第二十三話 イエッタお母さんの美味しい物無双。
内容に違和感がありましたので、修正いたしました。
「はい、母さん。あーん」
「あーん。っ! 美味しいわ……。もちもちしてて、香りがよくて。ほんのり甘くて……」
レーズシモンの一件以来、遠慮することなくルードに甘えるようにしたリーダ。
ヘンルーダの家には皆が入れるわけではなく、軒先に集まってルードたちの作った珍しいお菓子、団子を味わっていた。
全員が食べても余るほど作ったとはいえ、何個目を食べてるんだ、というくらいに頬袋に詰め込んだ状態のフェリスが、お茶で飲み込んでから。
「ルードちゃん。これ、ルードちゃんが考えたの?」
「違いますよ。イエッタお母さんがその昔食べたことがあるものらしいです。それを聞きながら、僕が再現した感じですね」
「プリンもいいけど、これも美味しいわ。これってお米からできてるんでしょ?」
「そうですよ。お米を小麦みたいに細かくして作ったんです」
「やったわ。私、ヘンルーダちゃんたちを連れてきたの、間違いじゃなかったのよ。これはいくら食べても飽きないわ。あ、でもプリンは食べるわよ」
「あははは。でも、これ。ごはん食べてるのと同じくらいだから、食べ過ぎは気を付けてくださいね」
「大丈夫。甘いものはいくらでも入るの。私を誰だと思ってるの?」
ルードはただ笑うしかできなかった。
『食っちゃ寝』の母、リーダの祖母だからとは間違っても答えられないのだから。
「氷室にプリンありますから。エライダさんかシュミラナさんに言えば取り分けてくれますからね」
「ありがと。あとで食べるわ。ほら、シルヴィネちゃん、この緑色のも美味しいわよ」
「えぇ。本当に……」
今回の引っ越しで一番頑張ってくれた、フェリスとシルヴィネも喜んでくれている。
「ルード。その緑色のも」
「はい。あーん」
「あーん。……んふふ。幸せだわ」
一連のレーズシモン騒動ではリーダが一番支えてくれた。
今日作った団子のあんには、レーズシモンでジョエルにもらった砂糖がふんだんに使われている。
レーズシモン産の砂糖は、ウォルガードのものにも引けを取らない品質なのだ。
精製方法も特殊なのか、甘みもすっきりしていて、口の中に残りにくいのだ。
シーウェールズで作ったまんじゅうも、元はといえばレーズシモン産の砂糖を使っていたはず。
空港ができれば、安定した納入ができて、小さな村にも持っていけるだろう。
ルードのやったことは、考えは足りなかったが間違いではなかったのだ。
リーダの横でイエッタが満足そうな表情で団子を噛みしめていた。
「これよ。このしっとりとした歯ざわり。このほのかな甘さ。ずんだ、いいわぁ。……長生きしてよかった」
イエッタは緑豆から作ったずんだあん、というものがお気に入りらしい。
大豆はどの地域でも作られていて、それほど珍しくはない。
ただ、こうして青い状態で食べることはあまりないらしいのだ。
「ルードちゃん」
「はい」
「この緑豆ね、潰さないでお塩をかけて食べても美味しいのよ」
「そうなんですか」
「えぇ。お酒が進むの。身体にもとてもいいのよ」
「味噌を作る材料として知ってましたけど、いろんな食べ方があるんですね」
「そうね。あぁ。美味しい。ルードちゃん、ありがとう。あなたが紡いだ縁のおかげね」
「そんな。僕は皆が笑顔ならそれだけでいいんです」
「リーダちゃん。ルードちゃんをいい子に育ててくれて、本当に感謝してるわ」
「あの、いえ。わたしもルードがいなかったら、今頃どうなっていたか。ほんと、ルードはわたしには勿体ない息子です」
「リーダちゃんの愛情が、今のルードちゃんを構成しているの。胸を張ってもいいと思うわよ」
「ありがとうございます……。あ、ルード。そのとろっとしたやつも。あーん」
「はいはい。あーん」
「んっ。幸せ」
ルードから少し離れて、クロケットが小さな子の面倒をみていた。
