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第六話 元王女様と元王女様と、現王女様。

 所変って、ウォルガードにある旧フェルリーダ邸。

 現在はルード達が住む家、そろそろ晩ご飯ということで、皆が屋敷に戻って来る。

 今夜は、ヘンルーダも夕食に呼ばれたようだ。

 誰も口には出さないが、違和感だらけの夕食が済み、イリスが〝けだま〟こと、マリアーヌを風呂に入れるからと連れて行き、残った母親達は、お茶を飲んで落ち着こうとしていた。

 何に対して落ち着こうとしていたか、それはそうだろう。

 微妙な均衡を崩したのは、お呼ばれした、ヘンルーダだった。

 皆、微妙な空気を読み取って、あえて口にしなかったのだろうけど、ヘンルーダはリーダの唯一の友人。

 だからこそ、心配して、つい口にしてしまったのだろう。


「フェルリーダ、どうしたの? クロケットと、ルード君が見当たらな――」


 全てを言い切らずに、彼女はすぐに異変を感じ取った。

 それもそのはず、大人しく待とうと思っていたリーダの表情が、不安や苛つき等の混ざったものになっているから。

 ヘンルーダが見た感じ、リーダは、レーズシモンの一件以来、以前より更に心配性になってしまっているように見えただろう。

 その昔、ルードが冬場に発熱をしてしまい、リーダがヘンルーダに『ルードが死んじゃう!』と、泣きついてきた。

 ルードの兄、リーダの初めての子供を熱病で亡くしてしまったことがあり、ヘンルーダだけが知っている、あの時と同じリーダの表情。

 ルードは外泊する際、これまでは必ず、家族に報告していたから。


「(あの子が黙って、帰ってこないなんてこと、なかった……)」


 これを虫の知らせというのだろうか?

 リーダは、不安で仕方ない状態に陥っていた。

 勿論、エリスもリーダの事が心配になり、寄り添うように膝立ちになる。

 すると、リーダはエリスに抱きついて、肩を振るわせながら、目元に不安の涙を浮かべていたではないか。


「リーダ姉さん、大丈夫。大丈夫ですから……」


 エリスは、リーダの背中をぽんぽんと優しく叩く。

 リーダとエリスの側に座り、リーダの手を握るヘンルーダの手も、僅かながら震えがあっただろう。

 ルードとクロケットの事が心配でない訳がないのだから。


「フェルリーダ、落ち着きなさい。母親のあなたがそんなに、慌てふためいてどうするの? もっとどっしりと構えていないと、笑われてしまうわよ?」

「そんなこと言ったってぇ……」


 自信たっぷりな普段の言動と全く違う、まるで少女のようなリーダの口調と表情。

 エリスとヘンルーダには、リーダは弱みを見せることがある。

 だからこそ二人には、ルード達に何かがあったと理解してしまったのだろう。

 そんなリーダ達三人を見て、イエッタは『ふぅ……』と、ひとつため息をつき、苦笑の表情を浮かべてしまっていた。


「リーダさん。慌ててはいけません。あなたがこうなることがわかっていたからこそ、我は全てを話さなかったのです」


 皆の視線が、イエッタに集まる。

 イエッタは笑顔を浮かべると、ゆっくりとした口調で、こう、話を続けた。


「ルードちゃんは、シーウェールズの遙か東方、海底にあると思われるネレイティールズという国で、何やら、魔獣が原因のトラブルに巻き込まれたと思われます。ですが、人為的なものに巻き込まれた訳ではありません。ルードちゃん、クロケットちゃん、キャメリアちゃんに、危険はないと思いますよ」


 イエッタは、ある程度のことを『見て』判断したのだが、あまり詳しい状況がわかっている訳ではない。

 イエッタの話と、ヘンルーダ、エリスに励まされ、リーダはある程度、落ち着きを取り戻したように見える。


「クロケットちゃんと、キャメリアちゃんが、楽しそうに買い物をしています。そんな二人を、ルードちゃんが、苦笑をしながら見守っている。そんな感じが『見え』ています。あら? ヘンルーダちゃん」

