第二十五話 カリカリもちもち。
イエッタの治めている、雪深い山間部にある、狐人の国フォルクスにも、シーウェールズあたりから、保存の利く多少珍しい食材は届くことがあった。
陸路で長い時間をかけて交易商人が運んでくれたものに、贅沢を言ってはいけないのは十分わかってはいたが、イエッタが夢に見た食材は手に入ることはなかった。
記憶の欠片を追い求め、千年の時を経て今、ルードのおかげでイエッタは、この味を楽しむことができている。
くにくにと奥歯に感じる食感と、周りから香る潮よりも濃い磯の風味。
一口食べては『くぅっ』っと。
また一口食べては『んふふふふ』と、喜んでいた。
リーダがグラスに弱めのお酒を注いでくれた。
イエッタは、『あらありがと』と、きゅっと口に含む。
すると、タコの味わいと口の中で新たな出会いが起こり、更に満足度の高いものへと進化して、喉を通っていく。
リーダは、イエッタから与えられていた前情報を超える、噛めば噛むほど味が染み出るこの海のお肉を気に入ったのか、味が出なくなるまでひたすら噛み続け、喉を鳴らした後に、鼻腔へ抜ける磯の香りの香しさに酔いしれていた。
イエッタが、ご返杯という感じで、リーダに注いでくれたお酒を、一煽りで飲み干す。
鼻から抜ける、お酒とタコの香りがなんとも香しいことよと、目がとろんとなってしまう。
イエッタもフォルクスから暇をもらい、ルードについてきて、シーウェールズに移り住んだ。
以前住んでいたはずの場所に有った美味しいものを。
夢に出るほど、喉から手が出るほど、長い間食べたくても再現できなかった食べ物。
お米とお味噌を、ルードは彼女の目の前に用意してくれた。
海の幸がふんだんに使われた、味噌仕立ての鍋の旨さに驚いたこともあった。
もちろん、ご飯以外にも、プリンを始めとする、ルードが開発したお菓子も堪能しまくっていた。
それまで慣れ親しんでいた干し肉と違って、シーウェールズの城下町では、当たり前のように手に入る干した貝柱や魚介類。
鮮魚はもちろん多かったのだが、イエッタは干した方が更に旨味が増すことを誰よりも知っていたから、大好きなお酒の肴になるからと乾物を好んで食べていた。
あれは確かに、噛めば噛むほど味がしみ出してくるものがあった。
食の満足度としては、実に千年以上ぶり、堕落に繋がってしまいそうなほどの旨味と甘味、感動の毎日だっただろう。
ただ、慣れというものは、時として人を贅沢にさせてしまう。
更なる記憶の味を求めてしまうのは、仕方のないことなのだろう。
何せ、ルードとクロケット、タバサがいれば、イエッタが食べたくて仕方のないものを再現できてしまう期待ができるのだから。
イエッタが欲するものができあがると、エリスはそれを商品化し、安定供給まで持っていってくれる。
きっと過去の〝悪魔付き〟と呼ばれた者も、こうして様々なものを広めてしまったのだろう。
イエッタはこうして、遠慮というものをどこかに置き忘れてしまったようだ。
息子の料理が立派すぎて、学園時代の『食っちゃ寝』感覚に目覚めてしまった、リーダもそうだった。
彼女がひとつの料理を、ここまでしつこく噛み続けることは珍しい。
元の形がなくなるほど細かくなるまで奥歯で噛み砕き、すりつぶす。
染み出てくる味が唾液に混ざり、それを喉に流し込んだ後、余韻のように残り香を楽しむ。
まるで、強い酒を口に含んで、口の舌の上でお酒を転がした後、喉へ流し込んで、少々焼けるような感覚が過ぎると、またお酒の残りがが鼻腔へ抜けてくるのを堪能する。
そっくりだった。
彼女が、少し強めな、大好きなお酒を飲んでいるかのような、楽しみ方だった。
イエッタから言われて、その味を想像していた。
口の中で、その味を確証するまでは、ほんの僅かな時間だったはずだ。
瞬間的に、お気に入りになったからこそ、この堪能の仕方になっているというわけである。
リーダが先日までルードたちと住んでいたシーウェールズ。
