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第八話 魔獣に敗北した結果

 ウォルガードの森で〝支配の力〟を磨いた際、獣に対して何度も試行を繰り返した結果、意思の疎通さえ叶えば自分で何とかできる案件だと思っていた。

 過去に熊のような獣と簡単なやりとりをしたり、上空を飛ぶ鳥と会話を交わした経験がある。

 そういう意味で言えば、ルードは生物に対して、初めての敗北を喫した事になるだろう。

 レラマリンから説明を受けたこの魔獣の生態についてだが、人を捕食対象と見ている恐れはないのだが、近寄りすぎると自分のテリトリーを侵す邪魔者と認識し、〝排除行動〟として襲ってくると報告があるそうだ。


 見た目からしてグロテクスな魔獣で、その手足と思われる触手は物凄く太い。

 先端の太さだけでも、ルードの身体の数倍はありそうだ。

 あのような触手に襲われたら、流石のルードでも大怪我では済まないだろう。

 目を見ただけで、ある程度の表情として感じ取るルードの経験を持ってしても、あの魔獣は何を考えているのかさっぱり理解できない。

 ルード自身はそれほど怖いとは思っていないが、決して甘く見てはいけないと、肌で感じてはいる。

 文字通り、人並みの思考能力があれば、駆け引きもできただろうが、それはレラマリンの言葉より、不可能だと決定づけられた。

 ネレイティールズを苦しめ続けている海洋生物の魔獣は、魔獣となった事によりどうしようなく頭の悪い存在へと昇華してしまったらしい。

 そのため、ルードが使う〝支配の力〟は、全く効果がなかった。


 物理的な強さから言えば、キャメリアの方が強いのだが、彼女が得意とする炎の魔術も同じように海中では無力だ。

 ドラグリーナの姿になったとしても、優に数倍はある魔獣に対して、瞬間的ならば力負けはしない。

 大空であれ程の機動力を誇った彼女も、回避行動が取れそうもない海中では無力だ。

 もしもの時は自分が盾になり時間を稼ぐつもりで同行したキャメリアも、勝てる気がしないと言っていた。

 例えば、ルードがフェンリルの姿になり、身体能力を目一杯引き上げたとしても、回避行動を取りながらでは、肺活量はぎりぎり海面までは持たないだろう。

 ここが海中ではなく、陸の上、空の上だったとしたら、ルード達はいくらでも対処のしようはあったのだ。

 その場で考えられる限りの方法を試そうと思ったのだが、ルード達はある意味、戦略的撤退を取らざるを得ない状況となってしまったのだ。

 ▼

 自然に対してこれ程までに無力だとは思わなかった。

 軽く打ちのめされたような気持ちになり、仕方なく三人は、砂浜まで戻ってきた。

 ルード達を覆っていた大きな気泡は、砂浜へ着くと共に消えている。

 ただ、ルード達が歩く場所だけ水気が飛ばされていた。

 これが水流制御の魔法かと、ルードは感心する。

 ルード達の表情を見ただけで、出迎えた三人はある程度結果を知ってしまう。


「ちょっとごめんなさい」


 そうレラマリンは言うと、ルード達から少し離れた位置まで歩いていく。

 口元でもごもごと呪文を詠唱したかと思うと、彼女は視線を頭上へ移す。

 その視線の先に、大気中から細かい水の滴が集まっていき、徐々に水の塊へと変わっていった。

 彼女が視線を外すと、その塊は浮力を失ったかのように落下し、彼女の頭からつま先まで一気に洗い流してしまう。

 彼女が再び短い詠唱を終えると、口元に右手の人差し指を当て、右方向へ腕を軽く振る。

 すると、彼女にまとわりついていた水気が一瞬で霧散するではないか。

 準備していたと思われるタイミングで、ティリシアは膝丈くらいのガウンのようなものをレラマリンに渡す。

 彼女はそれを羽織ると、『お待たせしたわね』と、ケロッと笑みを浮かべた。

 一連の魔法を見ていたルードは、今まで使った事のなかった水の魔法の制御方法を目の当たりにする。

 その見事な制御方法に感動して、ルードは彼女に声をかけた。


「今のが水の魔法制御なんだ。凄いね」


 レラマリンは、褒められて嬉しそうにしていた。

 ただ、何を勘違いしたのか、クロケットはその二本ある尻尾を立てながら、機嫌悪そうに近づいてくる。


「……ルードちゃん。いったい、にゃにをじっと見てるんですかにゃ?」


 振り向くと、クロケットはとても不機嫌そうな表情をしているではないか。