「はい、何でしょうか?」

「オルトレットというお名前の、黒い髪を持つ、初老の猫人さんをご存じかしら?」

「――っ! ……生きていらしたんですね。その昔、私の家で、執事をしていた人です。件の争いで、生き別れになっていました……」

「そう。あの話に関係があるのですね。ルードちゃん達は、その方とも一緒のようです」

「そうでしたか。イエッタ様の言う通り、あの人が一緒なのであれば、心配することはないと思います。リーダ、安心して良いわよ」

「……本当?」

「私の言うことが信じられない?」

「ううん。そんなこと、ないけど……」


 実年齢は恐らく、ヘンルーダの方が年上なのかもしれない。

 クロケットと似た、少々天然気味な彼女の方が、こんなときはお姉さんに見えてしまうのだから。

 伊達に王女として先輩だったわけではなかっただろう。


 ▼▼


「ルード様。オルトレット様が、見えたようです」

「う、うん。お姉ちゃん、準備できた?」


 ルードは、誕生日に袖を通した正装で、本来は、フェンリルの髪の色、濃い青が正式な色合いなのだが、ルードの髪の色に合わせて、白い正装になっていた。

 胸には緑の狼を司った、王家の紋章。

 これも元々は青だったそうなのだが、フェリスが即位している時に、彼女が勝手に作り直してしまったらしい。

 ルードは剣術を嗜みはしないのだが、腰には刃引きの剣が下げられている。

 キャメリアはいつも通り、真紅の侍女服姿。

 クロケットも、誕生日の時のドレスを着ようとしていたのだが……。


「ちょっと待ってくださいにゃ。このっ、どうしてっ、ボタンが留まらにゃいにゃっ? 背も伸びてしまいましたにゃ。き、きっと、洗ったから縮んでしまったのですにゃ。滅多に着ないドレスだから、困ってしまいますにゃっ。ここをこうして、こう、縫い直して……」