そこは船を使う交易の中心でもあり、塩を始めとした、海産物が豊富な温泉の湧き出る城下町だった。
観光として訪れるほか、交易を目的に訪れる商人たちもいたようだ。
春夏秋冬、様々な時期に、その季節に手に入る珍しいものや、美味しいもの。
ルードの収入に頼ることなく、リーダは自分の持ち合わせていた財産の中から、珍しいもの、美味しいと言われるものを手に入れては、ルードに料理をしてもらっていた。
エビやカニのような甲殻類は食べる機会はあった。
それは確かに、味わい深いものだった。
リーダが学園にいたころ、書物を読み漁って得た知識にはない、『エビは、乾燥させてもなお、味が更に複雑化し、旨味が膨れ上がるという珍しい食べ物』などは、イエッタに教わって知ることになった。
このように多種多彩な海洋生物が市場にありながら、更に珍しいとされる軟体動物。
タコや、イカの類いは、ルードも見ることはなかったのだという。
だからこそ、リーダにとっては、生まれて初めて食べるものだった。
リーダは、学園にいたころから、食に対する欲求は人一倍高い。
シーウェールズに初めて来たとき、剥いただけのエビをルードに食べさせてもらった。
本来彼女は、なんでも食べるが、初めて食べるものは躊躇するのが当たり前。
初めて食べるとしても、どんなに見た目が悪かったとしても、ルードが作った料理であれば、美味しいに決まってる。
長年そう実感していたからこそ、初めて食べたであろうタコの刺身も、躊躇なく味わうことができたのであった。
今はウォルガードに引っ越した後なのだが、空の便を使って距離はないに等しい。
毎日のように海産物がシーウェールズから送られてくるようになったが、新しい食材のタコの刺激には敵わなかっただろう。
タバサがルードにかなり前からお願いされて、イエッタが知ると、猛プッシュされてしまったため、四苦八苦しながら開発した、まだ調整中な調味料。
しょう油が更に味を引き立てることとなった。
それをイエッタだけでなく、リーダも美味しいと言ってくれた。
ルードは俄然やる気が出てきた。
足二本分とはいえ、イエッタとリーダだけでは多すぎるくらいの量がある。
そこで、お刺身だけではなく、オリーブオイルと塩と香辛料を使って、カルパッチョのようなものを作り上げる。
これももちろん、イエッタがリクエストしていたレシピのひとつだ。
同じく、深めの鍋にオリーブオイルを多めに注いで火をかける。
タコの身を、ちょっと大きめにぶつ切りにして、軽く小麦をくぐらせたあと、素揚げをしてみた。
金属でできた網で掬い上げて、油をざっと切ると、皿の上に用意された数枚敷かれた薄い紙の上にころころと置く。
それに、シーウェールズ産の、きめの細かい雪のような塩をふる。
「リーダお母様、イエッタお母様。お待ちどう様、ですにゃ」
できあがった料理を、クロケットとキャメリアが配膳する。
「アミライル、マリンさんにも食べてもらって」
「はい、ルード様。どうぞ、お座りくださいまし。レラマリン王女殿下」
レラマリンはリーダたちが、あまりにも美味しそうに頬張るその姿を見て、我慢できなかったのだろう。
「遠慮はいらないわね? では、いただきますっ。あむ、ん。ん。んーっ」
レラマリンは、右手にナイフを、左手に三叉槍に似た食器、要はフォークのようなものを持って食事を始めると、とびっきりの笑顔になる。
海産物を食べるのは、国柄慣れているのだろう。
魔獣の元になったタコもこの国では、極まれに手に入る高級食材らしい。
いくら彼女が王女だからといって、そう頻繁に食べることができなかったと、ルードも聞いていた。
ルードが作ったお菓子は以前食べたからこそ、料理も美味しいのを信じていた。
だが、こうしてルードとクロケットが二人で腕を振るってくれた料理は、初めてだっただろう。
「ルードの料理、美味しいでしょう?」
リーダが聴く。
