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第十三話 秘密の約束と、試行錯誤。

 薄暗い部屋で明かりもつけずに、クロケットは備え付けの化粧机を前にして座っていた。

 彼女は小さな手鏡を持って、それに映った自分の顔の下半分を見ている。


「イエッタさん。口元見えてますかにゃ? 私たちはこちらに来て、もう半月以上経ちましたにゃ。今ちょっと困っていますにゃ」


 彼女は、ルードの婚約者として彼に恥をかかせるわけにはいかないと思い、女性らしい仕草や礼儀作法をイエッタから、家事全般や人の支え方をクレアーナから教わっていた。

 少し天然な性格はそのままだが、ルードが精神的にも、日々成長してるのと同じくして、彼女も彼女なりに日々、考えて努力している。

 小さな猫人の集落に育った彼女は、母のヘンルーダから色々なことを教わっていた。

 陰からリーダが支えてくれていたとはいえ、生きていく努力をするのは住んでいる猫人の義務。

 ルードに出会うまでは、礼儀作法や女性らしさよりも、生きていくための術を身につける方のが大事だった。

 唯一、生活に関係のないことは、彼女の『にゃ』のルーツになるお姫様のお話だけ。

 だからこそ、王太子としてその責任を背負うルードに並んで恥ずかしくないように、彼女なりのペースで必至に学ぼうとしている。


 お姉ちゃんだから、お嫁さんだから。

 お嫁さんから、王太子妃になるために、基礎のない彼女は頑張らなくてはいけない。

 イエッタはいつも笑っているかのような表情をしているが、優しい反面、厳しく苛烈な部分を持ち合わせている。

 ルードからひたすらお尻を叩かれた話を聞いているから、その辺りは十分に理解していた。

 曾孫のルードだから、孫のエリスだから、肉親だからこそ口を滑らせることもあっただろう。

 ただ、見目麗しいイエッタの姿から、どうして〝お婆ちゃん〟と言えるだろうか?

 女性として何十枚も上手の存在であり、クロケットは尊敬している。

 愛すべき息子とルードを可愛がっているイエッタも、彼の将来的な伴侶として認めているからこそ、厳しく、それでいて親身に教えてくれている。

 ヘンルーダのしつけは厳しかったが、品位とは無縁の猫人の集落での生活だ。

 特に、立ち居振る舞いに関しての作法は、彼女にとってとても難しく、教えるイエッタも厳しくしていただろう。

 だが、全てはルードのためだからと、辛いと思うことはなかったはずだ。


 そんなある日、このような提案をイエッタから受けていた。


『クロケットちゃん。もし、ね、遠くてどうにもならないときはね、鏡で顔を映すといいわ。そうすれば我は、あなたの目を通して、あなたの口の動きから、あなたが何を言っているのかを〝見る〟ことができるの。でもね、これは誰にも見られては駄目です。我とあなたとの秘密、ですからね?』


 イエッタは恐らく、いわゆる〝読唇術〟に相当する技術を持っているのだろう。

 そうして自らの〝見る〟能力により、ルードやクロケット、他の者たちの目を通すと、口元から何を言っているかある程度推察できるからと、そう言っていたのかもしれない。

 勿論クロケットはその提案を了承していた。

 ルードが家族を蔑ろにすることは絶対にありえないが、それでも山猪のように、脇目も振らずに真っ直ぐ進みすぎるときがある。

 それを知っているからこそ、家族に心配をして欲しくないから、家族に現状を知って欲しいから。

 クロケットでは想像もできないことが可能だと知っているからこそ、イエッタに必ず伝わっていると信じられる。

 ルードやキャメリアと同じように、クロケットも根が真面目。

 イエッタとの『秘密の約束』を頑なに守っているからこそ、キャメリアやルードの目を気にしつつ、こうしてこっそりと報告しているのだ。


「・・・・・・ルードちゃんは、私たちがこうして、ここに止まらにゃければにゃらにゃいことを、まるで自分の責任のように思ってしまっていますにゃ。私は魔法も弱くて、にゃにもできにゃいですから、ルードちゃんの力ににゃれません。キャメリアちゃんも、空の上ではにゃいので歯がゆい思いをしてると、昨夜打ち明けてくれましたにゃ。にゃので今は、ルードちゃんの邪魔ににゃらないように、笑顔で見守るしかできませんにゃ。――あ、キャメリアちゃんの匂いがしますにゃ。これで、報告終わりですにゃっ」


