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第十一話 娘たちの限界と、お母さんたちの井戸端会議。

 ウォルガード王国の湿地帯にある猫人の村では、子供達が元気よく遊び回り、学んでいる。

 そんな中、先生役を務めていたのは、ルードの執事であるイリスだった。

 彼女はこの国の元公爵家令嬢であり、学園時代からリーダの後輩。

 リーダが卒業した次の年から、学園で主席を務めるなど、才女としても有名であった。

 その頃から後輩に慕われていたようで、面倒見が物凄く良かったりする。

 彼女は大の可愛い物を愛でるのが好きで、子供達も大好き。

 だからこそ、子供達に物事を教えるのは、趣味といっても良い程に、彼女自身も楽しんでいたりするのだ。


 エランズリルドの近くにある森の中から、土地ごと引っ越して来た猫人の村。

 名前こそ猫人となっているが、様々な種の獣人達が住んでいる。

 集落から村へと名称が変わった事により、元々長だったクロケットの母、ヘンルーダが村長へと就任した。

 彼女はルードに、集落ごとクロケットを引き取ってもらったのだが、ウォルガードへ移転する事で安全を保証されたので、名前だけの村長ならばと受けてくれたのだ。

 村民の中から、いずれは頭角を現した者に役目を譲るつもりではいるらしい。

 その筆頭とされているのが、クロケットの従姉妹にあたる少女、クロメだった。


 一度、子供達にせがまれて、簡単なお話をした事から始まり、今ではイリスが先生となって一緒に村の子供達に勉学を教えるようになってしまった。

 けだまとクロメも、並んでイリスの話を聞いてくれている。

 そんな二人の姿が、また可愛くて仕方のないイリスだった。

 ルードがこれまで、歳の近い友達がいなかった事もあり、けだまにはルードがいないときに寂しい想いをさせたくなかったので、イリスに猫人の村へ連れて行くよう、お願いした事があった。

 猫人の村には子供達が沢山いて、そんな中でも積極性の高いクロメが、進んでけだまと遊んでくれた。

 最初は人見知りをしていたけだまだったが、クロメのおかげもあり、徐々に村の子供達と仲良くなっていった。


 村の子達と遊ぶようになったことで、けだまのボキャブラリーも徐々に増えていく。

 そこは元々早熟なドラグリーナの少女。

 けだまはすくすくと着実に、年齢以上にしっかりとした女の子に成長しつつあった。

 村で子供達と一緒に過ごしている時はいいのだが、いざ屋敷に戻ってくると、ルードとクロケットがいない現実に引き戻されてしまう。

 それでも彼女は、イリス達家族の言う事を良く聞き、我慢してくれていた。

 飛龍の国メルドラードの親元から離れて、ウォルガードで生活するようになったけだまだが、一度も『寂しい』と言った事はなかった。

 それどころか、両親のいる場所より、ルードとクロケット二人と一緒にいるここの方が、彼女にとって〝家〟のように思っていただろう。


 ただ、二人がいなくなってからもう一月近く経ってしまった。

 レーズシモンの一件のときは、数日家を空ける事はあったが、二人のうちどちらかはけだまの傍にいてくれたのだが、今回のように二人とも長い間いなかったのは、彼女にとって初めての事だっただろう。

