やかな家族たちの、聞き心地の良い声に包まれながら。
幸せの中に身を置くルードが、それを実感しながら。
今回で五章完了となりました。
お読みいただき、ありがとうございます。
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