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第十七話 男の子なら、しっかりなさい。

 ところ戻ってシーウェールズ王国、王城の一室。

 ルードが自ら経営する、空の輸送を専門とする〝ウォルメルド空路カンパニー〟の従業員で、毎日の定期便として飛んでもらっている大型の飛龍であるリューザの背に乗せてもらい、リーダたち3人はこの国にある空港に降り立った。

 リーダとイエッタがイリスを伴って、この国の王女レアリエールの文を持ち、ルードの手がかりを得ようと訪れていた。

 空港に到着するとそこには、シーウェールズ王家の執事、ジェルードが迎えに来ていたではないか。

 居合わせた理由をジェルードに聴くと、『執事の勘にございます』と言われ、イリスに説明を求めると、『執事として当然でしょう』と、わけのわからないことを説明される。

 時間に余裕があまりないので、リーダとイエッタは『執事とは、そういうものなのでしょう』と、無理矢理理解することにした。


 ジェルードに案内された場所は、リーダも記憶にあるところだった。

 それはこの国に来たばかりのとき、ルードがレアリエールにプリンを振る舞ったところだ。

 そこに、会談の場が設けられていたのである。

 リーダとイエッタが着席すると同時だった。

 我が娘レアリエールが、また何かやらかしたのかと勘違いをし、今にも五体投地をしそうな勢いで登場した国王フェリッツの両腕を、王妃クレアーラと王太子アルスレットが引き留めながら入ってくる。

 リーダは、彼らの向かいの席にイエッタと並んで着席している。

 二人の背後には、ジェルードと似た姿をした、執事のイリスが控えている。


 彼女たちの表情が、いつもよりも深刻なものだと感じ取った彼は、落ち着きを取り戻し、相対して座った。

 リーダから受け取った文を預かるジェルードから、アルスレットが受け取ると同時に、文は開かれる。

 その内容に目を通した彼の表情は、瞬時に固まった。

 姉レアリエールのしたためた文の内容は、弟アルスレットの表情から血の気を奪うものであったようだ。

 彼が青ざめたその頬に血の気を取り戻して、傍にいた国王と王妃にその内容を告げると、二人の表情もまた、どす黒いとも言えるほどに、血の気を失っていた。

 気を失いそうになり、父とは反対側へ倒れそうになっていた彼女を、アルスレットは素早い動作で席を立ち、そっと母の肩を抱き留めたのだ。

 そんな息子の横を素早く駆け抜け、フェリッツはリーダの座る足下へ出てくると同時に、その場で五体投地を見せてしまった。


 イエッタから教わったところの〝土下座〟でもあるこの姿勢。

 実をいうとこの姿、後ろに控えるイリスが学園にいたころからリーダに見せていたこともあり、あまり驚くことではなかったのである。

 リーダは、『これを見るのは何度目だっただろう?』と思っただろう。

 一番最後は、ルードたちがシーウェールズからウォルガードへ引っ越したときだ。

 レアリエールがルードに対して、ある意味〝やりすぎて〟しまい、リーダは呆れてしまうところだったが、彼女に王女だった昔の自分の姿が重なったのか、彼女にウォルガードへの留学を提案したのだった。


 そんな彼女も今は、リーダの母校でもあるウォルガードの学園で、必死になって王女として足りないと思われる全てのことを学んでいた。

 あのときより、少しだけ大人びた感じになったレアリエールが、アルスレットに送ったとされる、文の内容は『彼らの母国でもある国、ネレイティールズで、ルードたち三人を、一ヶ月も幽閉してしまった』ということ。

