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第二十七話 二人の待ち人。

「すっごく緊張したよ。でも驚いたよね。まさか〝あの〟フェリス様が、あれほどお若くて、お美しいだなんて……」


 それはそうだろう。

 ルードも、初めて出会ったときには驚き、リーダの妹と勘違いしたほどだった。

 それゆえに、アルスレットから見たら、フェリスは年下の美少女にしか見えない。

 まさかその少女が、千年以上も前に伝説として伝わっている存在だとは、思えなかったはずだ。


「でしょう? とっても優しくて、可愛らしいお母さんなんです」


 ルードに連れられて、ルードの屋敷を訪れたアルスレット。

 彼の滞在先として、この屋敷の一室が用意されているのだ。


「お帰りなさいませ。ルード様」

「うん、ただいま」

「アルスレット様でございますね? 侍女長のキャメリアと申します。奥で、お客様がお待ちになられています」

「はい。お世話になります」


 本来は招かれた賓客のはずのアルスレットだが、緊張しまくってつい、このような対応になってしまっていた。

 ルードからもちろん聞いている。

 キャメリアも彼にとっては、伝説の存在のドラグリーナだ。

 シーウェールズから乗せてもらった、巨大飛龍(ヒュージドラグナ)のリューザにも感動していた。

 アルスレットも男の子だから、強い存在が好きなのだろう。


「あれ? イリスは?」

「はい。マリアーヌ様と一緒に、猫人の村へ」

「あー、やっぱりね」

「では、どうぞ。こちらへ」


 扉を開けたとき、一番最初に出迎えたのは、金髪の少女と、その後ろに立つ大柄な猫人の執事だった。


「アルスレットお兄様ですね?」

「あれ? 僕をそのように呼ぶ人って……」


 アルスレットは呆然としてしまう。


「お久しぶりです。レラマリンです。もう、お忘れですか?」

「え? レラマリンちゃん、なのかい?」


 十数年会っていないのだから、彼女の変わりように目を疑ったのかもしれない。


「はいっ。お久しぶりでございます」

 彼女の表情は、嬉しさで溢れていただろう。


「アルスレットお兄さん。実は、レラマリン王女殿下が、会って欲しかった人なんです」

「そうだったんだ。僕も久しぶりに会えて、嬉しいよ」

「では、奥に部屋を用意していますので、キャメリア、案内お願いね」

「かしこまりました。ご案内いたします。こちらへどうぞ」


 キャメリアに促されて、アルスレットはその方向を向く。

 レラマリンだけ振り向いて、満面の笑みで、ルードに手を振る。

 アルスレットはレラマリンをエスコートし、キャメリアに案内され奥の部屋へと向かって行った。


 ルードはため息をついて、やっと一仕事終えた気持ちになっていた。

 だが、そんな、ゆったりとした出迎えどころの話ではなくなってしまう。


「ルード様。ご報告が」


 その声にルードは振り向く。


「…………」


 イリスから耳打ちされて、ルードは『なるほどね』と、一人納得する。


「そうなんだ。やっぱりね。……オルトレットさん」


 ルードは、レラマリンの後をついていこうとしていた、オルトレットを呼び止めた。


「はい。なんでございましょう?」

「アルスレットお兄さんと、マリンさんを二人きりにさせてあげようよ」

「はい。そうでございますね」

「それとね、実は。オルトレットさんにも、お客さんがいるんです」

「はて? ……はっ、もしや?」

「はい。別室で待機してもらっているそうです。イリス、案内してくれる?」

「かしこまりました。フェルリーダ様のお部屋にお待ちになってもらっています。あの方のお申し出もありまして、クロケット様もご一緒していただいております。どうぞ、こちらへ」