「キャメリア。手伝ってあげて……」

「かしこまりました。……ほんと、だから食べ過ぎたらと、あれ程」


 クロケットもまだまだ成長期、恐らく、若干スタイルが変ってしまったのか。

 ルードは寸分違わぬ状態で、あっさりと着終わってしまった。

 何気に、クロケットの『背も伸びた』という言葉を、ルードは聞かなかったことにしたいと思ったりもする。

 それもそのはず、ルードはあれから、身長が全く伸びていないのだから。

 ルードは一度、一階に降りて『お姉ちゃんが、着替えに時間がかかってしまって』と、オルトレットに伝えて戻ってくる。

 オルトレットは、『そうですか。クロケット様の晴れ姿ですか……。ヘンルーダ姫と同じく、お美しいのでしょうね』と、心待ちにしているようだ。


 格闘の末、やっとのことでクロケットはドレス姿で脱衣所から出てくる。


「うん。お姉ちゃん。綺麗だよ」

「うにゃぁ……」


 ルードに褒められて、クロケットは照れ照れ。

 しっかりと髪を梳かし、唇に薄く紅を入れた彼女は、ルードから見ても本当に綺麗だった。

 少し光沢のある漆黒の生地に、純白の生地で縁取られたクロケットのドレス。

 ここはネレイティールズはそれほど肌寒くはないが、白いケープを肩に羽織っている。

 イエッタが言うには、『メイド服』というものをアレンジしたのだそうだ。

 クロケットは普段、膝丈より少し短めのを着ているのだが、このドレスは踝よりも少々長め。

 ルードも、似たような服装は知識では知っているのだが、イエッタから『この国の侍女の服と似たようなのもですよ』と言われていたのだが、少し違っていたように思っていた。

 なんでも、イエッタが自らデザインしたらしい。

 エリスもアイデアを出し、クレアーナとクロケットが二人がかりで縫い上げたこのドレス。

 尻尾を出すところが作られていて、尻尾先にも純白の幅広いリボンが一枚ずつ巻かれていた。

 頭には、純白のヘッドドレス。

 初めてクロケットが袖を通した時、あまりの可愛らしさに、『可愛いものスキー』なイリスが、鼻血を出しそうになったとか、ならなかったとか。

 イエッタはクロケットが成長期だと聞いていた事もあって、少々生地に余裕を持たせて作らせたはずなのだが、キャメリアが指摘したように、今回の事態になってしまっている。

 キャメリアも縫い物が多少得意で、二人で少々手直しをして、何とか着ることができたようだ。


「こ、これはっ。とてもお美しゅうございます。まるで在りし日の姫様のように……」


 クロケットのドレス姿を見たオルトレットは、男泣きをしてしまう。

 『いえ、ヘンルーダさんは、まだ生きてますから』と、ルードとキャメリアは、ツッコミを入れてしまいそうになる。


「そんにゃ。お姫様だにゃんて……」


 クロケットは相変わらず、自分の母親が王女だったということに、全く気づいていない。


 ▼▼


「えっ? ここが、王城ですか?」

「はい。そうでございます。ルード王太子殿下」


 馬車から降りたルードは驚いた。

 とにかくだだっ広い一階建てで、おまけに門が開け放たれていて扉がない。

 二階建て以上の建物が少ない中、王城と言われてもまったくわからなかった。

 ただ、よくよく考えてみると、城下町の上空には空がない。

 上を見上げると、視認できるあたりに、岩盤が見えるのだ。

 シーウェールズや、ウォルガード、エランズリルドのように、王城は高い建物でなければいけないということはない。

 もしかしたら、『建物を高く建てられない理由があるのかもしれない』そう、ルードは思っただろう。


「フェムルード・ウォルガード王太子殿下をお連れいたしました」

「どうぞ、入っていただいてください」


 扉の向こうから、凜とした女性の声が響く。

 ルード達は、オルトレットに案内され、謁見の間のある場所へ通された。

 そこで、ルード達は『ぽかーん』としてしまった。


「あれ? ……何ですか、これは?」

「ルードちゃん、真ん中(まんにゃか)に、池があります、にゃ……」

「う、うん……」


 女王陛下と思われる女性、王配殿下と思われる男性、間に挟まれるように、見覚えのあるレラマリンが、深々とお辞儀をして迎えてくれている。

 玉座はあるのだが、そこではなく、部屋の対角線上にある、テーブルの前で待っていてくれたではないか。


「私はレラエリッサ・ネレイティールズと申します。フェムルード王太子殿下、お目にかかれて光栄に存じます」

「……は、はい。フェムルード・ウォルガードと申します。ルードで構いません」

「はい、では失礼いたしまして、ルード殿下とお呼びいたしますね。お噂は、兄のフェリッツ、義姉のクレアーラから伺っておりました。こちらは私の夫、マグドウィル。この子が娘のレラマリンです」


