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第十八話 探すフェンリル母さん、足掻くフェンリル息子。

 ルードが足止めされている、ネレイティールズの位置を記した海図を手に入れたリーダたちは、シーウェールズの王城を出て、城下町に戻ってきた。

 イリスは今の状況説明をするために、一足先にエリス商会へ向かった。

 隣に並んで立つイエッタは、リーダの耳元でささやく。


『ルードちゃんを早く助けたいという気持ちはわかりますよ。でもね、焦りは禁物なのです。何か食べて、気持ちを落ち着けていらっしゃい』


 イエッタはリーダから身体を離すと、『少々、野暮用を済ませてきますわ』と言い、肩を優しくポンポンと叩いてくれる。

 そのままくるりと背を向けると、後ろ手をひらひらとさせながら、雑踏の中へ消えていく。

 〝瞳〟の二つ名を持つイエッタは、他人( ひと)の目を通して、その瞳に映った光景を見ることができる能力を持っている。

 そんなイエッタが平然としていられるということは、今現在ルードの身には危険が迫ってはいないということなのだろう。

 遠ざかっていく背中を見ながら、リーダは『落ち着かないと駄目ね』と、独り言を呟く。


 両の手のひらで自らの頬を軽く叩き、気持ちを切り替えて、笑顔を振りまきながら、いつものように軽く買い食いをしつつ、気分転換を兼ねながら商会へと向かっていった。

 馬車を降りてから商会までの道のりは、普通に歩いても数分で着いてしまう距離。

 右手には肉の串焼きを、左手には遠回りして母親友だち、猫人ミケーリエルの経営する、料理店兼宿のミケーリエル亭に寄り道して、そこで作っている温泉まんじゅうの折りをぶら下げながら、リーダはゆっくりと時間をかけて商会へとたどり着いた。


 店先で出迎えてくれたのは、先に到着していたイリス。

 イリスを後ろに従えて店内に入っていくと、奥には、商談に使われる応接の間があり、そこに設置されたソファに座る三人と、静かに立ち控える一人の女性。

 そこには、リーダより先に到着していた、イエッタの姿も見ることができた。

 ルードのもうひとりの母、エリスの父アルフェルと、エリスの母であり、イエッタの娘のローズ。

 リーダに、深々と一礼をしてから顔を上げた女性。

 腰の前に手のひらを交差するように添えたまま、アルフェルとローズの後ろに立つ彼女は、商会で二人の補佐をしてくれている、キャメリアと同じルードの侍女のひとり。

 艶のある青髪と、こめかみに飛龍独特の乳白色の角を持つ、ブルードラグリーナのアミライルであった。


 イリスの引く椅子に腰をかけると、リーダは勧められたお茶に口をつけて、ひと呼吸置く。


「アルフェルさん、ローズさん、お久しぶりですね。早速で済まないとは思うのですが、イリスから聞いてると思います。申し訳ないのですけど、アミライルちゃんを、わたしに貸して欲しいのだけれど。構わないかしら?」


 その言葉を聞いたアルフェルは、隣に座るローズを見る。

 彼女もひとつ頷くのを確認すると、リーダの方を向く。


「えぇ。イリスさんから事情は伺いました。私としても――」


 二人の後ろで控えていたアミライルが、アルフェルの座る隣へ数歩足を進める。

 リーダへ改めて軽く会釈をすると、真剣な眼差しを向けてくる。


「言葉を遮ってごめんなさい、お父さん。リーダ様。私でよろしければ、お手伝いさせていただきたいです。ルード様は、メルドラードの皆を助けてくれただけでなく、お父さんとお母さんも助けてくれました……」


 アミライルはアルフェルとローズを、両親のように慕っている。

 二人も、一人娘のエリスに妹ができたかのように、アミライルを可愛がってくれているようだ。


 ウォルガードで、タバサの助手とエリスの手伝いをしてくれている、黒髪のドラグリーナ、ラリーズニアと一緒に、キャメリアの部下としてルードの新しい侍女になった彼女。

 ルードたちが、ウォルガードへ引っ越す際、無口で黙々と働くラリーズニアとは対照的に、明るく人々と話すのが得意そうなアミライルに、シーウェールズに残って商会を引き継ぐ、アルフェルとローズの二人を補佐してもらうことになったのだ。


