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第四話 お姉ちゃんの、ルーツ。

 クロケットと同じ髪の色を持つ、猫人族の老紳士オルトレットは、この国の王家で執事長をしていたそうだ。

 彼は、滅んでしまった猫人族の国、ケティーシャに仕えていた。

 驚いたことに、クロケットの母ヘンルーダは、その王女だったかもしれない。

 ということは、クロケットは世が世であれば、王女様。

 ただ、当の本人は『にゃにかの間違いですにゃ』と、けらけら笑っていたのだ。

 ルードは『機会があったら詳しく聞けば良い』、そう思うことにした。


 オルトレットは今日、この国の女王と王女よりの、『ルード達を招待したい』という声を届けるのと同時に、明日迎えに来る予定を伝えに来たらしい。


「僕達は、ティリシアさんに紹介してもらった宿にいますので」

「畏まりました。では、明日の昼前にお迎えにあがります」

「はい。お手数かけます」


 ルードの丁寧な受け答えに驚きつつ、その鋭い目を細くしてしまうほど、嬉しそうな表情をしていたのだが、オルトレットの左目には痛々しい傷があり、全く機能していないように見えてしまう。


「オルトレットさん。その目、どうされたんですか?」

「申し訳ございません。この通り、左目は見えてはございません。見ていて、あまり気持ちの良い物ではありませんから……」

「いえ、古傷は治らないかもしれませんが、目の機能は戻るかも知れません。ちょっと頭を低くしてもらえますか?」


 オルトレットは不思議に思いながらも、ルードに言われたように目の前に両膝をつき、頭を低くする。

 ルードは以前試したことがあった。

 人の古傷は治癒の魔法で癒やすことはできなかったが、その中の骨や筋などは正常に戻すことができたのを記憶していたのだ。

 ルードはオルトレットの目に手を当てて、軽く詠唱をしてみる。


『癒やせ』


 手のひらからぽうっと光が発せられたが、ルードは首を傾げて難しい顔をしていた。


「んー、かなり古い傷ですね。でも、全力でやればもしかしたら……」


 そう言ったと思うと、ルードは軽く息を吸って目を瞑った。


『癒せ。万物に宿る白き癒しの力よ。我の願いを顕現せよ。我の命の源を……、すべて残らず食らい尽くせっ……』


「ルードちゃ――」

「ルード様、もしや――」


 クロケットとキャメリアが止めようとしたのだが、ルードはもう、詠唱に入ってしまっていた。

 通常ではありえない、その物騒な詠唱の文句。

 多少大人になったと思われていたルードだったが、いつも通り、後先考えない部分も残っていたようだった。


 今まで治癒不可能と思われた人達を助けてきた、魔力を身体の奥から一滴も残らずに絞り出して建言させる、全力全開、ルードしか知らないだろう、オリジナルの詠唱による癒やしの魔法。

