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第五話 お姉ちゃんの別腹。

「……凄い、人達だったんですね」


「えぇ。お二人とも、緑の美しい髪を持った、とても優しい女性でした」

「……緑の髪?」

「えぇ。人間にはまずいないと思われます。獣人種だとしても、珍しい色だと思いました。ただ、彼女たちの頭には、わたくしのような耳がなかったのです。彼女たちが姿を消した後、ネレイティールズにわたくしも渡りました。交易の盛んな国でしたので、風の噂で遙か西の大陸で、姫様達が生活基盤を作りつつあると聞いて安心しました」


 ルードには思い当たる節があった。

 緑の髪といえば、母リーダの髪。

 フェンリラしか知らないのだ。

 数少ないが、フェンリル、フェンリラが外の世界にいるとは聞いている。

 そのうちの二人が助けたのだろうと、ルードは思った。


「それでも、どうして、ヘンルーダお母さん達の元へ行かなかったんですか?」


 ルードは素直で、大人ぶってはいるがまだまだ子供だ。

 そのせいか、普通の人が聞きにくいことまでズバズバと聞いてしまう。

 ただ、その真っ直ぐな瞳には嘘はつけない。

 オルトレットは、見透かされたような気持ちになっただろう。


「はい。それはですね、事件を思い出して欲しくなかったのと、助けていただいたお二人に紹介していただいた、この国への恩を返さなければならない、そう思ったのでございます。勿論、移り住んだ皆のこともありますし。それにですね。生きていればいずれ、お目にかかれると信じていました。こうして、姫様のお子、クロケット様のお姿を拝見できました。それだけでも、頑張ってこれたことを誇れるというものです」

「そうだったんですね、余計なことまで聞いてしまってすみませんでした」

「いえ。それはもっともな考え方だと思います」

「ヘンルーダお母さんは、僕の大事な家族ですし、お姉ちゃんの母親なんです。なので、どうしても聞いてしまわないと、わだかまりが残ってしまうかと思いました。これでもし、お姉ちゃんから聞かれても、説明できますね」


 ルードは今は亡き猫人族の国、ケティーシャに仕えたというオルトレットから、クロケットのルーツを聞くことができた。

 そこは以前、ルードの叔父が治めるエランズリルドと同じ悲劇が起こっていたというのだ。


「そういえばその、お姉ちゃんの尻尾なんですけど、二股に別れてるんです。ヘンルーダお母さんも、集落の人達も、子供達も一本なんですが……」


 オルトレットは口元にある髭を撫で始めた。

 先ほどの話の間も、この仕草をしていたので、きっと彼の癖なのかもしれない。


「そう、でございますね……。わたくしが知る限りは初めて目にします。言い伝えになりますが、過去に強大な魔力を内包する、大魔導士と呼ばれたご先祖様のひとり。確か、二代目の王妃様だったと思います。そのお方が、尻尾を二本携えていたと、聞いておりますね」