「それどころか、クロケット様と、キャメリアお嬢様まで行方知れずだと言うではありませんか? 是非、私に手伝わせてください。お父さん、お母さん、いいですよね?」


 キャメリアに面と向かっては言わない〝お嬢様〟という言葉。

 ルードの家令でもある侍女長は、良家の出だということがリーダたちにもわかっていた。

 なので、この程度は聞き流すことはできただろう。

 もちろん、交易商人でもある二人も同じように、情報網を持っているから驚きはしない。


 初老のアルフェルに並ぶ、その妻ローズ。

 アルフェルはずいぶんと若いローズを娶ったように思われている。

 彼女は、エリスの姉と言っても不思議に思われないほどに若々しいが、実はアルフェルよりは年上の姉さん女房。

 長寿な獣人種、狐人のハーフで、イエッタの血を色濃く引き継ぐ彼女は、イエッタやリーダ、イリスと同様、緩やかに年を重ねるためか、見た目も若く固定されているようだ。


「えぇ。いいわね? アルフェ」

「あぁ。行っておいで。リーダさんたちの言うことをよく聞いて、頑張ってくるんだよ」

「はいっ」


 元々、小柄なラリーズニアでは、三人乗るのは難しいと思っていた。

 そのため、シーウェールズで場所を聞いた後、アルフェルに頼むつもりだったのだ。


 ▼


「フェルリーダ様、マリアーヌ様はお元気に、いえ、いい子に、・・・・・・されていますでしょうか?」

「マリアーヌちゃん? ・・・・・・あ、けだまちゃんのことね。もちろんよ。ますますかわいらしくなっちゃって、ねぇ? イリスエーラ」


 アミライルが言うマリアーヌとは、メルドラードの王女で、ルードとクロケットがけだま、というあだ名をつけたルードが預かっているお姫様のことだ。

 生まれて数年しか経っていない彼女が、王城を逃げ出したことでルードと巡り会い、メルドラードが救われたことを、アミライルももちろん知っている。

 実際にシーウェールズへ飛んできたときに、どれだけの距離を飛んだのか実感したのだから、元気なのは間違いない。

 メルドラードにいたときから、けだまのやんちゃぶりは有名だったはず、だからこそ途中で言い直したのだろう。


 けだまは、ルードとクロケットとはとても仲が良く、『ルードちゃん、おねーちゃん』と呼び、二人の妹のような関係になっている。

 髪も白くてふわふわモフモフしているけだまのことを、ルードの小さなころに重ねるように、リーダはとても可愛がっている。

 最近は毎日のように、イリスと一緒に猫人の村へ行き、そこにいる子供たちと一緒に、遊び、学び、元気にすくすくと育っているのだ。

 特にイリスは、ルードとクロケットの代わりに、けだまの面倒を率先してみていて、猫人の子供たちと一緒に簡単な勉強を教えるまでになっている。

 だからリーダも、イリスに話を振ったのだろう。


「・・・・・・は、はいっ。と、とても、かわいらしくて、そのっ、ひぃっ!」


 だがイリスからは、途切れ途切れの言葉しか帰ってこず、最後には悲鳴まで出てくる始末だ。


「大げさねぇ。とにかく、日に日に大きくなって、猫人の村でもお友達ができたみたいだし、元気にお勉強もしているわ」


 呆れるように苦笑するリーダ。

 それでも、普段ウォルガードとシーウェールズという、離れたところに住むアミライルに、けだまの近況を楽しそうに話していた。

 アミライルも、途中相づちを入れながら、楽しそうな声を聞かせ、リーダに応えているようだ。

 一通り、リーダの〝けだまちゃん可愛い〟が終わったあたりだった。


「そうですか。ありがとうございます。・・・・・・フェルリーダ様、あの小島がおそらくそうかと思われますが」


 アミライルが、やや後ろを振り向いてそう告げた。

 彼女の首越しに見える、コバルトブルーであったはずの海。

 今朝からどんよりと曇ってはいたが、まだ雨は降っていない。

 ぐるっと見回しても、海しか見えないこの景色。

 リーダも、生まれて初めて見るものだったが、今はそれどころではない。


「リーダさん。ど、どうかしら? 小島が見えると聞こえたのだけれど?」

「も、申し訳ございません。わたくしも、確認のしようがないもので……」


 イエッタとイリスが、いかにも『見えていない』と言っているようなもの。