そこには仲良くなったけだまとクロメが並んで団子を食べている。
「けだまちゃん。美味しいね」
「うん。クロメちゃん。お米、ありがとーね」
「ううん。私のお母さんたちが作ったから、私じゃないのよ」
「それでも、ありがとーね」
「う、うん」
褒められて、クロメは真っ赤になっていた。
可愛らしい黒猫と天使が並んで笑顔で食べてくれている。
けだまと歳の近い子が今までいなかったから、これはいい機会だったとルードもクロケットも思っていた。
仲良く団子を食べているのは、とても微笑ましい光景だ。
「クロメ。けだまちゃん。沢山食べて、大きくにゃるんですにゃよ?」
『はーい』
小さな子供の世話をしながら、ルードを見て手を振ってくれるクロケット。
ルードは頷いて、笑顔で返事をした。
「うん。お腹いっぱい。シルヴィネちゃん、次はプリンよ」
「えぇ。楽しみです」
ここにもとんでもない食っちゃ寝さんが二人もいた。
底なしか、と皆は苦笑する。
猫人の村から米を受け取っていたのは今のところルードの家と、シーウェールズにいるアルフェルの家だけだった。
そのため、前回収穫した分はかなり余っているとのことだ。
ルードはその米を粉状に加工してもらって、この団子も定期的に作れるようにエリスに相談するつもりだ。
「母さん」
「あーん。んむ。んにゃに?」
「あはは。食べてからでいいって。あのね、ママたちに持っていったら、これを商品化できないか。聞いといてもらえるかな?」
「いいわよ。エリスも『これは売れるわ』って絶対に言うわよ」
「そうだよね」
その夜、猫人の村に泊まる予定だったルードたちは、家に戻っていた。
「ルードちゃん。あれ、絶対売れるわっ!」
「ね?」
「あはは。そうだね」
「……どうしたの? リーダ姉さん、ルードちゃん」
エリスが予想通りの反応だったから、ルードとリーダは苦笑せざるを得なかった。
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「それじゃイリス。けだまのことお願いね」
「はい。けだまちゃんはお任せください。今日もクロメちゃんのところへ遊びに行く約束をしているそうですので」
「うん。仲良くなってくれてよかったよ。じゃ、いってきます」
「いってきますにゃ」
「では、よろしくお願いいたします」
ウォルガードからレーズシモンまではクロケットが同乗しているから、それほど本気で飛んでもらうことはできないが、それでもあっという間に着いてしまう。
空港予定地に着くと、思ったよりも早く工事が進んでいた。
早くも倉庫の基礎ができあがっている。
魔法を使った建設方法なのと、現地の材料を使っているので無駄な建材が残らない。
建設現場には、まるで工務店の女社長みたいな貫禄のある指示を出しているジョエルの姿があった。
「ジョエルさん。おはようございます」
「おはよう。ルード君。どうだい? 思ったよりも進んでるだろう」
「はい。これなら来週には開港できそうですね」
「あぁ。ウォルガードから来てくれている人も凄いよ。魔法って人を傷つけたり、癒したりするだけじゃないんだね」
「はい。僕も魔法は料理で一番多く使いますから。キャメリア、あれお願い」
「はい。ルード様」
キャメリアが取り出したものは、木枠で作ってあるお重のような弁当箱。
その蓋をあけると、イエッタが考案、ルードが再現した団子が数種類入っていた。
「これ、僕の家で作ったものなんです。この間いただいた、レーズシモンの砂糖も入ってるんですよ」
「何だい、これ?」
「団子というお菓子ですね。どうぞ、ひとつ食べてみてください。クレアーナも美味しいって言ってくれましたから」
長い楊枝のようなものでひとつ刺して、ジョエルに手渡す。
それを受け取ったジョエルは、犬人の癖なのか、すんすんと匂いを嗅いでいる。