 フェリッツを始めとするシーウェールズ王家にとって、リーダとルードは恩人でもある。

 軽い引き籠もり状態であった王女を、毎日外出するところまで促してくれた上に、学園に通うところまで世話をしてくれたのだから。

 空の便で送られてくるレアリエールからの文に、『真面目に勉学に励んでいるから心配しないで欲しい』と書いてあったのだ。

 王城に引き籠もっていたころを思い出せば、少しでも大人になった二人の娘の変わりようを喜び、少しの間、平和にも思えたここ最近だったが、急転直下。

 娘がお世話になっている、ウォルガードの王太子と王太子妃となることが決まっているクロケットとルードの家人を間接的にとはいえ、幽閉してしまっているのだ。


 ちょっとだけ呆れ、苦笑するリーダの前で、これまた真剣な面持ちのフェリッツ。

 そんな必死な彼を、リーダは止めることができないでいただろう。

 リーダの隣に着席してこの光景を見ていた、最年長のイエッタ。

 いつもは、常に微笑んでいるかのように、細められたその切れ長な目。

 いわゆる〝糸目〟のイエッタだが、珍しく薄くだが目を開いていた。

 彼女は背筋をしっかりと伸ばし、身体を少しリーダの方へ向けると、凜とした佇まいにのまま、お叱りの言葉をフェリッツにかけるのだ。


「フェリッツさん。そのように簡単に頭を下げてはいけません。男の子なのであれば、我の可愛い息子、ルードちゃんのように最後までやせ我慢をしてみせるのです。見てごらんなさい。あなたの息子、アルスレットちゃんの困った表情を。それでも父親ですか? クレアーラさん、あなたもしっかりなさい。愛する夫が叱られているのですよ? そんな真っ青な顔をする暇があるのなら、しっかりと支えてあげるのが妻というものではありませんか?」


 実に何年ぶりに叱られたのだろうか?


「「は、はいっ!」」


 貫禄の違いとでも言うのだろう。

 フェリッツはその場に立ち上がり、直立不動のまま。

 クレアーラはアルスレットに支えられながらも、気丈にイエッタを見て。

 手短に返事をすることしかできなかったはずだ。


 手厳しいといえばそうかもしれないが、決して無理を言っているわけではなかった。

 仮にもフェリッツはシーウェールズの国王であり、クレアーラは彼を支えるべき王妃なのだ。

 齢千年を超えるイエッタ、四百年を超えるリーダと、同じ世代のイリスにとって、フェリッツもクレアーラも、年若い少年と少女に見えてもおかしくはない。

 姉のレアリエールよりも、しっかりとしたアルスレットに至っては、従弟のように接してくれていたルード想いの、気持ちの優しいの従兄のような可愛らしい男の子にしか見えないのだから。

 そんな想いが口にさせたのだろうか?


 今、ルードは、彼ら以上に思い悩んでいる。

 クロケットから、そう報告を受けていたイエッタだからこそ、自らも大公を勤めていた経験があったからこそ、この国の国王と王妃であるのなら、もっとしっかりして欲しいと思ったのかもしれない。

 アルスレットは、そんな緊張の中、恐る恐る確認をしようとする。


「あの、あなたは確か、イエッタさん、でしたよね?」

「えぇ、そうですよ。初めまして。いつもルードちゃんを可愛がってくれて、ありがとう。ルードちゃんを通して〝見ていました〟から、初めてという感じがしなかったのですよね。惑わせてしまって、ごめんなさい」