 あくまでも、名前は伏せられているが、クロケットも同席するとイリスは言う。

 ルードの後ろをついてくるオルトレットは、誰が待っていたか予想できたのだろう。


 扉をノックして、イリスが報告する。


「フェルリーダ様。オルトレット様をお連れいたしました」

「入ってもらって」

「はい。失礼致します」


 イリスが扉を開けると、そこには、テーブルに向かい合わせにリーダと座っていたクロケットと、彼女とそっくりの髪を持つ女性がいた。


 ルードはクロケットの表情を見てくすりと笑いそうになるが、リーダが手招きをしているのと、いつの間にかイリスが椅子を引いて待っているのに気がついた。

 早足でリーダの横にたどり着くと同時に、着席。

 ルードが席に着いたことを、イリスはオルトレットに目で伝える。


 黙礼をした彼は、やや重くなっていたその口を開いた。


「姫様、……お久しゅうございます」


 オルトレットは深く腰を折る。


「だから私は、関係にゃいと。それについさっきまで一緒だったじゃにゃい――」


 クロケットが苦笑しながら、オルトレットにそう言おうとしたとき、ルードはクロケットを見て、口元に人さし指を当てて『しーっ』という仕草をする。


「あにゃ?」


 事情を知るルードは、クロケットの相変わらずの天然ぶりに笑みが浮かんでしまう。


 今まで平然を装っていたヘンルーダは無言で立ち上がると、オルトレットの前に歩いて行く。

 ヘンルーダが動くまで、事態を見守っていたオルトレット。

 ルードが彼を見て微笑んだと同時に、ヘンルーダに向けて両腕を広げた。

 感動の再会が始まるな、とルードは思ったのだが。

 無言でオルトレットの腹部を叩き続けるヘンルーダ。

 数回叩き続けた彼女は、少しばかり大げさに振りかぶったように見えた。

 

そのとき、魔法の鍛錬を続けていたクロケットの目には、ヘンルーダの左腕に、とてつもない魔力が集まっていくのがしっかりと見えただろう。

 ドシン! と部屋が揺れるほどの衝撃が、オルトレットの腹部を襲う。


「はっはっはっ。相変わらずですね、姫様。ご存じかと思いますが、この程度では、わたくしの腹筋は貫けません。日々鍛錬は怠っておりませんもので」


 大きく両手を広げて、オルトレットはヘンルーダの拳の洗礼を、笑顔で受けている。

 クロケットも初めて見ただろう。

 自分の母、ヘンルーダが魔力を操作し続け、オルトレットの腹部へ打撃を入れているのを。


「うるさい。この筋肉おばけ。生きていたのなら、何故教えてくれないのよ……」

「わたくしが姫様を追えば、彼奴らの手が及んでしまう可能性がありました。それがわたくしには、怖かったものですから」

「そう……」

「つい先日のことになります。わたくしが長年お世話になっておりましたネレイティールズで、クロケット様にお会いできたのです。それはもう、昔の姫様に生き写しでございました」