「この間ルード君の家でご馳走になったお米に似た匂いがするね。それととても甘い匂い。これはなんだろうね」
一口食べたジョエルのきつめの目が、目尻が少し垂れたような感じに変わる。
「あぁ。なんだろう。あたい、食べたことないね。この弾力のある歯ごたえ。それに、これは小豆かい?」
「はい。あんと言って、小豆を煮たものに砂糖を入れて、潰したものなんです」
ジョエルが口にしたものは、あんこのたっぷりかかった団子だった。
「うん。前に食べさせてらったプリンより、あたいは好きかな。あれも駄目になってしまいそうな味だったけど。これは、なんだろう。ほっとするような」
「これ全部どうぞ。後で食べてください」
「いいのかい? こんなに沢山」
「はい。昨日はこれの数十倍作りましたので」
「ありがたくいただくよ」
「お茶と一緒に食べると、また美味しいみたいです。うちのイエッタお母さんが言ってました」
「あの『瞳』のイエッタさんだね。あの人は本当に物知りだ。あたいの思いつきもしない知識を沢山もっていて、尊敬に値する女性だったね」
「ありがとうございます。イエッタお母さんも喜ぶと思います」
「ほんと、丁寧で礼儀正しいんだね。これが素の状態だって言うんだから。リーダさんもエリスさんも立派に育てたもんだ」
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その日の作業も終わり、ルードたちが帰ろうとしたとき。
「団子のお返しとまではいかないけど。これ、持っていっておくれ。砂糖はね、白いものだけじゃないんだ。白くするには大変な数の行程が必要になる。最後にはただ甘いだけの白い砂糖ができあがるけど、それは旨みとかが抜けた上品なものでしかない。これらはね、精製する前のものなんだよ。このまま食べてもそこそこ美味しい。持っていってくれるかい?」
「はい。ありがとうございます」
「じゃ、明日もよろしくね。気を付けてお帰り」
「はい。では、お疲れ様でした」
「お疲れ様でしたにゃ」
「失礼いたします」
ルードたちは空へと舞いあがる。
夕焼けの空はとても綺麗で、また違った空の風景が広がっていた。
「綺麗。ですにゃね。ルードちゃん」
「うん。お姉ちゃん」
暫しの間の、遊覧飛行。
それはけだまに初めて会ったとき、岩山の山頂から見た景色よりも数倍綺麗なものだっただろう。
家に戻ったルードは、もらった数種類の砂糖を食卓の上に置いた。
そこで一番最初に食いついたのが、やはりイエッタだった。
「これ、ザラメじゃないの?」
「ざらめ?」
「えぇ。白い砂糖よりも栄養価が高くて、お菓子にも沢山使われているのよ。中には漬物や佃煮なんかにもね」
「漬物はわかるけど、佃煮って?」
「あぁ、難しいから後でね。それより、ザラメね。そう。わたあめやカルメ焼きかしら。わたあめはタバサちゃんに装置を作ってもらわないと駄目ね。ルードちゃん、あのとき作ったカルメ焼きならすぐにできるわ。さぁ、ルードちゃん。作ってちょうだい」
「う、うん。でも、ごはんの後でいい?」
「あ、忘れてたわ。我ったら……」
食後になって、食卓には皆が集まっている。
家族には作って見せたことがあるけど、こうして沢山の人が見てるところで作るのは初めてだ。
もちろん、ルードが新しいお菓子をつくるからと言えば、集まらないわけがない。
今回はイエッタが手伝ってくれるから、沢山作ることもできるだろう。
「こうやってね、卵の殻を気を付けて割るの。それでね、片方、もう片方って移しながら卵黄と卵白を分けるのよ」
イエッタは器用に卵黄と卵白を分けてしまった。
結構慣れている手つきで、見ていてハラハラしたりはしない。
彼女はフォルクスの重鎮だったこともあり、人前では料理などすることはなかったのだろうが。
思ったよりも料理上手なのだろう。
「この卵白だけをね。こうして、ひたすらかき混ぜる。するとね」