「は、はいっ。おいしいでふ。んくっ。……ふぅ。あの魔獣が、こんなに美味しいだなんて、思いもしませんでした」
「よかったわ。わたしもね、ルードのご飯は久しぶりなの。シーウェールズにいたときからね――」
「リーダさん、早く食べないとルードちゃんに悪いですよ?」
とても嬉しそうにルードのことを話そうとしていたリーダ。
イエッタは軽く突っ込みを入れたのだが、それは建前ではなく、本心だったのだろう。
「……あ、そうですね、イエッタさん。いただきましょうか、レラマリンちゃん」
「は、はい」
離ればなれにさせてしまった心苦しさを感じていたレラマリンだったが、リーダたちの笑顔にどれだけ救われただろう。
リーダとレラマリンは、中断していた食事を再開していた。
彼女たちの浮かべる笑みをもトッピングに換え、イエッタはルードのご飯を堪能し続ける。
確かに、遠い昔の記憶で、この味を知っていた。
この世界に新たに生を受けたイエッタは、あまりにも味気ない自国の食習慣に絶望した。
それでも、彼女は諦めなかった。
近い食感、近い味を追い求め、フォルクスの安全のために、自らの能力を振るい続けた。
魔力の薄いこの地で無理をした結果、自分の部屋から出られなくなるほど、彼女は疲弊し、慢性的に魔力が枯渇した状態になってしまう。
ひ孫にあたるルードに出会って、心から、それこそ胃袋から救われたから、残りの命をルードのために使おうと、フォルクスから出てきたのだった。
対面キッチンのような、料理をする側と食べる側。
お皿が空になると、クロケットが追加して作り、キャメリアとアミライルがおかわりを持って行く。
使用済みのお皿は、アミライルが回収して隠し、新しい皿が常に使われているようだ。
ルードとクロケットが作った今までの料理は、量的にはそれほどのものではない、あくまでも前菜のようなもの。
それでもおかわりしてくれる三人に、ルードは嬉しくて仕方がない。
魔獣討伐の際に、リーダとイエッタから、最初から食べるつもりだったと聞いた。
ルードはイエッタに聞くまでは、これが〝記憶の奥に眠る知識〟にある、タコなのか確証を持てなかった。
いくら知識があるからといって、タコは料理するのも食べるのも初めて。
今までの料理もそうだったとはいえ、食べられるかどうか、心配になるほど珍しい食材。
リーダに出す前に、ちょっとだけクロケットたち裏方と、つまみ食いしていたのは、内緒。
つまみ食いは、『料理をした人のご褒美』というのがルードの持論。
レシピが確立されていても、味見をしないことには、食べてもらう人に対して失礼なんだ。
美味しくないものを出すのは駄目、だから味見をするんだ、ルードはそう思っている。
つまみ食い、いわゆる試食は料理人にとって立派な作業であり、役得でもあった。
試食会をしたわけではないので、今回はただのつまみ食いだったのだけれど。
ちなみに試食の際、ルードもクロケットも、リーダと同じようにひたすら噛み続けていたのは、言うまでもないだろう。
今回ここにいる人は、リーダ、イエッタ、レラマリンがもてなされる側。
ルード、クロケット、キャメリア、アミライル、イリスがもてなす側。
テーブルに座る三人の笑顔と食べる速度を調整しつつ、キャメリアとアミライルがクロケットを手伝い、絶妙のタイミングでおかわりをさせている。
一度ルードがやって見せた料理は、クロケットは手順も味の分量も、忘れることはない。
ルードは常に、次の料理を始めるから、今、三人のおかわり分を作っているのは、クロケットだった。
料理に魔法を運用し始めたクロケットは、以前よりも作業工程が短縮された。
この程度の料理であれば、間違うこともないだろう。
何種類かの魔法を複雑に作用させる、ルードの無茶苦茶な料理は、クロケットにはまだまだ再現できてはいない。
けれど、絶妙な火加減を調整することは、彼女にとって、当たり前のことになりつつあった。
リーダたちの対応は皆に任せて、ルードは次の作業に移ることにする。