 再び、オルトレットの目の辺りに両手のひらを当て、一気に魔力を注ぎ込んだ。

 眩いばかりの光が両手から漏れると同時に、オルトレットの左目の辺りには、経験したことのない程の温かみが感じられただろう。

 それはルードの優しさ。

 ルードの何とかしたいという、思いが込められているから。


 ルードの両手から光が収束したとき、膝がくだけてしまうように力が抜けて、お尻からぺたんと崩れ落ちるように座り込んでしまった。


「あ、ここ、魔力が少ないんだっけ」

「ルードちゃん。やりすぎですにゃ……」

「ルード様、駄目ですよ。後先考えないその優しさはあなたの美徳でもあり……。んもう、仕方がないですね」


 魔力の枯渇で脱力してしまったルードを、クロケットが後ろから抱いて支え、キャメリアが手ぬぐいを取り出し、ルードの額に浮かぶ、脂汗を拭う。


「あははは。やっちゃったことは仕方ないじゃないの。オルトレットさん、古い傷は完治しないみたいで、傷のあった跡は残ってしまってますね。目は、どうですか?」


 恐る恐る目を開く。

 今まで光を失っていた彼の左目には、精気が宿ったような、そんな光が戻っていた。


「はて。おかしいですね。白昼夢でも見てるのでしょうか。見えるのです。長い間諦めていた、見えなかった左目が……」

「ルードちゃんが、癒やしたんですにゃ」

「これは……、物凄い魔法ですね」

「僕は、戦うのは苦手ですけど、こういうのは得意なんです」

「いえ、得意などという話ではございません。この国の宮廷魔術師も、高位の神官ですら、裸足で逃げ出すくらいのことを、されたのですから……」

「そんな大げさな。僕は、フェリスお母さんの足下にも及びませんし」


 ルードの尺度は間違っているのだ。

 元々、魔法研究の大家であり、『消滅のフェリス』と、比べることがおかしい。


「あー、でもどうしよう。お姉ちゃん、その……」


 ルードは顔を真っ赤にしてしまう。

 そんなルードに助け船を出すつもりで、キャメリアはあることを暴露することにした。


「クロケット様、もういいのではありませんか?」

「うふふ。そうですにゃ、ね。……ルードちゃん」

「ん? なに?」

「キャメリアちゃんと練習して、ちょっとだけ、いいことができるようににゃりましたにゃ」

「それはどういう?」

「んっと。ちょっと待ってくださいにゃ。むむむむ……」


 ルードを抱いたまま、クロケットは彼の目の前で両手のひらを合わせる。

 そこに意識を集中して、魔力を絞り出すように念じたのだ。

 クロケットの手のひらの間から、とてつもない光が漏れてくる。


「これくらいでいいですかにゃ? ルードちゃん、口、あーんしてくださいにゃ」

「えっ? んー、あーん」


 ルードが開けた口から、クロケットは手のひらの魔力を食べさせる。

 すると。


「あ、えっ。何これ?」

「キャメリアちゃんに魔力をわけてあげようと、でも、キスはおんにゃのこ同士は、と嫌がられちゃったので、頑張ったら、できてしまったんですにゃ」


 ルードの喉を通って、魔力が体中に巡っていく。


「なんか、凄く甘く感じる。おいしいかも。……お姉ちゃん、もっと」

「はいはい。ルードちゃんはあまえんぼですにゃね」


 同じように、ルードに魔力を食べさせる。

 三度程続けただろうか。

 ルードは元の状態にまで回復してしまっていた。


「ありがと。おいしかった。でもさ、お姉ちゃん、大丈夫なの?」

「大丈夫ですにゃ。こうしてるとね、胸がぽかぽかしてきて、魔力が湧いてくるのですにゃ」


 そんな二人を見ていたキャメリアは、微笑ましい表情になっている。

 同時に、驚きの表情になっていたオルトレット。


 オルトレットの用事も終わり、ルード達はお暇することにした。

 部屋を出て行こうとしたとき、オルトレットはルードにこっそりと耳打ちをする。


「ルード様、この後少々お時間を頂けますでしょうか?」

「ん-。(きっとお姉ちゃんのことだよね。聞いておいた方が良いと思うし)いいですよ。お姉ちゃん、僕まだ用事があるからさ、キャメリアと一緒に町で遊んでてくれる? 後で追いかけるから」

「はいですにゃ。キャメリアちゃん、また、甘いの食べましょ」

「はい。お供します」


 ルードに向かって一礼すると、キャメリアは状況を理解していたのだろう。

 クロケットの背中を押して、部屋を出て行った。


「では私も失礼いたします」


 同じように、ティリシアも部屋を出て行く。

 クロケットとキャメリアの匂いが、建物から遠ざかったとき。


「さて、お話はお姉ちゃんの事ですよね?」

「はい。その通りでございます」

「お話されるのであれば、僕は全て受け止めます。お姉ちゃんのお母さん、ヘンルーダお母さんから、猫人族の集落を任されていますから。それと、あの話ですが、ヘンルーダお母さんは、もしや?」

「はい。間違いなく、ケティーシャ最後の王女様でございました」

「確かに、猫人族では黒髪は珍しいって、僕も聞いたことがあります」

「はい。ケティーシャは山間にひっそりと存在する、民の数も少なく、二百人程の小国でした。ですが、とても優しい人の住む、温かい国でした。その王家に近い者だけ、漆黒の毛を持っていた訳でございます。わたくしも、元は侯爵家の三男で、王家に執事として仕えていたのです」

「やっぱりね。黒髪で猫人のヘンルーダという名前は、滅多にいないでしょうし。とても品の良い、お母さんですからね」

「えぇ。手先が器用で、とてもお優しい王女でした。ケットシーの一族は、体内に宿す魔力が豊富で、毎日魔法をある程度以上消費しないと、具合が悪くなってしまう程でございます」

「なるほど。ウォルガードは魔力がとても濃い地域で、僕たちが引っ越してきたとき、お姉ちゃんが魔力酔いを起こして倒れてしまったんです」

「そうでしたか。普通は子供が、ある程度大人になろうとするとき、その兆候が出るようになります。そのとき親は、魔法を教えるのが慣わしになっていました」

「そっか。お姉ちゃんはまだそうなってなかったんだね。今、お姉ちゃん、二十歳だから。それで濃い地域の取り込んだ魔力が身体の中でぶつかって、倒れちゃったんだ……」

「そうですね。人によって違いますが、十歳から十八歳あたりと言われています。クロケット様は少々遅かったのかもしれませんね」

「でも、僕とキャメリアに魔力を三度も分けてくれたんですけど、倒れたりしないんですか?」

「はい。クロケット様は純血の王家の出ですので、先ほどルード殿下に分け与えた程ならば、ほぼ瞬時に回復してしまうと思われます。ケットシー同士で分け与えるという習慣はなかったので、わたくしも驚いてはいましたが、ね」