 キャメリアたちドラグリーナは、人の姿になっているとはいえ、人種や獣人種ほどの特徴的な体臭はない。

 服などの細かい匂いを総合すると、猫人であるクロケットの嗅覚であれば、ある程度の特定はできなくはないのだが、助かることに、今はより特定しやすい状況になっている。

 彼女はエリス商会で売り出されている人気商品の、髪油を利用していて、それはまだこの国に流通していない。

 人種ほどの嗅覚を持っている彼女の好みと、クロケットの好みは若干の差があり、髪油の種類がちょっとだけ違っていた。

 だからこそ、その香りがするのは彼女しかいないということになり、接近してくるのが匂いで感じ取ることができたのだ。

 クロケットが手鏡を化粧机の上に伏せるのと同時に、ドアをノックする音が聞こえる。


「クロケット様。起きてますか? 起きてなくても、入りますよ? いいですね?」


 ルードの侍女になったばかりのときよりは、二人きりのときはまるで姉妹のように接してくれていて、多少遠慮がなくなった今の彼女の方が、クロケットにとっても嬉しいのだろう。


「(ほんと、私しかいにゃいからって、遠慮しにゃいですにゃ。でも、そんにゃキャメリアちゃんだから、にゃかよくできるんですにゃ)はいはい、はいですにゃ」


 ▼


 リーダがシーウェールズを訪れる少し前のこと。

 ここ数日、ルードは深く思い悩んでいた。

 海上とネレイティールズの間には件の魔獣が居座っており、脱出することが叶わないでいる。

 ルードが訪れる以前は、あの場所に居座ったとしても、一週間ほどの周期で魔獣が移動していたため、問題視されていなかった。

 だが最近では、徐々にその周期が不安定になっていたそうだ。

 現在に至っては、以前の周期の倍以上かかっており、ルードが足止め状態になって三週目に入ってしまう。

 ルードもキャメリアも不思議に思っていたが、魔力が全く回復する兆しがないことから、魔力の薄い地域ではないかと勘違いしてしまった。

 レラマリンから聞いた話では、この国は、海底でも魔力のこの多い場所を選んで建国されたのだという。

 おそらくは、あの魔獣が関係しているのではないだろうか?

 レラマリンがルードに最初に願ったことは、『魔獣を退ける方法を、一緒に考えて欲しい』というものだった。


 この国の王女である彼女は、生まれて初めてできた同い年の友達。

 ルードは勿論、彼女の力になりたいと思った。

 だが、言葉も気持ちも通じない魔獣に、相手にすらされなかった。

 それでもルードとレラマリンは、様々な方法を考えようとする。

 そのおかげもあってか、この短い間に彼女とは、ある程度腹を割って相談し合える間柄になっていた。

 かといって、ルードは全てを告げられないでいることが、少々煩わしく感じるのだった。

 こと、〝悪魔憑き〟に関してだけは、イエッタから『どのような影響出て、災難に巻き込まれる可能性がある』ということから、家族以外には教えてはいけないと教えられていた。

 この世ならざる場所から来た魂と言っても、信じてもらえるわけがない。

 同じ〝悪魔憑き〟だったイエッタだからこそ、ルードの気持ちを理解できたとも言えなくもないのだ。

 家族であるクロケットとキャメリアには、悩み事を聞いてもらうことはできても、心配させるようなことは言えるわけがない。


 だからといって、ルードもただ手をこまねいていたわけではない。

 フェンリル姿になって、勢いをつけて海水へ飛び込み、泳ぎ切って海上へ出ようと試みたこともあった。

 大騒ぎにならないように、砂浜までは人の姿で向かう。

 レラマリンの魔法で魔獣の様子を見に行ったときにわかったが、海上までの距離はかなりあるように思える。

 シーウェールズへ初めて来たときに、エビを取る際に素潜りをしたことがあった。

 あのときは息が保ったが、あのときと比べられないほどに深い位置にあるようだ。

 見上げてみても、海上の明るい部分は見えず、ただ深い青に染まった海中が見えるだけだった。


 ルードはそのまま海の中に入ってみるが、途中までは足首くらいの浅さ。

 この先ある程度まではこの状態で、極端な遠浅になっている。

 暫く行くと、正面に高く壁のように立ちはだかる海底が現れる。

 そこからは徐々に、腰の高さまでの水深に変わっていき、海底の壁に直面する感じになる。

 触ると不思議なもので、水の中に手をいれたようなそんな感じになるのだが、少しだけ違うところ、それは水圧だった。

 決して強い感じではないが、まるでルードを拒むように押し戻される、奇妙な感覚があるのだ。

 腰くらいまでの水深のある部分から潜ろうとすると、排出されるように押し戻される。

 おそらくは魔道具、この空間を保持する魔法のような作用が存在しているのだろう。


『祖の衣よ闇へと姿を変えよ』


 ルードは、人の姿では限界を感じたのだろう。

 フェンリルの姿になり、再度挑戦しようとする。

 ただその場合、人の姿よりは遙かに脚の力は強いが、泳ぐという動作はどうだろう?