「キャメリア。あれ、お願い」
「はい。……これでしょうか?」
キャメリアが虚空から取り出したものは、ルードが抱えるくらいの大きさはある、銅色の塊。
ルードがシーウェールズにいるとき、厨房器具を作っている職人から譲り受けた素材のひとつだ。
〝記憶の奥にある知識〟で調べ、熱伝導率が一番いいとされる銅だと思われる金属の塊だった。
ルードはキッチンの上にまず、指一本分の厚さのある、砂を固めた土台のようなものを作り出して置く。
その上に金塊を置くと、ルードはその上に両手のひらをぺたり。
目を閉じて、呪文の詠唱を開始する。
『砂は砂。土は土らと結びつき。姿を変えて、我に応えよ』
この詠唱はあくまでも、ちょっと自信がない場合や、魔力が少し多めに必要な場合など、勢いをつけるようなきっかけになるキーワードのようなもの。
ルードは治癒の魔法を使う際、簡単な詠唱と、少々乱暴な詠唱とを使い分けている。
先程作った砂を固めた土台は、久しぶりに使う魔法だったこともあり、きちんと詠唱したのだが、一度作用させた砂だったため、二度目の今回は『土よ』程度の、簡易的な詠唱で実現させてしまった。
呪文を作ったフェリスは、これを無詠唱で行ってしまう。
〝消滅〟の二つ名にを持つ彼女は、ルードが自分と比べるのが間違いだと思ってしまうほど、この世に二人といない〝化け物〟なのである。
リーダやイリスから言わせてもらえば、ルードも大概らしい。
その一番弟子のクロケットも、魔力制御だけでいえば、常人を超えた範疇外と言えるほどに成長しつつあるようだ。
ルードが詠唱を終えると、手のひらを中心にして、鉄塊が白い魔力を帯びてぽぅっと光り始める。
眩しいほどではないが、それは見ていたキャメリアたちには、幻想的に思えただろう。
見慣れてしまっていたクロケットは『いつものルードちゃん』程度に思っていたはずだ。
この魔法の手ほどきを受けているとき、フェリスと助手のシルヴィネ、イエッタも興味があって同席していた。
天才肌のフェリスはルードに教えているつもりが、余計に困惑させることになる。
フェリスの説明をシルヴィネが通訳し、それをイエッタがわかりやすいようにかみ砕くという、ややこしい方法になってしまった。
その際、魔法の制御は、魔力の制御も重要だが、どういう現象を起こさせたいか、それをより細かく思うこともまた重要ということだった。
イエッタと同様の〝悪魔憑き〟であるルードは、彼女のように前世の記憶として、経験として知識を持っているわけではない。
だが、イエッタがヒントを与えると、〝記憶の奥にある知識〟から引き出した情報を、なんとか応用できるようになる。
フェリスがそのときには思い付かなかった方法。
それがこの、金属の適当な形成の制御方法だった。
理屈から言えば、イエッタがぽろっと口走った、『金属も、元はと言えば、砂や岩と同じなのですよねぇ?』と、この言葉がきっかけになった。
ルードが鉄塊を両手のひらで、ぐにゃりと押しつぶす。
それはまるで、柔らかい小麦で練ったパン生地のように。
更に右手を押しつぶし、右側へスライドさせつつ、土であらかじめ作って置いた土台と同様に、平坦になるようにならしていく。
左手も同じように金塊を押しつぶしながら左へスライド。
よく見ると形は少々いびつだが、土の土台と同じ厚さで作ったような金属のプレート、銅板ができあがる。
ただこれで完成ではない。
ルードの手のひらから発せられる、魔力の光は消えていない。
ということは、ここから更に加工を続けていくのだろう。
ルードは左手の親指と人差し指の先を合わせて、指で円をつくる。
いわゆるOKサインのような形。
「んー……、これくらいの大きさだっけ?」
その大きさに合わせて、右手の人さし指を押し当てる。
ルードが指を軽くのの字を書くように回すと、第一関節より深いくらいの、玉子の殻を半分にしたようなのくぼみができていた。
それを十二個。
