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第十五話 切羽詰まった状況。

 ルードが、衛士たちにお願いをするその朝のことだった。

 彼はレラマリンと、朝早い時間から、情報共有という名の作戦会議を行っている。

 この会議は、ルードがこの王城にある客間に宿泊するようになってから、日課のようになっていた。

 友人関係となってからは、ルードもレラマリンも、遠慮のない意見の交換を行ってこれたと思う。

 レラマリンが王城や城下町から集めたことを、ルードは魔獣への対策を意見し、情報のすり合わせを行う毎日。

 一日も早く、今の状態から脱することができるよう、二人は協力していた。


 二人は同い年で、お互い王太子であり王女であって、小さなころから同世代の友人を持たずに育ったなどの共通点がある。

 ネレイティールズは、貿易によって開けているように見えて、実はそれほど大きな国ではないところがシーウェールズとよく似ている。

 シーウェールズは、ネレイティールズの女王レラエリッサの兄であるフェリッツが起こした国だった。

 それに王妃クレアーラも、彼女の従姉妹だったりするらしい。


 ルードにはフェムルードという兄と、エルシードという弟がいたが、レラマリンには兄弟姉妹がいなかった。

 レラマリンにも、従姉弟(いとこ)にレアリエールとアルスレットがいるのだが、小さなころに数回会ったことがあるだけで、近しいという存在ではなかったようだ。

 それは彼女がこの国から出たことがないのも、要因となっているのだろう。

 それでも、一緒に育った同世代の近しい存在がいなかったという、レラマリンと同じ境遇だったとも言える。

 だから、ルードもレラマリンも、同い年の初めてできた友達だったということになる。


 レラマリンが最初に力なく笑う。

 釣られてルードも、意味もなく苦笑してしまった。


「ルード君。あなたもしかして、疲れてない?」

「わかりますか? でも、マリンさんこそ、かなり疲れてるみたいですけど・・・・・・」

「そう、見えるのね?」

「えぇ。自分じゃわからないものですね」

「そうなのよ。ティリシアにもさっきね、目元が大変なことになってるから、お化粧直しなさいって・・・・・・」


 ルードもレラマリンも、家族や周りの人にはうまく誤魔化しているつもりなのだろうが、よく見ると目元に隈をこしらえてしまっているのに、お互い気づいていない。

 ルードは姿見を見ることは男だからないとしても、レラマリンもそこまで余裕がなかったりするのだろう。

 二人だけで会うとクロケットに心配をかけるからと、あれ以来、レラマリンの後ろにはティリシアが、ルードの後ろにはキャメリアが控えている。

 もちろん彼女らはルードたちが口にする前に、お互い主たちの、目元の変化に気づいていないはずはない。

 ティリシアもキャメリアも、『大変ですね』と視線を交わして苦笑している。

 ただ、これからレラマリンが口にする、ネレイティールズの一大事については、側近であるティリシアも知らされていないことだった。

 もちろんルードも、それを聞いて真っ青になり、この日から、彼の焦りも加速していったはずだ。


「「あのね(ですね)」」

「「あ、どうぞマリンさん(ルード君)から」」

「「・・・・・・・・・・・・」」

「では、遠慮しても仕方ないので、僕から言わせてもらいますね。ご存じでしょうが、僕は、〝ウォルメルド空路カンパニー〟という商会を運営して、空の輸送を主に行っています。それはドラグリーナさん、ドラグナさんの協力を得て、始めて可能になったんです。後ろにいるキャメリアの故郷、飛龍の国メルドラードで以前起きたことですが――」


 ルードは後ろを向いて、へにゃりと力のない笑みを浮かべる。

 キャメリアは、それに笑顔で『わかってます。どうぞ』という感じに応える。


「メルドラードは、財政面ではとても余裕のある国でした。ですが昨年、自然災害という大きな敵に負けそうになり、困窮に陥ってしまったのです――」


 メルドラードの民が、どれだけ大きな力を持っていても、あがなうことができなかったこと。

 ルードは、あのとき起きた、偶然ともいえる自然の驚異を、レラマリンに話して聞かせる。


「今、このネレイティールズで起きている事態は、決してかけ離れているとは思えません。この先、どれだけの間外への行き来ができなくなり、その結果、どのような影響があるのか。残りの資源だけでも怖いことになり兼ねないと思うんです」