 それもそのはず、この二人は、今の状況では目を開けることができないはずだ。

 現在、リーダたちは、アミライルの背中に乗せてもらい、シーウェールズの遙か東の海上を飛行中だったのだ。

 リーダ以外の二人は、高い場所が得意ではない。


「無理しなくてもいいですよ、イエッタさん。・・・・・・そうね。海図にあったような、形をしているようにも、見えるわね」


 そのため、目視による捜索は、リーダとアミライルが行うしかなかった。


 アミライルが指し示す先にあると思われる小島。

 リーダたちが王城で得たものは、海路での情報しかない状態だった。

 その海図を、アミライルに見せたところ、キャメリアが選出しただけはあって彼女は優秀だ。

 海図に記された単位とその距離、航行時間を割り出し、そこに自らの飛行速度を加味して算出し、おおよその場所を予想してしまう。

 そうして、間違えることなく、まっすぐに飛んで来れたと言うわけだ。

 現在の高度から見える小島と思われるものは、海図で見たままの、米粒大の大きさにしか見えていない。

 アミライルが徐々に高度を下げていくと、砂浜と防風林、船着き場のようなものまで見えてくる。


 ▼


 シーウェールズを出て、リーダたちが大海原へ飛び立った日。

 少しだけ時は戻って、こちらはその海底にある、ネレイティールズでの同日の朝。

 ルードたちが昨日行った実験は、成功と言っても差し支えはなかっただろう。

 ルードは衛士隊の皆の力を借りて、大人が三人並んで抱えるほどの大きさの、〝記憶の奥にある知識〟より情報を得た〝餌木もどき〟を作りあげた。

 その餌木もどきを操作し、エビが跳ねるような動作を魔獣に見せたことで、予想以上の効果をあげた。

 魔獣の反応があまりにも良すぎたため、餌木もどきを足で絡め取られてしまい、衛士たちが引きずられてしまうところだった。

 危険と判断したルードは、操作するために結んでいたロープを、即座に切って事なきを得たのだった。

 その後すぐに、衛士らの協力を得て同じものを先ほど作り上げ、このあと再度挑戦する予定だったりするのだ。


 ルードは絵が上手でなく、木工の腕も自信がないどころか、正直苦手。

 あれだけ繊細な菓子や、美味しい料理を作れるルードとは思えないほどに、彼の描いた絵は、とにかく駄目だった。

 母のエリスはとても絵が上手で、特に商品の図面を引くのを得意としている上、商人だけあって頭の回転も速い。

 エリスの血を半分引いているはずとはいえ、才能というものは、都合良く遺伝しないようであった。


 ルードが唯一できるのは、〝記憶の奥に眠る知識〟より、頭の中にイメージされたものを元に、餌木もどきを作る際、その違いをあれこれ指示をする程度。

 ルードの絵を見て、誰も笑いをこらえるような仕草は見せたりはしない。

 それはルードが、ウォルガードの王太子であり、この国の賓客だからというだけではない。


 ルードが部屋へ戻ると同時に、キャメリアはこっそり修練場へ戻ってくる。

 何か用事があるのだろうか? と不思議な顔をしていた衛士たち。

 その皆の前で、両の指先っで優雅にスカートの縁を持ち上げ、軽く会釈して口元に笑みを浮かべた瞬間。

 激しい深紅の閃光とともに、フレアドラグリーナの姿になると、『ルード様にも、苦手なものはあるのです。もし、お笑いになったりしたら、・・・・・・かじってしまうかもしれませんよ?』と、彼らの持つ槍や剣よりも鋭い牙を携えた、口元を大きく開けて、〝お願い〟したことが一度だけあった。

 その後すぐに、いつもの美しい侍女姿へ戻ると、再び会釈をしてくるりと踵を返したのだった。

 フェンリルであるルードも、伝説の存在だが、飛龍であるキャメリアもまた、伝説の存在だ。

 そんな彼女が何気に〝お願い〟したものだから、彼らは冗談でもそんな態度をとることはないだろう。


 そんな中、衛士たちにも手先の器用な者がいたため、ルードがイメージしていたものにかなり近づけて作り上げることができていたようだ。

 そんな彼らの努力もあって、魔獣の注意を引くことに成功したのだから。


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