 夕食が終わり、お腹いっぱいになって、いつものようにイリスの膝の上でだらりと脱力して満腹を満喫しているときだ。

 普段よりも食が細くなってしまったリーダは、目の前にある好物のプリンに一切手をつけず、立てた両膝を抱えて下を向きながら、隣にいるエリスにぼそっと呟いた。


「エリス。……ルード達、今頃何してるのかしら?」


 もう何度聞かれた台詞だっただろう。

 その度に『リーダ姉さん。ルードちゃん達だって、頑張ってるわ。姉さんがしっかりしないと駄目だと思うのよね』と、元気づけてきた。

 今まではなんとか抑えてこれたのだが、今夜は間が悪い。


「ねぇねぇ、イリスちゃん。ルードちゃんとおねーちゃん。いつかえってくるの? あ、キャメリアもなの」


 子供ならではのど真ん中の剛速球が、イリスの胸をえぐるように貫いた。

 イリスもこれはフォローのしようがない。


「そうよ。いつ帰ってくるの? おかしいと思わない? エリス」


 リーダの気持ちに同調するかのように、けだまも後ろを振り向き、イリスに詰め寄るのだ。


「イリスちゃん。ルードちゃんとおねーちゃんがいないの、いやなのーっ」

「けだまさん。ルード様達は、その……。もうすぐ戻ってくるでしょうから」

「いやなのーっ。いないのはいやなのーっ」


 リーダは目をうつろにしながら、ぶつぶつと呟き続ける。


「ルード、わたし、ルードがいないと……」

「リーダ姉さん。大丈夫だから。イエッタさんも、変わりはないって。ヘンルーダも安全だからと言ってたじゃないの」

「でもねエリス。ルード、困ってるじゃないの。わたし、すぐにでも――」


 だだをこねる子供が二人いるかのような、そんな状態になってしまっていた。


 ▼


メルドラードの里(わたしたち)の子供はですね。背中をこう撫でてあげると、気持ちよさそうに眠ってしまうものなのです。キャメリア(あのこ)も昔はこうだったんですよ」


 うつ伏せになって背中を撫でられているけだまは、シルヴィネの膝の上で寝息をたてていた。

 おそらくは飛龍の姿だったときは、無理のないうつ伏せの状態で、小さな子をあやすのが自然だったという事なのだろう。


「あら、そうだったのですね。フェルリーダも小さな頃、夜に泣いてしまったときはこうして。……膝の上で髪を撫でてあげると、大人しく眠ってくれたものなのですよ」

「どこの国も、子供は同じなのですね」

「えぇ。全くです。こんなに大きくなっても、まだまだ子供なんです……」


 リーダも先程まで、母フェリシアの太股の上を、くしゃくしゃに泣きながら涙で濡らし、胸につかえた思いの丈を漏らしていたのだ。

 その姿はまるで、小さな少女のようだと誰もが思っただろう。

 キャメリアの母シルヴィネと、フェリシアは並んで座り、苦笑している。


 リーダはあの後、エリスだけでは抑えられなくなってしまい、急遽王城からフェリスとフェリシアをイリスが呼んでくる始末になってしまっていた。

 フェリシアの持つ固有の能力は、癒やしの力。

 ルードの治癒の魔法とは違い、フェンリラ特有の生まれつき持った力。

 その力はおそらくこうして、外的要因から傷つきやすい子供に安らぎを与え、癒す力なのかもしれない。


 フェリシアは泣きじゃくるリーダの髪を撫でながら、自らの胸の奥に魔力を集めて、能力を解放する。

 すると、幼い子供が母親に抱かれているかのような表情になり、リーダは瞼を閉じたのだった。

 だが、彼女が眠りから覚めればきっと、ルードの事を思い出して、情緒不安定に陥ってしまうだろう。

 そうなってしまっても対処できるように、今はこうしてリーダの傍にいることにしてくれた。


 そんな母と娘、叔母と姪のすぐ傍で、母親達の井戸端会議が始まっていた。

 それはある意味、井戸端の枠を越えた、事実上のトップ会談のようなものだろう。

 ウォルガードの前女王と現女王、フォルクスの大公、メルドラード女王の従姉妹がいるのだから。

 イエッタが自らの〝瞳〟の力で見た、ルードたち三人の置かれた状況を説明し終えると、隣に座って腕組みをしていたフェリスが口を開く。


「そんな魔獣なら、私が行った方が早いんじゃないかしら? こう、どかーんとやってしまえば、あっさり片付くと思うのよね」


 片眼を瞑って仮想の魔獣に手を翳し、炎を撃ち込むような仕草をする。

 横に座っていたイエッタは、フェリスの手をやんわりと下ろさせる。


「駄目ですよ。フェリスちゃんは、良くも悪くも加減を知らないのです。それこそ、〝水蒸気爆発〟でも起きてしまったら、辺り一面が大惨事になってしまいますよ。その時の被害は、計り知れないものになりかねませんからね」