 力説するルードの話は、仮説などではない。

 今までルードが見てきた、肌で感じてきた感覚が、危険を察知する嗅覚が、おかしいと言っているのだろう。

 両手を膝の上に揃えて置き、レラマリンはルードの目をしっかりと見て、彼の話を一言も聞き逃さぬようにしていた。


「えぇ。物資はまだ大丈夫です。物資は・・・・・・」


 ルードと打ち解けたレラマリンの口調と違い、彼女は慎重な受け答えになっていた。


「と、いいますと?」

「私が生まれる前から、この国で動いている魔道具があるんです。それがこの空間の大気を循環させていて。――ごめんなさい。私ではうまく説明できないんです。ティリシア、二人をここへ呼んできてもらえますか?」

「はい、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 ティリシアはドアを開けて外へ出て行く。

 残されたルードは、『大気の循環』という言葉を思い出し、最悪のケースを予想してしまう。

 ややあって、ルードたちの前に、二人のネレイドが現れることになる。

 どう見ても、見覚えのあるような雰囲気を持つ彼女達。

 それもそのはず、彼女らはタバサと同じ意味での錬金術師であり、この空間の維持と、主産業の指導調整を行っているそうだ。

 魔道具の維持管理を行っているという錬金術師から、恐ろしい見解が述べられることになる。

 レラマリンは王女だから初めから知っていたはずだ。

 それを聞いたルードは、『慌てても仕方はないが、それでもできることは全てやらなければならない』、そう思ったことだろう。


「・・・・・・そうですか。その魔道具のおかげだったんですね。不思議に思っていたんです。海底だというのに、僕達は呼吸できていました。まるでマリンさんたちのように、海水の成分から呼吸をしていたとは、思っていませんでした。――それでも、一ヶ月以上は未知の領域、ということなんですか・・・・・・」


 魔道具というからには、魔力を媒介にして動いているものだ。

 元々この地は魔力が豊富だった。

 だから今まで安定して動いてくれていた。


 だが、今年に入ってあの魔獣が居座るようになってから、この地の魔力が薄くなっているとの報告が入っていた。

 ルードたちが魔力の枯渇を起こし、それの回復に時間がかかっていたということは、少なくともエランズリルドやシーウェールズのようであって、魔力の濃い地域とは思えなかっただろう。

 海水中に微量に含まれる魔力を抽出して動いていた魔道具が、不安定になってしまえば、ここは呼吸が危うくなってしまう。

 海水から魔力と吸気を行えるネレイドやネプラスと違って、ルードを含む他の種族は生存が危ぶまれてしまう。


 ルードは自分の力のなさに、頭を抱えてしまっていた。

 その後、錬金術師の彼女らを交えて、魔獣の元になったとされるオオダコについて確認しあうことにした。

 〝記憶の奥にある知識〟を説明するわけにはいかないが、ウォルガードの王太子だから国にある一般的な書物から読んだことがあるものとして、その情報とすり合わせをしていく。