 この国に、〝消滅〟と並んで伝わっているだろう〝瞳〟の逸話。

 それによれば、九尾の美しい尾を持つと伝えられている。

 現在の彼女は、姿を偽装していたため、ごく普通の狐人の女性に見えたのだろう。

 だが、そこは勤勉なアルスレット。

 直接会ったことがなかったとはいえ、ルードの家族のことはしっかりと記憶していた。


「イエッタ、・・・・・・様と仰いますと」

「もしかして、〝瞳〟・・・・・・様でございましょうか?」


 ルードはイエッタを連れてきたとき、入国の際に『お母さん』としか、伝えていなかったはずだ。

 ルードには母親と呼ぶ、大切にしている女性たちに支えられていると、王室にも報告があったはずだ。

 だが、狐人の国フォルクス大公であるはずのイエッタが、ここにいたかもしれないなどという報告は受けていなかったのだろう。

 〝消滅のフェリス〟に並ぶ、伝説上の存在。

 〝瞳のイエッタ〟が目の前にいるのだから、驚いても仕方のないことだ。


 イエッタの表情は、先ほどまでの厳しいものではなく、いつも通りの優しい糸目の目元に戻っていた。

 右手の手のひらを頬にあてて、『あら、ご存知だったのですね』という表情になり、コロコロと笑っていた。

 リーダは、イエッタが場を鎮めてくれたことに黙礼で感謝をし、イリスは深く一礼をする。

 そうしてやっと、リーダが口を開く段階になった。


「ご理解いただいたようですので、本題に入らせていただきます」


 その丁寧な言葉遣いは、前に出会ったときのリーダとは違っている。


「はい」


 リーダは大国ウォルガードの第三王女と、フェリッツは知っている。


「わたしの息子、ルードがいる場所。海底にあるという国の場所を教えていただきたいのです」


 ▼


 フェリッツとクレアーラの二人は、先程とは違って落ち着いた表情になっている。

 アルスレットも安心しただろうが、ゆっくりと息を吐き、無意識に両の手のひらで頬を軽く叩いた。

 そんな仕草が、彼の真面目な性格を表しているようで、微笑ましくも思えてしまう。


 テーブルの上には、海図のような大きな海を中心に書かれている地図が広げられていた。

 そこにはシーウェールズの位置と、エランズリルドやウォルガード、フォルクスの位置関係がしっかりと書き込まれている。

 大きな海を経て、東の果てにはこれまた大きな大陸が大雑把に書かれていた。

 アルスレットは、テーブルを挟んで向かい合うように、左に王妃、右に国王が座っている。

 向かいの席には、右にリーダが、左にはイエッタ。

 共に背後にジェルードとイリスが控えていた。


 アルスレットだけが立ち上がり、指先で指し示したその場所は、大海原のど真ん中。

 シーウェールズからウォルガードまでの距離の、数倍はありそうな位置を指し示していた。

 そこには、それこそ米粒大の小さな小島が書き込まれている。


「ここに、小さな島があるのが、おわかりでしょうか?」


 リーダは目を細め、ちらりと見るだけで、確認できたのだろう。


「えぇ。確かに麦粒のような、小さな島があるようですね」

「ご確認、ありがとうございます。この海図は、ルード君がこの国に住んでいたころ、教材として、僕がルード君に見せたものと同じものです。あの頃は、ここへ行く方法などなかった上に、大型の船舶でも数週間かかる位置にあるものですから、僕自身の思い出を話してあげるように、説明していたのです。僕も幼少のころ、何度か行ったはずなのです。姉さんが常連でした、ミケーリエル亭のミケル君や、ミケーラちゃんよりも小さかったものですから・・・・・・」


 正確な場所は、方角と船舶の速度と到達できる予定の日数。

 海図に書き込まれた位置関係でしか説明できなくて、申し訳ないと頭を下げるアルスレットだった。


「この、海図、と言うのかしら? お借りしてもよろしいでしょうか?」

「はい。この海図は差し上げるために用意させたものですので、どうぞ、お持ちください。それと・・・・・・ですね、僕が案内できればよかったのですが、僕はその――」

「小さな頃の記憶と、船舶での移動方法しか確立されていなかった。それは十分に理解できましたよ。ありがとう、アルスレットちゃん。いえ、アルスレットさん」


 やっとリーダの表情に余裕が見えてきて、少し柔らかい感じに微笑んでいるようだった。


「その、お好きに呼んでいただいて構いません。姉さん、いえ、姉もお世話になっていますし、ルード君はその、僕の弟のように思っていましたので」


 お世辞ではなく、心からルードを心配してくれている。

 ありがたい。

 リーダは改めてそう思っただろう。


「ありがとう、アルスレットちゃん」


 そう、呼ばれたアルスレットは、少し照れたような、はにかんだような少年の笑顔になっていた。

 それでも、イエッタが父に言った言葉、『男の子なら、ルードのように、やせ我慢してみさなさい』という言葉が、胸に刺さったのだろう。

 同じ王太子であるルードは、年下だとしても、自分よりも大きな事業をやってのける少年だった。

 だからこそ、恥ずかしいことはできない。

 こんなことで、俯いてなどいられない。

 そう思っただろう。


「フェリッツさん、クレアーラさん」

「「はいっ」」

「いい子をお持ちになりましたね。我もルードちゃんがいなければ、羨ましく思うところでしたよ。アルスレットちゃん」

「はい」

「ルードちゃんを、これからもよろしくね」

「はいっ。こちらこそよろしくお願いします」


 こうしてリーダたちは、シーウェールズ王城を後にする。

 城下町へ馬車で送ってもらい、旧リーダ家、今で言うところのアルフェル邸の前で下ろしてもらった。

 ジェルードとイリスは、同じ執事として通ずるものがあったのだろう。

 固く握手をして、お互いに執務へと戻っていく。


「では、一度、エリス商会で打ち合わせをしましょうか」

「そうですね。我もちょっとやることがあるから、一休みしたいところなのよね」

「では、フェルリーダ様、イエッタ様。わたくしは、先にエリス商会へ行き、事情を伝えて参ります」

「えぇ、お願いね。イリスエーラ」

「イリスさん、お願いしますね」


 腹が減っては戦はできぬとでも言わんばかりに、リーダは周りの顔見知りになっていた商店で、腹ごしらえ用に買い物をしつつ、エリス商会へと向かって行く。

 イエッタは、リーダに『ちょっと寄り道していきますね』と伝えると、雑踏の中へと消えていくのだった。

 もちろん、リーダには、彼女達の匂いである程度の場所は把握できていたから、慌てることはなかったのだろう。


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