 『なるほど』と、ルードは思った。

 以前、錬金術師のタバサが話していたという、大魔導士の話。

 クロケットが目指してるという、おとぎ話に出てくる人。

 あれは、実在したのかもしれない。

 それも、ケットシーである、クロケットのご先祖様として。


「人間にも、獣人と呼ばれる人にも、魔族と呼ばれる人達にも、色々な人がいます。いい人もいれば、悪い人もいるんです」

「そうでございますね」


 ルードとオルトレットは遠い目をする。


 ▼▼


「ルード殿下。明朝、お迎えにあがります。では、これにて失礼いたします」

「はい、お待ちしています。明日はよろしくおねがいしますね」


 ルードが部屋を出て行くまで、オルトレットは深く一礼を続けている。

 イリスやキャメリアにされるのと違い、慣れていないせいか少々気恥ずかしいので、さっさと出て行くことに決めた。

 少々重たい内容の話だったが、とても大切な話だと、ルードは思っただろう。

 それにあの話に出てきた、オルトレットを救ったとされている、魔法に長けた二人の女性。

 実は、リーダから聞いた覚えのある話に引っかかるのだ。


「(戻ったら母さんに聞いてみよっと。さて、お姉ちゃんとキャメリアの匂いは、……と。うん、あっちだね)」


 ルードは二人の匂いを辿って、間違いなく足を進めていく。

 暫く歩くと、予想通りの場所にいるではないか。

 クロケットが甘い甘味、遠目からは果実の砂糖に漬けてあるものに見えるのだが、それを口の中いっぱいに頬張って、キャメリアに注意されていた。


「クロケット様、あなたは仮にもルード様のご婚約者ですよ? 何ですか、そのはしたない姿はっ」

「むぐむぐ、……んくっ。だってぇ、おいしいんだもの。キャメリアちゃんも、どうですかにゃ?」

「あのねぇ……。クロケット、いい加減にしなさい。ルード様に見られたら、百年の恋も醒めるというものですよ?」

「(あぁ、キャメリアったら、お姉ちゃんの事呼び捨てにしてるし。あれって、お姉ちゃんが何か失敗する前に注意するとき、あんな調子なんだよねぇ……)」


 まるで、言うことの聞かない妹を諭す姉のように見えてしまう。

 周りにいる人達も、二人のやりとりを、微笑ましそうに見守っているではないか。


「(そろそろ僕が出て行った方がいいかもね)」


 ルードはキャメリアとクロケットの側に、そっと近づいてみる。

 クロケットはキャメリアに甘えるように、キャメリアはクロケットを何とかして諭そうとしているためか、ルードの姿にも気配にも気づいていない。


「ほんと、いい加減にしなさいね。クロケット。本当に――」

「そんなこと言ったって――」

「お姉ちゃん、キャメリア。おまたせー」

「ル、ルードひゃんっ? んぐっ、――けほっ、けほっ」

「クロ、……あっ。ほら、これ飲んで。全くもう……」


 クロケットはルードの声に驚き、口に溜まっていたものを一気に飲み干そうとして、むせてしまった。

 慌ててキャメリアは、手に取り出した水筒を開けて、クロケットに飲ませようとする。


「どうかしたの?」

「いいえ、大したことは特に……」

「ですにゃ……」


 二人はなんとか誤魔化しきれたと思っていただろう。

 ルードがこっそり二人のやりとりを見ていて、苦笑していたことには気づいていない。

 仲良くやり過ごそうとする姿もまた、ルードは微笑ましく感じていた。


 町の散策を、文字通りお腹いっぱい楽しんだ二人を連れて、ルードは宿へ戻ってきた。

 そろそろ陽が傾いてもおかしくない時間だと思っていたところ、ここでは人工的にか、それとも魔法的にかわからないが、町の空にあたる部分が暗くなっていたのだ。

 ルードは懐から、時を告げる魔道具を取り出す。

 そこには、間違いなく夜の時を指しているのが確認できた。

 ということは、今が夕食前だということ。


「お姉ちゃん、あのさ」

「にゃんですかにゃ?」

「ごはん、食べられるの?」


 キャメリアはルードの後ろで、クスクスと笑いを堪えているのがわかる。

 このクロケットの慌てようは、きっと〝別腹〟のものを食べ過ぎていたのだろう。

 

「にゃ、にゃにを言ってるんですかにゃ? ルードちゃん。お魚さんと、エビさんたちは、別腹ですにゃっ!」


▼▼


「おかしいわね。もうすぐ、夕食だというのに……」


 最近は、ルードもクロケットも、特別なこと――例えば、新作のお菓子や料理を作ったりなど――がない限り、ドラグリーナの料理人達がいるので、料理をあまり作らなくても、食事の用意はされている。

 そんな良い匂いの漂う夕暮れになっても、ルード達が帰ってこない。

 多少暗くなっても、キャメリアであれば、安全に空を飛べることをしっているから、心配はしていないのだが、リーダは首を捻りながらも、『おそいわねぇ』と、庭を見ながらぼうっとしていた。

 ここ暫く、ルードとべったりだったこともあって、寂しくはない。

 だからこそ、クロケットの為にと、ルードと出かけるように促したのだ。


「ただ今戻りました」

「ただいまー」


 聞き慣れた、ルードの執事のイリスと、フレアドラグリーナの王女、〝けだま〟ことマリアーヌの声。

 彼女は、けだまを連れて、猫人の村へ毎日訪れている。

 猫人の少女クロメとけだまは、歳が近いということもあり、とても仲が良く、一緒に遊ぶことが多くなった。

 クロメ達猫人の子供と話をするようになってから、けだまのボキャブラリーが多くなった。

 それに気づいたイリスは、猫人の子供達と一緒に、読み書きを教えるようになっていた。

 思いのほか、覚えもいいこともあって、彼女は、猫人の子供達と一緒に、けだまを学園の初等学舎に入学させるつもりだと報告があった。


 リーダの部屋のドアがノックされる。


「リーダちゃん。イリスちゃんが、晩ご飯、だよーって」

「はいはい。けだまちゃん。ありがとう」


 けだまは、リーダを呼びに来てくれたようだ。

 リーダはドアを開けると、けだまを抱き上げる。


「いっしょにいこー」

「そうね。一緒に行きましょうね」


 食堂に降りてくると、エリスの祖母イエッタがフォルクスから戻ってきていた。


「あら、イエッタさん、戻ってたんですね」

「リーダさん、ただいま。あちらでね、我にやることが無くなってしまったもので、ね」

「お疲れ様でした。そうそう、まだ、ルード達が戻ってきてないんです。そろそろ晩ご飯だというのに、ねぇ。シーウェールズあたりでご飯を食べてくるのなら、行く時に言ってたでしょうから」