「やっぱり?」


 イエッタは、この世界にはないはずの単語を、さらっと混ぜてフェリスを諭す。

 彼女の言っている事を理解しているのか、それともいらない知識を植え込まれたのか。

 フェリスはイエッタの言葉を、あっさりと理解しているように思える。

 イエッタはフェリスの目を通して、消滅という二つ名の原因となった現象を〝見て〟いるはずだ。

 その上、この世界以上に進んだ世界の知識を有するため、結果を予想できるはずだ。

 一国を瞬時に消滅させる程の熱量を放つとされた、フェリスの能力であれば、海水と反応した瞬間、冗談にならない状況に陥る可能性も否定できないのだから。

 イエッタも実際は、その現象が起きるとは言い切れない。

 だが、可能性があると思ってしまうと、どうしても、止めた方が安全だと考えたのだろう。


「それにね、あの魔獣はもしかしたらなのですが」

「もしかしたら?」

「美味しく食べられるかもしれないのです」


 フェリスを止めた理由は、環境への配慮だけではなく、イエッタ自身が〝タコ〟を食べたいという欲求からだったのだ。


「お、美味しいの?」


 イエッタは『ほら、釣れました』と、思った。


「えぇ。美味しいわ。それも、〝お刺身〟でですよ。せっかくこうして、タバサちゃんにおしょう油まで作ってもらったんです」


 最近のイエッタは、遠慮をどこかに忘れ物してしまったかのように、食の提案をするため、タバサの工房へ入り浸り、味見と称した提案をしまくっているようだ。

 そのせいもあり、もっと時間のかかるはずだったしょう油の開発を促進させ、完璧とまではいかないが、かなり近いもの作れるようになってしまった。

 多少の雑味は個性と割り切り、夢の食卓への野望を進めている。


 シーウェールズは海の国だけに、その場で海の幸を新鮮に焼いたり煮たりするもの、いわゆる浜焼きや浜汁のようなものや、油や塩で漬ける保存の利く料理はある。

 だが、生で食べさせるものは、調味料の関係なのか、存在しないのだ。

 そもそも、思ったよりも食などの文明が発達しているこの大陸では、そういう食べ方をする人間と獣人は珍しいのかもしれない。

 調理法のないものを、ドラグリーナの料理人達に、無理に作ってもらう訳にもいかない。

 今までしょう油がなかったから、ルードにお願いして作ってもらうのも我慢していた。

 それは、『刺身には味噌はダメなのよ』という、イエッタのこだわりだったのだろう。


「そう、このおしょう油が料理を変えるわ。これを生かす、最初の機会になるかもなんですっ」


 今まで、イエッタがルードにお願いして作ってもらったものは、本当に美味しかった。

 そのイエッタが、ここまで力説しているのだ。

 フェリスは、『イエッタちゃんが言うのだがら、きっと未知の美味しいものに違いないわ』と、納得してしまう。


「おしゃしみ?」


 口の中に唾液が溢れそうになってきて、思わず噛んでしまう。


「えぇ。あの魔獣がね、我の知るタコだとしたら、生だと〝くにくに〟していて、湯がいても〝コリコリ〟と歯ごたえがたまらないの。とっても美味しいのよ。お国によっては食べない所もあったみたいですけれどね。取れたてでも、乾燥させて保存食としても、味わい深い〝軟体動物〟なのよ」


 彼女はこの大陸でも一番信頼のおける女性であり、イエッタの大親友だったから。

 フェリスには自分とルードの事、〝悪魔憑き〟の話を既に詳しく話しているのだろう。

 フェリスと同じ、千年以上生きたイエッタの、空想とも思えないリアルなお話は、彼女にとって大好物な刺激の強いものだった。


「うん、わかったわ。私、今回も留守番する事にする。イエッタちゃんのお願いだものね」

「えぇ。フェリスちゃんなら『わかってくれる』と思いましたよ」


 がっちりと握手を交わす、〝消滅〟と〝瞳〟。

 真実を知る人が見たら、これ程怖い絵面はなかっただろう。

 膝の上に抱いたけだまの背中を撫でながら、首をこてんと傾げてシルヴィネは言う。


「そういえば、フェリスちゃん」

「ん? どうしたの?」

「例の〝あれ〟。急いで完成させないからこうなるんです。だから、〝見た目を変更する魔道具〟なんて考えないで、先にしなさいと、あれ程……」

「い、いいじゃないのっ。ルードちゃんだって、その。褒めてくれると、思うんだからねっ」


 顔を真っ赤にしながら、フェリスは明後日の方向を向いて誤魔化そうとする。

 彼女は見た目は絶世の美少女だが、この時の年齢で外見の固定が終わっているのだ。

 ツッコミを入れるシルヴィネも、負けず劣らずの美少女然をしているが、彼女の方は元々飛龍の姿。

 これといって、コンプレックスは持っていなかったのだろう。

 ここに隠された、ルードと同じコンプレックスをフェリスも持っているかもしれない、という疑惑が発生していたのだった。

 そんなフェリスを、『ほんと、可愛らしいわ』と、糸目を更に細くしながら見るイエッタ。


「そ、そうよね。ルードちゃんも、これからあちこち回って歩くと思うわ。イエッタちゃんだけに負担をかけるのも考え物だったから、考案はしてたのよ。そうよ、ルードちゃんが心配だから、――なんで先に作ってしまわなかったの。私ったら……」