 そのまま浅い部分から潜って進もうとするのだが、いわゆる〝犬かき〟状態でしか進むことができない。

 それは見事に、腹這いの状態で押し戻されていった。


「・・・・・・・・・・・・(駄目だこりゃ・・・・・・)」


 自分のしていることに対して、笑いがこみ上げてくる。

 このあたりまでは、まだ気持ちにも余裕があった。

 海水中での移動は、浮力により蹴るべき足場がない上に、水の圧力に勢いを殺されてしまう。

 それどころか、犬かきの泳ぎ方では、人の姿の推進力を下回ってしまう。

 水の抵抗が大きいからだろうか?

 泳ぎ方の問題だろうか?


 そこでルードは、新たな方法を試してみようとする。

 だがその方法では、海面に当たった瞬間、とんでもなく痛い思いをしたのだ。

 砂浜から物凄い勢いで走り寄り、勢いを殺さずにまるで水の上を跳ねるように走り込んでいく。

 いざ海底へ、と突入したのはいいのだが、そこにはまるで柔らかいはずの壁は存在しない。

 海底だったその壁は、土壁のように固く、ルードを跳ね返してしまった。

 壁に向けて自爆したような状態になってしまい、全身を強く打ち付けてしまった。


「(だ、め。痛すぎる・・・・・・)」


 ルードはすぐにフェンリルの姿から人の姿に戻る。


「・・・・・・癒やせ」


 全身をゆっくりと治癒の魔法で癒やしていった。

 勢いの付いた状態で水と接触すると、ここまでの衝撃がくるとは思っていなかっただろう。

 後で〝記憶の奥にある知識〟に照らし合わせたところ、ある一定の速度が加わった状態での着水の場合、水面の固さは地面以上になることもあり得るとあり、ルードはぞっとすることになってしまった。


 フェンリルとなったルードの脚力であっても、踏みしめる大地がない海中では、無力に近い状態。

 脚力にものを言わせて、無理矢理押し通ろうとすると、自殺行為に近いしっぺ返しに遭ってしまう。

 ルードは力任せに攻略するのは無理だと、改めて認識するしかなかった。

 これ以上は体力的に無理があると考えて、その日は撤退することに。

 部屋に戻ったとき、クロケットとキャメリアが夕食のお誘いに来てくれていたのだが、ルードのその憔悴しきった姿を見つかってしまう。

 素直に白状すると、キャメリアには淡々と窘められ、クロケットにまで呆れた表情をされてしまう。

 今のこの国では、魔力を消耗すれば、クロケットの機嫌をとりながら、補給してもらうしかないのだから。


 ▼


 翌朝、頭を切り替えて、今度は得意な魔法でのアプローチを考えてみた。

 レラマリンほど水を操るのが得意ではないが、それでも試してみないと気が済まなかった。

 思いつく限りのパターンで詠唱をし、様々な指向性を持たせた術を施したとしても、どれもうまくはいかない。

 遠い場所で水中を泳ぐ魚に、魔法で作った水の塊を当てることすらできなかった。

 勿論、火も風も、土でさえも水中では水が邪魔をしてしまう。


 普段は、詠唱を適当に省略して魔法を発動させる癖のあるルード。

 リーダから教わり、フェリスの持つ文献から知った正しい詠唱を試してみたのだが、結果は同じだった。

 魔法は、頭の中に具体的な展開されるイメージを思い浮かべ、より強い想いを詠唱に乗せて具現化させることにより、効果を跳ね上げることができる。

 これはルードが検証し、フェリスに確認を取ったから間違いのないことだ。

 そこで、ルードがいざというときに使う、魔力を枯渇させる詠唱を試そうと思ったが、またクロケットから呆れられると困るので、それは思いとどまることができた。


 陸上では最強の種族と言われてきたフェンリルだが、それはあくまでも陸上でのみだった。

 もし、足場のある岩場の近くにあの魔獣が現れていたとしたら、ルードもキャメリアも、何らかの策を講じることはできただろう。

 だが、この海底にあるネレイティールズでは、魔獣に相手にすらされなかった。

 かといって、魔獣が移動する〝いつか〟を待てばいいというわけではない。

 レラマリンも隠すことなく告げてくれた、このネレイティールズが抱えている資源的なタイムリミットを迎える可能性。

 ルードは、メルドラードの人々が苦しんでいたあのときのことを知っている。

 だからこそ、ひとりで抱え込むことになってしまうのだ。

 必然的に壁にぶつかってしまい、その都度ストレスが溜まってしまう。

 いくらルードの癒やしの魔法でも、精神的な疲労を癒やすことはできない。

 よしんばできたとしても、怪我と違うものを癒やすということは、ルードがそれを肩代わりするのと同じで無駄な行為となってしまう。


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