顔を真っ赤にしながらイエッタはひたすら混ぜた。
すると、ちょっとメレンゲ状になっていく。
「こ、こんな感じになるの。これにね、タバサちゃんの工房で作ってくれた重曹を入れていくの。それでまた混ぜるっ」
いつになく頑張りまくっているイエッタ。
それもそのはず、この後に快感ともいえる食感のものが待っているのだから。
「……はぁ、はぁ。こんな感じでいいと思うわ。これがね『重曹卵』っていって、魔法の薬なのよ。そうよね、ルードちゃん」
「はい」
「そのおたまあるでしょ? そこにそうね、半分くらいザラメを入れて。そしたらひたひたになるくらい水を入れるの」
「こう、ですか?」
「そうよ。それでこの濡れたふきんを置いといて。それでね、そのままゆっくり加熱して行ってくれる? 少しずつ温度を上げながら」
「はい」
ルードはおたまを持ったまま、徐々に温度を上げていく。
すると沸騰し、ザラメが溶けていく。
イエッタは小さなすりこぎ状の棒でかき回しては、時折上に持ち上げて加熱されたザラメの湯を垂らす。
徐々に沸騰が強くなってくる。
イエッタが持ち上げた棒の先から糸のように雫が繋がるくらいになった。
「(これが確か、百二十五度くらいだったかしら?)ルードちゃん、それで加熱止めてくれる? そうしたらその濡れてる布巾に置いて粗熱を取ってね」
「はい」
『じゅっ』と音をたてて、沸騰状態のものが落ち着いてくる。
大きな泡が消えたとき。
「最後に、さっきの重曹卵をこれにつけて、手早く、かき回すっ」
すると、琥珀色の液体が色が変わり、徐々に膨れ上がっていく。
「よしっ。これで棒を抜いて。ほらぷくーっと膨れてきたでしょう。重曹卵はね、つけすぎると苦くなるから少しでいいの」
『おぉおおおお』
みんなの驚きの声と共に、見事に膨れたものができ上がった。
「久しぶりだからうまくできるか心配だったわ。ルードちゃんみたいに上手に作れるか心配だったけど。これね、たまに失敗するとぺちゃんこになっちゃうの。ルードちゃん、そのままだとおたまにくっついてるから。ちょっと加熱してはがしてちょうだい」
「凄くいい匂いですね。こんな感じかな?」
すると、つるっと滑るようにおたまの周りが溶けて、お皿の上に『かちん』と音を立ててそれは落ちた。
知識だけで作ってしまったルードとは違い、イエッタは本当に作ったことがあったのだろう。
「これがね『カルメ焼き』っていうのよ。あ、まだ熱いからさわっちゃ駄目」
少し経ってから、イエッタは指先でちょんちょんと触る。
「うん。大丈夫みたいね。ちょっと割ってみるわ」
ナイフで中央を軽く力を入れて切ると『パキン』と音を立てて半分に割れた。
その断面は気泡のような大きな穴が沢山開いている。
「うん。成功したみたい。どれどれ。うん。サクサクして、甘くて。懐かしい味だわ。はい。ルードちゃんも食べてみて。ちゃんとできてるといいのだけれど……」
「いただきます。あ、うん。美味しい。ちょっと香ばしくて、サクサクして甘い」
「じゃ、ルードちゃん」
「はい」
「人数分、作ってね」
「あははは。だと思いました」
イエッタは『誰でも作れる』というデモンストレーションをしたかったのだろう。
結局はルードに丸投げであった。
それからルードは人数分どころか、かなりの数を作っていく。
たまにしぼんでしまって固くなったものもあったが、それはそれで歯ごたえがあって美味しかった。
「母さん、はい」
「ありがとう、あらぁ。ほんと。面白い食感ね」
「けだまちゃん。はい」
「ありがとー。おねーちゃん。あはは。さくさくいってるー。あまいー」
「美味しいですにゃね」
「うんっ」
もくもくとハムスターのように(この世界にはいないが)ひたすら食べていたエリスが。
「こ」
『こ?』
「これは、絶対に売れるわっ!」
予想通りのリアクションに、みんな苦笑してしまっていた。