「……ふぅ」
ルードが軽く息を吐くと、銅板を覆っていたルードの魔力の光が、手のひらへ吸い込まれるかのように戻っていく。
「イエッタお母さん」
「はいはい。どれどれ」
イエッタは、箸置きに箸を並べて置くと、その場から立ち上がる。
ルードの近くまで歩いてくると、ルードは横へずれて、イエッタが銅板の前に立った。
「これは凄い。我が思った通りの形になっていますよ」
ルードの頭をくしゃりと撫でる。
気持ちよさそうに目を細めるルード。
「よかった。じゃ、僕は材料の下ごしらえを始めるね」
イエッタはどこから取り出したのか、細い帯で袖を持ち上げ、背中にたすき掛けをして肩口で結んで止める。
「えぇ。我はこれを使えるように下準備をしますからね」
「キャメリア」
「はい。準備は終わっています」
「お姉ちゃん、お出汁お願いできる?」
「はいですにゃ」
ルードはクロケットに下ごしらえのひとつを頼んでおいた。
クロケットはアミライルと二人で、ルードの手伝いを始める。
ルードは横のキッチンに移ると、目の前にある器に、小麦粉を入れてから次に水を入れ、菜箸のような長めの箸で、ゆるゆるになる感じに混ぜていく。
用意されていた平たい鍋に指一本分の量の油を張っていく。
『炎よ』
このあたりはクロケットの魔法の師匠。
適当さ加減の第一人者。
油を入れた平たい鍋の底を加熱していく。
ゆらゆらと熱気が、加熱していく油から上がってくる。
ルードは油に、菜箸に絡めた水溶き小麦粉を垂らす。
水が弾ける音と共に、少しだけ潜った小麦粉の塊が、油の表面に上がってきた。
「これくらいかな?」
油の温度を調べていたのだろう。
ルードは続けて水溶き小麦粉を散らすように入れ続ける。
ぽこぽこと揚がっていくそれを、良い感じの状態になったそばから、金属でできた網で掬っていく。
タコの素揚げのときのように、キャメリアが用意した皿の上に、薄い紙が重ねて置いてある。
この世界では、かなりの昔から、〝誰かが伝えた〟紙が存在する。
ルードたちは気にしないで使っているが、おそらくはルードやイエッタと同じ、〝悪魔憑き〟が伝えたのだろう。
表面の滑らかさという意味では、それほど質は良くはないが、海を越えた東の大陸から、安く大量に交易品として流通している。
ウォルガードではその昔、フェリスが持ち帰った紙を勝手に解析し、再現してしまったものが、現在でも使われている。
もちろん、彼女の馬鹿げた魔法と、ウォルガードの開発力で再現できたようだった。
シーウェールズにも、このネレイティールズにも普通にあるもので、キャメリアが料理用に使うからと買って置いてくれたものだ。
ルードは紙の上に、掬い上げた細かい揚げたものを置いていく。
更に置かれた紙は、揚げもの紙が油を徐々に吸ってくれる。
ルードが作ったものは、クロケットやキャメリアには、何だかわからないはずだ。
ルードもイエッタに言われた通りに作っているのだから、これがどう食べるものなのか知らなかったりする。
ただ、前に〝記憶の奥にある知識〟で調べた限りでは、〝天かす〟や〝揚げ玉〟と呼ばれる名前だということだけは理解していた。
ここではとりあえず、揚げ玉と呼称するとして。
揚げ玉をルードは『風よ』と、魔法を展開し、熱々の状態から冷ましていく。
ある程度沢山作って、山積みになった揚げ玉。
次にルードは、すり鉢とすりこぎが置いてある横へ移動。
シーウェールズで購入してもらった、袋に入った乾燥してある小さなエビ。
それを取り出し、すり鉢に入れて『ごりごり』と、粗く砕いていく。
最後に、タコの足肉をぶつ切りにして、器へ入れて置いた。
「ルードちゃん。このお出汁、どうしますかにゃ?」
「あー、うん。冷ましたいんだけど、できる?」
「はい、ですにゃ。たぶん、できますにゃ。熱の逆、熱の逆。『氷よ、鍋を包んでくださいですにゃ』」
クロケットの口調でも、魔法が発動するようになってしまうほどの、上達具合。