「よかった。そうだったんだね。でも、どうして無くなってしまったんですか? ケティーシャは……」

「はい。あれはとても寒い冬の日でした。あの災厄の日を迎えてさえいなければ――」


 この海を東に更に行った大陸。

 その山間部にひっそりと存在していたケティーシャ王国。

 ケットシーという、猫人族の祖とも言える、妖精種。

 それがクロケットのルーツだった。


 オルトレットの話、それは壮絶だった。

 ケティーシャは、人々の愛らしい見た目と、豊かで味の良い穀物取引ができる事から、外から訪れる人達も少なくはなかったそうだ。

 その反面、魔力を豊富に持つ種族であると同時に、人間の国の一部では、奴隷として狙っていた者がいた。

 ルードも、壊れていたエランズリルドを見ていたから、それは理解できた。

 クロケットが攫われたあの日。

 犬人族、猫人族を解放したあの日。

 そういう考えを持つ人間がいることを知ってしまったのだから。


「――ありえませんでした。隣国が攻め込んできたのです。数百年も良い関係を続けてこれたはずでした。幸い、民たちに手をかけることはなかったようです。それは恐らく……」

「奴隷にするつもりだった、ということですね?」

「はい。間違いないと思います。そのためには、王家が邪魔だったのでしょう。雪深い冬の夜中に、王城が襲撃されたのです。わたくしたちケティーシャは、争い事を好みません。問題の解決は、話し合いで長い間行われていました。それなのに、あの国の輩は……」

「大変でしたね、と、軽々しく言えないのはわかります。僕も、とある国で、辛い目に遭いましたから」

「ありがとうございます。わたくしはこの通り、身体だけは丈夫でした。ですが、国王陛下と王妃殿下はお助けできませんでした。まだ幼いヘンルーダ姫様と、弟のように仲が良く、姫様と婚約されていた公爵家嫡男のジェルミス様。貴族の女子供達だけを逃がすだけで精一杯でした。貴族の男は全て、ヘンルーダ姫達の盾となり、最後まで抵抗しました。ですが、隣国を信じすぎたのでしょう。国王陛下も王妃殿下も、優しすぎたのです」

「そうでしたか……」

「皆を逃がすために、国から遙か離れたところまで追っ手が追従してきたのです。おそらくは、ヘンルーダ姫のように、純血のケットシーを利用価値があると踏んでいたのでしょう。民達が殺められていない報告を受け、これならばいつか。ヘンルーダ様とジェルミス様がいれば、再興も可能と、馬車の列の殿を務めていました。貴族の役目を終え、同士たちが散っていく中、わたくしが最後まで抵抗していました」

「目の傷は、その時のものだったんですね……」

「はい。そんなときでした。とてつもなく強い、二人の魔法の技術に長けた女性が現れたのです。そのお二人に、私は救われてしまいました。わたくしも、多少ではございますが、魔法を嗜みます。ですが、彼女たち程の能力を持った人は見たことがありませんでした。まるで、先ほどのルード殿下のお姿が、お二人と重なって見えてしまったのです。彼女たちの一方は、自らを〝正義の味方〟と名乗っていたのですが、もう一方が苦笑されながら〝冒険者〟と訂正していましたのを憶えています。追っ手を倒した後、わたくしの左目の出血を止めてくれました。その後、一緒に同士を弔ってくれました。いつの間に見てきてくれたのでしょう。『心配していた姫様達が海を渡ったから』安心するようにと、教えてくれたのです」

「一緒に逃げようと思わなかったんですか?」

「いえ、わたくしは、国王閣下と王妃殿下。同士達の敵を討たねばなりませんでした。わたくし一人になっても、逃げる訳にはいかなかったのです。ですが、相手の国は数千の数。太刀打ちなどできないと、思わなかったんでしょうね。もう、百年以上も昔の話です。わたくしも、まだまだ若かったんでしょう」


 その後、オルトレットは、二人に付き添ってもらい国に戻ってみたが、もぬけの殻だったそうだ。

 彼女たちは『助けられなくてごめんなさい』と、俯いてしまったらしい。

 丈夫なだけで、戦力としてはオルトレット自身、大したものを持ち合わせてはいなかった。


「お二人はわたくしに、『猫人達を助けるのを手伝う。自分たちがいれば大丈夫だから』と、約束をしてくれました。そのまま暫くの間、わたくしはお二人と行動を共にしました。一人助けては、お二人とお付き合いのある国、このネレイティールズを紹介してもらい、匿ってもらう、ということを続けてきたのです。かなり時間はかかりましたが、最後の一人を救い出した時、お二人は、笑顔で姿を消したのです」


 ルードは両手を握り、興奮したように彼の話に聞き入ってしまっていた。

 それはまるで、英雄の武勇伝のようでもあり、母リーダのあの力の凄さに見惚れたときのように、胸が躍る話だったようだ。


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