 イエッタは、今ではこうして〝瞳〟の力、〝見る〟能力を使えば、人の目を通し、その先を通し、ある程度の情報を仕入れる事はできる。

 だが、今のように乱用を重ねれば、このウォルガードやメルドラードのような、大気中に魔力の多く存在する地域でない限り、身動きを取れなくなってしまう程、衰弱してしまうはずなくらいに、負担をかけているのをフェリスは知っている。

 何か困る事があると、イエッタに頼ってしまう事は危険な事だと。

 それにフェリスも、明るく振る舞ってはいるが、ルードの事が心配で仕方がないはずだ。


「どんなものを作ってくれようとしたのかしら?」

「それは私から説明させていただきますね。フェリスちゃんあれ、出してくださいません?」

「う、うん」

「これは、二人で開発を始めたばかりのものですが」

「……すーっ。ふぅーっ。あ、あのね。これは叩き台なの」

「えぇ。遠くの人と会話のできる魔法のかかった指輪なんです」

「まさか、それって前に我が話した」

「そう。〝けいたいでんわ〟の試作版、みたいなものかしらね。でも、これには弱点があって」

「どれくらいのものなのかしら?」


 フェリスは眉を少しひそめる。

 若干、八の字になるように、困った表情になっていた。


「これね。隣の部屋にいるシルヴィネちゃんと、二、三回、会話をするだけでね」

「えぇ。魔力の枯渇で目眩をしてしまうのです」


 物凄い発明なのだろうが、あまりにもピーキー過ぎる代物だった。


「あれ? 私は平気だったけど?」


 おまけにこの、底なしとも言える魔力の総量。


「「フェリスちゃんは、化け物ですから」」


 思わずハモってしまった、イエッタとシルヴィネ。


「あら? 酷い言われようね。こんなに可愛い私が、化け物な訳ないじゃないの。それを言うなら、イエッタちゃんが教えてくれた、〝小悪魔〟ってところじゃないかしら?」


 イエッタは思った、『この世界のどこに、〝一国を瞬時に消滅させる小悪魔〟が、いるのでしょうか?』と。

 存在したら、はた迷惑ではすまない事だろう。


「とにかく、話をまとめましょうか。我が思うに、もう、リーダちゃんも限界だと思うのですよね」

「えぇ。それは私も同意するわ」

「フェリスちゃん。今回は、我に任せてくれるかしら?」

「えぇ、いいわよ。ちゃんと美味しいの、お願いね?」

「うふふ。任せてちょうだい。我もこれが楽しみで、千年生きてよかったと思ってるんですから」


 ルードを助け出すための会議だったはずが、いつのまにか、魔獣が本当に食べられるものかの調査と、その試食の話になってしまっている。


「じゃ、私達はこの魔道具の開発を急ぐわ。じゃ、頑張るわよ、シルヴィネちゃん」

「はいっ。フェリスちゃん。あ、イエッタさん。この子、お願いしますわね」


 イエッタのこの世界にはない知識と発想、フェリスの錬金術師にも負けない、魔道具作成の手腕と魔法の知識。

 そこに、メルドラードの魔術研究の第一人者であるシルヴィネがフェリスの助手についているのだ。

 それこそ、この世界に〝マッドサイエンティスト〟として、君臨してもおかしくない状況になってしまうのだ。


「さて、あちらはどんな感じ、かしらね?」


 イリスがイエッタを見て、けだまを抱きたそうにしていたのに気づく。

 笑顔で受け取るイリスは、その場に座り込んで、膝の上でうっとりとけだまを見下ろしていた。

 シルヴィネがしていたように、背中を優しく撫でていると、けだまは気持ちよさそうにうめき声を上げる。

 目を閉じて、『くぅっ』っと、感動を我慢しつつ、手を休めない。

 そんな彼女を見て、イエッタは『こちらは任せてもいいわね』と思っただろう。


皆様のおかげで、この度3巻が決まりました。

詳しくは活動報告にてお知らせできるかと思います。

これからもどうぞ、よろしくお願いいたします。

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