「そう。少し待っててくださいね。『狐狗狸ノ証ト力ヲココニ』」


 『ぽんっ!』という音と共に、普段隠してある、イエッタの耳と九本の尻尾が現れた。 彼女は狐人で、言わずと知れた『瞳のイエッタ』、最近は耳と尻尾を隠すようにしているそうだ。

 彼女は、出会った事のある人の目を通して、全てを『見る』ことができるのだという。

 魔法であれば耳も尻尾も必要ないそうだが、事、『見る』必要がある場合は、このようにしている。


「――んー、……あら? ここ、どこかしら? シーウェールズではないように思えます。……我も知らない所のようですね。ふむふむ、ネレイティールズ? 聞いたことがないですね。――そう、そういうことなのね」


 イエッタは、一人で納得がいったような感じだ。


「何かわかったんですか?」

「何やら理由があるらしくて、ネレイドさんの国に滞在するようですね。クロケットちゃんと、キャメリアちゃんも一緒ですから、心配はないと思いますよ」

「そうだったんですね。あの二人も一緒なら、問題はないでしょう。ゆっくり羽を伸ばしてくるといいわね。皆が戻ったら、ご飯にしましょう」

「リーダちゃん」

「なぁに?」


 膝の上に乗ったけだまが、振り向いて見上げて心配そうな顔をしていた。

「ルードちゃんとおねえちゃん。キャメリアちゃん、かえってこないの?」

「そうね。でも、大丈夫よ。最近仕事で疲れちゃってるみたいだから、お休みしてるだけですからね」

「そっかぁ。うん。がまんするっ」

「えらいわ」

「えへへー」


 イエッタに『見て』もらったことで、リーダも一安心。

 ただ、イエッタは、リーダに心配させないように、トラブルに巻き込まれていることは言わなかった。

 そのトラブルも、『ルード達に危険が迫っている訳ではない』と、判断したからだろう。

 リーダが言った通りイエッタも、『ルード達の骨休めになれば』と、思っていたからだ。


 ▼▼


「お姉ちゃん。そんなに食べて、大丈夫?」

「もぐぉ? ……んくっ。――お魚は、別腹ですにゃっ」


 口いっぱいに頬張った魚を飲み干してから、クロケットはとても良い笑顔でルードに応える。


「クロケット様。あなたは、仮にも王太子妃になるのですから……。あぁもう、ほらっ、こっち向いてっ」


 つい、姉口調になってしまっているキャメリアは、クロケットの口元を、手ぬぐいで拭きながら、駄目な妹を見るような優しい眼差しになってしまっている。


 ネレイティールズでは、シーウェールズとは違い、外洋の魚への影響を考えて、ここに住む錬金術師が主導となり、魚の養殖が行われているそうだ。

 養殖と魚の加工品は、ここの主要産業の一つ。

 東にある大陸へと、輸出もされていると聞く。

 魚だけではなく、甲殻類や、貝類、海藻等も育てられていて、味も原種と変らない程の物になっているそうだ。

 ルードが味わってみると、確かに美味しいと思う。

 どのように育てられているのかはわからないが、外洋に隣接した部分に、魔道具で逃げ出さないように囲いをしていると、商店の人に聞いたような気がする。

 ルードの家族のタバサからは、『私と違った専門分野の錬金術師もいる』と聞いていた。

 彼女も、非常識なルードのお願いを実現させてしまっているのだから、ルードは凄いと思っても、不思議には思わなかった。


 夕食を終えて部屋に戻ってくるなり、クロケットはベッドに横になって、うんうんと唸っていた。


「クロケット、だからあれ程言ったではありませんか……」

「うにゃぁ。食べ過ぎてしまいましたにゃ。苦しいですにゃ……」


 美味しく、安かった魚料理に負けてしまった。

 日中、甘い物を食べまくった上に、誘惑に負けて魚介を食べ過ぎた結果、予想通りの展開になっていた。

 流石のルードも、苦笑い。


「効くかどうか、わからないけど。『癒やせ』」

「うにゃぁ、お腹がほこほこしてきますにゃ」


 治癒の呪文に、消化の促進効果があるかなどは分からない。

 気休めだとしても、苦しさだけは紛れていたのだろう。


 こうして、ネレイティールズでの、最初の夜は過ぎていこうとしていた。


「ルード様、甘やかしてはいけませんって……」


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