「どうかした……、あれ? 僕……。いや、違うから。魔法をね、凄いなって――」

「見てたんですにゃね?」

「……ごめんなさい」


 ルードは、クロケットが怒っている理由に気づいた。

 キャメリアは、それをフォローする事はできず、『ルード様。我慢です、我慢』という苦笑した表情となっていた。

 クロケットはルードが、レラマリンの水着姿に見惚れていたのではないかと、勘違いしたのだろう。

 ▼

 ルード達が滞在していた宿の前に馬車が着けられる。

 馬車からはオルトレットのみが御者席から降りて、宿の受付で手続きを終えると、また戻って来て馬車を走らせていく。

 ルード達の荷物は、キャメリアが常に隠し持ってくれているから、チェックアウトの手続きのみで済んでしまったという事だ。

 ルード達はレラマリンからの申し出もあり、賓客待遇で客間のひとつを使わせてもらうこととなった。

 実はレラマリンとルード達は、全然気づいていなかった。

 だが、オルトレットが言った『クロケット様を宿屋にお泊めするのはどうかと思います』の一言で、ルード達が自腹で宿泊している事にティリシアが先に気づいたのだ。

『何か駄目な事でもあるのかしら?』と言うレラマリンに、『レラマリン様、駄目です。ルード様は、その、ウォルガードの王太子です』と、ここまでで口にしたところで、やっとレラマリンも気づいたというオチだった。


「ごめんなさいね。気が利かないお姫様で」


 ティリシアは素の状態でルードに謝ってくる。


「僕達は別に。それに、あの宿、とても綺麗だったんですよね」

「ですにゃ」

「ルード様。お立場を考えてください……」


 頭が痛そうにしているキャメリアと、いつもの調子のルードとクロケット。

 城下町の人々に、ルードの正体がバレた訳ではなかった。

 だが、事ある度に、王家の執事が宿屋へ迎えに来る。

 その際は、誰が見ても王家の馬車が使われていたとしたら、周りの人は何を思うか。

 結果的に、『レラマリンの提案で、賓客待遇で迎えられる』という建前で、王城の客間を使わせてもらうことになった。

 王城へ着くと、クロケットとキャメリアが隣り合った部屋、ルードは一人で少し離れた別室に案内される。

 最初はルードと一緒の部屋に行くつもりだったクロケットは、キャメリアに止められる。


「クロケット様。ここは自宅でも宿屋でもありません。ルード様は〝王太子〟として迎えられているので、我慢してください」

「うにゃ? 駄目ですかにゃ?」


 シーウェールズと縁の深い国とはいえ、ルード達は賓客として迎えられた。

 〝公私の公と、公私の私〟という言葉がこちらにある訳ではないが、キャメリアも説明するのに苦労していたようだ。

 ルードの部屋のドアをノックする音が聞こえる。


「ルード様。よろしいでしょうか?」

「あ、キャメリア。どうぞ」

「失礼致します」


 入ってきたキャメリアが、少々疲れた表情をしている。


「何かあったの?」

「いえ、少々お勉強をですね……」


 彼女の表情を見ると、何も言えなくなってしまうルード。


「いえ、とにかくですね、王女殿下よりお誘いがありまして、ルード様にお知らせに来たのです」

「なるほどね、あれ? お姉ちゃんは?」

「オルトレット様がその、『東の大陸から取り寄せた』という甘い物を沢山お持ちになって遊びに来られたのです。ご馳走になったクロケット様はとても、ご満悦で……」

「あ、そうなんだ。うん、すぐに準備するから」

「助かります」


 ルードは、『オルトレットが、クロケットと甘い物で少しでも仲良くなって、なんとかヘンルーダの話を聞き出そうとしているのだろう』と思っていた。

 ルードもキャメリアも、ヘンルーダとクロケットの素性とオルトレットの関連性は、理解できていたのだが、クロケットだけはどうにも理解できていないようだった。

 キャメリアは、オルトレットと話を交わしたのだろう。

 クロケットを預けても大丈夫、そう思ったはずだ。

 ルードは準備をし、キャメリアの案内でレラマリンの元へ。

 彼女の待つ場所は、侍女達が見守る食堂のようだった。

 到着するなりテーブルへ案内され、開口一番レラマリンからの説明が始まる。


「ルード君。こんな場所でごめんなさいね。あの後、ティリシアにすっごく怒られたの。それでね、クロケットお姉さんに誤解を与えないようにと、私だけの時はここ以外で会わないように言われてしまったの」