 ルードとクロケットを見ると、ちろっと舌を出して微笑むレラマリン。


「ご丁寧にありがとうございます。この人は、僕の婚約者で、クロケット。後ろに控えていますのが、侍女のキャメリアです」

「クロケット様でございますね。オルトレットから聞いていた通りの、美しい女性(かた)でございますね。どうぞこちらへお掛けになってくださいませ」


 クロケットは『そんにゃ、美しいだにゃんて……』と、真っ赤になってしまっている。

 ルードはクロケットの手を引いて、茶器の用意されたテーブルへ座ることにした。

 〝記憶の奥にある知識〟で覚えたように、クロケットの椅子を引き、座らせてから自らも座った。

 ルードとクロケットの背後、二歩程下がったあたりに、キャメリアは目を伏せて静かに立っている。

 ルードは、謁見と聞いていたのだが、まるで接待でもされているかのような気持ちになってしまっている。

 レラマリンは、城下町で会ったときとは違う、ブルーのドレスを着て、とてもルードと同い年とは思えないくらいに立派な王女に思える。

 正直、彼女より年上のレアリエールよりも、王女らしく見えてしまうのだ。

 よく見ると、レラエリッサも、マグドウィルも、面影がシーウェールズの国王、王妃に似ている。


「フェリッツ義兄さんと似ていますか?」

「あ、はい。そうですね。そっくりだと思います」

「私はフェリッツ義兄さんの従兄弟で、妻は――」

「はい、アルスレット殿下から伺っています。フェリッツ陛下の妹君だと」


 シーウェールズで、近隣諸国の勉強をしていたとき、アルスレットから教えてもらったのだ。

 そこで、コロコロと笑いながら、レラマリンがルードに話しかけた。


「驚いたでしょう? 謁見の間に池がある、って」

「はい。驚きました。これ、どういうことなんでしょう?」

「これ、レラマリン。ルード殿下になんという言葉遣いをするのですか」

「いいのよ。私と同い年だし、ね? ルード殿下」

「……僕と同じ、十五歳には見えないんですけどね。構いませんよ。僕は確かに、ウォルガードの王太子です。しかし、本日は公式に訪問したわけではなく、その、巻き込まれてしまって、偶然お邪魔したという形になってしまいましたし。謁見だと思っていましたので、少々驚いてしまいましたが……」

「ウォルガード王国と、私達の国では、釣り合いが取れないわよ。お母様だって、慌てて場を設けるのに、右往左往してたのよね」


 間違いなく、レラマリンは『猫人を被っている』。

 そういえば、ティリシアが〝お転婆〟と漏らしていたのを思い出す。

 ルードは『きっとこれが素の彼女なんだね』と、思っただろう。

 女王、レラエリッサは、『この子ったら』という困った表情になってしまっていた。

 もちろん、夫のマグドウィルも、複雑な表情をしているではないか。


「んー、それじゃ、ルード君、でいいかしら?」

「はい。それでいいですよ。レラマリンさん」

「私も、マリンでいいわ。あのね、ルード君。私たち、ネレイドとネプラスはね、呼吸でも魔力を取り入れることができるのだけれど、身体の表面から、海水に含まれる魔力を吸収した方がね、効率がいいのよ。いざという時に、国民の為に動かないといけないから、魔力を定期的に補充するために、ここで、沐浴をするのよ」


 ルードにも、なんとなしに理解できただろう。

 シーウェールズのように、すぐに海があるわけではない。

 だからこうして、城内に海水を引いていたということなのだろう。

 レアリエールが人魚そっくりの姿で泳いでいたあの日。

 きっと運動と同時に、魔力の取り込みもしていたのだろう。

 彼女が今、平気でいられるのは、大気中に魔力が豊富にある、ウォルガードだからかもしれない。


 三人には、キャメリアに出してもらった、携帯用氷室に入った〝持ち帰り用フェンリルプリン〟を食べてもらっていた。

 レラマリンも、年近いクロケットと、あっという間に打ち解けてしまっていた。

 オルトレットと、キャメリアは、年齢と種族の垣根を越えた仲間意識があったのだろう。

 オルトレットから、レラマリンの苦労話を『うんうん』と、聞かされてしまっている。


「シーウェールズでは、こんなに美味しい物があるのね……。レアリエールお姉さんも、どっぷりハマるのはわかる気がするわ。……そうそう、ルード君、クロケットお姉さん。私とお友達になってくれませんか?」

「はい、喜んで。僕も、同い年の友達がいなかったので」

「うにゃ。私もお願いいたしますにゃ」

「よかった。あのね、ルード君、お友達になってもらって、早速で悪いとは思うけれど、お願いがあるのだけれど……」

「それは、どんな?」

「力を貸して欲しいの。この国の入り口に陣取っている魔獣がいて。それを退ける方法を、一緒に考えて欲しくて……」


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