簡単な魔法であれば、詠唱は多少違っていても、発動する。
それは以前、フェリスから変化の魔法教わったとき、ルードが証明したのだから。
フェリスはいわゆる、〝厨二病〟的センスの、とてもとんがった感性の持ち主で、彼女の作る呪文は、ルードやリーダでも少し恥ずかしいと思ってしまうものだった。
それをやめさせたのが、キャメリアの母、シルヴィネ。
フェリスが興味を持ちそうな言い回し『無詠唱の方が、かっこいいと思います』と、言ったそうな。
彼女も一応、普通の感性の持ち主だったということなのだろう。
「イエッタお母さん、こっちは準備できたよ」
「ありがとう、ルードちゃん。こっちも、良い感じに油が馴染んできたみたいよ」
イエッタは、ルードが作ってくれた変な形の銅板を加熱しつつ、油を馴染ませていたようだ。
「ルードちゃん。このお出汁で、おしょう油を使って、濃いめのお吸い物を作って置いてくれるかしら?」
「うん。いいよ」
「それじゃ、我も頑張っちゃいましょうか、ね」
イエッタは、大きめの器に小麦粉を入れ、クロケットが冷やした出汁で緩く練り上げていく。
それを熱々に加熱された銅板の前に持っていく。
油を刷毛で再度塗って、少し置く。
柄杓で掬った出汁溶き小麦粉を、細くこぼれないように流し込んでいく。
半円状に凹んでいる場所に、タコのぶつ切りをひとつずつ浮かべていく。
その上に、ルードが作ってくれた揚げ玉と、砕いたエビ。
最後に、キャメリアから受け取った壺がある。
イエッタが大事そうに持ってきた壺らしく、そこにはショウガのようなものを刻んで、梅のようなものを漬けた酢に漬け込んで寝かしたもの。
これはイエッタがフォルクスにいたときに試行錯誤して作った、手製の〝ショウガ漬け〟だというのだ。
それを取り出して、細かく刻み、上にばらまいた。
火力を調整して、生地がくつくつと焼けていくのを待ちながら、イエッタはルードに作ってもらった固い木でできた、細い串を両手に持っていた。
「そろそろ、かしら?」
イエッタは焼けてきた小麦の生地を、穴に合わせて十字に切れ目を入れていく。
両手に持った串を使って、ひとつひとつ器用に生地を、くるりくるりとひっくり返し始めた。
「よっ、どっこいしょ。うん。身体は忘れてなかったようね。懐かしいわ。昔、知り合いのおじさんの〝屋台〟で、〝アルバイト〟させてもらったのよね」
ところどころ、ルードも知らない言葉が混ざる、イエッタの大きな声の独り言。
イエッタは、定期的に球体に丸められた焼き生地を、くるくると返していく。
焦げないように、愛おしそうに。
彼女の額に浮かんだ、珠のような汗を、懐から取り出した手ぬぐいで自ら拭いながら、くるくると作業を続けていく。
「うん。いいでしょう。ルードちゃん、お皿お願い」
「は、はいっ」
ルードも見惚れてしまったほど、イエッタの手際は見事なものだった。
二つずつ串で刺して、持ち上げてはルードから受け取った皿に置いていく。
そうして焼き上がった十二個の丸い食べ物。
「ルードちゃん、作り方、覚えたかしら?」
「はいっ、何とか」
「これがね、〝たこ焼き〟という食べ物よ。そのお出汁で作ったつけ汁。器に入れてくれるかしら?」
ルードから器を受け取るイエッタ。
「本当はね、〝ソース〟と〝削り節〟が欲しいところだけれど、贅沢は言えないわ。タバサちゃんに後でなんとかしてもらいましょうね。じゃ、ルードちゃん。試食しましょう」
「はいっ」
ルードとクロケット、キャメリアとアミライル、イエッタの五人で試食タイムが始まった。
「あーん。あふあふあふ。んむんむ。んーっ、これこれ。外はカリカリ、中はもちもち。タコのクニクニもあって、美味しいわぁ。自分で作っておいて、なんですけどね」
イエッタはそう言って、ルードにウィンクをする。
「はふはふ。うん、美味しい。お姉ちゃん、火傷しちゃだ――」
「うにゃぁああああっ!」
「あ、遅かった……」