「なるほどね。もしかしてさ、オルトレットさんは」

「えぇ。クロケットお姉さんに私の執事だからと、嫌われたら困るって」

「あはは。そういう事だったんだ。別に気にする事はないのに。僕が〝そういう事に疎い〟らしいんだ。たまにあるけど、僕はお姉ちゃんに誤解を与えやすいみたいでさ……」


 ルードの後ろに控えるキャメリアが、神妙な表情で力強く頷いていたのは、レラマリンと彼女の後ろにいた侍女達しか見えなかった。


「そうなのよ。私にも、よくわからないのよねぇ」


 レラマリンには近しいティリシアが居たとしても、右から左へとお説教を受け流す技を持っているが為に、こういう事に疎いのはルードと同じなのかも知れない。

 ▼

 レラマリンに呼び出された用事というのは、ある意味反省会のようなもの。

 魔獣への対策をするために、お互いの手の内をある程度明かしておかないと、情報の共有が難しいという話になった。

 ルードには、彼女に対して秘密にしなければならない事は、〝悪魔憑き〟と呼ばれている事位だろう。


「えっと。僕はね、火と風の魔法は料理で使ってるよ。治癒の魔法は独学だけど、得意な方かな? 水の魔法は教えてもらったけど、使い方がわからなかったし……。マリンさんの、あの水魔法の制御の方は凄いなと思ったんだ」

「ちょっと待って、ルード君」


 レラマリンは、ルードが少し前に『魔獣を何とかできるかもしれない』と言った時のように、身を乗り出すように立ち上がる。

 ルードだってこの程度は学習している。

 瞬間的に椅子を後ろに引き、事も無く回避するのだが。

 確かにルードは、レラマリンに自分が使える魔法の種類を教えただけ。

 基本的に料理で使用するばかりで攻撃に転用した事はなく、自信があるのは治癒のみだと伝えたのだ。


「治癒って……、怪我を治す治癒よね?」

「怪我も、病気も、身体の弱ってる人も、かな」

「病も……。フェンリルさんって、そんなに何でもできるものなの?」

「母さんから理論だけ教わって、あとは独学で練習したんだ。それに僕なんて、フェリスお母さんに比べたら、まだまだだよ」

「ふぇ、フェリスお母さんって。あの、伝説にある〝消滅のフェリス〟様とは、関係ないわよね?」


 もちろん、レラマリンが言う伝説とは、千年前の出来事として伝わっていた話の事なのだろう。

 ルードは、誰でも知っているような伝説の存在と比べるあたりが、普通とは〝ずれている部分〟なのかもしれない。


「あ、やっぱりここにも伝わってるんだね。その人が僕の、曾お婆さんだよ。……そういえば、レアリエールお姉さんも、会った時驚いてたっけ」

「ううん、違うの。確かにフェリス様の事は驚いたわ。でもね、私が言いたいのはそこじゃないの」

「どういうこと?」

「ルード君あのね。治癒の魔法を使える人はこの国にもいなくはないの。でもね、外傷を治すのが専門なの。体力の回復を促す位はできるのだけれど、(やまい)や身体が完全に弱っている人を治せる治癒魔法使いは、聞いたことがないわ」

「ちょっと待って。あれ? 普通はできないものなの?」

「普通はね、錬金術師が薬を作っているのよ」


 ルードはよく思い出してみた。

 自分の周りに、治癒術士がいたかどうか。

 祖母のフェリシアは、フェンリラの能力を使って治癒を行うが、治癒の魔法ではと言っていた。

 シーウェールズにも、エランズリルドにもいるという話は聞いたことがあるだけで、実際は会ったことがある訳ではない。

 以前タバサに、薬を作る錬金術師の話を聞いたことがあった。

 ルードは、後ろを振り返りキャメリアを見るが、彼女は顔を横に振るだけ。


「……ってことは、僕」

「えぇ、目立つような治癒はしない方がいいわね。あとね、ここから遙か東に大陸があるのは知ってる? その大陸の外れに、グルツ共和国という国があって、そこにいるという高位の神官なら可能だと聞いたことはあるわ」


 ルードは少し顔を(しか)める。

 〝グルツ共和国〟という名前に聞き覚えがあったからだ。


「(間違いない。あの魔道具が流れてきたっていう国……)その……」

「どうかしたの?」

「あ、うん。聞いたことがある国の名前だな、って」


 ここでする話ではないと思い、ルードは出かかっていた言葉を飲み込む事にした。


久しぶりの更新になります。

お待たせして申し訳ございません。


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