「そりゃそうよ。私と、あの人の、娘だもの」

「そう、でしたか。クロケット様はやはり……」

「二十年前。あの人も逝ったわ」

「わたくしの甥は、姫様の、お役に立てましたでしょうか?」


 やはり、オルトレットはヘンルーダの親族だったようだ。


「えぇ。クロケットを抱いたときのあの人の笑顔は、とても、素敵だったわ」


 ヘンルーダはクロケットの座るテーブルに戻る。

 オルトレットは、これまでにあった話を、ヘンルーダに事細かに伝えた。


 ヘンルーダたち、年若い家臣たちを逃がすために、執事のオルトレットと、数人の貴族たちは盾となってその場に残る。

 ヘンルーダたちを逃がすのに成功したが、同志たちは倒れ、オルトレットが一人で弔うことになる。

 その後、捕らえられていた残りの家人たちを救い、ヘンルーダたちを逃がすのに協力してくれた、ネレイティールズに恩を返すべく今まで国を裏から支えてきた。

 ここまでの話は、ルードたちが聞いたものと同じだった。


「……恥ずかしながら、わたくしだけが生き延びてしまいました。散っていった我が同志たちも悔やんでおりました。旦那様と奥様をお助けできなくて、申し訳ございません」


 二人の話から、ヘンルーダの育った国。

 すでに亡国であるケティーシャは、ネレイティールズの遥か先、海の向こうに存在していた。

 海の向こうではまだ、獣人と一部の人間の国との諍いは終わっていないらしい

 ケティーシャのその事件は、オルトレットにとって、まだ終わっていないのかもしれない。


 いずれはルードも、海の向こうの、遥か東の大陸へ渡らなければならないと、改めて思っただろう

 膝に置いた両の拳をぎゅっと、痛いほどに握りしめ、難しい表情をしていたルード。

 それに気づいたのか、リーダはルード拳に手を乗せる。

 振り向いたルードに優しい笑顔を向けて、緊張を解きほぐしてくれた。


 ヘンルーダは隣にいたオルトレットの目に手をやる。


「ううん、いいのよ。……その目、あの後大変だったのね」

「お気になさらないでください。古傷として残ってはいますが、ルード様に治癒をかけてもらい、おかげさまで見えるようになりました」

「そう。ルード君と、彼の母親のフェルリーダには、私たち母娘(おやこ)も助けられたわ。それはもう、返せないほどに、ね」


 ルードは恥ずかしそうに笑みを浮かべ、リーダは照れ隠しなのか、明後日の方向を向いていた。

 ルードと同じように、リーダは自分が褒められるのには、慣れていないのだろう。


 一通り話を聞いたことで、各所にヘンルーダや、亡き父レオニールの名前が出てきてやっとクロケットにも状況が理解できたようだった。


「あにゃ? お母さんって、本当に、お姫様だったんですかにゃ?」

「オルトレットから聞いていかなかったの?」


 ヘンルーダはオルトレットの顔を見たが、彼は両肩をすくめると、目を細めて何かをアピールする。


「なるほどね。……そうねぇ。国も、なくなってしまったのだから。そうだった。というのが、正解かしら」

「……私に聞かせてくれた、あの〝お姫様〟の話も?」

「そうよ。〝昔話〟って言ったじゃない。私の若いころの話よ」

「……あ、でも。お母さんから、今まで一度も〝にゃ〟って、聞いたことがありませんにゃ」

「それはそうよ。だって私は、もう〝お姫様〟じゃ、ないんだもの。今の〝姫様〟は、クロケット、あなたじゃない」


 そこでリーダが我慢できずに、ぷっと吹き出す。

 ルードも『母さん、駄目だよ』と、リーダの背中を叩きつつ、苦笑を堪えていた。


「あら、フェルリーダ。あなたもお姫様だったじゃないの」

「わたしは、〝元〟よ」


 オルトレットは、ヘンルーダがリーダを呼び捨てにしていることに、少々驚いた。


「姫様、フェルリーダ様に、そのような――」


 昔のように、苦言をいいかけたとき。


「お母さんとお母様は、(にゃか)の良い、お友達にゃのですにゃ」


 そう、けろっとした顔で言うものだから、オルトレットは更に驚いている。


「あら? 言ってなかったかしら?」

「ヘンルーダ、言ってないわよ。ほんと、昔からあなたはそうよね」

「あら? フェルリーダに言われたくないわよ」


 そんなふうに言い合いながらも、笑い合う仲の良いふたり。

 ヘンルーダは王女として苦労してきたから、リーダを思いやることができた。

 リーダの方が明らかに年上なのだろうが、ヘンルーダが優しい姉のように接してくれたことで、どれだけ助けられただろう。

 リーダもヘンルーダも色々あって、お互いがただ一人の友だちであり、大の親友である。

 ルードもクロケットも、小さなころからそう聞いて、そう理解していた。

 オルトレットはルードとクロケットの苦笑している表情を見て、やっと納得できたのだった。


 ▼


 オルトレットとヘンルーダの件が一段落する。


「そういえば、マリンさん、大丈夫かな?」

「どうか、したんですかにゃ?」

「あー、うん。あのね――」


 久しぶりに会う二人をゆっくりさせてあげようと、キャメリアに任せてきたことをクロケットに話す。

 ルードにとってレラマリンは、唯一の友だち。

 彼女のお願いだったから、無理を言ってアルスレットに来てもらった。

 クロケットにとってレラマリンは、数少ないお友だち。

 ルードには秘密のお話だったけれど、彼女がアルスレットに会いたくて仕方ないことを聞いて知っていた。

 あれから一度も、キャメリアが報告してこない。