 レラマリンが教えてくれたオオダコという海洋生物は、ルードの持つタコと似ている生態のようだった。

 頻繁に見るものではないが、数は少なくはなく、甲殻類を捕食する比較的頭の良い生物だったらしいのだ。

 錬金術師が言うには、魔獣化する原因は様々であり、一番の原因は魔力を取り込みすぎることとされているらしいが、専門外の知識のため検証する方法がわからないとのこと。

 通常の生物と違い、大きさや力の強さに変化が現れる。

 オオダコ自体は、大きくても足を広げてもせいぜい五メートル程度のものしか存在が確認されておらず、あそこまで大きなものはいない。

 その規格外の大きさと、過去の文献と照らし合わせた結果から、魔獣認定されたということらしい。


 例えば、ルードたちが食べたことのあるエビ。

 あれは大きさが手のひらサイズのものらしく、抱えるほどの大きくなることはないとされている。

 山猪や、谷猪のように、ある程度の大きさまでしか育たない獣も、魔獣化したとされる記録が残っているそうだ。

 魔獣自体が、現認されていること自体珍しく、ネレイティールズでも事件として扱われているとのことだった。


 城下町の外れにある砂浜から、歩いて行ける距離にある海底の壁、〝内底(ないてい)〟とこの国では呼んでいる場所についても話し合うことになった。

 この国の周囲を制御している魔道具の影響もあるのか、ルードが以前、内底に潜ってみたときに感じた水圧は、それほどでもないように思えた。

 それどころか、内底からこちら側へ引っ張られる感覚があった。

 そこから海面までは、見上げても首が痛くなるほどの位置にあるはずだ。

 少なくとも、海面とこちらの中間当たりでは、それなりの水圧がかかると思われる。


 焦っていたルードは、そこまで自力で泳いで行こうとしたこともあった。

 今、冷静に考えてみたら、無理に決まっている。

 何よりあまりの深さに、息が続かないはずだ。

 実際、ルードたちはここまで〝落ちてきた〟のだから、彼の知らない作用が働いているとしても不思議ではない。


 ネレイドもネプラスも、海面からここまでの行き来は楽に行えるのだそうだ。

 彼女らは海水から魔力を取り入れ、海水中から呼気に必要なものを取り入れることができる。

 それらをエネルギー源として活動できるから、ルードたちより容易く海中で活動ができるのだそうだ。

 魔獣の情報に関しては、実際に内底から海面へ幾度となく出たことがあるネレイドである、レラマリンやティリシア、錬金術師の彼女らから、多くの有意義な情報交換ができたと思う。


 勇敢なネプラスの中には、魔獣の隙を突いて海面へ向かった人もいたそうだ。

 だがそれは、ことごとく阻まれてしまったらしい。

 魔獣に捕獲されたという報告は入っていないそうだが、ルードが〝記憶の奥にある知識〟に照らし合わせた通りの種のタコだとすれば、雑食性のある生物のはず。

 人を襲う生物ではないとは言い切れず、安全とは言えないのである。


 海中を自由に行き来できるネレイドたちが、穴を突破できない状況から考えるに、魔獣の足の動きは思いのほか速く、彼らの海中での移動速度を遙かに超えていると思われる。

 目が良いのか、それとも本能的に察することができるのか?

 海面との間にある穴に居座る魔獣の足の長さは、もし、足を両手を広げるようにしたとすると、穴の直径よりも長いかもしれないとの判断がされている。

 ということは、魔獣の大きさは胴体はそれほどでもないが、ルードが見たときは、遠目からの確認だったが、足の一本一本は人の身体よりも太く、足を広げたサイズは、穴を余裕で通ることができる大型船舶よりも遙かに大きいということになる。

 その大きさの生物は、魔獣認定されても仕方のないことなのだろう。


 魔獣の移動速度は、見た目ほど遅くはないようだ。

 以前は、朝方にあの場所からいなくなり、半日しない夕方には戻っていた報告があったそうだ。

 ただそれは、一日中監視していたわけではないので、正確な情報ではないとも言えるだろう。

 あの場所が、あの魔獣にとってどのようなメリットがある場所なのかは不明だが、少なくとも何かを捕食していたからあの場所に留まっていたはずだ。

 ルードが調べた限りであれば、魔獣はエビなどの甲殻類を捕食していたと予想できる。

 ただ、あの大きさの魔獣が満腹になるほどのものが穴の位置を行き来するとも思えない。

 魔獣の元になった生物の生態に関して言えば、『何らかの方法で餌を寄せて、捕食しているのではないか?』という考えもあるのだという。

 ルードはとにかく、あの穴の場所から魔獣を移動させることを試そうと思った。


 今朝の会議を終えた後から、ルードは更に焦りを感じていた。

 自分で今すぐどうこうできることではないとはいえ、じっとしていられないのも仕方がない。

 ただでさえルードのフェンリルとして持っている能力は、リーダやフェリスのような戦うことに特化したものではなかった。

 得意としている魔法も、今の状況を打破するにはあまりにも力不足。

 空では強者であったドラグリーナも、海底ではその力を振るうことはできない。

 一部始終聞いていたキャメリアですら、ルードを気遣うくらいしかできなかっただろう。

 あの後ルードは客間へ戻り、キャメリアはクロケットの元へと戻っていった。

 暫くの間、ルードは一人悶々と悩みごとに(ふけ)っていた。

 このままでは精神的にも良くはないから、いつものように散歩しようと外へ出てきたのだった。


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