 その件も含めて、ルードが心配になってきた材料だったりするのだ。


「もうそろそろ様子を見に行ってもいいかな?」


 そう、クロケットに提案する。


「ですにゃ」


 クロケットも、ちょっとだけ心配になってきたのだろう。

 二人が廊下に出たとき、そこにはキャメリアがとても複雑そうな表情で、待ち構えていたようだ。


「あの、ルード様……」

「あ、どうし――」

「キャメリアちゃん。どうかしましたかにゃ?」


 クロケットとキャメリアは、ネレイティールズにいたときも、姉妹のように仲良く過ごしてきた。

 ドラグリーナでいるとき以上に、今の彼女の表情はとても豊か。

 だからこそ、困っていることも手に取るようにわかる。

 キャメリアは、まるで自分が大失敗でもしてしまったかのような、落ち込んだ表情になっているではないか。

 ルードも気づいたのだが、クロケットの方が早かった。


 クロケットに『お姉ちゃん、お願いね』と言うような苦笑の表情を向ける。

 クロケットは右手の拳を自分の胸にとんと当てると、『任せてくださいですにゃ』という表情になっていた。

 クロケットはキャメリアの背中をぽんぽんと優しく叩き、一生懸命元気づけようとしていた。

 そんなクロケットの気持ちが伝わったのか、キャメリアの表情は、徐々に柔らかくなってきている。


「ルード様、クロケット様。実はですね……」


 キャメリアの話では、レラマリンとアルスレットの二人は、話も弾んでとても良い感じだったのだそうだ。

 ただ、二人に共通するとある話にたどり着いた際に、表情はすぐれなくなり、共に落ち込んでしまった。

 キャメリアは機転を利かせて、二人を食堂に案内し、ルードが作り置きしておいたプリンとお茶を振る舞って、元気を出してもらおうとした。

 食べている最中は、幸せそうにしていた二人も、すぐに落ち込んでしまって、もはやキャメリアの手に負えない状況になってしまったのだそうだ。


 ルードに任された立場のキャメリアは、二人からそれとなく聞こえてしまった内容が、とても自分の手に負えないものだと理解してしまう。

 自分の疎いジャンルの内容であったがために、これ以上はどうにもできない。

 かといって、ルードにお願いされたからには、どうにかできないものかと、思案したのだそうだ。

 クロケットと一緒にキャメリアから報告を受けたルードは。


「それは僕でも、何もしてあげられない、かも……」

「ですにゃ、ね……」


 それでも、ルードにとってただ一人の友だち。

 ルードにとって、数少ない兄のような存在。

 少しでも、一緒になって、打開策を考えよう。

 ルードはそう、クロケットと決めた。


 ▼


 ルードたちの住む屋敷の食堂は、窓際に座ると、広い庭が一望できる。

 そんな窓際の席に、二人並んで座り、外をぼうっと眺めている二人。

 遠くから見ても、仲は良さそうに見える。

 なぜなら、窓際に座るレラマリンと、手前に座るアルスレット。

 彼らの手は、固く握られていたからだった。


 本来であれば、空気を読んでそっとしておくのが普通なのだろう。

 だが、キャメリアが心を痛めてしまったのと、二人を会わせたのはルードだった。

 ひとりで悶々と悩んでいると、ドツボにはまることがある。

 それは今までひとりで何もかも背負い、ひとりで落ち込んできたルードだからわかること。

 レラマリンはアルスレットに久しぶりに会えて嬉しいはず。

 アルスレットも従兄妹に会えて、楽しかったはず。

 それなのに二人とも、物凄く不安そうな表情をしている。


 自分たちだけでは解決できない何かに悩んでいなければ、彼らのようにはならないはずだ。

 かといって、手ぶらで近寄るのは愚策でしかない。

 ルードはプリンの上に、ミルクよりも更に濃厚な生クリームをたっぷり注いだものを二つ持ってくる。

 それをキャメリアとクロケットに持たせて、ルードが先に歩いて出ていく。


「アルスレットお兄さん、マリンさん。こっちにいたんですね」


 握っていた手を慌てて離して、ルードの声に気づいて振り向く二人。


「る、ルード君。ど、どうしたの?」

「あ、ルード君。さっきまで、プリンをご馳走になっていたんだ」

「そうだったんですね。せっかくだから、もう少し濃厚なものを食べてもらおうかと思ったんですけど? ね、お姉ちゃん」

「はいですにゃ。甘いものは、別腹にゃんです。もう一つずつくらいは、大丈夫ですにゃよね?」

「う、うん」

「あぁ、もちろんだよ」

「よかった。キャメリア、お姉ちゃん。お願いね」

「かしこまりました」

「はいですにゃ」


 この生クリームは、ウォルガードの美味しい水、美味しい穀物、牧草などを食べて育った牛に似た獣から、とれたばかりのミルクから抽出されたもの。

 シーウェールズなどで流通しているものとは桁違いの贅沢なもの。

 ここで消費される分しかとらないからこそ、貴重なものだったりする。

 ウォルガードでは、国外に出す予定など今までなかったから、他国で食べることができない逸品でもあった。


 ルードも初めて口にしたとき、驚いたくらいのもの。

 タバサの工業的に作っているものとは違い、学園に隣接された研究所で考案された、無駄に高い技術と魔法で分離させたミルクだから、また違った味わいがあるのだ。

 それを贅沢にプリンの上へ、一センチほどの層で浮かべただけのもの。

 だがそれは、フェリスですら絶句し、太鼓判を押させた美味しさ。

 

「わぁ、まっ白で綺麗ね。ルード君の髪みたい」

「そうだね。凄く良い匂いがする」

「ほらほら、見てないで食べて下さい。フェリスお母さんも、美味しいって言ってくれたものなんですよ」


 レラマリンもここへ着いたあと、挨拶のためにフェリスに一度会っている。

 アルスレットも先程挨拶したばかりだ。

 だからフェリスの名前を出すだけで、〝消滅のフェリス〟と理解できる。

 レラマリンはルードと同じように、リーダの妹だと思った

 そうして、噂と本人のギャップの激しさに驚いた二人だった。


 そんなフェリスが絶賛したというこの目の前に置かれたプリン。

 思った通り、二人は黙々と終始無言で食べ続けた。

 二人は幸せそうに、食べ終わってしまったことに対しての、ため息をつく。

 美味しいものは、不安を少しでも取り去ってくれるのだろう。


 ルードたちも窓際の席に座らせてもらった。

 キャメリアにいれてもらったお茶を飲んで、話を切り出すことにする。


「ところで、マリンさん。アルスレットお兄さん」

「ん?」

「どうしたんだい?」


 従兄妹同士だからか、まるで本当の兄妹のように、そっくりな受け答え

 ついルードは笑ってしまいそうになるのを抑えて、言葉を続ける。


「あのね、キャメリアから聞いてね。僕、心配になって――」


 そっと、先程まで元気がなかったことを聞き出すことにした。


 下を向いたまま、ぽつりぽつりと、話をしてくれたレラマリン。


「私ね、クロケットお姉さんには話したんだけれど。アルスレットお兄さんがね、初恋だったのよ」

「うん」

「それでね、ルード君に、無理を言って会わせてもらって、改めて思ったわ。私の初恋は、間違ってなかったって」

「そっか。うん。よかったと思うよ」

「ありがとう。ルード君」

「どういたしまして」


 アルスレットは、顔を真っ赤にしながらも、黙って彼女が言い終わるのを待っていた。


「僕、いや、私も……」

「いいですよ。いつも通りで」


 ルードは両肩を軽く上げ下げして、気楽にしてほしいという、仕草をする。


「ありがとう。僕はね、レラマリンのことは知ってたよ。昔に会ったことがある、歳の離れた可愛い妹。遠い本国にいると知っている程度だったんだ」

「はい」

「でもね、こんなに可愛らしくなってたなんて、その。僕もね……」

『あー、うん。これって、あれだよね?』

『ですにゃね』


 ルードはクロケットを振り向くと、獣語でこっそり。

 クロケットもさすがに空気を読めたのだろう、獣語で返してくれていた。

 二人揃って、つい苦笑してしまう。


「……でもね、ルード君。私は王女で、アルスレットお兄さんは王太子なんです」

「うん」

『ルードちゃん。わかってにゃいんですにゃね』


 クロケットはこっそりルードに話しかける。


『え?』

『お姫様は、王子様は、好きにゃ人と結ばれるのは、物語の(にゃか)だけにゃんですにゃ』

『そうだったんだ……』

「あー、うん。確かに困りますね、それは……」


 さも気づいたように、誤魔化すルード。

 確かに困ったと思う。

 そういえばクロケットは、亡国の王女だった。

 もしかしたらルードとクロケットも、同じ悩みを抱えたかもしれないのだ。


 他人ごととは思えない。

 それに大切な友だちと、大切なお兄さんが悩んでいる。

 ルードは腕組みをして何気に目をつむり、〝記憶の奥にある知識〟を参照し、何か良い方法がないか考えているのだが、こういうときは一切役に立たないようだ。


「僕、こうなると役にたたないね……」

「あにゃ。ルードちゃんまで……」

「ルード君がそんなに悩まなくてもいいんだよ。僕たちの問題だから」

「そうよ。こうして会わせてくれただけでも、ね」


 そんなときだった。

 ドアをノックする音が聞こえる。

 匂いでわかった。


「あ、イリスだ。イリスなら良い方法知ってるかも」


 確かイリスは、この国にあった元公爵家の令嬢だった。

 イリスに相談しようと、ルードは思ったのだろう。


「失礼いたします。ルード様」


 イリスは一声かけてから、ドアを開けて入ってくる。


「いいところに――」

「ルード様。お話中、申し訳ございません。レラマリン様とアルスレット様にお会いしたいという方を、お連れいたしました」


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